小坂、更なる奥地へ進む
日々、掲載時間がバラバラで申し訳ありません。
予約掲載だと、どうにも不安で。
まだしばらくは手動掲載が続き、日によって掲載時間が変わる事になろうと思われます。
赤色骸骨を粉砕しながら前に出れば、ついに黒色骸骨も動き出す。俺に余力はさほど残されてはいない。だがそれは黒色骸骨とて同じ事。
俺はなおも赤色骸骨を粉砕しながら、注意は黒色骸骨へと向けている。この黒色骸骨は必ず吸収するつもりでいるのだ。必ず手に入れたい念動力、そして—
「念願の六本腕!」
そう、念願だ。子供の頃、どれ程六本腕に憧れた事か。まあそれは一先ず置いておこう。
俺は床石を強く踏みしめ腰を落とすと、赤色骸骨の肋骨目掛けて掌底を放った。
赤色骸骨は俺の掌底により、肋骨ごと赤い鉱石を粉砕され吹き飛びながらバラける。
横合いから伸びてくる腕に対しては、巨大戦棍で絡め取りながら肘を突き入れた。鋭利な肘当により、またしても肋骨ごと赤い鉱石を粉砕する。
俺には既に大技を繰り出すだけの力が残されていない。故に地道に赤色骸骨を削りながら前に出るしかないのだが、何も飛んでこない事から、やはり向こうも同じなのだ。
ステータスはやや敵が勝る。技量は俺が上だが、手数は敵に部がある。俺にとっては、やや分が悪い勝負と言えよう。
それでも俺は、己が負けるなどとは微塵も思ってはいないが。
「もう逃がさんぞ」
俺と黒色骸骨が再び激突する。
俺の振るう巨大戦棍を腕二本を使い捌いた黒色骸骨は、俺の真似とばかりに握り込んだ拳を突き出す。
腰だめで全く体重の乗っていない拳だが、どういう訳か、ガードする俺の腰が浮く程の威力を持っている。
舌打ちしながら大きく歪んだ手甲を消し、そのまま巨大戦棍を振るう。
これを黒色骸骨は捌こうとするが、俺がインパクトの瞬間に捻りを加えたために、捌ききれず受ける事になる。
追撃を加えようとしたところで、赤色骸骨が背後から襲い掛かってくる。
俺はそれを認めると、舌打ちしながら身を翻して、赤色骸骨の腕より逃れた。そのまま黒色骸骨からも距離を取る事になる。仕切り直しだ。
「くそ、ままならないな」
赤色骸骨は残り四体までその数を減らしており、飛びかかってきた二体を今また排除したので、残りは二体だ。
俺は一先ず狙いを赤色骸骨へと絞る。赤色骸骨は何も考えずに闇雲に突っ込んでくるのだ。黒色よりも随分とやり易い。
「最初からそうすれば良かったか?」
今また赤色骸骨が突っ込んできたのを撃退して残りは一体。
黒色骸骨の動きが止まる。このままではマズイとでも考えているのかもしれないな—と思った。
最後の赤色骸骨が俺へと向かって腕を伸ばす。こいつは先程俺の邪魔をした奴である。
俺は返礼として腕ごと肋骨、そして赤い鉱石までも粉砕した。
「…ふー、やっとか…」
ついに黒色骸骨との一騎打ちである。俺は黒色骸骨を見つめながら構えた。
黒色骸骨もまた六本の腕を俺へと向けて、格の違いをアピールするかのように佇んでいる。
—パラ—
崩壊した天井から小石が落ち、床石を叩く。
その音を合図として駆け出した。黒色骸骨はあくまでも迎え撃つつもりであるらしい。格上の風格を感じさせる態度が腹立たしくも好ましい。
「ふっ!」
裂帛の気合いを込めて巨大戦棍を薙ぐ。これまでとは違い、下段を狙ったその攻撃は、黒色骸骨の反応の上を行った。
信じられないような硬質の音を響かせて黒色骸骨の脚が折れる。同時に巨大戦棍もグニャリと曲がった。
脚の折れた黒色骸骨は、俺へ向けようとしていた腕の一本を即座に床へ下ろして倒れずに堪えたが、そこへ再び身を翻した俺の二発目が飛んでくる。
黒色骸骨はこれを腕を交差させる事で受ける。
再び硬質の音が鳴り響き、巨大戦棍がグニャリと曲がるも、黒色骸骨の腕には、僅かに罅が入るのみであった。
(硬い…武器の生成は出来て後一回だな。頭が重い。クラクラする…)
既に限界であった。失われた手甲を再生成しなかったのは、赤い鉱石を潰すためではない。再生成するだけの力がなかったのである。
「ふんっ!」
俺の掌底と黒色骸骨の拳がぶつかる。黒色骸骨の拳の軌道を俺の掌底が逸らした。
だが、黒色骸骨の腕は二本ではない。更に第二、第三の腕が俺目掛けて振るわれるのを捌ききれずに一撃もらう事になる。
それでも、ただではやられん—と、吹き飛ばされながらも腕の一本を捻じ折る。
「ごはっ、ごほっ、ごほっ…ちっ!」
立ち上がるとベコリと凹んだ鎧を消して、懐かしのスーツ姿へと戻った。やや草臥れている上にパツパツ。そして肩からは腕が二本生えているという見れた姿ではなかったが。まぁ、仕方あるまい。
脇腹を触る。先程一撃入れられたところだ。多少跡が残っていたが、まあ問題ないだろう—と、判断して黒色骸骨の元へと向かう。
黒色骸骨は満身創痍である。片脚はあらぬ方向へと折れ、腕の一本もまた。肋骨の罅は後一撃と保たないだろう。だが、黒色骸骨はそれでも立ち上がろうとしていた。五本残る腕のうち、三本を使って何とか立とうともがいている。
哀愁を誘う光景だが、見逃すつもりなどない。戦闘に関しては非情になれ—そう教えられているから。
故に、敵が立ち上がる事を許す程甘くない。むしろ、腕の三本を床石へと付いている状況は格好の的である。
俺の脚が黒色骸骨の頭部目掛けて振るわれるのを、黒色骸骨は腕の一本で防ぐ。ところが、防ぐのに使った腕は、先の攻防により罅を入れられた腕であった。腕が折れてあらぬ方向を向く。
「お前、もう終わりなのは分かってるな?これ以上抵抗しなければ、すぐに楽にしてやる」
黒色骸骨はなおも立ち上がろうともがく。だが、ダメなのだ。左脚を折られ、左腕は二本ダメになっている。右手はともかく、左手が一本では俺の攻撃を捌きながら姿勢を維持しつつ、立ち上がる事など出来ない。
そう、俺はここまで徹底的に左半身だけを責めていた。性格が悪いとは言えまい。相手は今の俺であっても格上だ。これが正しい戦法であろう。
(黙然としてるな…まあ、そんなもんか)
俺は自身の言葉が通じているとは思っていなかったが、何となく声をかけるべきだと考えたのだ。それに対する返答は—
黒色骸骨の肋骨の中に見える鉱石が、一段と強く輝き出して膨張し始めた。俺の目が僅かに細められる。自爆であろうか。
だが、何ら焦る事なく鉱石を肋骨ごと破壊した。
「させないよ」
俺の腕の中へと黒色骸骨が吸い込まれてゆく。
勝った。万感の思いと共に、意識を失おうとしたが、黒色骸骨の吸収に伴い、俺の気だるさが一気に解消された。
(今まで気が付かなかったが、この吸収する行為には、敵のエネルギーを己のものとして再利用する効果があるのかもしれないな。回復手段の一つとして考えておけば良いか)
俺は新たな発見に感謝しつつ、黒色骸骨が佇んでいた場所をちらりと見る。
「お前の力、有効に使わせてもらうよ」
俺は嬉々として黒色骸骨の力を解放した。ついに念願の六本腕だ。
次の霊廟へ向けて階段を下っていた。
今の俺は非常に不機嫌である。何故なら、せっかくの腕が—四本あった腕がなくなったのだ。二本腕に戻ってしまったのだ。六本腕になるとばかり思っていた俺は、大きく凹んだ。
では、腕は失われたのか?—と、いえばそうではない。腕は六本ある。
俺の周囲に黒い闇が漂う。その数は四つ。その闇の一つから徐に腕が一本現れる。病的に肌は白く、血管はどす黒い。更に肘から先には不可思議な紋様が刻まれていた。言うまでもなく俺の腕である。
「こんなの六本腕じゃない…」
ぼやきながらも、次の闇から新たな腕を出してみる。その腕は刺々しい腕鎧を纏い、手には巨大戦棍を握っている。
色々と試しているのだ。四つの闇からは各一本ずつ腕が生え、腕の状況は鎧の有無や武装の有無もある程度俺の好きに出来る。
ある程度と言ったのは、この闇を経由すると、氷を纏わせる事が出来ないのだ。俺的には弱体化している気がしないでもない。
「けどまあ、便利かな?使い方次第なんだろうけれど」
そう思う事にして、少しだけ機嫌を直した。
実際、相手を吸収しようとした場合、わざわざ自身の手甲を脱がなくて済みそうなのは大きい。後はひたすら慣れるのみである。ちなみに、射程は三メートル程であった。なかなかに広いのではなかろうか。
そしてもう一つ。俺の体躯は再び大きく育っていた。縦にも横にもサイズアップである。厚い胸板を覆うため鎧も大きくなると、出す時に少しだけ疲れる様になっている。
黒色骸骨は赤色骸骨以上の力自慢であったらしく、それが筋力という形で反映されているようだ。見た目についてはこんなところか。
続いて念動力に関して。試しにやってみたが、ひたすら燃費が悪いの一言である。物を動かしている最中は湯水の如く力を吸われてゆく感覚がある。思わず途中で休憩を挟んだ程だ。
黒色骸骨の様に天井を剥離させて落とす様な真似はしていないが、あれをやれば、確かに力のほとんどを使い果たすであろう。
「骸骨の次はゾンビだな。…やだなぁ。触りたくないな」
とは言え、既に力を奪う気満々の俺がいる。こうか?こうか?—と、鉱石を抉る時の動きをひたすらに腕の一本に練習させている。
ゾンビはどんな力を齎してくれるのであろうか。期待に胸を膨らませて、辿り着いた霊廟を覗き込んだ。
「…うわぁ。顔がいっぱい」
そこにいたのは予想に違わず無数のゾンビ。その佇むゾンビ達であるが、やたらと顔が多いのだ。頭部に一つあるのは当然として、肩にも顔があり、腹にもあったり、太腿にもあったりと、とにかく顔の数が多い。
俺は一度、己の素手の腕を引っ込めると、鎧を纏わせて再出現させた。
「…あれを吸収させるのは…やめよう」
英断であろうと思う。顔が増えては敵わない。六本腕は好きだが、顔が沢山あるのはいただけない。肌が腐っても敵わない。俺は一つ頷くと、霊廟の中へと踏み込んだ。
ゾンビは動きが遅い。それは顔が増えたくらいでは変わらないらしく、相変わらずの歩みの遅さで俺へと向かってくる。
話にならない。何故なら、今の俺は射程三メートルを誇るパワーキャラである上に手数もある。近付かれる前に全て粉砕してしまえるのだ。
「これは、楽だなぁ〜」
俺は何も考えずにひたすら巨大戦棍を振るっているだけで、ゾンビの軍勢は瞬く間に数を減らしてゆく。もはや無双状態。イージーモードである。
鎧騎士の時や先の骸骨なんかは、ハードを通り越してヘルとかルナティックという感じだったが、これくらいの難易度なら幾らでも—
「…あん?」
ゾンビの群れの奥に、何か周囲のゾンビとは違うゾンビが一瞬だけ見えた。俺は俄かに警戒する。先の霊廟でも赤色骸骨の中に黒色骸骨が一体紛れ込んでいた。それと同じであると思われた。ボスゾンビがいるのだ。
即座にゾンビ達から距離を取ると、警戒を継続しながら遠巻きに巨大戦棍を振るう。囲まれない様にゾンビ達の周囲を回りながら、数体纏めて処理してゆく事にした。
(さっきのは見間違いなんかじゃない…明らかに他のゾンビとは違う何かがいる)
だが、警戒が無駄になりかねない勢いでゾンビの数は減少しているが、先に見たボスキャラの姿は未だに見えてはこない。俺は一度目の前の敵を一掃すべく、一歩深く踏み出し、手近な敵を粉砕する。宙空から生える四本の腕それぞれが左右に揺れ、ゾンビ達が粉砕される。
(…だめだな。すっかり見失った。ちくしょう、ゾンビの癖に)
嘆息して、仕切り直そうと巨大戦棍を構えた時、首鎧に滴る何かを感じた。
俺は迷う事なくその場から跳び退き、身を翻しながら巨大戦棍を一周させる。
だが、追撃はなかった。俺が首鎧に触れると、そこには何かの粘液が付着していた。
徐に天井を見上げれば、そこには緑色の皮膚を持つ、ツルッとした人型シルエットの何かがくっついていた。俺はそれを見て目を細める。
「ああ、あいつだわ」
ゾンビの群れの中に紛れていたボスキャラの話である。
緑色のゾンビは随分と身軽であるらしく、天井からピョンと床に降り立つと、トカゲの様にくねくねと身体を左右に振りながら、音もなくゾンビの群れの中へと消えてゆこうとした。だが、その背中へ俺のキャッツブランドが突き刺さる。
「グギャアアアアア」
急に身動きが取れなくなった事に慌てたのか、ゾンビが叫び声を上げる。
俺は若干の呆れを込めて告げる。通じているとも思えないが。
「いや、逃がす訳ないだろ?」
当たり前の事であった。
更に言えば、四つん這いの背中に突き立てたキャッツブランドは、心臓部の鉱石を砕いていたらしい。
ゾンビのボスキャラは、やがて動かなくなった。
「…何がしたかったんだ?」
ゾンビの残党を叩き潰しながら首を傾げた。
この階層は、ボスキャラがしょぼかった事もあり、まもなく殲滅できた。
「次は、幽霊か?」
俺は階段を下りながら考えていた。骸骨、ゾンビとくれば、次は幽霊であろう。その次は考えたくもない鎧騎士、巨人、ヴァンパイアと続くのだと思う。
「三週目は勘弁してほしいな。というかそろそろ許してほしいかな。いつまで戦い続けていれば良いのこれ?」
俺は腕時計を見た。腕時計に表示されている日付は、2012年4月29日となっていた。既にこちらへ来てから、一月半経過した事になる。一月半も墓場を彷徨っているのだ。
人間であった頃の俺であったなら、間違いなく発狂している。いや、発狂というか、最初の骸骨で死んでいただろう。それを思えばこの身体には感謝しかないのだが—
「この世界には、意思疎通できる人間はいないのだろうか?」
俺は会話に飢えていた。人との触れ合いに飢えていたのだ。いつも一人でいる事を好み、誰とも迎合する事のない俺でも、人っ子一人いないのは、流石に堪える。少しだけ。
「まあ、実際…大して困らないんだけどな」
さて、最近独り言が増えてきたが、実は人がいないとは微塵も思っていない。絶滅しているかもしれないとは思っているが、それもここを出てみなくては判断がつかないと考えていた。
(俺みたいな例もある訳だし、魔物の村とかどこかにあったりするのかな?)
などと呑気な事を考えてもいる。
さて、次の霊廟へとやってきたのであるが、次の霊廟はやはり幽霊であった。先の幽霊は顔くらいしか見えていなかったが、この幽霊はほぼ全身が見えている。
(すっごい悪そうな顔だなぁ…)
ザ・悪人—などと言っては失礼だが、生前はさそがし悪い人間であったに違いない。男と思わしき顔も、女と思わしき顔も、揃って鬼の形相を浮かべている。
違いはまだある。色味にしても、先の幽霊は青っぽかったのに対して、今度の幽霊は赤い。これはもしかして—
「炎…ついにくるか!」
俺は拳を握り込む。既に氷を操る事ができる訳であるが、自身は己に氷が似合うと思っていない。俺のイメージでは、氷を操るのはニヒルなイケメンキャラでなくてはならない。俺はニヒルでもなければイケメンでもない。ならば俺には何が似合うのか?自分では土だと思っている。次いで炎だ。
「うし、行くか!」
悠然として霊廟へと踏み込んだ。途端に俺へと向けて飛びかかってくる幽霊達。俺は黙って飛びかかる幽霊達を見つめていた。また身体を通過するのかと思いきや、幽霊達は俺の手前で停止すると、指先に炎の球を作り出したのである。
「お?おおっ!やっぱり炎くるのか!」
幽霊が炎の球を投げ込もうと振りかぶったところで、幽霊の横に漂っていた闇の中から腕が飛び出してくる。炎の球を俺目掛けて投げ込もうとしていた幽霊数体は、もれなく俺の腕へと吸い込まれた。
ちゃんと己の腕に違和感を感じる。間違いなくあの力は俺に継承された事だろう。
ふと顔を向ければ、何が起きたのか分からずに呆気に取られている幽霊がいた。全員が唖然として俺を見ている。
「お前らって、他の階層の奴らに比べると、リアクション濃いよな。好きだよ、そっちの方が」
ケラケラと笑いながら好意を伝えると、幽霊達が鬼の形相を取り戻して躍り掛かってくる。例の通過するアレであろう。
今度は少し暑いのだろうか?—と、僅かに期待した。だが、通過せんとして俺へ体当たりをかました幽霊は、そのままベシャリと潰れて霧散した。
「え?」
呆気にとられた顔で、幽霊の消えた胴鎧を眺める。これはどうした事かと首を傾げる。
一方で、幽霊達も唖然とした顔で俺を見ていた。
思わず横を向けば、幽霊が目を見開いて俺を眺めていた。とりあえず殴って吸収した。幽霊は、そういう星の元に生まれてしまったに違いない。
「え〜、よく分からんけれど、遠慮なく行くぞ〜!」
俺はそう告げると、赤い幽霊の力を解放する。腕が真っ赤に輝き、やがて赤い炎を噴き上げ始めた。指先に灯すようなイメージを浮かべているのだが、炎はまるで生き物のように俺の腕を駆け上がろうとする。
「何か既に幽霊達とは違うな…飛ばすにはどうすれば良いんだ?」
取り敢えず両手を組んで前に出してみる。俺の腕に纏わりつく炎は、ようやく俺の意思を汲み取ってくれたらしく、組んだ両手の先で巨大な炎の塊を作り出してゆく。
「行けっ!」
—と、叫んだが、炎が俺の側を離れる様子はない。ただただ着々と大きくなってゆくのみである。ここからどうすれば良いのか分からなくなり、無言で大きくなってゆく炎の塊を眺め続ける。
そして、躱す事が出来ない程に巨大化した炎の塊に、戦慄しているように見える幽霊達。
ついに俺は飛ばす事を諦めると、幽霊達へと叩きつける事にした。
「…ええっと?なんとか…ハンマー!」
—技名は後で考える事にして、霊廟内へと巨大な炎の塊を叩きつけた。
炎を操る幽霊だけに無傷なんだろうな—と考えていたのだが、炎の塊が消えた後に残っていたのは、黒く歪む老婆の幽霊—と、思われるもの一体だけであった。
他は全滅したらしい。ちなみに、この老婆の幽霊は全身が完全に見えている。
「おおっ?あれはもしかして闇か?闇だな!」
思わず喜色を露わにする。氷はあれだが、炎と闇はありなのだ。謎な思考である事は認める。
そんな俺の内心はさておき、老婆は指先に黒い塊を溜めると、俺目掛けて突き付けた。
すると、老婆の指からシャボン玉のように黒い球がふよふよと射出される。
「なんじゃこれ?」
俺は目の前まで飛んできたシャボン玉を思わず突いた。
瞬間、俺は闇に包まれる。感嘆の声を漏らしているうちに闇は収束し、俺は僅かな浮遊感の後に着地してたたらを踏んだ。
何事かと足元を見てみれば、俺の周囲はクレーターのようにごっそりと抉られていた。
「…え?」
何が起きたのか分からず、思わず老婆を見る。老婆も目を見開いて俺を見ている。何故生きている?—とでも問いたげな表情であった。
取り敢えず、老婆の横へと設置していた闇からニョキッと腕を出すと、俺は老婆を殴りつけて吸収した。
何だか釈然としない終わり方である。幽霊は、基本的にボーナスステージであると考えた方が良いかもしれない。
そして俺は自身の腕を見つめた。違和感がないのだ。俺は首を捻って指先に意識を集中した。
(闇よ出ろ)
俺の呼びかけに呼応するように、指先からピロピロと紐のような物が出てくる。俺の友人とも言うべき、黒い帯であった。どうやら、この黒い帯が闇であったらしい。
(え〜っと?そうなると、俺は最初から闇が使えたって事?)
俺は試しに闇の帯を広範囲へと展開してみる。俺を起点として、全方位へと波のようにうねりながら黒い帯は広がった。
思わず渋い顔を作ってしまう。何となく損した気分になり、すごすごと霊廟を後にした。
幽霊—本来であれば極めてやり辛い相手なのであろう。きっととても強いのだろう。だが、通じなくては意味がない。幽霊達にとって、俺は鬼門であるらしい。
「あ〜、やっぱりきたか、鎧騎士」
俺は次なる霊廟へと到達していた。もはや階段を下っている間は無心であるのだ。何一つ考えていない。まあ、それは良いだろう。
次の霊廟は再び鎧騎士であった。俺の目の前で綺麗に整列する鎧騎士達は、以前戦った時と比べて、とても煌びやかであった。水をかけても弾きそうな程に輝いている。撥水コートであろうか。
「あの一人だけ逸れて立ち尽くしている奴がボスか?」
俺の視線の先には、一人だけハブられたかのように立ち尽くす、色違いで一際見事な鎧騎士がいた。
どうやら、ここのボスキャラは虐められているらしい。何とも言えないきまりの悪さを感じたが、鎧騎士は有用である。吸収は決定している。
俺は大きく息を吐くと、覚悟を決めて霊廟内へと踏み込む。
「…すまん、来世では幸せになってくれ」
俺は呟き、全速力でボスへと向けて疾走する。一人だけ逸れているのだ。狙わない手はない。霊廟の床石が俺の疾走に耐えきれずに砕け、風を切る音は暴風のようである。
鎧騎士達が俺へと向き直った時には、俺は既に鎧騎士達の頭上を越えて、ボスキャラへと飛び掛かっていた。
「鎧騎士、ゲットだぜ!」
だが、俺の全体重を乗せた巨大戦棍は、ボスキャラの鎧に阻まれる。
ボスキャラ—ボス鎧は、俺のフルパワーの一撃を受けて吹き飛ぶものの、傷一つなく立ち上がってきた。
俺は舌打ちすると、闇の帯を撒き散らしつつ、ボス鎧へと追撃すべく疾走する。
猛然と迫る俺へと向けて、剣を抜き放つボス鎧であったが、腰だめの一撃など俺には通用しない。
そのまま身を翻しただけでボス鎧の剣閃を躱すと、ボス鎧の兜へと向けて巨大戦棍を振るう。だがそれは盾で受け流すボス鎧。
強い—と、素直にボス鎧の技量に感心する。俺の背後では、鎧騎士達が悠然と歩いてくる。ボス鎧がピンチであるのに急ぐつもりはないらしい。
(やっぱりボス鎧は虐めにあっているのだろうか?)
微妙なやり辛さを感じながらも、巨大戦棍六刀流でボス鎧へと迫る。流石に盾一つでは六本の巨大戦棍を捌き切る事は出来ずに追い込まれてゆくボス鎧。
この時、俺はあえて胴体は狙っていない。鉱石を潰す訳にはいかないからだ。
ついにボス鎧の兜が巨大戦棍に打たれて飛ぶ。その隙を逃してなるか—と、俺は腕の一本から手甲を消して、鎧の穴へと腕を突っ込んだ。ボス鎧はただの鎧へと還り、ガラガラと床に崩れ落ちた。
「手数があると違うな…黒色骸骨様々だよ…」
俺はボス鎧の力を即座に解放する。俺の鎧がより一層禍々しく、荘厳なものへと変化してゆく。
俺は見た目の変化よりも、重さに驚いた。重量ではない。コスト的なものである。ぐっと腹の底から力を吸われる感覚が、これまでの鎧の比ではなかったのだ。これはただの鎧ではない—と確信した。
そんな俺へ向けて、鎧騎士の最前列が到達しようとしている。
だが、俺が想定していたよりも随分と早い到着であった。俺は鎧騎士達を見やり、闇の帯が用をなしていなかった事を知った。闇の帯は確かに鎧騎士達を捕らえようと腕を伸ばしているが、鎧に反射されるかの如く鎧に触れた瞬間に滑り弾かれていた。
「まさか…ああいう特殊な力を寄せ付けない鎧なのか、これは?」
俺は己を包む荘厳でありながらも禍々しい鎧を見つめる。嬉しい反面、これからそれを敵として処理しなくてはならない事に面倒くささを感じずにはいられない。試しに鎧騎士達へと向けて氷の礫を射出してみるが、氷の礫は鎧騎士の鎧に触れると明後日の方向へと弾かれ、全く関係ない場所で氷の花を咲かせた。
(うわっ、やりたくない…)
仕方なく俺は一体ずつ鎧騎士を倒してゆく事にする。幸い腕六本と手数はあるため、囲まれないように立ち回れば苦戦する事はないだろう。ただただ面倒くさいだけである。ボス鎧を吸収してはいるが、念のため鎧騎士も一体は吸収する事を決めると、嘆息して鎧騎士へと躍り掛かった。
「あー、しんど」
俺の予想は正しく、苦戦する事はなかった。氷も闇も効かなかったため、ただただ時間がかかっただけである。吸収した鎧騎士の力では何の違和感も感じない事を確認すると、やっぱりな—と呟いた。
例外はあるかもしれないが、同系統の存在では、より上位の力で下位の力を上書きするものであるらしい。
例外は幽霊である。あれは氷、炎、闇と、全く異なる力を有している。吸収する順序が逆転していても、おそらくは全て有効になるのではなかろうか—と俺は考えた。
(つまり、見たことない力と初めての敵は吸収しとけ—という事かな?)
乱暴な結論だが間違いないと思われる。俺の姿は腕に紋様のある今の状態になってから変化していない。
いつまでこの姿であるのかは不明であるし、もしかしたらこれ以上の変化はないのかもしれないが、俺はこの力が自身に合っていると感じている。
そして俺の予想が正しければ、次の霊廟は人間によく似た敵と、今の俺と同様の力を持つ敵がボスとして待っていると思われた。黒い巨人から俺が辿った軌跡である。
ここまで来て、俺は自分が死んでいるという事を当たり前の事として受け止めていた。そしてその存在が変化—と、言うよりは進化しているという事も。
「死体が進化するとか…悪い冗談だよな、本当に」
鎧騎士を全滅させた後、俺は独り言を呟いてから歩き出す。霊廟を出る直前にあげた乾いた笑いは、独り言が増えた事を自覚したが故であった。