小坂、装備を手に入れる
このお話は、3〜4回見直したはずでしたが、どういう訳か、それでもミスが見つかりました。しかも、かなりの数。
きっと、文章自体が分かりにくいせいなのでしょう。
そんな訳で読み辛いと思われます。申し訳ありません。
「何だこれ…」
次の霊廟に辿り着いた俺が目にしたのは、大量の幽霊であった。いや、幽霊であると思われる何かだ。周囲の景色を少しだけ歪めるような青い靄がかかり、その靄の中程に顔らしきものが僅かに見える。それでもやはり目は赤く、それが故に幽霊—まあ、アンデッド系のモンスターなのだろうな—と判断するに至った理由である。
幽霊は縦横無尽に飛び回ってはいるものの、霊廟から出る様子はなく、霊廟の外側に佇む俺に気付かない。
「気付かれないってのも…何か寂しいな」
俺は視線を落とすと己の両腕を眺めた。
俺の両腕には、何やら不可思議な紋様が肘から指の先にかけて浮かび上がっていた。せっかくの美肌が台無しである。シミ消しで消せるだろうか?
「今度は何だろうな…幽霊を倒したら、また何かしら変化するのかな?」
真っ黒いムキムキマンになったかと思えば、元に戻り、今はタトゥーの入ったおじさんだ。
まあ、それは考えても仕方ないので、意識を切り替えるべく傍に置いていた棺を眺める。
「物理攻撃って、効くのか?」
幽霊といえば触れられないというのが通念である。オカルトに明るい訳ではないが、棺トンファーでは効果がないのであろう事は想像に難しくない。
「あ、カメラなら倒せるか!」
幽霊を倒すと言えば、何故かカメラを思い付く。そんな俺の手元には、会社携帯があるにはあるが、電池残量は残り僅かであった。とても全ての幽霊を激写出来ると思えない。
「そもそもフィルムに霊を撃退する力があるんだったか?」
一体何の記憶なのかが思い出せないが、どうやらカメラ作戦は諦めざるを得ないようだ。
俺は会社携帯をポケットにしまい込むと、そのまま何の準備もせずに霊廟内へと立ち入った。策も何もない。後は出たとこ勝負である。
俺の姿に気が付いた幽霊達が、俺に向けて特攻してくる。何をするのかと身構えた俺の肩に向けて、幽霊は突っ込み、そのまま肩を通過した。
僅かに肩が冷えたのが分かったが、それ以外に何ら変わりなく、思わず首を傾げた。
「…ええと?…え?何?」
一方で幽霊も戸惑いを見せている。俺の肩を通過した幽霊は、やってやったぜ!—と言わんばかりのドヤ顔でこちらへと振り返ったのだが、俺の何ともない姿を見て驚愕していた—のだろうか。表情豊かな奴だとは思う。
俺は二、三回肩を回してから周囲の幽霊を眺めた。周囲の幽霊はどうしたものかと相談でもしているらしく、互いに顔を見合わせて口を動かしている。
「かかってこないなら、もう行っていいかな?」
それだけ告げると、俺は霊廟の奥に見える通路へと向けて歩き出す。
すると、途端に幽霊達が俺へと向けて突っ込んでくるではないか。
次々に俺の身体を通過する幽霊達であるが、俺には多少冷たいかな?—といったくらいで、他には何ら影響を及ぼさない。
「無駄無駄。ふはは」
これまでと違い、実に楽勝である。そんな余裕綽々の俺を止めるべく、幽霊達はあらゆる手を尽くして行く手を阻もうとする。俺の耳へと息を吹きかければ—
「あ〜、少し冷たいね〜」
俺の身体を数体まとめて突っ込んでくれば—
「あ〜、少し冷たいね〜」
どうよ?—とばかりにドヤ顔を見せると、再び幽霊達は集まって相談するかの如く口を動かしている。
それを認めると、思わず肩が落ちた。
「お前ら…冷やすしかできないんか?」
ややげんなりしつつも、ここの霊廟は突っ切る事にする。
どうやら、幽霊達には息を吹きかけて冷やすか、通過して冷やすかの二つしか攻撃手段がないらしい。ここはもう良いだろう—と、俺は嘆息すると、歩みを再開した。
そんな中、幽霊の一体が俺の眼前を維持しながら、俺を挑発し始めた。特別何か影響がある訳でもないのだが、何となくイライラする。
どうやら、この幽霊は人を苛つかせる天才であるらしい。
「この姿になって、感情の起伏は少なくなったと思っていたんだがなぁ」
立ち止まると、腰に手を当ててそんな事を呟いた。
顔を僅かに幽霊から逸らして、態とらしく嘆息してみせる。嵐の前の静けさというやつだ。次の瞬間には激高して怒声を上げていた。
「ざっけんなテメェ!」
強く拳を握り込むと、幽霊へと向けて突き出す。拳が空気を裂く音が聞こえ、俺の周囲の音を軒並み叩き伏せる。
既に拳は幽霊の眼前へと迫っているが、幽霊は躱そうとしない。当然だ。俺の身体を通過するくらいである。躱さなくとも影響などないのであろう。或いは、反応できていないのかもしれないが。
ところが、俺の拳が幽霊に当たったその時、俺の腕に刻まれた紋様が俄かに光り輝く。その光に導かれるかのように、幽霊は俺の腕へと吸い込まれた。
「…は?」
音と風圧が通り過ぎ、乾いた音が鳴る。俺は拳を突き出したままの姿勢で固まっていた。
周囲の幽霊達も何が起きたのか理解できずに固まっていた。
思わず横に佇む幽霊を見れば、幽霊も俺を見て表情を強張らせている。俺は迷わず殴りつけた。
やはり腕の紋様は光り、幽霊は俺の腕へと吸い込まれる。俺は感嘆の声を漏らした。
「いけるじゃん!」
ニヤリと強気の表情を見せると、手近な幽霊へと向けて突っ込んだ。俺は敵を全滅させなくては気が済まないタイプの人である。
幽霊は天井近くへと逃げ始め、俺から距離を取ろうとする。骸骨もゾンビも逃げる事はなかったのだが、ここの幽霊達は、当たり前のように逃げるから面白い。そんな幽霊達を逃してなるかと床を蹴り、天井へと頭から突っ込んだ。
(身体能力が高くなったとは思っていたが…これほどか)
天井から頭を引き抜きながら、仕切り直しとばかりに近場の幽霊へと襲い掛かる。攻守はすっかりと逆転し、俺は延々と飛び回り続けて幽霊を殲滅した。
「何してるんだ俺は…」
全てが終わった後は、自己嫌悪に頭を抱える。これではまるで弱い者虐めである。俺は僅かに弧を描く己の口元に気が付いて、思わず手で覆った。
この二日間、幽霊を殲滅するために飛び回り続けていた間、俺は愉悦を感じ続けていた。動かないはずの心臓が高鳴った気がした。逃げ惑う敵を追い詰めるのが愉快であった。俺はその異常な精神状態を終わってから知覚し、以前の自分と今の自分は違うのだと再認識する事になる。
「残忍性とでも言えば良いのか?ちょっとこれは酷いな…」
俺は覆っていた口元を指の腹でなぞる。もう笑ってはいなかった事に安堵の息をつきながら手を下げた。
「気を付けなくてはならんな。勢いに身を委ねるのは危険だ」
俺は自分を戒めるかの様に声に出して頷くと、霊廟の奥へと向けて歩き出す。
だが、ふと歩みを止めて己の腕を見る。己の腕に違和感を感じたからだ。俺の腕には相変わらず訳の分からない紋様が浮かんでいる。それ自体が既に異常なのだが、それ以外に何か異常がある訳ではなさそうだ。手首を回しても、指の動きにも、何か問題があるわけでもない。
「…気のせい、なのか?」
俺はしばらく腕を見つめていたが、嘆息してから首を振ると、表情を引き締めて歩みを再開した。
薄々分かってはいたが、霊廟の先も下り階段であった。
「これって…実は地獄行きの下り階段とか?敵を殺しすぎると地獄行きが確定するとかそういうあれか?」
俺は馬鹿げた考えを頭から振り払って階段を下りる。腕の違和感は先程よりも強くなっている。だが腕を見ても何かある訳ではない。ちっ—と、苛立たしげに舌打ちすると、時折腕の様子を確認しながら階段を下った。
そんな俺の腕に異変が起きたのは、それからしばらく歩いてからの事だ。腕の表面に霜が出来ていたのだ。それは幽霊が俺の身体を通過した時の様な冷たさを伴うものであった。思わず辟易した表情で腕を持ち上げると、矯めつ眇めつ前腕を見つめた。
「どうしろってんだ…」
俺の腕はすっかりと冷え、パキパキと音を立てて周囲の空気を凍らせてゆく。幽霊の比などではない。今なら握っただけで水も氷に出来そうだ。幸いな事に、動かす事に何かしら不都合がある訳ではなかったが、あまり望ましい状況であるとも思えない。これ以上に凍って動かなくなる可能性とてなくはないのだから。これは早急に対処すべきだと俺は考えた。
(とはいえ…どうしたものかな。幽霊を吸い込み過ぎて、腕の中に氷成分でも溜まってるのか?氷よ、出ろ!…なんちゃってな)
溜まったなら出せば良い。なんて、そんな簡単な話ではないだろうが、とりあえず念じてみる。だが、あまりのくだらなさに、俺自身笑みを浮かべていた。そんなので出るかよ—と。
「出た…」
前方に突き出した掌が急激に冷たくなったかと思えば、指の隙間からそこに何かが出来上がっているのが一瞬だけ見えた。それは氷の礫だ。次の瞬間には氷の礫は射出され、下り階段の天井に張り付くと、周囲を巻き込み凍らせる。天井の一角には、氷の氷柱が完成してしまった。
それと同時に、腕の違和感は嘘のように消えた。もう冷たいとも感じないし、周囲を巻き込んで凍らせる事もなさそうだ。俺はしばらく腕を眺めていたが、再び腕を高く掲げると、先程と同じように念じてみた。
(氷よ、出ろ!)
再び氷の礫は射出され、天井の一角に氷柱を生成する。俺は嬉しさ半分、戸惑い半分で己の腕を眺めていた。
(腕の中に吸い込んだのは幽霊だ。幽霊の冷や冷やするアレは、突き詰めるとこういう技なのかな?氷を飛ばす的な…で、俺はそれを吸収した?…しちゃった?)
考えても答えは出ない。ただ、今し方の己の推測は間違っていないものと思われる。
それ以上の事は諦めて、仕方なく階段を下る事にした。景色に溶け込んで分からなかったが、氷の下を通過する時に、氷から黒い帯がひらひらと出ている事に気が付いたが、これは何であるのか、今度こそ考えても答えは出なかった。
そのまま俺は階段を下りきり、次なる霊廟の中を覗き込むと、頭を抱えた。
「鎧騎士が沢山いる…」
目の前には、かなり重厚な全身鎧を纏った騎士達が整列していた。兜のバイザーからは、赤い光が僅かに覗いているものの、指の一本すら動かさずに整列している様は、異様としか言いようがない。
(人間じゃないよな…)
人間であれば、あそこまで微動だにしないという事はあり得ないだろう。それ以前にバイザーから覗く輝きが、俺と同種である事を物語っているのだ。あれは間違いなく人ではない。
俺は一息ついて覚悟を決めると、霊廟の中へと踏み込んだ。途端に鎧騎士達は一斉に俺へと振り返る。俺は彫像を置いてきた事に歯噛みしながら霊廟の中を見た。
棺は相変わらず其処彼処に置いてある。相手は鎧であるため、棺を叩きつけたところで致命傷にはならないだろう。逆に棺が壊れるだけである。戦い方を変える必要があった。ゴリ押しは通じそうにない。
「ほら、来いよ。相手してやる」
俺はあえて挑発して隊列を崩そうとするも、鎧騎士は誰一人としてそれには乗ってこないらしい。隊列を乱す事なく規則正しく俺の元へと歩いてくるのだ。
俺は渋い顔で舌打ちすると、先頭の鎧騎士一体へと向けて走り出す。
(ならこっちから崩すしかないな。序盤は見。相手の動き、弱点—あの赤い鉱石の位置を探る!)
疾走する俺目掛けて、鎧騎士の剣が振り下ろされるも、俺はそれを身を捻って躱す。剣が床石を叩いた音が木霊した時、お返しとばかりに突き出した俺の拳が、鎧騎士の剣を持つ腕の肘を捉えた。肘は肘当により覆われていたが、鎧騎士の右腕—上腕当から先を剣ごと明後日の方向へと吹き飛ばす事に成功した。腕鎧として固定されているがために、纏めて弾き飛ばせたのだろう。
更には、想像していた通り人間ではない。中身はなかった。動く鎧だ。それを見た俺は一旦退がる。上出来の結果だろう。
退がる俺の眼前を、横合いから突き出された剣先が通過した。剣先はそこで停止し、俄かに俺へと向けて払われる。だがこれは剣閃に速度が乗る前に、剣身の腹に手を当て上へと弾く。
(ロングソードか…)
更に退がり、先に弾いた剣を拾う。腕が未だにぐにょぐにょと動いていたが、踏みつけて剣を奪ったのだ。気持ち悪い事この上ない。俺は即座に鎧騎士達へと向き直ると、剣を構えて息を吐いた。
先に横合いから伸びてきた突きを完全に躱したつもりであったが、額は僅かに破れている。躱しきれなかったらしい。
(…大分感が鈍ってるな)
自身の勘働きの悪さに苦笑した。
額はパックリと破れているが、血は出ない。当然である。心臓が止まっているのだから。やはり俺の身体は死体であるらしい。少し泣きたい気持ちになったが、おそらくは涙も出ないのであろう。
俺は気持ちを切り替えるべく鎧騎士達を見た。鎧騎士達はゆっくりと俺へ向けて歩いてくる。先に腕を飛ばした鎧騎士もまた、片腕ながら隊列に加わり歩いている。
さて、どうしたものかな—と、何か良い手がないか考え始めた頃、俺の脳裏に過去の記憶が蘇る。現れたのは袴姿の祖父であった。
“多数を相手取る時は、絶対に脚を止めるな”
その言葉一つで、厳しかった祖父との修行の日々を思い出し、口元が少しだけ緩む。
“お前には才能がない。まだ棒術なら見られるかな—というレベルだ。お前は棒に専念しろ”
余計な事まで思い出した俺は、思わずジト目になった。そのまま片腕のない鎧騎士に狙いを定めると、俺は摺り足で前へと出た。
片腕のない鎧騎士が盾を構えようと半身を前に出す。
(遅い)
だが、その動きに先んじて、俺の突き出した剣先が盾を構えんとした腕と盾の間に入る。そのまま剣を捻り入れて、盾の向きを腕ごと逸らした。
大きく上体を逸らされた鎧騎士の胴鎧と肩当の隙間から、赤い鉱石が覗いている。
(見つけたぞ、お前達の弱点)
僅かに目を細める俺へと向けて、再び横合いから剣先が飛んでくるが、今度は難なくそれを躱す。身を翻すその過程で、俺は掌を片腕の鎧騎士へと向けて突き出す。
(氷よ!)
俺の願いを聞き届けたかのように、氷の礫は射出され、鎧騎士の胴鎧の内側へと入り込んだ。その時には俺はその場から離脱しており、遠目から片腕の鎧騎士の様子を窺っている。
片腕の鎧騎士はブルリと震えた後、バイザーの奥の光を消して、ただの鎧へと成り果てた。
(これで一体か…厳しい戦いになるな)
俺は再び無手になっている。盾を奪えれば良かったが、まだ敵の手の内が判明していない以上、そこまでの無茶はできなかった。
だが、ここで嬉しい誤算があった。内側から凍り、ただの鎧へと変わった片腕の鎧騎士—今は氷の彫像であるが、そこから黒い帯が伸び始めたのだ。黒い帯に触れた周囲の鎧騎士は、まるで何かに捕まったかのように、がくんと崩れ膝をつく。脚を帯に掴まれれば、脚を持ち上げられないかのようにその場に縫い付けられ、肩を掴まれれば膝を折って床に崩れ落ちる。
(何だ?あの帯は一体なんなんだ?)
階段で氷を飛ばしていた時、僅かに触れた気がするが、俺には何の効果も齎さなかった。
(想定外だが、正直有難い)
鎧騎士達の動きが乱れる。俺は間隙を突くべくして走り出した。迫る俺に目掛けて、戦棍が打ち下ろされる。俺は戦棍の内側へと素早く潜り込み、振り下ろす腕に己の腕を添えて軌道を逸らす。戦棍が床石を砕いた。
何かしら反撃を加えておこうとした矢先、俺の横から盾が振るわれる。シールドバッシュという相手の体勢を崩す際に使われる技術だ。面攻撃であるため、これを捌くのは無手では無茶である。
だが、転んでもただでは起きないのが俺だ。どうせ体勢を崩されるなら—と、自ら跳ねて盾の衝撃に身を任せると同時に、戦棍の先端へと向けて氷を射出した。
「ぐっ!」
衝撃を肩に受けて吹き飛ばされ、床石を転がりながら体勢を立て直すと、即座にその場から離脱する。俺の今いた場所に投槍が数本突き刺さった。
(剣に戦棍に投槍…か。しんどいなぁ)
チラリと横目で戦棍を凍らせた結果を見る。戦棍は床石と氷により一体化しており、鎧騎士の腕まで巻き込んで動きを止めている。更には、あの黒い帯までも周囲に広がり出していた。
(少しずつ切り崩していくしかない。今は回避優先で)
そんな事を考えた矢先に、俺の眼前に鎧騎士が一体躍り出てきた。
舌打ちしながら、これに突っ込む。
鎧騎士は腰だめに剣を抜き放つが、剣閃が俺へと牙を剥く前に、鎧騎士の小手の小指球を俺の掌が抑えた。
そのまま俺は相手の肘を抑えて、体重を下へと向けると鎧騎士は前へとたたらを踏む。そのまま僅かに身体を捻り、鎧騎士の前へと足を出して引っ掛けた後、倒れ込む鎧騎士の背中へと向けて、全力で踏みつけた。
鎧騎士の胴鎧は大きく凹み、鎧騎士は動かなくなる。鎧ごと赤い鉱石を粉砕したのだ。
(できるとは思っていたが…実際にやれるとなると…少し凹むな)
自分の人間離れした膂力に凹みながら、その場から退く。やはり俺目掛けて数本の投槍が投擲されていた。再び鎧騎士から距離を取り、突っ込めそうな場所を探す。
俺の眼が次の獲物を見定めんとして爛々と輝く。先の骸骨やゾンビでは活きなかった俺の体術が活きる相手との戦いに、少しだけ状況を楽しんでいた。
(駄目だぞ、冷静になれ。数は脅威だ)
そんな事を考えて深く息を吐き、狙いを定めると、再び駆け出す。
俺は幼少期から兄と共に、祖父の道場で武術を学ばせられた。成長著しい兄とは違い、俺に才能はなく、何度も行きたくないと父にこぼしたものだ。
父もまた才能には恵まれていなかった事もあり、俺の気持ちを理解してくれてはいたが、それでも、行かなくて良い—とは一度も言わなかった。あの時の父がどういう心持ちで俺の泣き言を聞いていたのか—今となっては知る由もないが、それが故にこの場を切り抜けられる算段が付くというのは、祖父はもとより、父にも感謝せねばなるまい。
「もう一体だ!」
既に見は終わり、今また一体の鎧騎士を胴鎧ごと粉砕した。
時間がかかる相手だ。多勢に無勢という言葉があるように、数の暴力とはそれだけ恐ろしい。腕に覚えはあるが、それでも一体ずつしか相手取る事は出来ない。ひたすら懐に飛び込んでは隙を作り研ぎ澄ました牙で穿つ。隙ができなければ、距離を置いて狙いを変える。これの繰り返しである。
逃げ場を塞がれそうになったら、氷を撃ち込み敵を縫い付け、囲まれそうになったら氷をばら撒く。氷様々である。だが、氷も使い過ぎると目眩を引き起こす事が、この戦いで判明している。注意が必要であろう。
「半数はやったか?」
周囲に散らばる鎧と、未だに動き続ける鎧の数を比べる。だが、どちらも多過ぎて見当がつかなかった。
「くっそ、流石にしんどいぞ」
既にどれ程の時間が経過したものかわからない程に俺は戦い続けていた。朝を知らせるアラームが五回鳴った。つまりは五日間は経過している事になる。だが、それ以降アラームを聞いていない。会社携帯の電池がなくなったのか、或いは壊れたか。一つ言える事は、体感時間的には六日以上経過しているだろうという事だけだ。精神的に大分まいってきた。
(だが、あと少しだ)
俺は今、初めて本気でこの身体に感謝していた。息切れなどなく、睡眠すら必要としない死んだ身体。更には鎧すら粉砕する膂力。後は氷。どれを欠いてもこの場を切り抜けられたとは思えない。それ程までに、この鎧騎士は厄介であった。強かった。弱点といえるのは、人間と同じ動きをする事のみである。それが故に俺の技が通じるのだから。
(そういう意味では、敵にも救われているな)
振るわれる剣の内側に潜り込み背中側へと回り、すかさず膝裏を蹴り付け相手の体勢を崩すと同時に兜を捻じ取る。兜のなくなった先には、赤い鉱石が爛々と輝いていた。俺は鎧騎士が体勢を立て直す前に、腕を突っ込み鉱石を握り潰す。
そのまま次の獲物へと狙いを定めようとした刹那、俺の腕へと鎧騎士が吸い込まれた。
「なっ!?」
俺は慌てて鎧騎士の群れから距離を取り、己の腕へと視線を落とす。そこにはそれまでと何ら変わりない腕があるのみである。
幽霊の時と同じ現象が、今また発生したのだ。
(条件は何だ?どうすれば吸い込める?)
俺は考えた。おそらく、吸い込んだ相手の力は己のものとして使える。理由は分からないが、氷は元々幽霊の力であったはずなのだ。骸骨、ゾンビと戦っていた時には吸収は起こらなかった。それが幽霊、そして鎧騎士では吸収が起きている。共通点は何か。だが、考えても答えは出ない。迫り来る鎧騎士に舌打ちして、俺は考える事を後回しにした。
「ふぅっ!」
俺の蹴りが鎧騎士の盾を吹き飛ばす。体勢を崩した鎧騎士のガントレットを捻り取り、剣を没収した。鎧騎士から奪い取った小手は、俺の手の中でワキワキと動いていたが、他の鎧騎士へと投擲して歪むと、動かなくなった。
「久しぶりの剣だな。これでもう少し攻めれるか」
俺は剣を構えて狙いを定める。しばらくやり合ってきて、鎧騎士の弱点がもう一つ判明した。中身がないために軽い事だ。鎧そのものは重い。あれだけの重装ならば50kgはあるだろう。
しかし、今の俺は彫像を片手で振り回せる程の剛力なのだ。50kg程度なら片手で振り回せるかも知れない。それをやると途端に戦い方が雑になるだろうからやらないが。
俺が前に出るよりも先に、鎧騎士が距離を詰めてきた。珍しい事だ—と、警戒に目が細まる。
鎧騎士の剣閃を刃を傷めない様に捌き、腋の腕鎧と胴鎧の接合部を突く。それだけで鎧騎士の腕は簡単に外れる。軽さ故に一撃に重みがなく、中身がない故に鎧を外すのも造作もない。
「そうだよな。俺は最初も腕鎧を吹き飛ばしていたのになぁ…何で気が付かないかなぁ」
普通であれば、鎧などそう簡単に外せるものではない。それ故に頭から抜け落ちていたのかも知れない。
さて、鎧騎士が体勢を整えるよりも早く、腕鎧と胴鎧の接合部から剣を突き入れ、赤い鉱石を抉るように貫く。鎧騎士はただの鎧に成り果てて崩れ落ちた。中身がなければ仕留めるのは簡単である。これの繰り返しで良いのだから。
俺が構え直すよりも早く、別の鎧騎士の戦棍が横薙ぎに振るわれる。だが、そんなものは当たらない。
頭を下げて戦棍をやり過ごすと、鎧騎士の腋目掛けて剣先を突き入れた。これは僅かに狙いを逸れ、上腕当に弾かれた。腰だめの攻撃が通る程甘くはないようだ。俺は舌打ちすると、一旦退がり囲まれないように相手を選ぶ。既に勝ち筋は見えている。鎧騎士達が全滅するのは時間の問題だ。
鎧騎士が動くのに合わせて俺も動く。腋からの腕飛ばし狙いである。俺の狙いに気付いているのか、鎧騎士達もそれを警戒してか無闇に得物を振ろうとはしない。それならそれで、胸部鎧ごと粉砕するのみであるのだが。
チラリと視線を動かすと、戦棍を持つ鎧騎士が隊列の外側にいるのに気が付いた。俺はニヤリと笑うと、戦棍を奪うべく駆け出した。
「結局、何日戦ってたんだ?」
俺は腕時計を見ながら呟いた。スマホに続き、会社携帯も電源が入らなくなっていた。電池切れだと思われる。腕時計にも日付は出るが、スタートが何日であったのか思い出せないため、意味はない。
俺はなんとか鎧騎士を殲滅した。もっとも手強かったのは、残りが少数になってからだ。どう動いても囲まれるためだ。それでも、辛くも激戦を制して俺は立っていた。無傷とはゆかなかったが、身体を動かすのに支障のある傷はない。上出来の結果であろう。
「後は、吸い込んだ鎧騎士の能力を調べる事か?」
俺はあの後も何度か鎧騎士を吸い込む事に成功した。その結果、赤い鉱石を素手で破損させる事が吸い込む条件ではないかと考えている。ところで、幽霊には赤い鉱石はなかった。それについては、赤い鉱石が霧状になったものであったのではなかろうか?—と、分析している。
「出ろ」
俺の声に呼応して、肉体を鎧が包む。俺は感嘆の声を上げた。だが、何というかその辺りに転がっている鎧騎士の鎧と、俺を包む鎧は何か違う。鎧騎士の鎧には隙間らしい隙間などないまさに甲冑と呼べるものであった。対して俺を包む鎧はと言えば—
「隙間だらけじゃないか…動きを妨げないのは利点だけどさ…後、何でこんなに禍々しいデザインなんだよ…」
悪魔的なシルエットとでも呼べば良いのであろうか。肩当や肘当、前腕当、膝当や脛当に至るまで、微妙に動作を妨げないような突起が伸びている。
兜を外してみる。眉庇と面ぽおは悪魔の顔でもモチーフにしているのか、随分と凝ったデザインである。鶏冠には手触りの良い毛が取り付けられており、ポニーテールのように垂れ下がっている。やはり刺々しいのは言わずもがな。外套まで付いているのは有難いのだが、30過ぎて髑髏マークは如何なものかと考える次第である。
武器と盾にも物申したい。盾は馬鹿みたいに大きな大盾であった。やはり悪魔的な禍々しくて刺々しいシルエットである。武器は巨大な戦棍であった。巨大戦棍とでも呼べば宜しいか?先端はガーゴイルの形となっており、その尻尾が渦巻きながら柄付近まで伸びているという、正気を疑うデザインだ。
「…呪いの装備?」
それでも有用には間違いあるまい。できれば剣が良かったが、贅沢を言っても仕方ない。鎧にはソードベルトも付いていたので、その辺に転がっている剣を何本か拝借していく事にした。腰に片手剣を二本、背中に両手剣を二本の計四本だ。
俺はしばらく鎧の感触を確かめて動作に影響がない事に満足げに頷くと、次の霊廟を目指して歩き始めた。ちなみに、次の霊廟へと辿り着く頃には、腰の剣も背中の剣も、悪魔的なシルエットへと変わっていた。解せぬ。