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森精族のファーレン その一

「ファーレン、仕事だよ」


 僕、ファーレンはメキラ王国の辺境都市メットーラに所属する森精族エルフの冒険者だ。ただし、才能はなく万年Eランクであるが。今日はどんな依頼を受けようか?—と、掲示板を眺めていた僕は、受けられる依頼がほとんどない事に涙を流しそうになる。


(常時依頼のゴブリンの討伐に、家屋の修理、薬草採取の護衛、畑の整地…ううっ、選択肢が少ないです…)


 森精族エルフは閉鎖的な種族であり、ほとんど人里には下りてこない。人里へ下りてくる森精族エルフなど、頭のネジが飛んだ奴か、問題のある奴のみ。そして僕は後者であった。

 森精族エルフは魔力が高く魔術に高い適性を持つ種族であるが、僕は魔術が全く使えないのだ。そればかりか、見た目も森精族エルフとはかけ離れていたため、集落の中では浮いた存在であった。なんなら、子供の頃は随分と虐められていた。

 森精族エルフは背が高く線が細い。耳は長く尖り、皆透き通るようなストレートの金髪である。

 ところが僕はと言えば、髪は茶色がかった金髪で、凄まじい癖っ毛である。耳もギリギリ森精族エルフであると言えるものの、そこまで尖っておらず、何よりも背が低い。人間族の女性平均を若干下回るくらいの身長であった。

 そんな訳で、集落に居場所のなかった僕は、成人するや否や集落を出て、人間族の町へとやってきた。

 そこで何処かの店にでも働きに出れば良かったのだろうが、どういう訳か僕は冒険者ギルドの門を叩いてしまう。

 理由は自分でも分かっていた。落ちこぼれ—と、ずっと蔑ろにされ続けてきた僕は、強さというものにコンプレックスを感じていたのだ。要は、強く逞しくなりたかったのだ。

 そんな訳で冒険者になってから早二年。僕は一七歳であるが、未だにレベルは三。Dランクへの昇格試験も失敗し、またしばらくはEランクで下積み生活である。

 そんな僕だけど、やる気だけは人一倍あるのだ。どんな依頼にも真剣に取り組み、汗水垂らして頑張る僕の姿は、町人達の心を掴んで離さない。自分で言うのもどうかと思うけど、僕は町の人気者だ。惜しむらくは、マスコットとしてである事かな。

 掲示板を見て項垂れていた僕は、呼びかけられると喜色を浮かべて受付へと急いだ。受付嬢でもあり、僕の体術の師でもあり、ギルドマスターでもあるロロナへ声をかける。


「はい、どんな依頼ですかロロナさん。僕、頑張りますよ!」


 ロロナは受付の前に立っていた四人組を指差す。僕はその指の動きに従い、何事か?—と、その四人組を見た。

 一人は成人したばかりと思わしき青年。珍しい黒髪黒目でまだまだ線は細く、子供のようなあどけなさが残る顔立ちである。ただし、目付きは悪い。数人は殺していそうな目付きだ。

 黒いシャツと黒いパンツに黒いサンダルと、色はともかく、服装だけ見れば町人であるのだが、十字に取り付けられた腰のソードベルトは、二本の剣を刀身が剥き出しの状態で固定していた。成る程、刀身はまるで猫の手のような変わった形をしており、鞘に収まりそうもない。普通に腰にぶら下げては具合が悪いのだろう。

 一人は非常に大柄な紳士。野性味溢れる顔の作りとは裏腹に、白い髪も髭もよく整えられている。貴族なのであろう。極めて仕立ての良い黒を基調とした金縁の衣服に身を包み、立ち姿が絵になる。ところが、ちぐはぐな事に、その背中には馬鹿じゃなかろうか—と、目を疑うような巨大な斧が背負われている。

 一人は僕並みに小柄な少女。赤い髪に緑の魔眼、そして大きく前へと突き出した角。紛うことなき魔人族である。黒のローブで全身を覆い、右手には杖を持っている。左手はローブの裾に隠れて見えない。

 一人は僕よりは背の高い—やや歳上くらいの女性であろう。最初の青年同様に、珍しい黒髪黒目であるが、勿体無いことに左目に眼帯をしている。傷を負った時に、法術が使えるものが近くにいなかったのであろう。

 それでも、ウルフカットの髪型と相まって、眼帯も似合って見えるから不思議である。見たことも無い服装に身を包み、これまた見たことも無い筒を背中に二本携えている。脇にも何かをしまっており、背中の筒と同じような光沢を放っていた。訳分からなさ過ぎて、物凄いインパクトがある。

 さて、一通り四人を見回した僕の感想は—


(え?何なんですか、この人達?)


 —であった。

 僕は思わず視線でロロナへと助けを求める。ロロナもその反応は予想していたらしく、首を振りながら答えた。


「冒険者になりたいんだと。講習してやってくれ」

「え?は、はい。僕で良ければ」


 冒険者ギルドへと武装してやってくる者など、冒険者を目指す者くらいしかいないのは当然なのであるが、あまりの衝撃にそれが頭から抜け落ちていた。

 ちなみに、メキラ王国では冒険者登録には必ず講習受講が必要であり、講習の中には適性試験も含まれている。最低でも適性試験に受からなければ冒険者にはなれない。ちなみに、この適性試験…僕は二回落ちている。

 悲しくなるから僕の事情は置いておこう。試験官の仕事は安定している。楽だし、一日で銀貨二枚もらえるのだ。僕は宿暮らしであるため、苦労せずして銀貨二枚は有難い。汚れる事もないだろうし、今夜はお湯を借りなくて済みそうである。金が浮く。


「ボクっ娘ですよ、アビスさん」


 青年が僕を見つめたまま高揚のない声で言った。なにその反応?怖い。僕は僅かに後退る。


「ありであるな」


 紳士もまた僕を見つめたままでそんな事を言う。セクハラだ。僕は僅かに赤くなり俯いた。


「やめんか、恥ずかしい」

「そうであります閣下。時代は軍服っ娘であります」


 魔人族の少女は僕を助けてくれたようであるが、眼帯の女性はそういう訳ではないらしい。青年へ向けて抗議しているようだ。軍服って何だろう—という疑問はさておき、僕はチラチラと四人の様子を見て息を飲む。


(えーっと、この人達に講義するん…だよね…)


 僅かに僕は尻込みしていた。しかし銀貨二枚には変えられない。僕はカラカラに乾いた喉を鳴らすと、ロロナへ告げる。


「わ、分かりました。この人達の講習は僕が受け持ちます」

「すまないね、あたしはこいつらの講習があってさ」


 ロロナもまた講習があるらしい。ロロナが指差す先には、これまた町人ルックな五人組がいた。携帯するのは武器のみで、防具は全く身につけていない。余程腕に覚えがあるのか、或いは世間知らずなのか。もしくは僕同様に金がないのかもしれない。

 そんな事を考えて、しばし固まっていたが、すぐに正気に戻ると四人に向き直り声をかけた。


「それでは、皆さんの登録者講習は、僕、Eランク冒険者のファーレンが受け持ちます。僕自身が未熟者ではありますが、皆さんと共に初心にかえるつもりで説明させていただきます。短い間ですが、よろしくお願いします」


 青年がよろしくお願いします—と、頭を下げると、それに倣って三人も頭を下げる。

 僕はその態度に感心した。


(この年頃だともう少しやんちゃな方が多いのですが…出来た子です)


 さて、いざ講習が始まってみれば、最初は多少おっかなびっくりであったが、終盤ではニコニコしながら四人に説明をしていた。一通り説明を終えた僕は、四人に向けて尋ねる。


「これで一通り説明は終わりになりますが、聞きたい事とかありますか?」


 僕が口を閉じると、青年が手を上げて口を開いた。


「迷宮に入るためにはランクを上げる必要があるとの説明でしたが、例外はないのですか?」


 青年の発言に、僕はふと考えた。


(功名を焦っているようには見えないですね?純粋な疑問なのか、迷宮に入りたい理由でもあるのか…)


 考え込む僕の様子に何を思ったか、青年が苦笑いして先の発言を取り消した。


「いや、変な事を聞きました。忘れてください」

「ああ、いえ。そういう事ではなくて…ええと、ギルドマスターの承認があれば入れます。例えば、この町の近くだと—


 一瞬迷って言い淀んだ。今から名前を上げようとする迷宮は、世界一の難易度を誇るアホみたいな迷宮なのだ。とはいえ、四人の様子に問題なし—と判断した僕は、そのまま続けた。


—聖剣の迷宮という超高難度を誇る迷宮があるのですが、そこに入るためには冒険者としてのランクをAまで上げなくてはなりません。ですが、例えEランクの僕でも、ギルドマスターの承認を得られれば、入って良いのです!」


 四人は顔を見合わせて固まった。

 その様子におや?—と思った僕は、慌てて変な事でも言ったかな?—と、己の発言を思い返す。

 でも、自身の発言を思い返しても、おかしな所などない。ついには、どうしたのであろうか?—と、首を捻るのみである。

 やがて、大柄な紳士が口を開いた。


「ふむ。ファーレンよ、参考までに聞きたいのであるが、聖剣の迷宮とはどのようなところであるか?」


 ふああっ!き、貴族様だ。失礼のないようにしなくては。僕はなるべく態度を変えないように。かつ、失礼にならないように言葉を選びながら言う。


「はい。聖剣の迷宮は、石扉により外界と遮られる迷宮です。石扉には見事な絵が彫られているそうですよ。石扉の中は延々と下り階段が続いており、下り階段を下りた先には、一部屋を埋め尽くす程のスケルトンがいるらしいです。その先は…確認できた者がおりません」


 僕の言葉に再び四人は顔を見合わせる。紳士が難しい顔をして腕を組んでいた。

 今度は魔人族の少女が僕へ質問する。


「のうファーレンよ、何故その迷宮は聖剣の迷宮と呼ばれておるのじゃ?聖剣でもあったのか?」


 爺言葉だ。聞き間違いじゃない。爺言葉だ。あんなに可愛らしいのに。勿体ない。あ、そうじゃない。答えなきゃ。


「ああ、それですか。それがですね、あまりにも難易度が高すぎる事から、何かとんでもないお宝が眠っているはず—との発想で、聖剣しかない!—となって…聖剣の迷宮と呼ばれるようになったみたいです。聖剣は冒険者の憧れですから!」


 僕の説明を聞いた四人は胸を撫で下ろすと嘆息した。なんなんだ一体。

 青年が一同を見回すが、一同は他に聞きたい事は何もないらしく、無言で青年に首肯する。青年は僕を見ると言った。


「承知です。質問はもうありません。とても丁寧な説明でした。有難う御座います」


 青年が頭を下げるのに合わせて、三人も頭を下げる。

 僕は嬉しさのあまり俄かに破顔するが、まだ講習は終わりではない。最低限の適正試験があるのだ。まだ甘い顔をしてはならない。

 適正試験というが、要は体力測定のようなものである。冒険者として活動して、無茶がないかどうかを確認するものである。

 僕は一つ咳払いをすると言った。


「それでは、適正試験へと移りたいと思います。これは、最低限冒険者としてやっていけるかどうかを確認するための試験になります。これをパスしなくては冒険者になれませんので、真面目に取り組んでくださいね」






 さて、僕は一同を連れてギルド併設の訓練場へとやってきた。そこでは、ロロナと五人組が既に適正試験を終わらせたようであった。

 五人組へと向けて、快活に笑いながらロロナが言う。


「いよし。あんた達は凄いな。すぐにでもトップクラスの冒険者としてやっていけるだけの力がある。昇格は早めにしとくから、腐らずにコツコツと依頼をこなしてくれ。これで講習は終わりだ。受付の職員に冒険者カードを作ってもらったら、もうあんた達は冒険者だ。頑張りな」


 ロロナの言葉に五人組は礼を言う。

 僕の受け持った四人といい、ロロナの受け持った五人といい、今日の新人は随分と礼儀正しい。当たりである。

 僕は徐にロロナへと近寄ると声をかけた。


「ロロナさん、次良いですか?」

「ああ、もう良いぞ。それにしても、とんでもない逸材だ。あの五人組、多分…全員があたしより強い」


 僕はロロナが何を言ったのか分からなかった。一瞬固まり、ロロナの発言を何度も反芻する。ようやくロロナの発言の意味を理解すると、大声を上げる。


「ええっ!?じょ、冗談でしょう!?」


 ロロナはかつて凄腕の冒険者であった。十天入り間近と言われていた頃に、この地の領主から熱烈な求婚を受けて、それを承諾。結婚を機に冒険者を引退したのだ。まだ衰えるような歳でもなく、その技は未だ研ぎ澄まされている。

 そのロロナよりも五人全員が強いというのだ。信じられる内容ではなかった。

 そしてその五人は、受付に行く様子もなく、僕と共にやってきた四人組をしげしげと見つめている。


「いや…まあ、良い。後で教えるから、とりあえずそこの四人の試験を済ませてしまえ」

「あ、はい。そうですね」


 僕は四人に向き直り告げた。


「それでは、各々の得意な武器を用いて、素振りなりなんなり…魔物と出くわしても、魔物に屈しないと思われる一撃を見せてください」


 僕は言いながら自分の試験を思い出した。得意な武器など何もなかった僕は、ヘロヘロのパンチを繰り出したのだ。その時の試験管はロロナであったが、大笑いされた挙句に、不合格を宣告された。だが、それと同時にロロナへ師事する事を持ちかけられたのだ。苦く塩っぱい思い出である。


「では、オサカから行くのである」

「はぁ、はい。分かりました」


 そう言って黒髪の青年—オサカという名前らしい—は構える。僕とロロナは目を細めた。オサカは剣を抜かずに無手で構えたのだ。


「…体術?」


 ロロナが呟く。僕も思わず見入る。僕ら二人は体術使いだ。これは是非とも見ておきたい。

 僕らは何物も見落とすまいとして目を皿にする中、オサカはゆっくりと摺り足で腰を落とした。

 刹那—


—ズドン—


 訓練場が縦に揺れた。

 僕とロロナは目を見開いたままで固まっている。オサカが繰り出したのは突きである。でも、腰の捻り方が随分と特殊であった。大きく地面を蹴り付け、その反動を利用して身体を捻りつつ拳を前にだした—らしい。

 らしいと表したのは、よく見えなかったのだ。拳が空を切る音と、床を踏み付ける音がわかったのみで、動くと感じた次の瞬間には、拳が突き出され、床はひび割れていた。

 僕とロロナは固まったまま声が出せない。あれと戦って勝てるか?—と、僕は脳内で必死にシミュレーションするが、どうやっても僕が倒れ伏すイメージしか湧かなかった。

 僅かに視線を動かしてロロナを見るが、ロロナの顔からは、ロロナも僕と同じ結論に辿り着いた事が窺えた。オサカは、強いなどと言う次元ではなかった。

 僕らが固まっているのを、どうやらしくじったと受け取ったらしい。青年が高揚のない声で尋ねてくる。


「…あれ?だ、ダメですか?」

「阿呆か!加減せいという話になっておったじゃろ!何を本気でやっておる!」


 拳を引き戻して僕へと尋ねるオサカに対して、魔人族の少女が青筋を浮かべて迫った。それに対して、オサカは渋い顔で呟いた。


「い、いえ…割と加減した結果がこれで…」


 これには僕もロロナも絶句した。

 何も言えない僕らに代わり、魔人族の少女が訝しむような声を上げる。


「加減した?…これが?これで?」


 僕の隣から、ロロナの息を飲む音が聞こえた。僕がロロナへと視線を向ければ、ロロナはオサカへと語りかけるところであった。


「本気でやってみてくれるか?見てみたい」

「え?あ、はい」


 オサカが承諾した瞬間、僕とロロナ以外の全員が訓練場の端まで離れた。

 僕とロロナは、その反応に目を点にする。


「えっ?」

「じゃあ、いきます」

「いや、ちょっ—


 待って—と、言おうとした刹那、轟音を感じた気がして、ハタと気がついた時には、仰向けに倒れ伏していた。

 僕を覗き込むオサカが何かを言っているが、僕の耳には意味のある音に聞こえない。その代わり、その他の音がよく響く。衣服の擦れだとか、人の足音だとか。僕は何がどうなったのか分からずに混乱していた。

 その時、僕の身体が僅かに光った。


「大丈夫ですか?ファーレンさん!」

「えっ?ふぁ、はぁ、はい。あれ?僕は…」


 淡い光に包まれた途端、僕を取り巻いていた音の暴力は消え失せる。

 何が起きたのか未だに理解できない僕の手を、オサカが取り、引き起こしてくれた。

 僕を包む淡い光は、法術の輝きであったらしい。僕の横では、ロロナも同様に引き起こされている。どうやら、オサカは格闘家であると同時に、法術師でもあるようだ。その才能の一割でも良いから、分けて欲しい。

 さて、僕達の様子に不調はないと見て取ったのだろう。安堵の息をついたオサカであったが、徐にオサカへと近寄ってきた魔人族の少女は、思いっきりオサカへと杖を叩きつける。

 まだ耳がおかしいのかな?—と、訝しむくらいには良い音がした。


「お主、人前で本気を出すのは禁止な」

「…はい」


 オサカは頭部を抑えながら、不承不承といった様子で頷いていた。

 オサカが言うには、僕とロロナはソニックブームを至近距離で受けたために、鼓膜に穴が空いたらしい。良く分からなかったが、頻りに謝り続けているために、分かったふりをして頷いた。頷かなくては、延々と頭を下げ続けていそうだったからだ。

 

「あんた…人間か?どうすればそんな事になる?」


 ロロナが渋い顔でオサカに問う。オサカはきまりが悪そうな顔で再度詫びた。

 五人組が徐にオサカへと近付くと、金髪の青年が破顔して口を開いた。


「流石はマイロード。見事な突きでした」

「あ、ああ…ありがと…」


 オサカは金髪の青年に向けて、きまりが悪そうに礼を言う。どうやらこの四人組と五人組は知り合いであるらしい。というか、マイロード?主従関係なのかな。

 どうでも良い事に意識を割いていた僕に代わり、ロロナが告げた。


「残りの三人も頼む。まず間違いなく合格だがな…」


 残りの三人は適度に手を抜いているのだろう。巨大な斧を片手で振り回したり、爆音と同時に壁に無数の穴が空いたり、杖の石突きでトンと床を叩いただけで、床の穴や壁の穴が消えたりと、やりたい放題だ。


「終わりじゃ。とりあえず馬鹿どもが壊した分に関しては修繕したぞ。他にも何か見せた方が良いか?」

「いや、十分だ。全員合格だよ。他にも試験項目はあるが、今の動きだけで他の項目に関してもクリア出来ている。あんた達四人も受付でカードを発行してもらってくれ」


 ロロナはそう言って嘆息する。

 四人全員が、訳分からないレベルの化け物であった。ぞろぞろと九人の化け物達は、訓練場を出て行こうとする。僕はオサカを見た。

 オサカは未だに項垂れており、肩を落としながらトボトボと歩く。その背中を魔人族の少女に杖で小突かれている。さっさと歩け—と、いう事らしい。

 僕は僅かに逡巡したが、思い切ってオサカに声をかけた。


「あ、あの!」


 僕の呼びかけにより、オサカ以外は振り向いたが、オサカだけは、項垂れたままで歩き続けている。僕の顔がオサカを追って徐に角度を変えれば、全員がオサカに声をかけたのだと察してくれた。


「オサカよ、お主にご指名だ」

「え?あ、はい。何ですか?」


 魔人族の少女が杖でオサカを呼び止める。

 オサカは立ち止まると、僕へと向き直った。僕は勇気を出して言った。


「あ、あの…僕はロロナさんから体術を習っております。ですが、その…壁にぶつかっておりまして…レベルも全く上がらないし。そ、その、何が悪いか見てもらえないでしょうか!?」


 衆人環視の中、僕は己が出来損ないであると言ったに等しい。凄く恥ずかしかったが、あれ程の体術の使い手など、早々に出会えるものでもないのだ。もしかすると、何かしら突破口が見えるかも知れない。

 さあ、返答は如何に!?


「え?あ…ええと、ファーレンさんは魔力回路が断裂してますね。それじゃレベルはどうやっても上がりませんよ。体術とレベルに相関性はなさそうです。引き続き頑張ってください」


 オサカはそれだけ言うと、再びトボトボと歩き出す。余程怒られた事が堪えているらしい。

 いや待て待て。そうじゃない、彼は何か凄い事を言わなかったか?


(魔力回路が断裂?それではレベルが上がらない?—どういう事?)


 僕が首を傾げる横で、ロロナがオサカに向けて迫った。


「おい!ちょっと待ってくれ!」


 オサカの肩をロロナが掴む。ロロナはそのままオサカに尋ねる。


「ファーレンが成長しない理由が分かっているのか!?魔力回路って何だ!何とかなるのか!?」


 ロロナがオサカを締め上げてガクガクと揺する。オサカがあうあう言う中、ロロナは更にヒートアップして言う。


「分かっているなら何とかしてやってくれ、頼む!依頼として出しても良い!あいつは、ファーレンは!—


 ロロナが周囲の視線に我にかえると、照れ隠しによるものか、一つ咳払いしてからオサカを放り投げた。あんまりである。


「ロロナさん、そんなに僕の事—


 僕は感動に打ち震えていた。ロロナが僕に目をかけてくれているのは分かっていたが、それ程までに真剣に考えてくれているとは思わなかったのだ。僕はロロナへ抱きつき礼を言う。


「ロロナさん、いつもいつも有難う御座います!」

「お、おいファーレン。恥ずかしいだろ、抱きつくな!」


 キャッキャウフフしていた僕らであるが、僕らが感動的な空気を醸し出している間に、オサカ達は訓練場を後にして消えていた。

 誰一人残っていない事に酷いと思いつつ、慌てて受付に戻る。

 受付にオサカ達の行先を尋ねると、冒険者カードを受け取ると同時に、ステータス鑑定もせずに素材買い取り窓口へと向かったそうだ。

 僕とロロナも、急いで買い取り窓口へと向かった。


「ロロナさん、仕事は良いんですか?」

「今それどころじゃない!」


 それどころじゃないらしい。僕は少し嬉しかった。僕と仕事とどっちが大事なの!?—なんて重い台詞は、将来的にも口にする気などないが、お前の方が大事に決まってるだろ?—と、言われた気になったのだ。

 さて、買い取り窓口はギルドの裏手にある。大掛かりな台車で運んでくる事もあるため、最初は屋内にあったものが、屋外に作り直されたのだ。僕は逸早くそこに駆け込むと、九人組の後ろ姿を認めた。


「ロロナさん、いました」


 ところが、僕はオサカ達を指差したまま静止する。それを訝しんだロロナもまた、買い取り窓口の様子を見て静止した。

 買い取り窓口では、オサカが何処からともなくモリモリと鎧や武器類を吐き出している。積み上げられた鎧は、天高く摩天楼のように聳え、武器類もまたそれに迫る勢いで積まれてゆく。更に驚くべきは、その武器防具の質である。精緻な細工の施されたそれらは、鏡面のように—否、鏡など足元にも及ばない程に光を反射し、僕の間抜け面をありありと映し出す。どう考えても、普通の鎧の数十倍の値がつく代物だ。

 ロロナは慌てて制止する。


「待て待て待て〜!!ストップ!ストップ!そんな物買い取ったら破産するぞ!」


 その言葉にオサカ達が僕とロロナの姿を認めた。と同時に、全員が面倒くさそうな顔をする。


(あ、酷い)


 僕はそんな事を思わないでもなかったが、そういう扱いには慣れている。涙をのんで見なかった事にした。

 さて、そんな僕の反応は他所に、素材買い取り窓口の職員であるカッポーギは、ロロナへと食ってかかる。


「何言ってんだロロナ!これは破産してでも買い占めるべき代物だ!これな、死霊騎士デュラハンの鎧だ!しかも単なる死霊騎士デュラハンじゃねぇ!高位死霊騎士デュラハン・ロードの鎧だ!魔力を完全反射するぞ!国宝ものだ!」


 高位死霊騎士デュラハン・ロードの鎧—世界に三つしかない代物である。最後に手に入ったのは百年以上前だったはず。更には大人数でボコボコにしなくては勝てないため、鎧の状態は酷く歪み実用性は皆無にして、美術的な価値も下がってしまうという話だ。

 アンラ神聖国以外の三大国が国宝として所持している。価格は確か—大金貨にして40万枚。イエン表記にすると、4000億Yという途轍もないお値段である。

 ところで、目の前にある高位死霊騎士デュラハン・ロードの鎧だが、傷などほとんどなく、完璧に近い状態である。どう見ても国宝を超えるものがゴロゴロと積み上げられているのだ。

 その価値は如何許りかと想像して、僕は目眩を覚えた。


「一個でも買い取ったら町を担保に入れる事になるんだぞっ!?」

「それでも買うべきだ!」


 一方で、ロロナとカッポーギの二人は、未だに不毛なバトルを繰り広げていた。しかし、不毛は不毛でも、アホみたいにスケールは大きい。

 その脇ではオサカ達が、呆れた視線をロロナとカッポーギへ向けている。

 魔人族の少女が動き、オサカへと話しかけた。


「オサカよ、どうする?この町では買取できんらしい。すまぬ、わしの読みが甘かった。そこまでの代物じゃとは思わんかったわい」

「そうですね。早い所一文無しは脱したいですし、他の町を探しますか」

「「待てお前ら!!」」


 ロロナとカッポーギの二人で、オサカ達の進路に立ち塞がる。オサカ達は目を丸くしてたじろいだ。


「ファーレンの事を頼む!」

「この鎧をくれ!」


 なんか随分と無茶な要求があった気がしないでもないが、僕は苦笑いする事しか出来ない。

 オサカ達が助けてほしそうに僕を見つめるが、そんな目で見られても苦笑いする事しかできなかった。

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