真、ゴーレムと戦う
太陽の光に照らされて、目を覚ます。立ち上がり砂を払うと、大きく伸びをして凝り固まった身体を解した。
その横ではアイマスが大欠伸をして、よろよろと起き上がり、ソティは早くも全員分の歯ブラシを並べていた。
私が水を生み出して、三人は口を濯いだ後に歯ブラシで丁寧に磨いてゆく。その後は洗顔である。
一人一人順番に、私の生み出す水で洗顔してゆくのだ。石鹸は各自小さなものを一つ持参していた。
「お前ら、大物だな」
そんな私達の様子に、リーブリヒは嘆息して見せる。心なしか、青筋まで浮かんでいるように見える。
何が?—とは聞くまでもなかった。いつ魔物が出てもおかしくない山の麓で、私達は見張りも立てずに就寝し、朝も朝で丁寧に歯磨きやら洗顔やらをしているのだから。普通の神経なら、馬鹿であると思われる事であろう。
さて、アイマスがリーブリヒの皮肉に応じた。
「マコトがな、便利な魔術を作り出してくれたからな。夜は寝ていても警戒できるのさ。ちょっと前までは私も考えられなかったよ」
私が生み出したのは、所謂、結界—なんて大層なものではなく、防犯センサーのようなものである。
自身を中心とした円形に薄い膜を張り、それを何かが通過すれば、私には即座に分かるのだ。
今までにも誰かが開発していておかしくない気もするのだが…この世界の人間で魔術師という連中は、大体が魔物を倒す術しか開発していない。
世の役に立つ魔術を生み出すのは、いつも呪術師や錬金術師であったりする。そしてそういう人達は旅などしない。町に仕事があるからだ。
稀にアシュレイのように、好き好んで旅する変わり者もいるにはいるが、そういった方々は大抵が偏屈で、他者に実りを齎そうとは考えないものだ。まあ、この世界の事情を考えれば、仕方ないのかもしれない。
余談だが、昨晩のリーブリヒはやたらとイライラしていた。言うまでもなく、私達が見張りも立てずに寝ていたからだろう。事情を知らないリーブリヒは、呆れたに違いないのだ。一言言っておけば済む話であるが、私は積極的にリーブリヒと会話するつもりはない。…まだ怖いから。そんなリーブリヒは余程落ち着かなかったと見えて、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと、しょっちゅうセンサーを横切ってくれた。いい迷惑である。
そして、アイマスの発言を受けたリーブリヒは、顔を真っ赤にして怒鳴る。
「ならそう言っとけ!」
リーブリヒの剣幕は凄まじいものであったが、それを受けたアイマスは、何食わぬ顔で首肯するのみだ。
「ん?おお。分かった」
なお、リーブリヒはそれなりに怒っていたが、魔術によるものだと知るや否や、納得したようでもあった。或いは、アイマスの笊っぷりに毒気を抜かれただけかもしれない。
その後、私達はのんびりと歩きながら干し肉を噛んでいたが、最後の一切れを嚥下したソティが口を開く。
「少し時間を稼ぎたいので御座います。走りませんか?」
ソティの提案に、私は思案する。ここから先は山道となるため、馬車は入れない。昨日のうちに山から離れた場所まで移動し、そこで待機する手筈になっている。まあ、馬車の事情は置いておくとして、コバルトの迷宮は初めてである私達は、少し様子見も兼ねて早めに現地に行っておきたい。ソティの提案はそれ故であろう。
私とアイマスは首肯し、リーブリヒは訝しげな視線を私達へと送る。大丈夫なのか?—と問いたいのであろう。けれど、山の麓へ着いた以上、本格的に試験官として採点を開始しなくてはならないのだろう。結局、リーブリヒは何も言わなかった。苛立たしげな視線と舌打ちで、言いたい事があるのは丸わかりであったが。
私達は身体強化を施すと、デンテの修行さながらの速度で走り出した。
背後からリーブリヒの声が聞こえた。
「なっ、早えっ!?」
リーブリヒは私達がデンテの教えを受けているなどと知る由もなく、ここまで本格的な身体強化を見せるとは思いもしなかったに違いない。慌てて己にも身体強化を施すと、私達の後を追ってくる。今はまだ追いつく事に難はなさそうだ。流石に試験管は伊達ではないという事か。
さて、前を走る私達の視線の先には、ハーピィの群れが旋回しているのが見えていた。
まだ距離はあるが、私達から見えている以上、向こうからも私達が見えているに違いない。それで逃げないという事は—
「私達を襲うつもりで御座いますね」
「マコト、頼めるか?」
「あいあいさー」
返事を返すや否や、一段スピードを上げると、二人よりも前に出て素早く木上へ飛び移ってゆく。リーブリヒはこれに声を上げた。
「お前…野伏のフリって訳じゃないのかよ!?」
野伏のフリだよ。あくまでも魔術師ですから。
私は一際高い木の枝から大きく跳躍すると、ハーピィの群れへとめがけて、魔力の矢を放つ。引き放たれた魔力の矢は凄まじい速度で群れの中央付近まで飛んだ後、大きな爆炎を吹き上げて、ハーピィを飲み込んだ。
「終わったよ〜」
「悪いな、助かった」
「流石で御座います、マコト」
再び二人に速度を合わせると、息も乱さずに走り出す。チラリと視線を向ければ、リーブリヒは黒焦げになって、地に落ちてゆくハーピィを見つめながら走っていた。
さて、私達は程なくしてコバルトの迷宮前へと辿り着く。そこは一見するとただの洞窟にしか見えなかった。
しかし、そうでない事は私の目なら捉えられた。渦巻く魔力の波が、異空間を形成しているのだ。一歩でも魔力の波へと踏み込めば、そこは迷宮内である。何が起きても不思議ではない。
ここに来て、ようやくアイマスが剣を抜く。盾の握りを確かめてから、私達に頷いて見せる。
先頭にアイマスが立つと、すぐ後ろに私、やや離れてソティが続いた。
私達三人は、コバルトの迷宮へと立ち入った。そこはまるで天然の坑道か鍾乳洞といった様相で、私の浮かべる照明代わりの光魔術が、非常に映える空間であった。
「鉱石の床、壁、天井…光が反射して目が痛いよ」
「…明かりを消すわけにもいかないしな」
「地味な嫌がらせで御座います」
コバルト色の輝きが至る所から覗き、光を反射する。これには、光の光度を落とす事で対処した。
アイマスが足を踏み出すと、水音が木霊する。なんぞや?—と、アイマスの足元へと視線を落とせば、そこには小さな水溜りができている。
「…この様子だと地底湖もありそうだね〜。少し厚着した方が良いかな?」
私が二人に向けて尋ねると、アイマスは苦笑して応じる。
「私はこれ以上、着込みたくないなぁ」
「アイマスは無駄な筋肉の発熱があるから大丈夫で御座います」
そんなアイマスをターゲットにして、今またソティがさらっと毒を吐き出したが、私は危なげなくスルーした。
(触れちゃいけないやつだ)
アイマスがソティをじっと見つめる危険な空気の中、新たに数個の光を周囲に浮かべて問題ない事を確認すると、聴覚を中心に神経系の身体強化を施して、ゆっくりと先頭に進み歩き出す。罠などを警戒するのは私の仕事だからだ。
(なんだか野伏っぽいな)
私は魔術師のはずなのだが、やっている事は完全に斥候である。そう考えると何だかおかしく感じられて、少しだけくすりと笑った後、意識を前方へと戻した。
アイマスがいつでもカバーに入れるように、私のすぐ後に続き、ソティがやや離れて歩く。リーブリヒはその後を追う形だ。
「いたぞ…ゴーレムだ」
「…いたね。あれ全部?」
「ちっちゃいのから大っきいのまで、選り取り見取りで御座いますね」
私達は迷宮内を一刻ほど進んだところで、大きな広間に出る。通路の陰から広間の様子を窺えば、ゴーレム達はズズズ—と、足を引きずるかのように、ゆっくりと広間内を移動している。警戒でもしているのであろうか。
私は通路の陰から僅かに身を乗り出すと、詳細を窺うべく目を細めた。
ゴーレムは全身が鉱石で構成されているらしく、見た目からして固そうである。更には重さもあるようで、たまに足を上げ下げすれば、ズシン—と良い音が聞こえてくる。
人型に近く二足歩行で四肢があるものの、頭部に該当するようなものは見当たらず、前傾姿勢である事も相まって、首なし死体が歩いているかのような光景であった。
私は背中越しに、二人の顔を見てから尋ねる。
「ゴーレムって、みんなあんな感じ?」
だが、アイマスとソティは顔を見合わせると、んんん?—と、考え込む。どうやら、記憶には残っていないようだ。
「…どうだったかな?山道で出くわすような、ウッドゴーレムとかストーンゴーレムは…頭部があったような気がする。背筋ももっと伸びていた…かもしれん」
「ゴーレム系は興味がないので、よくは観察しておりません。申し訳無いので御座います」
思わずジト目を二人に向ける。きっと切っても叩いても効果の薄いゴーレムは、戦っていても楽しく無いのだろう。
素材に旨味がある種も少なく、足も遅いため、今までは出くわすなり逃げていたに違いない。
私は嘆息した後、改めて二人に問いかけた。
「どうする?どうやって切り崩す?」
「うん?そうだな…」
「特攻あるのみ、出たとこ勝負で御座います」
ソティの言葉にアイマスの表情が花やぐ。それは素晴らしい考えだ—とでも言いだしそうな勢いであった。即座にダメ出しする。
「いやいやいや。ダメだから。彼我の戦力差が分からないうちから突っ込むとか、有り得ないからね?ちゃんと安全策を取ろう」
「む、そうだな。よし、ならマコトには悪いが、先制で魔術を頼む。無属性の一撃が望ましい。それで魔力に対する耐性を見つつ、私とソティが仕掛ける。私が盾を派手に打ち鳴らして注意を引く。ソティは背後から魔石があるであろう胸を狙って強襲。マコトは私とは逆方向へ移動する事を心がけて、狙われないように注意する事。もし狙われたら私の元へ走ってこい」
アイマスの立案に、私とソティは首肯した。
アイマスは決して考えていない訳ではない。むしろ、理に適った戦術と戦略を組める人物である。俯瞰して物事を見れているという事でもあり、基本的には有能な部類なのだが—
「何で考える事を面倒くさがるかね…」
「…ん?何か言ったか?」
アイマスが耳聡く私の呟きを拾ったようだが、私は恍けて首を振る。
私の様子に怪訝な顔を見せた後、アイマスはゴーレム達へと視線を戻した。
さて、アイマスは戦いを楽しむ傾向がある。それ故に全体を把握しなくてはならないような、作戦行動の類を余り好まない。戦いに集中できないからだ。
(個人の性格だし仕方ないのかな…このパーティには、別に指令塔が必要なのかも…)
アイマスがリーダーである事には不満がないが、作戦行動をとる上ではアイマスに指令塔は不向きである。アイマスのストレスが凄い事になるからだ。
能力的には不備なく熟せるのに、性格故に不向きであるのだ。勿体ない事である。
そんな事を考えながら、魔力の矢を引き絞った。刹那、ゴーレム達が一斉に私へと向き直る。チッ—と、舌打ちしつつ、一瞬困惑したが、すぐに状況を理解すると矢を放った。
「ゴーレムは魔力を感知するみたい!」
「了解!マコトとソティは身体強化は最低限だ!前に出る!」
私の言を聞くや否や、素早く的確な指示を飛ばすアイマス。
(本当に勿体ないよなぁ)
私はそんな事を考えながら、ソティと共にアイマスから離れるように広間を回り込んでいた。
ところで、私の射った矢は、広場の中央付近の天井へ突き刺さると、爆ぜて魔力の針となり降り注ぐ。矢の真下にいた何体かは魔力の針に撃たれるも、魔石にダメージはなかったらしく、動きに支障はない。この魔力の矢は、主に敵の魔力耐性を調べる時に使用する。
どういう事かというと、弾ける針のサイズを三段階に分けている。弱・中・強と捉えて差し支えない。その矢の通り具合により、敵の魔力耐性を大まかに知る事ができるというものだ。
「ゴーレムは魔力耐性有り、弱は無効!」
これも迷宮の厄介なところである。通常のゴーレムは魔力耐性など持たない。だが、迷宮産となれば迷宮に有り余る魔力により、通常種よりも強化されたゴーレムが生成されてしまうのだ。
「弱無効、了解!」
身体強化を施し、盾を打ち鳴らしながらアイマスが叫ぶ。
アイマスの狙い通り、ゴーレム達は魔力に反応してアイマスへと迫る。
先程のスローリーさは影を潜め、随分と素早く動くが、大きく腕を振り回してアイマスを打ち据えようとするものの、アイマスはゴーレムの腕の合間を縫っては盾でゴーレム達を捌いてゆく。
抜き放った剣で腰だめの一撃を膝に加えてゆくアイマスだが、それは弾かれて、体表に僅かな傷を付けるのみに終わる。注意をより強く引くために、無駄とも思える攻撃を加えているのであろう。
(いよしっ!じゃあ一撃っ!)
弦に指をかけた私を見るや否や、アイマスは即座に身体強化に込める魔力を高める。私がターゲットにされないように—との措置である。
アイマスの纏う魔力が高まると、私より先に、ソティがゴーレムの背後から襲いかかる。
完全に気配を絶っていたソティは、いつの間にやらゴーレム達の波の中へと入り込み、己の牙を研いで待ち構えていたのだ。ソティの振るう鉈が左右のゴーレムの胴部へと深く食い込み、ゴーレムはそのまま背中から胸までを食いちぎられる。
鉈の通過した後には、両断された魔石の輝きが僅かに見えた。
気配を強く発したソティは再び気配を消してその場から瞬時に離脱する。ソティが一瞬見せた強い魔力に引かれ、アイマスへと迫っていた何体かのゴーレムはソティのいた場所へと向き直る。そのチャンスを逃すアイマスではない。
「もらうぞ」
今度はアイマスが強く剣先へと魔力を纏わせて、鋭い突きを放つ。ソティの一撃を見ていたのだろう。剣は過たずに魔石を刺し貫いた。
「私もっ!」
遅れて私の射った矢が、ゴーレムへと襲いかかった。矢は弧を描いて数体のゴーレムを穿つ。不思議な軌道を描き、天井へ突き刺さると矢は消えた。
魔石を傷つけてはおらず、腕や足の落ちたゴーレムはいたが、機能停止に陥ったものはいない。だが、この矢はこれで終わりではない。
矢を射ったその場には、未だに魔力の塊が残っている。アイマスとソティが素早く魔力の塊の左右へと広がると、その一方で、ゴーレムは魔力の塊へと向き直り、近付かんとしていた。
「ファイア!」
私の発射合図に従い、無数の光の筋が円弧を描いて広間の壁に、床に、天井へと突き刺さってゆく。手動で制御した矢の軌道をコピーして、それを僅かにずらしながら無数に撃ち込むという広範囲攻撃用の無属性魔術である。発動までタイムラグがあるものの、威力の割にコストパフォーマンスに優れる特性を持つ。
カッコ良さそう—という理由で生み出されたという残念な経緯を持つ魔術だが、使ってみると想像すらしていなかった活躍を見せたのだ。今や私のお気に入りである。
だが、軌道が読み辛いため、アイマスとソティからは嫌がられている。矢避けの術があるのだから良いではないか。
「本当にそれが好きだな」
「馬鹿の一つ覚えで御座います」
「ここ洞窟だからね!?属性魔術は極力控えたいの!」
数多のゴーレムが穴だらけになってゆく中、アイマスとソティは私にジト目を向けて文句を言う。
私も反論するが、無視された。ちくせう。
「お前らやるじゃねーか。何か言う事がないかと頭を悩ませたが、何も言えねえ」
リーブリヒが私達の背後から顔を出してそんな事を言う。どうだ—とばかりに胸を張って、リーブリヒに勝ち誇った顔を見せる。
リーブリヒは笑いながら続けた。
「ははは、そーだな。あえて言うなら、全滅させるまで気ー抜くな…だな」
リーブリヒがそう言うや否や、私とアイマスの間を何かが通過した。余りの速度に反応が僅かに遅れ、目を見開いてその何かを見れば、それはリーブリヒの槍であった。
背後を振り返ると、槍の一撃を受けて崩れ落ちるゴーレムの姿を認める。どうやらまだ息があったらしい。
リーブリヒは呵々と笑って言った。
「今のは俺が話しかけちまった故だからな。当然ノーカンだ。悪りーな」
やはりリーブリヒは相当の強者であるらしい。侮りがたし試験官。
間近でリーブリヒの強さを見たせいか、アイマスの“強い奴と戦いたい”スイッチが入りかけたところで、ソティが臀部にソバットを入れて強制的にオフにした。
あまりの光景に顔を引攣らせる私であったが、ソティはニコニコと笑みを崩さず、アイマスもまた気にした様子もない。
いつもの事であるらしい。リーブリヒも笑っていたが、この光景には心穏やかではいられない。
(こんな事ばかりやってるから、誤解されるんだよ二人とも…)
思わず、はぁ—と嘆息した。
アンラがホームだと言っていたアイマスとソティであるが、その割には冒険者間の繋がりが全くない。
そればかりか、アエテルヌムは避けられている。数パーティ合同の依頼などは、アエテルヌムがエントリーすると、途端に受注キャンセルやメンバーが集まらないといった事態が頻発する程だ。
二人は付き合ってみれば悪い人ではないのだが、鬼神に首狩りという悪名が先行してしまい、なかなか上手くいかないのだ。
(私がなんとかしてあげなきゃ…)
そんな事を考えて、一人やる気を漲らせた。
さて、私達は順調にゴーレムを倒しながら奥へと進む。
地図を見るのはソティの仕事だ。その分の後方警戒は、私の魔術により対応している—というか、面倒になったので全方位に展開している。
夜営で大活躍のセンサー魔術を改良したものである。センサー魔術はセンサー部を通過した一瞬しか感知出来ないが、今私が使用するのは、展開する円の中に敵がいるならば、その動向まで伺える。
魔力を弱く展開し、その疎密を観測するのだ。罠なども分かるため、非常に有用である。術的に複雑な分、少しだけコストが悪くなるが、全方位に展開する事で、私が先頭に立つ必要もなくなる。一石三鳥だ。
「この奥を右に入れば、次の階層へ出るみたいで御座います。次の階層では、注釈によれば…ゴーレムの種類が増えるみたいで御座いますね」
ソティの言葉にアイマスの歩みが止まる。
私達も、リーダーに倣い歩みを止めるが、どうしたものか?—と、訝しげな視線をアイマスに送った。
アイマスがくるりと振り返ると、その視線は期待に満ち溢れている。
「…ゴーレムの種類が増える?どんなのだ?」
どうやらゴーレムとの戦いは、なかなかに面白くなってきているらしい。
アイマスはソティの元まで近寄ると、地図を覗き込んで注釈を眺めている。
「いやいやいや、先頭に立ってよアイマス」
私は嘆息すると、アイマスの膝裏に蹴りを入れた。ソティの気持ちが分かった瞬間である。
アイマスは快活に詫びると、再び先頭を歩き出した。
「お前ら…仲良いーのか悪りーのか分かんねーな…」
リーブリヒも若干呆れ気味だ。仲良いのです、これでも。
私とソティの二人は、リーブリヒへ向けて肩越しにサムズアップして見せると、僅かに間をおいて、チェインメイルの擦れる金属音が聞こえた。リーブリヒが肩でも竦めたのだろう。
やがて、次の階層への入口へと辿り着いた。そこはやや赤みがかった光の差す階層であった。床面の様子を窺えば、所々が赤黒く染まっている。溶岩地帯であるらしい。
アイマスが襟元のプレートを僅かに持ち上げて、空気を数回通してから呟く。
「…熱いな」
「溶岩が流れてるんだよ。ほら、地面が赤くなってる。触らないでね。熱いじゃ済まないからね。足の踏み場にも気をつけて」
アイマスに注意を促すと同時に、手近な石を一つ赤黒くなった窪地へと投げ入れる。石はゆっくりと赤くなり、白い煙を吐き出し始める。
「溶けないね。一〇〇〇度弱くらいかな?」
「…これが溶岩か。初めて見たな…恐ろしい場所だ」
アイマスはゆっくりと感触を確かめるように歩き出す。
そのへっぴり腰がおかしくて、申し訳なく思いながらも吹き出した。ソティも吹き出した。前を行くアイマスは、真っ赤になって文句を言うがスルーである。
さて、溶岩地帯という事は、出てくる魔物もそれに因んだものへと変わる可能性が高い。何故なら迷宮は、同じ特性の魔素が集って出来上がるからだ。
ちなみに、私達が今いる階層は、この迷宮の最下層である。とりあえず最短ルートを通って一通りのゴーレムを確認しようという話になっていたのだ。
当然、言い出しっぺは戦闘が好きで、迷宮が好きな困った女、アイマスである。
なお、リーブリヒによれば、百体まで後六体であるらしい。
「百体になったからって、即座に切り上げなきゃいけねー訳じゃねーぞ。ある程度はお前らの好きにしな。つーか、半日で既に百体いきそーだしな。時間が余りまくってんよ」
リーブリヒの呆れた顔とは裏腹に、声は弾んだものであった。極めて幸先の良いスタートに、安堵しているのであろう。
私も迷宮で、自分達の力や技が通じる事に、少しばかり安堵していた。
というのも、この迷宮の敵のレベル帯は40〜60代であるのだ。私達にとっては格上である。
いや、Cランクの昇格試験を受けるような冒険者達の多くにとって格上であるだろう。
(楽観はできない。でも、やり方次第ではまだ戦える。最下層な敵は60代も出るはず…何処まで通じるかな)
ここまで格上の敵を当てて試験になるのか?—と、敵のレベル帯を聞いた時には思ったものだ。
けれど、ここの敵は物理攻撃に対してはほぼ無敵を誇るものの、魔力は通り易い。それこそ、敵のレベルを考えれば、あれ?—と、首をかしげる程に魔力攻撃は通るのだ。
(意地が悪くて、同時にとても親切な試験だね)
苦笑と共に、そんな感想が脳裏を過る。
アエテルヌムとて、デンテに師事していなければ、私以外は成す術がなかったはずだ。
そこまで考え至ると、ふと警戒が緩んでいる事に気がついて、慌てて意識を周囲の警戒に当てた。センサー魔術の半径が小さくなっていたのを急いで広げる。
余談だが、このセンサー魔術は非常に弱い魔力で構成しているため、ゴーレムには感知されない。色々と応用が利きそうであった。
「…いるよ」
私は呟くと同時に表情を引き締める。
その広げたセンサーに、二体のゴーレムらしき反応が引っかかったのだ。私の呟きに、アイマスとソティの表情もまた引き締まった。
今私達のいる場所は丁字路であるが、私の視線を確認して、アイマスが右へと出る。
「…こっちか?」
「うん」
アイマスは身体強化を施すと、ゆっくりと前へと進む。
私のセンサー内で、二体の反応が動いた。おそらく、アイマスの魔力を捕捉したのであろう。ゆっくりとアイマスへと向けて通路を進んでくる。
「アイマス、来るよ。二体」
「分かった。なるべく私が抑えるつもりだが、相手は大分格上だ。受けきれなくなったらスイッチ頼む」
アイマスの言ったスイッチとは、壁を入れ替える事である。
敵の攻撃を捌く事で受ける、防御主体の壁であるアイマスと、敵の攻撃を掠らせる事すら許さない回避に偏重した壁のソティ。アエテルヌムには二枚の壁があるのだ。
以前、お酒を飲みながらアイマスが自慢げに言っていた。
「二人旅の時は、お互いが壁になれるから楽なんだよな〜。疲れたら下がればいいし」
「回避壁と肉壁で御座いますね」
凄い毒素を孕んだ発言が直後に聞こえたが、誰の発言かは忘れた。忘れたと言ったら忘れたのだ。ちなみに、アイマスはその時酔っ払っていたから笑って済まされた。
さて、話を戻そう。私達の前に現れたのは、やや黒ずんだコバルトゴーレムであった。
「アイマス!高温の恐れあり!」
「ああ、既に暑いな!」
アイマスは盾をガンガンと打ち鳴らして、事もなげに言って退ける。
その口元が緩んでいるのを認めると、悪い癖が出ているのであろうか?—と考えて、私は叫んだ。
「スイッチは!?」
「不要!」
アイマスが剣と盾を構えて魔力を一気に高めてゆく。
何をするつもりか?—と、私とソティが焦れて前に出ようとした時、アイマスの剣と盾が氷に包まれた。
「あ、成る程!」
「ふふふ、デンテ殿との修行の成果だ!」
アイマスがデンテに課せられた課題の一つ。剣と盾を魔力で覆い、その性質を変化させる事である。
アイマスの姿を見て、私は安堵の息をつく。
アイマスは鎧までもが冷たい風を吹かせ始め、周囲の温度を下げてゆく。やがてコバルトゴーレムはアイマスへと狙いを定めると、腕を振るう。
「さっきまでの奴らの比じゃないな!早いぞ!」
アイマスは嬉々として剣と盾でゴーレムの動きを捌いてゆく。
危なげなく攻撃を捌ききれているのだが、何故かとても不安になる絵面であった。
私は矢を番える。今度の矢は魔力の矢ではなく、本物の矢である。
「アイマス、逃げて夜露死苦!」
「お?おう!仏恥義理でバックレる!」
言うや否や、一気に鏃へと魔力を込める。
魔力の矢では、矢を顕在化させるのにも魔力を使ってしまうため、魔力が分散する。
だが、本物の矢ならば、矢そのものへ魔力をふんだんに込められる。
「いけっ!」
矢を射ると、飛翔する矢に並走するソティの背中が僅かに見えた。
「刺さらなくては意味がないので御座います」
ソティの上げた声に、しまった—と、己のミスに気が付いて、咄嗟に詫びる。
「その通りっす!カバーすんません!」
ソティは魔力で強化したナイフを投擲するが、ゴーレムの胸部へ浅くはない傷をつけるも弾かれる。だがしかし、これで良いのだ。
ソティの付けた傷目掛けて、鏃が突き刺さった。
刹那、ゴーレムは急速に凍りつく。周囲の温度を一気に引き下げ、隣を歩いていたもう一体のゴーレムも半身が凍りつく。
氷から僅かに逃れた半身も、急速に熱が奪われた事による影響か、目に見えて動きが鈍くなっている。
「むん!」
氷漬けのゴーレムへとアイマスの剣が突き立てられると、その横ではもう一体の背後から、鉈が襲いかかった。ゴーレム二体は魔石を砕かれ沈黙する。
私達の勝利である。