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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第3章 真、Cランクになる
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真、Cランク昇格試験に臨む

前回の前書きで、活動報告云々と言いましたが…書く事がなかったです。そもそも、活動してないですしね。

ので、書きためたお話の校正を進めてます。

なるべく分かりやすい表現を心がけてはおりますが、誤字等がまだまだ残っている事と思われます。

誤字脱字、或いは表現の間違いを見つけても、“またか”と、笑って済ませてくれると助かります。


3章も、よろしくお願い致します。

 茹だるような暑さで目を覚ました。窓を開けて空を見上げると、太陽は随分と高い位置へと昇っている。積乱雲まで発達しそうな大きな雲が空に浮かび、耳をすますまでもなく、裏通りには蝉の鳴き声が響き渡っていた。夏真っ盛りである。

 私がこの世界に来て二度目の夏であった。


(“私”ももうすぐ17になるのか。…いい加減、彼氏の一人くらい出来ても良くない?)


 私は未だにフリーだ。なんならアエテルヌムの三人は全員フリーである。おかしい、世の中間違ってる—と誰ともなしに吼えてみる。

 だがしかし、これで私はそれなりにモテるらしい。酔っ払った男性が、滔々と語ってくれた。


(モテるのか…そうか、モテるのか)


 何かの金属でできた鏡に映る己の顔をまじまじと眺める。

 相変わらず緩いショートボブであるが、子供特有の丸みが徐々になくなり、艶やかさも増している気がする。


(…私も大人になりつつあるんだなぁ…)


 はぁ—と、嘆息すると、桶の中に水を入れ、布で汗を拭い取る。少し水を冷たくし過ぎた。もう少し温く作るべきだったか。

 私は少しだけ、冷たさに身を震わせた後、先の結論を出す。


(これは…詰まる所、パーティメンバーが悪いんだな!)


 迫力美人のアイマスに、白皙の美女ソティである。美人姉妹とその出涸らし扱いは、今も変わっていない。

 更には、アイマスとソティにはもう一つの側面がある。鬼神アイマス、首狩りソティという側面だ。まともな男性は、怖くて声がかけられないのであろう。


(うん、きっとそうに違いない)


 私はそう考える事に決めると、ホロリと頰を濡らす涙を拭った。

 さて、昼近くまで寝ていた訳だが、フリーターに転職した訳ではない。明日はアエテルヌムのCランク昇格試験だ。そのため、本日は休業である。

 アイマスとソティも、何処かで羽を伸ばしているに違いない。私は大きく伸びをすると、外へ出るべく身支度を始めた。


(お腹が空いた気がするな〜。何か食べるかな?でも、起きてすぐ肉ってのもなぁ〜。軽食でいっか)


 身支度を済ませて外へ出ると、丁度昼時であるらしく、何処の飯屋にも人集りが出来ていた。ちなみに、王都アンラでは、昼ごはんといえば肉である。何処を見渡しても、肉しか取り扱っていないのだ。

 昼時に肉以外のものを食べようと思うなら、軽食しかない。そこまで空腹を感じない私は軽食を取ることに決めると、近場の水車小屋へと足早に向かった。


「たのも〜」


 水車小屋の扉を開けると、中では何人かの粉挽き職人がパンを齧っている。丁度良いタイミングであったようだ。

 焼きたてパンの香ばしい香りが入り口まで漂ってきており、しばしその香りに酔った。

 やがて、粉挽き職人の一人が私の姿を認めて声をかけてくる。


「マコト、久しぶりね。昼時に来たという事はパン目当てかしら?」

「ふふふ、正解だよ。二つおくれ。はいお金」


 貨幣と引き換えに、挽きたてで焼きたてのパンを受け取る。焼きたてのパンはとてもふわふわで美味しかった。

 私はペロリと食べ終わると、腰を持ち上げる。


「なんだ、もう行くの?忙しないわね」


 慌ただしい私を見て、粉挽き職人の女性は苦笑しながら声を上げた。


「ふふふ、明日からCランクの昇格試験なのです。…何か落ち着かなくてさ」


 私はそう言って笑ってみせる。粉挽き職人の女性もまた笑ってくれた。

 粉挽き職人達にパンの礼を述べて水車小屋を後にすると、今度はその足で職人ギルドを訪ねる。


「親方〜遊びに来たよ〜」


 職人ギルドの中に入っても誰も出てこない。

 それもそのはず。山精族ドワーフは物静かで、人付き合いが苦手な種族なのだ。酒が入らないと、一日中口を開かない事もザラである。


「話しかけても誰一人出てこないとか、どうなってんだよ。商売っ気ないなぁ」


 ブツブツと文句を言いながら、私が訪ねるのは木工ギルドだ。木工ギルドの開けっ放しの扉の奥では、十人程度の山精族ドワーフ達が黙々と木を削り、磨いていた。

 その中から目的の人物を探すべく、様子を窺いながら奥へと踏み入ってゆく。

 私が見ている事に気が付くと、山精族ドワーフ達は見るな—とばかりに、全員が背を向ける。いくら人付き合いが苦手と言えども程がある。これでは話にならない—と、いつもの光景に苦笑した。

 そのまま奥に進むと、私は一際立派な弓の前で、仁王立ちで佇む山精族ドワーフの背中を発見する。


「親方〜、弓受け取りに来たよ〜」

「…持ってけ」


 ところが、私が声をかけても親方はボソリと呟くのみで、こちらを見向きもしない。これは面白くない。少し、意地悪してみる事にした。


「何かいう事ないの〜?注意事項とか?」


 私の発言が余程面白くなかったのか、親方は私をジロリと睨みつける—が、即座に視線を逸らす。

 何も言わずにジッと親方を見つめていると、親方は再び弓へと視線を戻して言った。


「…ない。完璧だ」

「ふふふ、頼りにしてるよ」


 言うや否や、親方の前へと回り込むと、親方の手を掴んでブンブンと振る。

 親方はこの世の終わりだ—と、言わんばかりの慌てふためき方をしていた。失礼な話であるが、悪戯はここまでにしておくべきだろう。

 私は弓を受け取ると、親方に礼を告げて立ち去る。


(馴れてくると、これはこれで楽しいんだけれどね)


 この山精族ドワーフの気性を私の生まれた世界で例えるなら、普段の山精族ドワーフは黒髪で第一ボタンまで閉めるような、勉強にひたすら取り組む無口な真面目タイプである。

 ところが、一滴でもお酒が入ると、茶髪ロン毛でピアスを沢山つけた強面のお兄さんみたいな激しいノリになるのだ。

 一度、山精族ドワーフの飲み会を目撃したが、まるで渋谷のクラブを見ているかのような熱気と賑わいであった。


(渋谷のクラブなんか見た事ないけどね)


 べっ—と舌を出して、誰ともなしに戯けて見せる。山精族ドワーフ達のど真ん中にいても、山精族ドワーフは全員が私に背を向けているのだ。見られる心配もなかった。

 さて、弓を受け取り、追加の矢を補充した私は、弓と矢筒を背負って冒険者ギルドへと向かう。弓の感触を確かめようとしているのだ。

 職人ギルドを出て大通りへと戻ると、人垣の中に一際背の高いポニーテールを見つけた。

 ニヤリと意地悪い笑みを浮かべて、とてとてとその背後に忍び寄ると、肩に手を伸ばそうとした所で、逆に手首を何かに包まれた。


「ひぅっ!?」

「うわっ!」


 思わず間の抜けた声を上げる。私の叫び声に大柄な背中もビクッと跳ねたが、それは一先ず後回しである。己の手首を見れば、そこには白魚のような指が添えられていた。

 全く気配を感じなかった白魚の正体は当然—


「マコト、悪戯をしては駄目で御座います。八百屋のサブ様は、驚かせた時のショックで天に召されたそうで御座いますよ?」

「誰だよサブ様って?」


 お前が言うか—と、私はジト目でソティを見る。

 白皙の美少女ことソティは、今年で16歳になる。彼女はもともとが私よりも大人びた顔立ちであったが、ここ最近はぐっと私を引き離して大人の階段を上っている。見た目的な意味で。もはや美少女はそこにはいない。ここにいるのは美女である。

 大人びたソティであるが、純白の法衣と濃紺のスカプラリオはそのままに、何処かに隠し持つ鉈の数が増えている—っぽい。何せ隠し持っているくらいだから分からないのだ。


「おいマコト!危ないだろ?危なく斬りつける所だったぞ!」


 情けない声で叫んだアイマスだったが、叫ぶと同時に腰の剣を抜き放たんとしていた。その辺りの反応の速さは流石である。

 アイマスはつり目がちな瞳を大きく見開いて私を見ていたが、やがて普段の凛々しい顔へと表情を落ち着けて言った。


「明日の昇格試験では本当に頼むぞ?ネタなんて提供しなくて良いからな?下手な事もしなくて良い。真面目にやってくれるな?」

「ガッテン!」


 私の返事を聞いたアイマスは、腰に手を当てて嘆息した。勢い良く返事したはずなのに—と、何がおかしかったのかを考えれば、ここぞとばかりにソティが毒を吐く。


「馬鹿の考え休むに似たり—で御座いますね?」


 それを聞いた私は心穏やかではいられない。ソティへと一歩詰め寄ると、手をわきわきと動かしながら尋ねる。


「ソティさん?どういう意味かな?かな?」


 口元に手を当てて上品に笑うソティと、顳顬に青筋を浮かべているであろう、口元をひくつかせる私。そんな二人の間に巨躯をねじ込んで、アイマスが告げた。


「はいはいそこまで。…で?マコトはどうしたんだ?私達はこれから冒険者ギルドへと行く所だ。マコトもだろ?」

「お?そうだけど…私は弓の試射をするつもりだよ。二人は何か用事?」


 私が尋ねると、二人は顔を見合わせて笑う。何事かと訝しめば、アイマスが口を開いた。


「いやいや、マコトが弓の試射をしているだろうから、見に行こうとしていてな」

「なんだ。そういう事なら張り切ろうじゃないか。私の弓の腕前を堪能してゆくといい!」


 胸を張って告げる私に、苦い顔を見せるアイマス。私は魔術師である。弓の腕前ばかりが上がっても仕方ないのだ。

 アイマスの表情に、分かってる—とばかりに、手を振ってから歩き出す。アイマスとソティは顔を見合わせると苦笑していた。

 さて、大通りを進み、王都アンラの中心部にある噴水広場までやって来る。目指す冒険者ギルドは目と鼻の先なのだが、何やらギルド内が騒がしいのだ。私達は顔を見合わせると、ギルドへと急いだ。

 私達がギルドの開け放たれた扉から身を乗り出した時、バキ—と床板が抜けたかのような音が聞こえた。


「てめえ!やりやがったな!」

「…何を言うか。先に得物を抜いたのはそちらで御座る。峰打で済ませただけでも有り難く思え」


 ギルド内が騒がしかった原因は、どうやら喧嘩のようであった。

 数人の男が強面の巨漢を囲んでいる。だが、巨漢を囲む男達の周りには、既に何人もの男達が泡を吹いて倒れていた。

 声を上げているのは私達に背中を見せる冒険者と、囲まれている巨漢である。


「あいつらは…大型クラン、鉄の掟の連中だ。決して弱い相手ではないぞ?」


 アイマスの呟きは、倒れ伏している男達の事を言っているのであろう。

 大型クラン、鉄の掟—そのクラン名が示す通り、何個かのルールがクラン内にあり、それを絶対厳守するというクランである。

 これだけだとよく分からないが、興味がないので深く聞いてもいない。ちなみに、かなり名は売れており、アンラの誇る精鋭冒険者チームに名を連ねる程である—らしい。

 ところで、そんなモブの事など見てはいない。私が見ていたのは巨漢だ。

 乱暴に後ろで纏められた金髪に、獣のような鋭い眼光。彫りは深く鼻は高い。眉間に刻まれた皺の深さは潜ってきた修羅場の数を物語っているようである。髭はある程度の長さで切り揃えられているが、野性味溢れる表情と相まって、ワイルドな印象しか受けない。年の頃は30前後であろうか。

 だが、問題はそこではない。強面の巨漢が身につけている武具こそが問題であったのだ。


「…鎧…刀…」


 それは東洋甲冑と呼ばれる鎧であった。頭の天辺から足の爪先まで—というには、兜は脇に抱えているが。ともかく、全身を甲冑に包み、右手には刀身の背を下に向けて、刀が握られている。


「…マコト?あの男を知っているのか?この辺りでは見た事ないが?」


 尋ねてきたアイマスを見て首を振る。

 見た事のある人物ではないが、身につけている武具については尋ねたいと考えている。声をかけるのは、めちゃくちゃ怖いが。

 やがて、鉄の掟の一人と思わしき男が、強面の巨漢へと向けて声を上げた。


「お前、死んだよ」


 その言葉に、巨漢の気配が変わる。スゥ—と目が細められ、徐に口を開いた。


「そうか。その言葉は、お主達も命を賭けたもの…と、考えても良いので御座るな?」


 巨漢の言葉に、巨漢を囲む男達は発言の主を見る。その顔にはありありと書いてあった。


“お前、余計な事言いやがって!”


 —と。命を賭けるつもりは、周囲の男達にはないらしい。

 だが、周囲の男達の慌てる様を見ても、巨漢は刀の刃を下へ向けて持ち直した。

 カチャリ—と、柄を握り込む音が聞こえれば、流石に焦る。


「ヤバい…本気で殺すつもりだ…」

「おいおい、嘘だろ?」


 私が小声で呟くと、アイマスがそれを拾って青い顔をする。ソティも渋い顔で成り行きを見守っていた。

 巨漢が怖すぎて、誰も声をかけられないのだ。止める事が出来ないのだ。

 私は受付カウンターを見る。受付カウンターには、うっかりでお馴染みの猫獣人チッコがいた。いるだけだが。

 チッコは限界まで耳を伏せて、視線を男達から逸らしていた。止める気など、さらさらないようだ。


(役に立たん受付嬢だ)


 私は深呼吸して声を張り上げる準備に入る。怖いが仕方あるまい。あの強面の巨漢には、聞かねばならない事があるのだ。私は数度イメージを膨らませる。


(まずは大声で注意をひく。強面の巨漢が視線を向けたら前に出る。何故こんな事になっているのかを尋ねる。よし…行くぞ!行くぞ!あ〜こえ〜!行く!今行く!)


 よしっ—と気合を入れて、声を張り上げんとしたまさにその時—


「何をしているんだ!」


 私達の後方から、爽やかな怒声が耳朶を打つ。私のみならず、その場にいた全員が、入り口の扉へと顔を向けた。

 そこにいたのは四人の男女。先頭に立つのは全身を金属鎧で包んだ金髪のイケメン。

 その背後には、顔上部を完全に隠す黒い仮面を付けた真っ黒な修道女。

 その隣に並ぶのは、黒い包帯を全身に巻いたグラマラスな美女。

 一番後ろからひょっこりと顔を覗かせているのは、茶髪の町人のような少年。

 巨漢はイケメンへと視線を向けると、刀を鞘へと戻して尋ねる。


「もう用は済んだのか?」


 だが、イケメンは巨漢の問いには答えず、逆に巨漢を問い質す。


「まずは質問に答えなさい。何をしていたのですか?」


 巨漢はそれには答えずに、人垣を押し退けてギルドの外へと出て行った。

 その後ろ姿に険しい視線を向けていたイケメンであったが、巨漢の後ろ姿が見えなくなると、周囲に向けて頭を下げる。


「皆様、お騒がせして申し訳ありませんでした」


 私はイケメンよりも、あの甲冑姿の巨漢が気になって仕方なかった。この場を去るべきか逡巡するが、動くのも憚られる気がして、そのままその場に立ち尽くした。


「怪我人を見てくれますか?私は受付からギルドマスターへ話を通してもらいます」


 イケメンの言葉に黒の修道女は頷くと、即座に倒れ伏している男達の様子を見ては、法術を施してゆく。

 彼女の扱う法術は、見事な腕前であった。だが、ソティは僅かに眉間に皺を刻む。何か気にかかる事でもあったのだろうか。

 イケメンがチッコに何か話しかけると、チッコは青い顔で階段を駆け上がってゆく。イケメンもそれに続き、黒の修道女と包帯の美女も後を追った。だが、茶髪の少年は後を追わずに周囲を見渡すと、手近な男へと歩み寄る。


「何やって怒らせたっスか?」


 少年が声をかけたのは、強面巨漢を囲んでいた男の一人だ。

 男は少年の言葉に僅かに目を泳がせたが、舌打ちすると周囲の男達へ声をかけ、その場を後にする。声をかけられた男達は、倒れた男達を引きずってギルドを出ていった。

 私は苦い顔で、慌てながらギルドを出てゆく男達の後ろ姿を見つめていた。既にそこには巨漢の姿はない。


(声をかけるタイミングを逃したなぁ)


 いつの間にやら少年も階段を上がったものとみえて、姿を晦ませている。

 馴染みの受付嬢であるチッコもおらず、話を聞けそうな知り合いも周囲にいない。


(…はぁ、私ってビビりだなぁ…)


 そんな思いを抱いて嘆息すると、訓練場へと足を向けた。






「凄い気迫だったな。さぞかし名のある剣士なのだろう」

「へえ?アイマスから見てもそんなに凄かったの?」


 私達は訓練場の一角にいた。

 アイマスは嬉々として先の出来事を思い返しているようである。気迫とか言われても、ピンとこない。前衛にしか分からない領域なのかもしれない。

 それ故に、その凄さを尋ねたのだが、返ってきたのは叱責であった。


「マコト、あの瞬間お前は声をかけようとしていただろう?下手したら斬られていたぞ?あれはそのくらいならやりかねん程の気迫だ」

「そうで御座いますマコト。我らよりはるかに格上の方々が、声をかけられなかった理由を考えてほしいので御座います」


 そんな事言われても—と、苦い顔で弓を引き絞る。


—ヒュ—


 私が弓に番える矢は魔力の矢である。これは野伏の闘技に近いものであるが、私の矢はここから先が違う。私が射った矢は的を目掛けて飛翔しながらも、途中で二つに分かれると、片方は見えなくなる。

 アイマスはきたきた—と呟きながら、目に見える矢の行方を追う。ソティもまた微笑みながらアイマスに倣っていた。矢はそのまま的を大きく逸れて飛んでゆくが、まるで役目は終わったとばかりにかき消えた。

 アイマスとソティは消えた矢から的へと視線を移すと、そこにはしっかりと的に命中している魔力の矢があった。隠蔽系の魔術を用いたものだ。

 私は視線を的からアイマス達に向けると、徐に尋ねる。


「…この技、使えると思う?」

「うう〜ん、地味だな。それ以外に言葉が出てこない」


 地味か派手かなど、どうでも良い。

 私はソティを見る。ソティはアイマスと違い満足げに頷いていた。これは高評価の予感である。


「素晴らしいので御座います。奇襲や強襲からの撤退時、その技で駄目押しをするのが良いかと思うので御座います。敵は撤退のための威嚇だ—と判断して、間抜けにも当たってくれる事でしょう」


 的確だが参考にはしたくない用途である。

 ちなみに、アイマスは日頃の訓練をしない。目標がある時は別だが、これといって何もない時などは、ひたすら酒を飲んでいるのが慣わしだ。

 ソティは修道士としての服務があるため、何もない時は修道士として嫋やかに振舞っている。首狩り修道士シスターと陰で囁かれている事は、想像に難しくないだろう。

 この二人は1年でレベルが2上がった。やはり30代の壁は厚いらしく、二人は事ある毎に迷宮、迷宮と口にしている。私もレベルが25になり、30代は間近である。

 そうそう。余談だが、面白い話を聞いた。レベルが50を超えると、信奉する神から力を一つ授かれるらしい。これは、魔力による肉体の強化が進む事で、神の言葉を正しく理解できるようになるから—と、認識されている。ただし、信仰が一定値以上必要となるのだが。

 アイマスならば剣神から剣の技、或いは武神から盾の技で悩んでいるし、ソティは教会の信奉する女神から癒しの技を授かるのだろう。

 私も50までには信奉する神を決めなくてはならないのだが、生憎、私の信仰は未だに0である。果たして神は、技を授けてくれるのだろうか。

 ちなみに、狙っているのは魔導神ゴーモリヤの魔導の真髄という魔眼だ。何でも、魔力の構成を瞬時に読み解けるらしい。カッコいいし便利だと私は思うのだが、不人気なスキルであるそうだ。

 そもそも、魔導神自体が不人気なのである。例えば、火の攻撃魔術に特化している魔術師は、火の神に火属性の攻撃魔術を授かったりするらしい。それは他の魔術師にしても変わらない。魔物の脅威に常に怯える故であろうか。攻撃力のみを追求するきらいが、この世界にはある。


(魔導神…良いと思うんだけどなぁ)


 そういう世界だと言われればそれまでなのだが、それでも私の中では、魔導神ゴーモリヤの評価は揺るがない。

 ゴーモリヤは文献によると、かつては人間であり、魔力とは、魔素とは何か—を生涯をかけて探求した知識欲の権化である。

 そういった探求の果てか否かは不明だが、得られる技の数々には攻撃に使えるものはなく、補助や能力強化といった色が強い。


「マコト〜」


 さて、弓の試射を続けていると、ギルド側の入り口から、誰かが私へ声をかけてくる。

 私はそちらへと向き直り、走り寄る人物に対して口を開いた。


「許さんぞ、チッコ」


 去年の夏の事—限界突破暴露事件の事を未だに根に持っているのだ。あれのおかげで私達は随分と行動範囲を狭められた。

 あの時は迷宮入りも許可されていたと記憶しているのだが、即座にそれは撤回されて、迷宮入りはCランクに上がってから—と条件が追加された。

 Dランクの依頼にしても、どこから手が回されるのか、王都近郊のものしか受けさせてもらえず、元の世界へ帰る手段を探したい私としては、歯痒い限りである。

 ギルドマスターやデンテにも相談というか、抗議したが—


「「諦めろ」」


 —と、素気無くあしらわれて終わった。実はあの二人が黒幕なのではなかろうか?—と考える。


「いやいや、もう許してよ。仕方ないじゃん、人類初だよ?人類初!テンションも上がるってものだよ」

「仕方ないじゃんって…何でもそれで押し通す気かよ」


 チッコの言い訳に、私はイラッとして渋い顔を作る。

 アイマスとソティが、即座に私達の間へと割って入り取りなす。アイマスは私の肩を押さえたまま、己の肩越しにチッコへと尋ねた。


「それで、マコトに何の用なんだ?何も用がないなら帰れ。また尻尾を握られるぞ?」


 アイマスの発言に乗っかり、チッコに向けてガルルルル—と威嚇する。受付嬢チッコ、酷い嫌われようである。

 そんなチッコは、私達に苦り切った表情を見せて言う。


「明日からのCランク昇格試験の説明よ。既に皆様会議室に集まってるから、アエテルヌムの皆待ちなの」


 何それ?何の話?—と、チッコの話を聞いたアイマスの顔にはそう書いてある。私も似たような表情を浮かべている事だろう。

 チッコは私達三人の顔を見て、視線をやや上に上げる。あの空目の意味するところは、過去の己の行動でも振り返っているのであろう。

 僅かに間を置いてから、顔色を青くしたチッコは私達に尋ねてきた。


「私、もしかして言ってない?」

「聞いた記憶がないな」

「聞いておりませんので御座います」

「許さんぞ、チッコ」


 私達はチッコへと迫る。チッコは必死に詫びるが、私達に許す気はない。

 アイマスとソティに抑えられ、私に尻尾を握られると、チッコは思わず色っぽい叫び声を上げるのであった。






「来たか、アエテルヌム。大体の事情は察している。連絡の不備があって申し訳ない」


 会議室に急いで向かった私達を待っていたのは、他にもCランクの昇格試験を受けるであろうパーティが二チーム。そしてギルドマスターのモスクルであった。

 私は項垂れるチッコに指を突き付けて、モスクルへ抗議する。


「チッコはうっかりが過ぎるんだけど」

「今後気をつけるよう厳しく注意しておく」


 担当は外してくれないらしい。

 そう、チッコは私達アエテルヌムの担当窓口なのだ。項垂れるチッコはそのままに、私達は空いている席に並んで腰を下ろす。他の二チームへ遅れた旨を詫びると、気にするな—と苦笑して返してくれた。

 良かった。良い人達であるらしい。

 さて、私達が席に着いたのを確認したモスクルが声を上げる。


「では、明日からのCランク昇格試験について説明を行う。明日から皆にはコバルトの迷宮へと行ってもらう。そこで各自、魔物を先ずは百体間引いてほしい」


 私達アエテルヌムの三人にとっては、然程難しい内容でもない。だが、他の二チームにとっては顔を顰めずにはいられない内容である。

 コバルトの迷宮—その名の示す通り、内部はコバルト色に囲まれた鉱山のような迷宮である。

 出現する魔物は、やはり鉱石のゴーレムが主であり、身体が鉱石である彼らには物理攻撃はほとんど用をなさない。要は、この試験は攻撃手段の多様さを問うための場であるのだろう。

 余談だが、アイマスくらいの腕力があれば、普通の剣でも傷くらいはつけれる。頑張れば一体は物理攻撃のみでも倒せるかもしれない。己の武器と引き換えに。


「なお、パーティ間の連携は禁止とする。助っ人も禁止だ。今いるパーティメンバーのみでやってもらう」


 モスクルの言葉に、更に絶望の色を濃くする二チーム。見れば魔術を使えそうな者はおらず、ここまで物理攻撃一辺倒で来たのであろう。

 まあ、かく言う私も見た目は完全に野伏なのだ。他の冒険者達から見れば、戦士、野伏、修道士の物理職・回復職パーティに見える事だろう。


(また、随分と思い切った試験だねぇ)


 試験内容に思いを巡らせていると、他の二チームが不満を爆発させた。

 口々に文句を言う面々を前に、モスクルが口を開く。


「色々と言いたい事もある事と思う。だが、この試験は攻撃手段の多様さを問うものだ。それも、切り札的に一、二撃といったものではなく、コンスタントに使っていける物を持っていてほしい。Cランク以降の依頼では、特殊な魔物—所謂、特殊個体ユニークの討伐や、大型魔物の討伐も受注可能になるからだ。だからCランクの昇格試験では、物理に偏ったチームは物理の効果が薄い相手と、魔術に偏ったチームは魔術の効果が薄い相手と戦わせる事になっている。無理だと思ったら今回は見送る事だ。仲間を増やしても良いし、己の技を磨いて再度臨むのもアリだ。実際に物理攻撃のみで、或いは魔術攻撃のみで切り抜けた頑固者もいるからな。それもまた、そこまで突き詰めたならアリだろう」


 モスクルの言葉は、厳しくも優しいものであった。意地悪で試験を課しているのではなく、命を失わせないための試験である。

 モスクルの丁寧な説明に、自分達のチームの欠点に気付いたのだろう。私達の前に座っていた二チームは、今回は見送る—とだけ言い残して、会議室を出ていった。

 さて、会議室に残っているのは私達アエテルヌムの三人のみとなった。モスクルは私、アイマス、ソティの三人に視線を一巡させると、嘆息する。


(何だよ、その溜め息は…)


 —と、思わなくもなかったが、口には出さない。モスクルは改めて私達を見ると言った。


「お前らにとっては朝飯前過ぎる課題だろうからな。コバルトの迷宮内に確認された特殊個体ユニークを倒す事も、試験内容に追加させてもらう」

「横暴だ」


 これには流石の私も文句を言う。

 だがモスクルは片眉を上げて見せると、文句は聞かん—と、言わんばかりに説明を続けた。先の二チームに対する態度と、何故こうも違うのか。

 きっと隣に座る鬼神と首狩りの悪評故に違いない—と私はジト目を二人に向けた。

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