真、3人に同行する
あたしは三人に同行する事になった。何の準備もなく棍棒一つで森を彷徨うには、あたしは余りにも頼りなかったからだ。これは三人からの提案によるものであった。あたしに否やはなく、快諾した。
『これからしばらくの間、お世話になります』
頭を下げると三人は口々に挨拶を返す。まず最初に名乗りを上げたのは、大柄な女性の戦士だ。名前をアイマスというらしい。今年で17歳になるのだとか。金属と皮革の合成鎧で全身をくまなく覆い、身体つきは窺い知る事が出来ないが、相当に引き締まっていると思われた。
そして、かなりの美人である。金髪碧眼…だけでは味気ないので補足すると、キリと意志の強そうな眉にツリ目がちな瞳と引き結んだ唇である。一見、怖そうな印象を与えるものの、話してみると意外に大らかで明け透けなのだ。特に、よく笑うため、近付くと印象はガラリと変わる。気楽に話しかけられる友人タイプである。
『こちらこそ宜しく頼む。またマコトの世界の話を聞かせてくれ。特に長尺武器の話が聞きたい』
次いで前に出たのは修道士のソティだ。純白の修道服に濃紺のスカプラリオという出で立ちであり、腰には鉈が二本ぶら下げられている。白く透き通った清流の如き長髪を後ろで柔らかく纏め、青い虹彩の瞳は伏し目がだが睫毛がめちゃくちゃ長いため、絵になるのだ。顔は小さく顎も細いため、兎に角小顔に見える。鼻梁も文句のつけようがなく、正にザ・美少女。
年齢は14歳であり、これから女性として成熟してゆくのであろう。本当に鉈装備なのが悔やまれる逸材であった。修道士の中でも回復に特化した司祭であり、あたしの肩を治療したのも彼女であるらしい。良く分からなかったので、道中で詳しく聞こうと思う。
『宜しくお願いするので御座いますマコト。私にも向こうの世界の話を聞かせてください。暗器とかのお話が良いので御座います』
最後は呪術師のアシュレイである。年齢は千歳だとか。二人が笑っていたので、冗談なのだろう。年齢は秘密という事らしい。
彼女は赤い髪に緑の魔眼を持つ魔人族という種族であるらしく、耳の裏辺りからうねる様に前方へ伸びる角も同時に持ち合わせていた。魔人族は皆一様に赤い髪に緑の魔眼、そして角を持つそうだ。角の形は一人一人違い、同じ形の角を持つ人物などあり得ないらしい。
魔眼と呼ばれる理由だが、瞳に特殊な効果があり、アシュレイのそれは、うっすらと未来の一部が見える時があるそうだ。今回、あたしと鉢合わせたのは、正に魔眼の力によるものであったそうで、あたしはアシュレイに拝んで見せる。
それは兎も角、アシュレイは紅のローブに身を包み、先端に水晶球に見えるものを嵌め込んだ杖を持っている。呪術というものがどういうものであるのかは、おいおい聞いてゆく事にしたい。
『まあ、助けたのはもののついでだから〜。気にしないで〜…あ、私は化学兵器の話がまた聞きたいかな〜』
三人の自己紹介を聞き終えたあたしは思う。
(この人達、攻撃的過ぎない?)
—と。その印象は間違ってはいないと思われた。
さて、あたしを加えて4名になった一行は、アイマスを先頭に、中列にアシュレイとあたし、最後尾をソティという並びで歩いていた。正にRPGだ。あたしは誰ともなしに尋ねてみる。
『皆はどうしてこんな森の中にいたの?』
『この森の魔物が増え過ぎたらしくてな。討伐依頼が出ていた。私達はそれを受けて魔物の間引きに来ていたんだ』
あたしの問いかけにアイマスが前を向いたままで答える。あたしは僅かに考えて、再び問いかけた。魔物とは何ぞや?—と。それに答えたのは横を歩くアシュレイである。
『魔物とは、魔素の影響により生成、或いは変化した動植物を指すの〜。人だって魔素の影響を受けると、魔物化しちゃうん—
そこまで言ってアシュレイは目を見開いて足を止めた。それに倣って、あたしとソティも足を止める。アイマスは相当先まで進んだ後に、ついてこない一行に気が付いて引き返してきた。あたしを見て固まるアシュレイに、ソティが怪訝な顔で問いかける。
『どうかしたので御座いますか?』
『マコト…精霊石って、当然知らないよね〜?』
アシュレイの言葉にアイマスとソティが目を見開く。
あたしはその反応を訝しむが、当然、精霊石などという言葉を聞いた事はない。三人に頷いてみせる。
『た、大変だ!誰か精霊石を持っていないか!?』
アイマスが慌てて口を開くと、ソティが大急ぎで腰袋から薬瓶を取り出した。ソティは薬瓶をあたしへ向けて突き出すと、有無を言わさぬ気迫で迫る。
『さあっ!ググッと飲むので御座います』
『え?あ、うん…』
訳が分からないまま薬瓶の栓を開いて一気に煽る。あたしが飲ませられた薬品は、何だか粉っぽくてクソ不味かった。良薬口に苦しとは言うが、そんなレベルじゃない。あたしは舌先に残る後味に顔を顰めながら、薬瓶をソティへ向けると尋ねた。
『…何これ?』
『精霊石の粉末を溶かし込んだ物で御座います。精霊石を体内に取り込んでおかなくては、魔素により魔物化してしまうので御座います』
いまいち言われている事の意味が分からず、あたしは首を傾げる。アシュレイが説明してくれた。
『大気中には魔素と呼ばれる魔力の粒みたいなものが漂っているんだ〜。この魔素の働きにより、魔術なんかを行使する事が出来る訳なんだけど〜…多量に取り込み過ぎると、肉体に変質を引き起こすの〜。それが魔物化だよ〜。精霊石には変質を妨げる性質があって〜、精霊石を体内に吸収させる事で〜、魔素による肉体の変質を抑えて魔物化を防ぐ事が出来るんだ〜』
『…魔物になると、どうなるの?』
あたしの投げかけた疑問に、3人は顔を見合わせて押し黙る。あたしが再度口を開こうとしたところで、アイマスが言った。
『マコトは緑色の肌を持つ小人を退けたと言ったな…それは小鬼と呼ばれる魔物だ』
アイマスの言葉の先を読んで、え?—と、青ざめる。つまり、あたしが手にかけたあの生き物は、元々人間であったのだろうか?—そう考えて思わず口元を覆ったが、慌ててソティが否定した。
『お待ちくださいマコト、普通に生を受けた人間は、産まれてすぐに母乳と共に精霊石を与えられるので御座います。ですので、こんな場所で魔物化する人間がいようはずはないので御座います。マコトが屠った小鬼は、間違いなく魔物として産まれた天然物で御座います』
ソティの言葉に、あたしは思わず胸を撫で下ろす。
ちなみに、屠ってなどいない。殴り殺したが、切り刻んではいない—と、口答えする気も起きない程に安堵していた。
私の様子を見ていたアイマスも、安堵の息をつくと説明を再開した。
『人間が魔物化した場合、小鬼種や大鬼種といった人型に近い魔物となる事が多い…らしい。実際に人間が魔物化したところを見た事はないから、確実な事は言えんが』
あたしは首肯しながら己の幸運に感謝した。もし、あたしを助けたのがアイマス達では無かったら、あたしは己の全てを語ったであろうか?語らなかった場合、当然精霊石の話題など出ては来なかったのであろう。どれくらいの魔素を取り込む事により魔物化するのかは分からないが、既に丸一日は外をぶらぶら歩いていたのだ。三人の反応からも、それが如何に危ない事であったのかは想像に難しくなかった。
(とんでもない世界に来ちゃったな…)
あたしは気取られない程度に嘆息して歩みを再開する。アシュレイの話はまだ続いていたので、それに耳を傾けながらアイマスの後を追った。
『で、魔物が増え過ぎたから間引けという依頼だったんだけどね〜、本当に魔物の数が尋常じゃなくてね〜。かなりの数を討伐したから〜、一旦近くの町に引き上げようとしていたところだったの〜』
アシュレイの言葉にふと考え込む。あたしが出会った魔物は一体きりである。尋常じゃない—なんて言葉が出てくる程に多くの魔物がいたのだろうか。あたしがそれを口にすると、3人は笑った。アイマスが茶化すように背中越しにあたしを見て言う。
『まるでもっと会いたかったかの様な口振りじゃないか?』
アイマスの言葉にあたしは慌てて否定する。もうあんな思いは懲り懲りだ。
『そ、そんな事はないよ!本当に怖かったんだよ!』
話を聞いた限りでは、あたしは棒倒しの結果に従い道に出てからは右方向へと舵を切ったが、そこで左方向へ舵を切っていたら、おそらく生き延びる事は難しかったろうとの事。どういう訳か、森の中心地に近くなると、爆発的に魔物の数が増えるのだとか。あたしは玩具の様に頭を上下させて聞いていた。
『ところで〜、夢のない話で申し訳ないのだけれど〜、これからマコトはどうやって生活してゆくつもり〜?』
アシュレイが問いかける。もちろん意地悪などではなく、心の底からあたしの身を案じてくれての発言なのだが—
『あたしはこの世界にはどんな職があって、何が出来るのかすら分からんよ?』
それに関しては、もう開き直っている。実は既に考えていた事だ。故に、苦笑いして答えた。
この世界に来たばかりのあたしには、この世界の生活様式など知る由もない。農業は間違いなくあるとは思うが、その他に関してはいまいちピンとは来なかった。アイマスの姿を見るに、鍛冶屋や皮革職人もいるだろう。となれば商人辺りが現実的な線だろうか。
けれども、アシュレイはそう考えてはいなかったらしく、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべて言う。
『マコトは〜、魔術師になるべきだと思う〜。その知識があれば〜魔術師として大成出来る気がする〜』
アシュレイの言葉に、アイマスとソティは顔を見合わせるが、そんな二人の反応には頓着せず、アシュレイは更に続けた。
『貴女達のパーティにマコトを入れちゃいなよ〜。間違いなく優良株だよ〜。保証するよ〜』
はあ?—と、思わず顔を顰めるものの、アイマス達は一考の余地ありとばかりに思案する。
『ふむ、成る程。考える価値はあるな…確かにマコトの知識量は、年齢から考えるとずば抜けている。と、なると…後は—』
『そうで御座いますね。後はアシュレイがマコトに魔術を教えてくれれば解決で御座います』
あたしを置いてけぼりにして、3人は勝手に盛り上がっていた。
しかし、これはあたしにとって渡りに船である。この世界には世界間を渡る魔術はないらしい。けれど、あたしはあの時、間違いなく魔法陣の光に巻き込まれてこの世界へと導かれたのだ。
ならば、作れば良い。あの魔法陣と同じものを作り出せば、あたしは元の世界へと帰り着けるはずである。
あたしはそこまで考え至ると、アシュレイに向けて言った。
『お、お願いします!あたしに魔術を教えてください!』
『ん?良いよ〜』
あっさりOKが出た。アイマスとソティはニコニコしながらあたしに近寄ると、二人してあたしの肩を叩く。何事かと二人の顔を見れば、二人は言う。
『早く一人前の魔術師になって、私達に楽をさせてくれな』
『法術も覚えるつもりありませんか?信仰さえあれば、いずれは誰もが使える術理なので御座います。アイマスは何も考えずに敵陣に突っ込んでしまうので、怪我が絶えないので御座います』
あたしは苦笑いで応じた。法術とは、あたしの肩を癒した信仰の力であるそうだ。いずれ余裕が出来たら、法術を学んでみるのも有りかもしれない。あたしはそう考えて、前向きに検討する—と答えるのだった。
—ガサガサ—
『おっ、敵さんか?』
草の擦れる音が聞こえるや否や、アイマスが即座に剣を抜き、腰を落として構えると、ソティもまた鉈を持ち向き直る。
『マコト、私の後ろへ〜』
アシュレイの言葉に頷くと、そそくさとアシュレイの背後に隠れる。アシュレイはあたしが背後に回ったのを確認してから魔法陣を展開すると、そのまま講釈を開始する。
『良い〜?これが基本の魔法陣。魔法陣には何個か種類があってさ〜五芒星とか六芒星とか〜。そして魔法陣の中心に起こしたい事象の基となる力を描く。今回は森の中だから〜、火はやめて水辺りにしておこうか〜』
そう言ってアシュレイは指に光を灯すと、魔法陣の中心へと見慣れない記号を書き加える。おそらくは、水を意味する象形文字なのであろう。あたしがふんふん—と、ポストマンバッグの肩紐を強く握り締めながら眺めていると、魔法陣の色が白から水色へと変わってゆく。何事か?—とアシュレイを見れば、アシュレイは得意げに語った。
『これはね、無属性だった白から、水属性を表す青色に魔法陣が変わったの〜。要するに、水の性質を帯びたんだね〜』
あたしはその説明に成る程—と首肯して見せる。アシュレイはなおも続けた。
『さて、今回は水の槍でも飛ばしてみようかね〜。今回作る水の槍は、貫通性能を高めるために“圧縮”を意味する文字と“強化”を意味する文字の二つを先ずは描こうか〜』
アシュレイは言いながら圧縮と強化を意味する象形文字を五芒星の各頂点へと書き加えてゆく。その時、魔法陣から少しずつ水が浮かび上がり始め、視線の高さで一つの水の球になる。水の球は僅かに揺らいだ後、一気に小さく圧縮されてゆく。人の頭部ほどのサイズであった水球は、拳ほどのサイズまで圧縮された。
すると水球に変化が起こる。パキパキと音を立てながら、水は氷へと変化してしまったのだ。
『…』
『…』
あたしはアシュレイを見るが、アシュレイもまたあたしを見ていた。どうやら失敗であるらしい。あたしは何か言うべきかと逡巡するが、何かを言う前にアシュレイが咳払いをして話し始めた。
『そうだった。水は圧縮すると氷に変わってしまうのだよ〜。すっかりと忘れていたね〜』
どうやら忘れていたらしい。よく分からなかったが、そういうものであるらしいと納得して頷いておく事にした。
それはそれとして、アシュレイは氷をどうするつもりなのかと見ていれば、五芒星の空いている頂点へ何かを描いた。すると、氷の塊は凄まじい勢いで前方へと射出され、今なお森を見て警戒するアイマスとソティの間を抜けて、森の中へと入っていった—と、思う。早過ぎて分からなかった。ガサ、という音が聞こえたので、そう判断したのだ。
『び、びっくりしたぞ』
『声くらいかけて欲しいので御座います』
アイマスとソティは渋い顔でアシュレイを見る。それはそうだろう。氷の塊が間をすり抜けていったのだ。何事かと驚くのは当たり前である。だがアシュレイは笑って誤魔化すのみだった。
『…来ないな…』
『警戒して逃げたのかもしれないので御座います』
さて、いつまで待っても魔物は姿を見せないため、アイマスとソティは得物を抜き放ったまま歩き出す。アシュレイとあたしもそれに続いた。
先の魔術の失敗—はさておき、その先についてアシュレイへと尋ねる。
『さっきの魔術だけれど、上手く圧縮できたらどうするつもりだったの?』
あたしの問いかけに、アシュレイは一度視線をこちらに向けると、淡々と語った。
『うん、そもそも圧縮なんだけれどね…魔力を足せば足すほどに水は増えてゆくんだよ〜。それで水を増やしながら、圧縮をしてゆくんだけどね〜。少し楽しようとしたら、失敗しちゃったよ〜。で、あの後なんだけど〜、圧縮した後は成形だよね〜。槍の形にするの〜。で、後一つは射出。さっき、最後に描いた文字だね〜』
あたしはふと考えた。魔法陣は五芒星である。ここまで各頂点に描かれた象形文字らしきものは、強化、圧縮、成形、射出—この四つである。頂点が一つ余るのだ。あたしがアシュレイにそれを指摘すると、アシュレイはくつくつと笑いながら答えた。
『良い質問〜。答えは補強したい文字を入れる、で〜す。威力を上げたいと思ったら、強化を入れれば良いし、成形が足りないと思うなら成形を入れれば良いのです〜』
『成る程…思ったよりも拡張性が高いんだね?』
あたしの言葉にアシュレイはニヤリと笑って頷いた。更にアシュレイが何かを言おうと口を開いた時、それに先んじてソティが口を開く。
『アシュレイ、マコトも、講義に夢中になるのは結構なので御座いますが、あまり警戒を怠らないようにお願いするので御座います』
あたしとアシュレイは、ソティにやんわりと怒られた。互いに顔を見合わせて苦笑すると、講義を一旦止めてソティ達と共に警戒に入る。
それから日が暮れるまで歩いたが、結局魔物は現れずに1日を終えた。
『魔物に1回も会わないというのは異常なの?』
今は焚き火を囲んで干し肉を噛んでいた一行であったが、あたしの問いかけに3人は難しい顔を見せた。
これにはアイマスが答える。
『場合によるな…見晴らしの良い平野部で、なおかつ臆病な敵しかいないような場所…そうだな、アンラ神聖国のアンラ大平原なんかだと大いにあり得る。だが、ここ…ディメリア帝国のゴゴ大森林では、ちょっと考え辛いな』
何個か地名が出た気がするが、あたしは地理も何も分からないので、そういうものなんだ—という整理で済ませた。
アイマスの言葉にソティが続く。
『思えば、マコトが出会ったのは小鬼一体。それすらおかしいので御座います。ゴゴ大森林の中心部には、右を見ても左を見ても魔物だらけで御座いましたのに』
『魔物がゴゴ大森林の中心部に集まってる〜—って事じゃないかな〜』
アシュレイの発言に、アイマスとソティは腕組みをして考え込む。
やがて顔を上げたアイマスは、アシュレイへと尋ねる。
『アシュレイの考えを聞きたい。学者先生としてはどう見る?』
アシュレイは学者であるらしい。呪術師と自己紹介された気がするが—まぁ、それはこの際良いだろう。あたしは干し肉を嚥下すると、アシュレイの言葉を待った。
『“迷宮”が出来た〜。そう考えるのが妥当な線じゃないかな〜?』
『…迷宮?』
アシュレイから発せられた、初めて聞く単語—迷宮。あたしは思わず口を挟む。
『迷宮って何さ…いや、何ですか?』
あたしの質問にソティが笑って答える。
『ふふふ、無理に言葉遣いを取り繕う必要なんてないので御座います?普段通りの話し方でお願いするので御座います。それはそれとして、迷宮で御座いましたね?』
ソティの言葉にあたしは頷く。ソティは一拍置いてから話し始めた。
『簡単に言えば、空間そのものが魔物化したものと考えると良いので御座います。魔素が生物の肉体を変質させて魔物化するという話はしたかと思いますが、似た性質の魔素が一箇所に集まると、魔素は辺り一面を巻き込んで異空間を形成するので御座います。それが“迷宮”で御座います』
あたしは一先ず頷いてみせた。それがどうして魔物の減少に繋がるのか—と、首を傾げたが、あまり話の腰を折るのも望ましくない。質問は後でまとめて—と考えたのだ。
しかし、アシュレイがあたしの疑問を払拭してくれた。
『迷宮内には魔素が満ちており、魔物は魔素に引き寄せられる性質を持っているため、迷宮が発生すると魔物の分布が偏ると考えられているんだよ〜』
『つまり、森の外縁部に魔物が少ないのも、森の中心部に迷宮が出来たから—と考えられるって事?』
誰ともなしに尋ねれば、3人は首肯した。どうやら、あたしは本当に運が良かったらしい。
もしもこの世界にやってくるのがもう少し早ければ、迷宮は出来ておらず、森の中は魔物で溢れていた事になる。そうなれば、あたしは1日たりとてもたなかっただろう。
あたしは再び青くなってブルリと震えた。アイマスがソティへと尋ねる。
『で、どうする?増えた魔物の討伐が、今回の私達の仕事だ。魔物が一時的に増えた事も迷宮ができあがる予兆だったと考えると説明がつく。私の中では迷宮ができあがっている事は、疑いないと思っているのだが?』
『そうですね…それなりの数は討伐しているので御座います。これ以上深入りせずに、このまま報告に戻るべきで御座います。マコトの事もありますし、無茶はすべきではないと思うので御座います』
あたしはソティの言葉を受けて申し訳なく思い、ぺこりと頭を下げた。3人はそれを見て笑うと、あたしに向けて言う。
『純粋な魔術師ってのは、実は貴重なんだ。大抵は何かしらの柵に囚われていてな。そこの大先生のように、研究ばかりの頭デッカチになってしまう』
『はいは〜い、魔術の失敗なんて情けない姿を見せてすみませんでした〜』
『ふふふ。アシュレイでも失敗する事があるなんて、初めて知ったので御座います』
どうやら、あたしが魔術師になってパーティメンバーに加入するのは、確定事項として扱われているようである。だがしかし、皆は忘れてやいないだろうか?あたしはこの世界の人間ではない。魔術なんて使えるとは思えないのだ。早いうちにそれは言っておくべき—と、考えていたあたしは、口を開いた。
『ところでさ、あたしはこの世界の人間じゃないんだよ?魔術なんて使えないんじゃないかな?』
あたしだって使えるなら使いたいが、そうそう簡単に使えるとは思えない。だがアシュレイは鼻で笑うと、目の前に五芒星の魔法陣を展開した。あたしが怪訝な顔で魔法陣を見ていると、アシュレイは言う。
『はい、これと同じものを出してくださ〜い』
『できるか!』
あたしは思わず突っ込むが、それでも一応やってみる。アシュレイ同様に手を前にかざして、二重円の内円に接する五芒星をイメージする。試しに念じてみたりもする。
(出ろ!)
—出た。
『…出るのかよ』
あたしの目の前には、アシュレイの五芒星魔法陣と同じものが展開されていた。アイマスとソティは満足げに頷く。
『決まりだな』
『決まりですね』
『何がだよ…』
二人はそう言ってあたしの前に手を突き出す。あたしは複雑な表情でその手を取ると握手を交わした。
さて、本日はこの場で天幕を設置すると、明日の朝までは交代で二人一組となり、交互に見張りをしながら過ごす事になる。昨晩は疲れから見張りを免除されたあたしであるが、本日からは見張りを共にする事になった。
相方はアシュレイである。先に魔術を失敗したばかりのアシュレイであるが、ほとんど魔物が出ない現状と、本来ならば3人の中でもダントツの実力を持つという事で、あたしとのコンビが承諾された。
ちなみに、アシュレイとのコンビを願い出たのはあたしである。折角なので、起きている間に魔術の事を勉強しておこうとしたのだ。
『マコトがすぐに魔法陣を使えるようになるのはね〜、実は見えてたんだ〜』
そう言ってアシュレイが己の目を指し示す。成る程、魔眼で見たという事か。あたしが頷くと、アシュレイはその先を話し始めた。
『そうでなくとも、魔法陣はね、比較的簡単に出せるんだよ。問題はその後さ〜』
アシュレイの言葉をあたしが継いだ。
『想像力が足りなくて、その先をイメージ出来ないってヤツ?』
アシュレイはニヤリと笑って頷いた。この世界において、魔術はやり方さえ知っていれば、誰でも使える。あたしがひたすらやり込んでいたRPGのように、戦士と魔術師が明確に別れている訳ではないらしい。では、アイマスやソティは何故魔術を使わないのか。アシュレイの説明によると、イマジネーションの欠如が理由であるらしい。
『例えば炎の揺らめきだよね〜。これを正確にイメージする事は酷く難しいの〜。そこから先は更に困難よ〜。炎を鞭のようにしならせたり、竜巻を作り出したりね〜。ま、直接そんなイメージを浮かべる訳ではないんだけれどさ〜』
ふむ—と考えた後に、あたしはアシュレイに疑問点を問う。
『でもさ、何か圧縮とか強化とか、制御するための文字を書いていた—というか、描いていたじゃない?制御する文字があるならイメージしなくても、文字だけで何とかならないの?』
『なるよ〜』
『え?なるの?』
アシュレイの答えは、あたしの予想とは違った。YES、NOで答えられる質問をしたのはあたしであるが、YESが返ってくるとは思わなかったため、目を見開いて聞き返す。
アシュレイは事もなげに杖を弄りながら答えた。
『実はあの制御文字ってのは〜脳内のイメージを補完するために使うんだよ〜。普通、戦闘中は無詠唱で魔術を行使するのさ〜、“ファイアウォール“』
アシュレイが手を前にかざして術名を口に出せば、あたし達の目の前に炎の壁が現れる。
あたしは慌てて炎の壁から離れた。
『あっつ!?』
『あ、ごめ〜ん』
アシュレイが笑って誤魔化そうとするのをジト目で睨みつける。困った大先生である。
アシュレイは炎の壁を手を振って消すと、話を再開した。
『まあ、こんな感じだね〜。これは、“ファイアウォール”という文言に手をかざす動作と、魔法陣をイメージでリンクさせている…と言えば伝わるかな?つまり、頭の中で魔法陣を描いている訳よ〜。ここで、頭の中で描く魔法陣のイメージが稚拙だと、魔術は不発、或いは、とんでもないMPを消費したり、全然違う魔術になったりしま〜す』
『アイマスやソティは、頭の中で魔法陣をイメージする事が出来ないって事?実戦では使い物にならないから、そもそもやろうとしない?』
あたしの問いにアシュレイは頷いて返した。
思わず視線を天幕に向けて考え込む。あの二人を見ていた感じでは、兎に角前に出て切り結ぶのがお好みのようである。
おそらくは、出来ないと言うよりかは、やりたくないのであろう。あたしの読みはアシュレイに肯定される。
『ま、誰でもトレーニングさえ積めば出来る事なんだけどね〜。あの二人はもう…ステータスが前衛として特化し過ぎているからね〜。やりたくないんだろうね〜』
アシュレイの言葉に首肯しながらも、あたしは引っ掛かりを感じた。それは、アシュレイが言った“MP”やら“ステータス”という言葉である。まるでゲームの世界の様に感じられて、あたしは訝しい顔を作る。
あたしの表情に気が付いたアシュレイが首を傾げる。ついでとばかりにそこを尋ねた。
『MPとかステータスって何?』
『MPは“マジックポイント”の略だね〜。魔術を使うための魔力の残量とでも覚えてもらえれば良いかな〜?ステータスってのは、う〜ん、見てもらった方が早いかもしれないね〜』
アシュレイはそう言って、外套の裏地をごそごそと弄り始めた。隠しポケットでも付いているのかもしれない。やがてアシュレイの眉間の皺が消える。どうやら見つかったらしい。アシュレイは満足げにそれを確認すると、あたしへ手渡してくる
あたしに渡されたのは、一枚のカードであった。