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小坂、腕が増える

ポンタンアメを食べていたら、銀歯が取れました。

そんな訳で、今日は歯医者さんへ行ってきます。

 次の霊廟へと辿り着いた俺を待っていたのは、腕の黒い巨人—かつての俺の姿に酷似した敵の群れであった。

 どいつもこいつも腕以外は白く、血管の黒さが逆に痛々しい。全員が貫頭衣のようなものを纏っているが、ボロボロなために色々と丸見えだ。出すのが流行なのだろうか。


(もしかして…俺の最初の姿はこれだったのか?)


 巨人達の目は血走り、赤い瞳は周囲を睥睨している。元同族などと考えると、やや手を出す事に躊躇したが、倒さねば先へは進めないのだろう。俺は深く息を吐くと、霊廟の中へと踏み込んだ。鎧姿であるが故にカシャカシャと鎧の当たる音が鳴り響く。その音は瞬く間に霊廟内へと伝播し、巨人達は一斉に俺へと向き直る。


(巨人であるせいか、数はそれ程でもないな…問題は、どれ程の膂力であるのか、だな)


 俺はかつての自身の姿と照らし合わせて考える。パワーは今なお衰えてはいないが、あの巨人はいずれもあの時の俺を上回る体躯を誇っている。俺よりもパワーは上であると考えるべきであろう。組み合うのは危険だ。


(ところで、当然こいつにも赤い鉱石はあるんだろうけれど…吸収すれば何か得られるのだろうか?)


 俺がそんな事を考えながら構える間にも、巨人達は猛烈な勢いで俺へと向かってきている。俺は受けるべきか躱すべきか悩んだ。


(受けてみるか)


 俺が盾を構えて半身になる。心臓は動いていないが、ちょっとドキドキする気がする。これが恋かしら。


「ぐおおおおお!」


 俺へと向けて振るわれた拳を盾で受ける。ドォン—という音と共に、鈍い音が耳に届いた。巨人の腕が折れたのだ。俺はと言えば、足が僅かに床石へ罅を刻み込んだ程度だ。

 俺は半身を翻すと、お返しとばかりに巨大戦棍グレートメイスを振り下ろす。巨人の頭部は陥没し、床へ頽れた。


(流石はアンデッド…まだ息はあるみたいだが…脳と神経がやられたら動けんだろ)


 倒れた巨人から次の巨人へと視線を移す。次の巨人も俺へと向けて、腕を振るわんとしているところであった。


(同じだろ…)


 —同じであった。

 巨人達は戦い方がなっていない。優れた膂力を持っていても、宝の持ち腐れだ。

 本当ならばその剛力は脅威であるのであろう。しかし、俺とて同じものを持っている。ならば、もはや負ける道理はなかった。






「思ったよりも早く片付いたな」


 数の少なさもあって、巨人達はあっという間に全滅した。死んだと思われる巨人の胸を開いたが、赤い鉱石はない。まだピクピクと痙攣している巨人を見つけて胸を開けば、赤い鉱石はあった。心臓と一体化しており、爛々と不気味な光を放っているそれを握り潰すと、巨人は俺の腕へと吸収された。


「死ぬと鉱石は消えるのか?…謎だな」


 俺は首を傾げて周囲を見る。どうやら息があったのは最初に潰した一体だけであったらしい。

 俺は二、三回掌を握ったり開いたりしてみるも、幽霊や鎧騎士の時に感じた違和感はない。どうやら、外れ—或いは今発揮しているこの馬鹿力が巨人の能力であるのだろう。

 俺は霊廟を出ると、次の霊廟を目指すべく階段を下り始めた。






「爺ちゃんのところに行きたくない」


 声を上げたのは少年であった。年の頃は10才に満たないだろう。どうやらそこはリビングであるらしい。少年はソファに腰を下ろして少年を見つめる男性から視線を逸らさない。

 一方で声をかけられた、働き盛りと思われる男性もまた、少年から視線を逸らさない。少年を見つめたまま、寂しそうに笑っている。目尻に皺は多いが、未だ男らしい輝きを湛えた表情は、活力に溢れていた。


「ははは。帯刀、お父さんもな、小さな頃は爺ちゃんにいっぱい扱かれたもんだ。武術の事となると、爺ちゃんは人が変わったように怖くなるからな。…でも、ごめんな。お前にはきっと力が必要だ。もう少しだけ辛抱しておくれ」


 男性はそう言って少年の頭を撫でる。少年は父のいう事はよく分からなくとも、不承不承頷いた。


—プルルルル—


 電話が鳴った。

 男性は少年の頭を最後に撫でると、受話器を取るべく立ち上がる。

 少年は退いて道を譲った。

 少年の心遣いに、男性は歩きながら微笑んで見せる。

 男性は受話器を持ち上げて話し始めた。

 少年はしばらく男性の背中を見ていたが、やがてリビングを出て己の部屋へと取って返す。


「どうだった帯刀?ダメだったろ?」

「うん。行かないとダメみたい」


 どうやら少年の名前は帯刀と言うらしい。

 己の部屋へと戻った帯刀を待っていたのは、帯刀よりもやや凛々しい表情の青年であった。

 ははは、だから言ったろ?—と、青年は袴をバッグの中へしまいながら帯刀に言う。

 帯刀が僅かに剝れると、青年は宥めるように声をかけた。


「ほら、帯刀も準備しろ。真面目に取り組めば時間なんてすぐに過ぎてるもんだ」


 青年の言葉に、帯刀はぼやきながら支度を始めた。


「兄ちゃんは良いよな。才能あってさ」


 帯刀はクローゼットから袴を取り出すと、自分のバッグの中へと詰めてゆく。そんな帯刀に青年—兄は言う。


「おいおい、俺だって才能がある訳じゃないぞ?帯刀よりも身体が出来上がっているから何とかなっているだけで、帯刀くらいの頃は、帯刀と同じ事を言われてたよ」


 帯刀は訝しむような視線を兄へと向けた。兄は片眉を上げて、文句でもあるのか?—と言いたげな顔をしている。

 帯刀はふぅん—と相槌だけ打って、己の支度に戻った。






 意識が少しずつ覚醒してゆく。どうやら寝ていたらしい。俺は階段から腰を上げると、大きく伸びをした。消していた鎧を再び纏う。相変わらず悪魔的なシルエットである事に変わりなく、戦棍メイスの先端もガーゴイルである。

 仕上げに、壁に立て掛けていた剣4本を鎧に取り付けると、ゆっくりと階段を下り始めた。


「まさか寝られるとは思わんかったな」


 思わず呟いた。

 この身体は死体であろう。眠る事ができるなどと思いもしなかったのだ。

 少し休憩でも—と思っていたが、ガッツリと寝ていたらしい。懐かしい夢を見た気がする。良くは思い出せないが。

 そのせいか、少しだけ哀愁の念に駆られたものの、すぐに消えた。

 やがて階段を下りきり、その先にある霊廟を覗き込む。次の霊廟にいるのはなんであろうか。


「…何あれ?美男美女ばっかり。超場違い」


 俺の視線の先にいたものは、金髪にオールバックの男性と、同じく金髪にオールバックの女性であった。

 男性は若者から髭を蓄える年齢までが幅広くおり、皆が皆、赤い目に長い犬歯を口元から覗かせている。

 一方で女性は皆若く見える—いや、女性の見た目では歳頃が分からない。

 女性の年齢をあれこれ詮索するのは良くないな、うん—と、勝手にまとめて視線を逸らした。

 女性は男性同様に赤い目と長い犬歯を携えているのは変わらない。だが、身に纏う胸元の大きく開いたドレスが困りものであったのだ。

 俺だって男だ。どうしても視線がそこへと向かってしまう。そして悲しくなるのだ。血液が流れていないが故に、俺の下半身は微塵も反応しないのだから。いや、まあ、そんな事はどうでも良い。男としては良くないが、今この状況においてはどうでも良い。


(ヴァンパイアだな。あれは絶対にヴァンパイアだ)


 俺は己の考えに確信を持ってニヤリと笑うと、霊廟の中へと歩み出す。

 俺が霊廟へ踏み込むと同時に、ヴァンパイア達は俺へと向き直る。霊廟の中でしか彼らの探知能力は働かないものであるらしい。

 俺はなるべく女性を見ないようにして身構えた。今の俺は無手ではない。幾らかまともな戦いが出来るはずだ。

 そんな事を考える俺に向けて、女性ヴァンパイアの目が怪しく光る。


(お?魅了の眼かな?)


 ヴァンパイアと言えば、男女ともに異性を魅了して血を頂戴するのが定番である。

 まるでヘッドライトを向けられたかの如く光り輝く眼光は、おそらくは魅了の効果を齎すものであっているのであろう。そういうとんでもない場所なのだ。

 そして俺には—


(効かないな、うん)


 何となく想像していた事であった。幽霊もそうであるが、何かしらの異常を齎す攻撃をしていたのであろう。だが、俺の肉体は死んでいるのだ。そんなものが効くとも思えない。そして魅了もまた効果をなさない。

 ところがヴァンパイアは動き出さない俺を見て、効果が出たと思い込んだのか、無謀にも歩いて近付いてきた。

 俺は礼とばかりに頭部へ向けて戦棍メイスを振り下ろした。

 グシャリと頭部は潰れて、女ヴァンパイアは崩れ落ちる。俺は手甲のみ鎧を解除すると、腕を背中に突き入れ鉱石を破壊した。

 ヴァンパイアは俺の腕へと吸い込まれ、早くも腕は僅かな違和感を俺へと伝えてくる。これでヴァンパイアの能力も吸収できたはずである。

 俺は満足げに頷くと、新たに飛び込んできた一体へ向けて戦棍メイスを振り下ろした。再び血と肉の花を咲かせた俺は、ヴァンパイア達を見渡した後に獰猛に笑って告げる。


「色々と試したい事があってな。悪いが、付き合ってもらうぞ」


 俺の持つ巨大戦棍グレートメイスの先端、ガーゴイルの彫像が氷に覆われてゆく。やがて、氷に覆われたガーゴイルは黒い帯を靡かせながら、俺の手により振るわれた。


「行くぞオラァ!」


 ヴァンパイアの群れへと踏み込み、横薙ぎに巨大戦棍グレートメイスを振るえば、躱し損ねた数十体のヴァンパイアが吹き飛ぶ。

 更に言えば吹き飛び方がおかしい。何か途轍もない力を加えられたかのような吹き飛び方で、数多のヴァンパイアを巻き込んでゆくのだ。

 思うに、これは黒い帯の力の一種であると思われる。詳細はまだ分からない。要検証だ。

 俺の横薙ぎの一撃を躱した一体が、手に武器を作り出す。それは俺の作り出す武器とは違い、血液から作り出しているようである。血液は縦に細長く延びると、鈍色の輝きを持つレイピアへと変化した。イケメンが持つと似合う。

 俺はそれを見るや否や、盾を前へと突き出す。ヴァンパイアの突きと、俺の盾がぶつかり合う。ヴァンパイアからしてみれば、血液で作り出した武器というのは消耗が怖くないのであろう。また作り直せば良いのである。だからこそ何も考えずに突いてきたものだろう。

 しかし、今回は相手が悪かった。思わずニヤリと笑う。

 ヴァンパイアが腕を引こうとすると、ヴァンパイアの肘から先がパキリと折れた。ヴァンパイアが目を見開いて、不思議そうに凍り付いた己の腕の切断面を眺めている。俺の盾には凍りついたレイピアと、ヴァンパイアの腕がくっついていた。


「ボケっとするな」


 俺は巨大戦棍グレートメイスを振り下ろして、唖然とするヴァンパイアの頭部を砕いた。

 俺はここに至るまで、幽霊の氷の使い方を思い返していた。幽霊達は氷を射出するでなく、身に纏っていたはずなのだ。まあ、あまりにもショボくて冷たいな—くらいにしか感じなかったが。それを思い出した俺は、もしかすると、俺も氷を身に纏う事が出来るのではないかと考えた。試行錯誤した結果、イメージが重要である事が分かったのである。逆に言えば、想像できる範囲でなら、氷は如何様にもなった。その後、目眩を感じた俺は階段を転げ落ちたのだが。


「お前らの血の武器も試してみるか」


 俺は凝り固まった己の血から、武器を作り出すイメージを描く。手には柄。そこから伸びる剣身は剣先に向かうにつれ幅広く、先端には猫を象った穴を描く。ちょっとした茶目っ気のつもりだ。


「おお!初めてで成功ですよ!」


 念願の自前剣である。実際に出てきた剣は剣身が猫の手のようになっており、肉球のあるべき場所に穴が空いている。イルウーンのような形状であった。柄も猫を模したものになっており、鍔もまた猫の形である。二匹の猫は互いの尾を柄の手前で絡ませており、それがフィンガーガードになるのであろう。


「…ちょっと30代のおっさんが持つにはどうよ?ポップ過ぎない?」


 自分で生み出しておいて何たる言い草か—と、少しだけ楽しくなってしまった。

 ちなみに、片手剣である。キャッツブランドと名付けよう。今の俺は、盾を消して巨大戦棍グレートメイスとキャッツブランドの二刀流である。少し鎧騎士の武器生成とヴァンパイアの武器生成を比較しようと考えたのだ。

 新たなヴァンパイアが数体俺へと向けて飛び出してくる。一度に複数体を相手取るのは危険と考え、まず巨大戦棍グレートメイスでヴァンパイアを纏めて吹き飛ばす。巨大戦棍グレートメイスの一撃を躱したのは二体。

 これなら問題なし—と判断した俺は、キャッツブランドの性能を見るべく身構えた。

 二体のヴァンパイアが作り出したのは直剣と鞭であった。俺は鞭を見て舌打ちすると、即座に鞭を持つヴァンパイアを仕留めるべく疾走する。

 鞭は思う以上に危険な武器なのだ。日本刀と同じく、見た目は弱々しいのに効果は絶大なとんでも武器の一つである。


「くそっ!」


 だが疾走する俺の前に、直剣を持つヴァンパイアが立ち塞がる。俺は振るわれる直剣をキャッツブランドで捌く。刀身は思ったよりも厚みがあり、捌くだけではなく、最悪受けても安定はしそうである。

 キャッツブランドを持つ手をくるりと翻して、ヴァンパイアの刃先を外側に押しやると、素早く戦棍メイスでヴァンパイアを叩き潰した。

 俺が視線を鞭のヴァンパイアへと向けた時、ヴァンパイアは鞭を振るわんと身体を捻るところであった。


(あーくそっ!)


 即座に距離を取ろうと腰を落としたが、それよりも早く、鞭の空気を裂く音が響き出した。既に鞭は俺目掛けて振るわれたのだ。

 鞭の一撃で俺がやられる事はないだろう。だが、鞭を振るうのはヴァンパイアであるのだ。その膂力が如何程のものであるのか知らないが、人間以下という事もあるまい。

 鎧に傷程度で済む事を祈りながら、退がる事を諦めて、逆に前へと出た。


—ニャン—


 その時、間の抜けた声が聞こえた気がして、俺は僅かに視線を彷徨わせる。

 そんな俺の視界に、行き場をなくした鞭の先端が映る。間の抜けた声はともかく、信じられない事に、キャッツブランドは鞭の先端を止めていた。


「え?はぁ?」


 偶然であろうか?そう考えながらも、俺は即座に鞭のヴァンパイアを仕留めにかかるが、ヴァンパイアは俺から離れつつ、もう一度鞭を振るう。

 再び空気を裂く音が辺りに木霊して俺へと迫る。その時俺はキャッツブランドを見ていた。


—ニャン—


 俺は確かに声を聞いた。

 それと同時に、キャッツブランドの剣身に刻まれたが僅かに赤く光る。

 刹那、俺の腕は自動的に動き、キャッツブランドを鞭の先端へと突き付けた。俺は視線を戻すと、即座に戦棍メイスを振るい、ヴァンパイアを叩き潰す。


「成る程!成る程な!」


 俺は喜色を露わにしてキャッツブランドを眺めた。どうやらキャッツブランドは防御に秀でた剣であるらしい。血で作り出す武器は、元から特殊な能力を兼ね備えているようである。そのかわり、発動すれば身体を勝手に動かしたりと、なかなかに癖のある武器でもあるらしい。運用には慣れが必要であろう。なお、そういった特殊能力を元から備えてあるが故か、俺御用達の氷はノリが悪い。ちょっと残念であった。

 さて、キャッツブランドの性能を把握した俺は、残りのヴァンパイア達を見てフッと笑う。


「どうした?まだやるのか?」


 俺の言葉が引き金になったか否かは不明だが、ヴァンパイア達の姿が音を立てて変化してゆく。顔は豚蝙蝠のように変化し、背中には蝙蝠の如き羽が生える。手の爪が異様に長くなり、皆が一斉に空を飛び出した。


(…こ、これは真似しようと思わんな…)


 若干引いたが、見た目で判断しては失礼であろう。俺は掌を蝙蝠達へと向けるとありったけの力を掌へと込める。身体が一気に気怠くなるが、気にせずに撃ち込んだ。


「纏めて凍れ」


 俺の掌から巨大な氷塊が撃ち出され、数多のヴァンパイアを巻き込んで天井に張り付く。

 そこから氷は一気に急成長し、霊廟の半分を覆う程の氷壁となった。

 逃げ延びたヴァンパイアは僅か三体。その三体も、唖然として氷壁を見ているところを黒い帯に絡め取られ、俺に叩き潰される。

 ヴァンパイアを殲滅した俺は、確かな手応えを感じていた。


(出来る事が増えるに従って、俺の能力は拡張性が広がってゆく。組み合わせで絶大な威力を発揮するパターンもあるしな。幽霊と鎧騎士。こいつは凄い。氷が効かない相手が出てこない限り無敵なんじゃないか?)


 鎧騎士の武器防具に氷を纏わせる事により、攻守において大きなアドバンテージを得られるのだ。ただし、氷が効かない敵もいるかもしれない。過信はしないように己を律する。

 さて、俺は腕時計を取り出して時刻を確認した。今までで最短の戦闘時間であった。俺は氷壁の中のヴァンパイア達を見る。全員目の光が消えており、どうやら息のあるものはいないようである。

 俺はそれだけ確認して満足すると、霊廟を出ようとして気が付いた。


「あ、出口…」


 霊廟の出口は氷によって閉ざされていた。






「これはどういう事だろう?一周したって事かな?」


 えっほえっほと氷を掘り起こして先に進んだが、階段を下りた先の霊廟には、骸骨達が待ち構えていたのだ。だが、骸骨達は骨が赤く腕は四本ある。先に見た骸骨とは明らかに別物である。

 いわゆる二週目というやつなのかも知れないが、俺が気にしているのはそんな事ではない。


「あれを吸収したら…俺も四本腕に…」


 思わず俺の頰が緩む。理性がやめろと制止するが、俺の本能に近い部分では、やっちゃえ—と、語りかけてくる。俺は四本腕とか六本腕のキャラクターが大好物である。


「そうだよな、どうせ俺の身体死体だしな。腕が四本になったって今更だよな」


 俺は理性を振り払ってしまった。まあ、長い人生そうした失敗も経験する事だろう。

 俺は一度頷くと、霊廟の中へと飛び込んだ。


「おら!小坂様のお通りだ!」


 テンションが上がり過ぎておかしな事になっている俺であるが、それ故に忘れていた。骸骨達は一斉に群がってくるのだという事を。

 俺が霊廟内へと立ち入るや否や、ぐるんと梟ばりに首を回して見せる骸骨達。そこでようやく、骸骨は群れで迫って来るという事を思い出した。


「ちょっと待った。俺、結構ピンチなんじゃ?」


 大ピンチである。即座に俺へと向けて迫って来る骸骨達を薙ぎ払い、叩き潰し、骨へと戻してゆく。現在の俺は巨大戦棍グレートメイスに大盾というスタンダードスタイルである。

 一体の骸骨が群れから僅かに離れて俺へと組み付く。四本の腕が俺の鎧へと纏わり付き、俺を絞め落とさんと首に絡む。

 俺は腕を振り払おうとして違和感に気が付いた。重いのだ。骸骨が異様に重い。力も不自然な程に強く、俺の腕力でも振り払うには至らない。力比べは拮抗している状況であった。


(不味い!)


 俺は即座に鎧に氷を纏わせると、骸骨の動きは鈍くなる。手甲のみ鎧を解除すると、肋骨の下から腕を滑り込ませて鉱石を握り潰した。

 刹那、四本腕の骸骨は俺の腕へと吸い込まれる。


(やった!)


 俺は即座に赤色骸骨の能力を解放する。背中に僅かな痛みを伴い、腕が肩甲骨の上部辺りから生える。肩甲骨が大きく形を変え、筋肉繊維や神経が骨と共に内部に出来てゆく感覚は、むず痒く、非常に気持ちの悪いものであった。

 それと同時に俺の肉体も、纏う鎧も姿を変える。赤色骸骨を吸収した事によるものか、筋肉量が再び増えてゆく。縦にも横にもサイズアップして、四本の腕は巨大戦棍グレートメイスの四刀流である。新たに生えた腕は元からあった腕よりも後ろ側から生えてきたものの、元の腕よりも長いらしく、取り回しに不便は感じない。強いて言うなら、動かそうとした時の感覚的な違和感が凄い。元からあった腕も一緒に動かしてしまうのだ。この辺りは慣れでどうにかなるのだろうか?—と、少し不安を感じるくらいである。


「ふんっ!」


 変形が完了すると同時に、近付いて来ていた数体を纏めて薙ぎ払う。拮抗していたパワーバランスは、再び俺へと傾いた。

 骸骨からやや距離の空いた俺は、即座に氷を展開して鎧と戦棍メイスを強化すると、敵陣の奥深くへと突っ込んだ。最早ちまちまと戦う必要がない。巨大戦棍グレートメイスを振るう俺の腕力は相当なもので、一本の巨大戦棍グレートメイスが十数体を纏めて粉砕出来るのだ。更には黒い帯が骸骨の動きを遅らせる。だが驚いた事に、骸骨達は黒い帯で完全に動きを止める事がないのだ。それだけ筋力が凄いという事であろうか。骨の癖に。

 なお、氷の効果はそこから更に一段下がる。俺の得意な氷張り付けが効きにくい相手だ。


「くそっ、悪い予感ってのは当たるもんだな!」


 ヴァンパイアを倒した時に、まさに氷が効かない奴がいたら云々などと言っていた事を思い出した。

 腕力が俺並みにあり、氷も帯も効果が薄く、更には身動きすら取れない程に集まって来る。骸骨はまさに、俺にとっては鬼門となる相手であった。それでも、負けてやるつもりなど毛頭ない。

 赤色骸骨の振るう、山のような腕を肋骨ごと粉砕しながら俺は更に奥へと進む。なるべく密集する地帯で戦った方が、骸骨はやり易いのだ。骸骨達は防御など考えずに突っ込んで来るが、それが長所でもあり、短所でもあるのは面白い。


「うおっ!?」


 横合いから伸びてきた腕を辛うじて避けた。突然の事に受けなかったのが幸いした。俺へと伸びてきた腕は黒いものであったのだ。俺は僅かに唖然としていたが、立て続けに伸びて来る腕を警戒して更に躱し続けた。

 一本、二本、三本、四本、五本!?、六本!?

 俺へと迫る黒い腕は六本。その全てを躱しながら、赤色骸骨を粉砕し続けていた。何処かに黒い骸骨がいるはずなのだ。おそらくは赤い骸骨よりも更に上位の存在であろう。

 やがて赤色骸骨が三分の一程になった頃、その姿を見つける。赤色骸骨よりも少しばかり背が高く、全身がやはり黒い。漆黒の眼窩には赤い光を宿し、肋骨の中には赤い鉱石が怪しい輝きを湛えていた。他の赤色骸骨とは違い、闇雲に俺に襲いかかる真似をせず、ただ成り行きを見守っている。

 俺は周囲の骸骨を吹き飛ばすと、黒色骸骨へと向き直った。


「探したよ」


 それだけ告げると、黒色骸骨へ向けて猛然と走る。黒色骸骨もそれに応じて、俺へと向けて腕を伸ばす。俺の振るう巨大戦棍グレートメイスと黒色骸骨の腕がぶつかり合う。互角—いや、僅かに俺の巨大戦棍グレートメイスが押し込まれる。


(嘘だろっ?)


 俺は即座に巨大戦棍グレートメイスを手放すと、黒色骸骨の間合いへと突っ込んだ。黒色骸骨が俺を薙ぎ払わんとして腕を振るう。これは上体を屈める事で躱す。その間に上の腕二本に盾とキャッツブランドを装備する。下の腕には巨大戦棍グレートメイスの二刀流だ。

 だが、ターンは未だに黒色骸骨であるらしい。腕の一本が俺目掛けて振るわれるのを、キャッツブランドで抑え込む。更に一本振るわれるのを、盾がメリメリと形を変えながらも受け止めた。


「調子にのるな!」


 更にもう一本を振るおうとしたところで、俺が巨大戦棍グレートメイスを振るい、黒色骸骨の肋骨に罅を入れる。これには慌てて黒色骸骨が腕を一斉に俺へと伸ばす。俺は即座に氷を鎧に纏わせると、僅かに黒色骸骨の動きが鈍る。その機を逃すまいとして、巨大戦棍グレートメイスの一本を回して黒色骸骨の腕を纏めて絡め取ると、すかさずそれを足で固定して肋骨目掛けて拳を打ち付けた。一発、二発—

 周囲から赤色骸骨が群がるのは上の腕二本で処理させる。俺の脳は未だかつてない程にフルに回転し、状況を即座に更新してゆく。その脳が俺へと警鐘を鳴らした。ガードせよ—と。


「ぬっ!?」


 片手に大盾を構えたが、体勢が不十分であったのか、大きく吹き飛ばされる。そのまま床石に強かに身体を打ち付けて三回転したところで、回転の勢いを利用して立ち上がった。

 即座に身構えるが、大きく骸骨達から距離を離されたために追撃は未だにない。時間の問題だが。


(今、何をされた?とんでもない衝撃が身体に…)


 俺は自身の身体を一度確認してから安堵の息をつく。大きく損傷した箇所はない。鎧のトゲトゲは何箇所か折れているが。それを見て俺は自嘲する。


(全く。大して強くもないのに格好つけるから…)


 そう内心で笑おうとするものの、思いに反して遣る瀬無い思いが怒りへと変わる。

 人がせっかく真っ当な打ち合いで戦っていたのを、訳の分からない力で台無しにされた。横槍を入れられたような心持ちになったのだ。


「…この野郎、巫山戯やがって」


 赤色骸骨が次々に殺到する後ろでは、棺やら彫像やらが空中へと浮き始める。何事か?—と視線を向ければ、黒色骸骨が掲げた腕を俺目掛けて振り下ろしたところであった。

 その瞬間、宙に浮いていた諸々が、一斉に飛来する。


「…念動力って言うんだったか。ちっ、お前か」


 俺は飛来する棺を一つ巨大戦棍グレートメイスで打ち壊し粉砕する。更に次の彫像はキャッツブランドで軌道を逸らし、その後の棺三つは纏めて巨大戦棍グレートメイスの一撃で叩き割った。更に念動力による飛来物は続くが、赤色骸骨も含めて、いずれも辿る運命は変わらない。まとめて粉砕だ。

 だが、最後に飛んできた物だけは話が別であった。


—ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ—


「お前…天井っ!?」


 天井の一角が剥げ落ちて飛来する。目を見開いて驚いていたが、深く息を吐き出すと四本の腕で巨大戦棍グレートメイスを握り込む。そのままありったけの氷を纏わせ巨大戦棍グレートメイスを補強すると、飛来する天井をフルスイングで叩き割った。


—ゴバァン—


 巨大戦棍グレートメイスを振り抜けば、床石が扇状に氷の牙を生やして、近くに寄ってきていた赤色骸骨達を串刺しにする。

 赤色骸骨は最早残り僅か。その背後の黒色骸骨も既に力を使い果たしたのか、大した脅威を感じない。

 俺も目眩を覚えてふらつくが、巨大戦棍グレートメイスを杖代わりにして堪えると、黒色骸骨を睨みつける。

 そんなこちらの姿を見て何を思ったか、黒色骸骨の動きは僅かに止まる。

 俺は黒色骸骨へと向けて言った。


「もらうぞ、お前の力」

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