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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第1章 真、異世界デビュー
15/248

真、王都アンラヘ到着する

第一章はこれで終了です。

第二章終了までは、毎日投稿する…つもりです。

第十四話 真、アンラ神聖国の民となる OK


「デンテ様お帰りなさいませ」


 そう言って敬礼して見せたのは門兵である。あたし達は狐につままれた様な顔でデンテを見る。デンテは門兵に対して鷹揚に頷いてみせた。

 そしてアイマスとソティの姿に気が付いた門兵が、慌ててデンテに問う。


「あ、あの…アエテルヌムの二人が何か?この者達は困った奴らではありますが、悪い奴ではないのです。何かご迷惑をおかけしたのであれば、何卒ご寛恕を」

「ほぅ、困った奴らか。私達がどう思われているのか、よく分かったよ」


 門兵の発言にアイマスが苦笑した。ソティも苦笑いしている。あたしとデンテは何とも言えない顔で二人を見た。


「お前さん達、何をしたのだ?」

「ホントウダヨ…」


 あたしとデンテのジト目に、二人は戯けて返したのであった。

 さて、デンテのおかげで入門税も取られる事なく町中へと入った訳であるが、そこは今まで見たどの町よりも綺麗なものであった。城塞都市である事には変わりなく、町の奥には主塔が見える。だが、それとは別に煌びやかな建物も見え、アイマスによれば王宮であるそうだ。アトリアと同様に建築物は木造であり、暖色系の色で温かみのある町中には綺麗な川が流れている。運河として使われているらしく、荷を積んだ船が川面に浮かんでいた。


「この町はな、水の都と呼ばれるくらいに水源が豊富でな。綺麗な町だろ?私とソティのホームでもある」


 アイマスの言葉にあたしは激しく首肯した。すっかりと水の都に魅了されていたのだ。自慢げに笑うアイマスとソティであったが、デンテも驚いた顔でアイマス達へ言う。


「なんと!?アンラがお前さん達の本拠地か?丁度良いな」


 何が丁度良いと言うのか?—と、あたし達は首を傾げてデンテを見れば、デンテは破顔して続ける。


「わしはこの町の魔術師ギルドのギルドマスターなのだよ。たまには顔を出すと良い。鍛えてやろう」

「なんと!それは有難い!ソティもマコトも異論はないか?」


 アイマスはデンテの言葉に酷く乗り気な様子である。思わずソティと顔を見合わせて笑った。異論などあろうはずがない。あたし達は今後もデンテの元へ通う事になったのである。

 さて、あたし達四人は、まず冒険者ギルドへと向かう。デンテ護衛の依頼完了を報告するためだ。デンテのサインさえあれば同行は不要であるが、アトリアから徒歩で移動など、普通考えられる事ではない。護衛完了まで30日というのは流石に怪しく感じられるかもしれない。そうなった時のために、デンテはわざわざ同行を申し出てくれたのだ。あたし達は慇懃に礼を述べて、デンテと共に冒険者ギルドへと赴いた。


「Dランクパーティのアエテルヌムだ。依頼完了の報告に来た。これが受注票だ」

「はい、確認しますね…はぁ!?30日も前っ!?」


 やはり受付の職員は目を見開いて驚いていた。あたし達は顔を見合わせると苦笑いする。

 そんな調子であったので、デンテが前に出ると、職員に対して、不正やおかしな事は何もないと説明をしてくれた。


「わしが依頼主のデンテだ。徒歩で旅したいというのは、わしからのお願いだったのだよ。彼女らはよくやってくれたわい」

「デ、デンテ様っ!?お、お帰りなさいませ!はいっ、直ちに処理します!」


 冒険者ギルドと魔術師ギルドは、実は噴水広場の対岸に位置する。デンテはちょくちょくと冒険者ギルドへお茶を飲みにやってくるため、その顔は職員達には広く知られているそうだ。

 デンテの姿を認めた職員は、何一つ疑う事なく依頼完了の報告を受領し、アエテルヌムの仕事を認めてくれた。デンテ様々である。

 あたし達は一度冒険者ギルドを出ると、魔術師ギルドの前までデンテと共に歩く。アシュレイの時もそうであったが、別れは寂しいものである。まあ、アシュレイとは違い、会おうと思えばいつでも会えるのだが。


「お世話になりました」


 アイマスとソティが頭を下げる。あたしも遅れて頭を下げた。デンテはあたし達三人に向けて満足げに頷いた後に言う。


「道に迷ったらいつでも来なさい。お前さん達はもはやわしの教え子同然—いや、教え子の一人なのだから。遠慮は不要だよ」


 デンテは破顔して見せると、一度頷いて見せてから魔術師ギルドへと入っていった。魔術師ギルド内が俄かに騒がしくなる。どうやらデンテの身を案じていたようであるらしい。流石に数十日も組織の長がギルドを空けるのは、やり過ぎであったようだ。

 あたし達はギルド内の喧騒に顔を見合わせて笑い合うと、疲れと汚れを落とすべく大衆浴場へと向かった。

 今回の依頼は別の意味で疲れるものであったが、今のあたし達はレベル不相応に強くなったはずである。そう考えて少し得意げなあたしに、アイマスが提案してきた。


「後でギルドへ戻って、詳細ステータスの鑑定をやってもらうか」


 アイマスの発言に首を傾げるあたしへ向けて、ソティが詳細ステータスの事を教えてくれた。


「詳細ステータスの鑑定とは、ステータスの他にも、所持するスキルなどの詳細が窺えるものなので御座います。一度やっておくと冒険者カードにも記載されますので、今後の参考になるかと思うので御座います」


 何でも、これまでは必要性を感じずにやってこなかったらしい。だが、今回のデンテからの修行により、あたし達は随分と出来る事が増えているはずである。一度やってみようかと思い立ったそうだ。価格は銀貨1枚と、手軽なお値段ではないものの、躊躇する理由などない。


「オオオオオ!」


 一人で大盛り上がりするあたし。スキルとは一体どのような事が描かれるのであろうか。ワクワクが止まらない。

 あたし達三人は、手早く大衆浴場へと赴き身体を綺麗にした後、ギルドへと戻った。

 なお、アンラの大衆浴場では洗濯のサービスもあり、一人銅貨3枚で衣類を一式綺麗にしてくれる。蒸し風呂から上がったあたし達を待っていたのは、アイロンでもかけたかのように、折り目正しく畳まれた新品同様の衣類であった。

 そんな訳で、あたしはなおの事上機嫌で冒険者ギルドの門を叩いたのである。


「タノモー」


 入り口の扉を開けると、そこは男の世界。むせ返るような男の匂いに満たされた空間である。その場にいた男達が一斉に振り返る。あたしは即座にアイマスの背中へと隠れた。


「ナナナ、ナンデ?サッキハダレモイナカッタノニ!?」

「ははは、もう夕方だからな。依頼を終えて帰ってきた男達で溢れているのさ」


 そう、もう日が沈もうとしているのだ。男達は冒険者ギルド併設のバーで酒を飲んでいたのだ。男達の訝しむ視線の中を悠然と歩いて行くアイマス。ソティも気にしない。あたしは未だに慣れず、二人の後をちょこちょこと追いかけていった。


「ステータスの詳細鑑定をお願いしたい。私達三人分だ」

「はい。では別室で行います。説明は必要ですか?」


 アイマスが受付で要件を述べれば、対応したのは猫耳を生やした妙齢と思わしき女性。あたしは鎮火したテンションに再び火が点いたのを自覚した。


『ね、猫耳!猫耳だよ!』

『落ち着けマコト。獣人族だ』


 アイマスが一度振り返り、念話であたしを沈めた後に受付嬢へと向き直る。アイマスは背後を親指で肩越しに指しながら言った。


「このちっさいのは説明が必要だ。頼めるか」

「もちろん。では、説明します。ステータスの詳細鑑定は、専門の水晶玉へ血を一滴垂らす事により行います。魔力だけではなく、血液からも情報を取得する事で、より詳細なデータを入手する仕組みになっております。そこに関しては、部外秘となっておりますので、詳細はお答えできません。また、得られる情報は冒険者カードに記録されますが、冒険者ギルド側にも記録されます。これは、有事の際に集める冒険者を厳選する必要がある時に活用する目的であり、他者に開示する事は御座いません。ご利用の際にはご理解をお願いしております」


 この言葉にあたしは僅かに逡巡した。となれば、あたしが妖術師である事もばれてしまうのではないか—と、そう考えたのだ。だが—


(ま、そうは言ってもとっくに個人情報なんて引っこ抜いてるだろうしね〜。今更かな)


 あたしのいた世界では、個人情報を会社組織などが管理するのは当たり前であった。一度カードを作ったり、水晶玉に手をかざしてデータを更新する度に、そのデータをギルド側でも把握できていると考えたのだ。


「マコト、問題ないか?」


 アイマスがあたしに問うたのは、まさに妖術師という事を気にしての事であるのだろう。あたしはノープレブレムとばかりに親指を立てて見せる。とびっきりのキメ顔で。アイマスは僅かに嘆息した後、受付嬢へ改めて三人分の鑑定をお願いした。


「では、別室へ参りましょう」


 別の人間をつけられるのかと思えば、受付嬢はそのまま立ち上がり、あたし達を先導するらしい。あたし達は受付嬢に案内されるままに、受付の奥にある応接室らしき部屋へと通された。


「準備をして参りますので、ソファへ座ってお待ちください」


 そう言って受付嬢は応接室から立ち去る。残されたあたし達は、素直にソファへ—座らなかった。


「ネコミミナウエニシッポソウビトカ!」

「いいから座れ」


 アイマスに押さえ込まれて、今度こそソファへ座った。

 あたしはなおも熱く猫耳と尻尾についてアイマス達へ説明するが、二人は話半分に聞き流している。何故分からない!素人どもが!


「マコトの世界は…何というか、まぁ、その、何だ…」

「アイマス、気持ちはわかるので御座います。言わずにおきましょう」


 アイマスとソティは思うところが有ったらしいが、あたしの手前言わずに飲み込んだ。なお、あたしは未だにヒートアップしている。今ならデンテともう一戦出来るかもしれない。


「お待たせしました」


 扉がノックされたかと思いきや、扉を開けて受付嬢が姿を見せた。あたしは目を見開く。片時も目を離してなるか—と、言わんばかりに耳と尻尾の動きをロックオンする。アイマスとソティは恥ずかしさのあまり?に俯いたのが視界の隅に映ったが、知った事ではない。


「では、水晶玉の下の台座にギルドカードを入れた後、血を一滴水晶玉へと垂らしてください。指先を少し切る程度で構いません。ナイフに拘りがなければ、こちらをご使用ください。少し突くだけで血が出ます」


 受付嬢はローテーブルの上に、水晶玉とナイフを置いて言った。今まで馬鹿みたいにテンションが高くなっていたが、ナイフを見て怖気付いた。大人しくなり首を振りながら先陣を二人に譲る。


「では、最初は私から行こうか」


 アイマスはそう言いながら水晶玉の下に冒険者カードを入れると、ナイフを持ち上げてまじまじと見つめる。何かに納得したのか、一度頷いて見せた。そのままナイフの先端を親指に突き付けると、すぐに血が指の腹から滲む。アイマスはその血を水晶玉へと押し付けてしばし待つ。

 僅かに水晶玉が光り、水晶玉の内部には無数の文字が浮かび上がり消えてゆく。その度に冒険者カードにも何かしら書き込まれているらしく、カードを収めた台座の陰が僅かに輝きを放つ。


(血を捧げるとか物騒なプリンターだな)


 あたしの感想はそんなものであった。両隣のアイマスとソティにも聞こえていたが、神妙な顔を維持して聞こえていないフリをしていた。


[基礎情報]

名前:アイマス

種族:人間族

性別:女性

年齢:17歳

職業:魔法剣士マジックフェンサー

[ステータス]

レベル:32

HP:150

MP:33

筋力:38

器用:24

体力:32

俊敏:20

魔力:6

知力:12

信仰:21

精神:24

運命:18

[スキル]

片手剣:3

両手剣:2

短剣:1

盾:2

弓:2

魔術:1

[特性]

物理耐性◯

[ギルド]

冒険者ランク:D

所属パーティ:アエテルヌム


 アイマスのステータスを見てあたしは声を上げた。


「アイマス、クラスガカワッテル!ファイターカラマジックフェンサーヘカワッテル!」


 アイマスの職業は戦士から魔法剣士へと変化していた。更に言うならレベルも1上がっていた。物理に強い特性まで持っている。思わずアイマスは破顔した。


「これは…これは嬉しいな」

「うわぁ、魔法剣士なんて一部の貴族くらいでしか見ない職業ですよ?アイマスさんは凄いのですね?」


 受付嬢が水晶玉を眺めながらそんな事を言う。水晶玉は表から見ても何も表示されてはいないが、裏には何が映っているのであろうか。非常に気になるところである。


「では、次は私がやります」


 続いてソティがナイフを指に押し付ける。グリグリと必要以上に押し付ける。口の端が少しばかり持ち上がっており、若干怖い。

 一滴で良いと言われていた血液をしたたる程に水晶玉へと垂らしてゆく。受付嬢がドン引きしていた。あたしとアイマスもドン引きしていた。


[基礎情報]

名前:ソングロント

種族:人間族

性別:女性

年齢:15歳

職業:死刑執行人エクスキューショナー

[ステータス]

レベル:34

HP:102

MP:97

筋力:22

器用:34

体力:19

俊敏:41

魔力:18

知力:16

信仰:61

精神:22

運命:23

[スキル]

短剣:2

斧:4

魔術:1

法術:6

[特性]

電光石火

[ギルド]

冒険者ランク:E

所属パーティ:アエテルヌム


「まぁ。私も捨てたものではないで御座います」

「「「…」」」


 あたし達三人の視線は、同じところで止まっている事だろうと思う。職業だ。ついこの間までは異端審問官であったはずだ。元リアル異端審問官の現修道士は、水晶玉による職業判定の結果、死刑執行人であると判断された。


「ま、まあ、流石にソティは強いな。この電光石火とは何だ?」


 アイマスが職業欄を指で覆い隠す様に、カードの項目を指し示して受付の女性へと尋ねれば、受付嬢は慌てて答えた。


「あ、はい。瞬間移動の様に一瞬だけ目にも止まらぬ速さで動ける—というものですね。素晴らしい技をお持ちのようで」

「うふふ。血を吐く程の訓練を強いられた成果で御座います」

「「「…」」」


 どんな訓練かは誰も聞かなかった。聞けなかった。ソティはゆっくりとカードを拾い上げると、口元を大きく綻ばせてカードの一部を見る。目線を追うに職業欄であろう。ソティはそのまま大事そうにカードをしまった。

 僅かに沈黙が場を支配する。


「さ、さぁ、次はマコトだ」

「そうで御座います。マコト、覚悟を決めるので御座います」

「マ、マッテ!ナイフヲチカヅケナイデ!ジブンデ!ジブンデヤルカラ!」


 ソティがナイフをあたしに手渡そうとするが、ソティがナイフを持つと冗談抜きで怖い。

 あたしはソティから即座にナイフを奪うと、えいやとばかりに指を突く。僅かな痛みと共に指の腹から血が滲んだ。あたしは急いで水晶玉へと指を押し付ける。ソティが若干悲しそうな顔をしているが無視である。


[基本情報]

名前:マコト

種族:人間族

性別:女性

年齢:15歳

職業:妖術師ソーサラー

[ステータス]

レベル:17

HP:45

MP:40

筋力:10

器用:12

体力:10

俊敏:11

魔力:20

知力:87

信仰:0

精神:20

運命:1

[スキル]

短剣:1

弓:1

魔術:2

斥候:3

罠:1

[特性]

限界突破

侵食

[ギルド]

冒険者ランク:F

所属パーティ:アエテルヌム


「斥候と罠持ちとはな…マコトは昔何をしていたんだ?」


 アイマスがあたしにジト目を向ける。あたしが聞きたいくらいであった。思い当たる節と言えば、オンラインゲームくらいである。

 ソティもまた指を指して質問した。


「限界突破とは何なので御座いましょう?」


 だが受付嬢は何も答えない。目を見開いて喉を鳴らすだけであった。あたし達は訝しげな顔で受付嬢を眺める。やがて、受付嬢は顔を上げると言った。


「…レベル上限の存在しない者の事です」


 受付嬢の言葉に、あたし達三人は固まった。






「はい、では検査は以上になります。お疲れ様でした」


 寝台から起き上がると、渡された布で腹の上に描かれた魔法陣をゴシゴシと擦る。布には薬剤が染み込ませてあるのかヒヤリと冷たく、塗料は簡単に落ちた。

 あたしは寝台の上から降りて布を助手らしき女性へと手渡した後、診察室を後にした。


「で、どうだった?」

「ナンノセツメイモサレテイナイカラ、ワカラナイ」


 あたしが限界突破という特性を持っている事は、即座にギルドマスターへと伝えられた。直ちに各所へと伝達され、あたしはそれから半刻も経たないうちに馬車で錬金術師ギルドへと連れて来られたのだ。あたしは今、不機嫌だった。


(何が他者に開示する事は御座いません、だ。嘘つきが)


 受付嬢はいきなり立ち上がったと思えば、大慌てで叫びながら階段を上っていったのだ。


「ギルドマスター!限界突破を持つ者が!限界突破を持つ者が!!」


 応接室には冒険者ギルドのバーで酒を飲んでいた荒くれどもが押し寄せ、あたし達の姿はバッチリと見られた。

 その後、現れたギルドマスターに、受付嬢の名前を尋ねたあたしは、彼女に近付くと静かに告げる。


「許さんぞ、チッコ」


 その一言はこれまでにない程見事な発音だった。受付嬢—チッコは、あたしの職業を思い出したのか、真っ青になる。

 まあ、そんな一幕があったのだ。ギルドマスター—名をモスクルという。モスクルがその場にいた全員に口外禁止を言い渡していたが、間違いなく知れ渡るだろう。そんな訳であたしの機嫌は最高に悪い。

 モスクルの手により即座に集められた術師達の協議の元、女医の診断がなされて今に至る。おそらくは、限界突破に関して何か分からないかと調べていたのだろう。結果は—


「ダメですね。普通の人間です。体内に何かがあるという事もありません。間違いなく何処にでもいる冒険者です」


 —だそうだ。集められた術者の中にはデンテもおり、あたし達に対して苦笑いして見せる。災難だったな—とでも言いたげな顔であった。あたしもまた、肩を竦めて見せれば、デンテは破顔した。


「実際にレベルを上げてみなくては何とも言えませんな」


 えらく煌びやかな衣装を纏う男性がそんな事を口にすれば、その場にいる全術者があたし達に視線を向ける。アイマスとソティは何でもないかのように視線を受け流していたが、あたしは嫌な予感に表情は強張り、心臓は高鳴る。

 僅かに口の中に乾きを覚え始めた頃、デンテが口を開いた。


「その子はわしの教え子だ。その子の意思に反する真似は許さんぞ」


 デンテの発言に、全員がデンテへと向き直る。デンテの表情は真剣そのものであり、敵対も辞さない事を身体から溢れ出る魔力が物語っていた。


「オジイチャン…」


 あたしはデンテの言葉に喜色と安堵を見せる。周囲の術者達はデンテの圧力に押されて僅かに後退った。流石はレベル100。重みが違うのだ。

 そんな中で圧力をものともせずに前に出た者がいた。冒険者ギルドのギルドマスター—モスクルである。モスクルもまたデンテと並ぶ強者なのかもしれない。


「落ち着けデンテ。そんな事は俺だって許しはしない。だが、彼女は人類の希望である事もまた事実だ。レベル上げはどうにかやってもらいたいところではあるが…無茶はさせんと約束する。だから威嚇はやめてくれ。その圧力は洒落にならん」

「…言質は取ったぞ。マコトよ、これで良いか?」


 デンテがモスクルから視線を切り、あたしへと慈愛の表情を向ける。あたしは神妙な表情で頷いた。


「ウン。アリガトウオジイチャン」


 本当は満面の笑みを向けたいところであるのだが、場の空気がそれを許さない。しかしデンテはあたしの表情からそれを察してくれたのだろう。僅かに笑みを見せて首肯した。

 デンテが下がったのを見たモスクルは、一度嘆息してから周囲に告げた。


「マコトは冒険者だ。嫌でもレベルは上がる。無理やりレベルを上げようとする真似はやめてくれ。デンテを怒らせたらただじゃ済まないぞ。無論、冒険者である以上、俺の庇護下にある事になる。マコトに何かしてみろ。デンテと同時に俺も敵に回る事になるからな。何かやらせたい場合は、冒険者ギルドの方に依頼として出してくれ。それでもマコト達への指名依頼となれば、一度内容を厳しく精査する事になる。忘れないでくれ」


 モスクルの言葉でその場は解散となった。安堵の息をつくあたしの元へと、モスクルとデンテが近付いてくる。あたしは二人を見て姿勢を正した。


「ああ、いや…そう畏まらなくて良い。何というか、済まなかったな」


 モスクルが禿頭を撫でながらあたしに詫びる。部下の失態を詫びているのか、はたまたこの状況を詫びているのか。どちらに対する詫びか判断が付かず、あたしは曖昧に頷いた。

 次いで口を開いたのはデンテであった。


「わしからも詫びよう。不躾な視線を向けてしまってすまんな。こやつが口にした通り、レベル100の壁を超える事は人類の悲願じゃ。期待が高まったあまりに己を抑えられんかったのじゃろう。許しておくれ」


 デンテの言葉にあたしは僅かに微笑み首肯して見せた。デンテのかけ値なしの優しさが嬉しい。そんなあたしの背後から、アイマスとソティが声をかけてきた。


「私からも謝らせてくれ。済まないなマコト。マコトが望むなら町を出るが…どうしたい?」

「私達に遠慮せず、マコトが決めてください」


 二人の発言にモスクルが慌てる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!何処に行くつもりだ?術者の情報網を甘く見ない方が良い。こうなってはアンラから拠点を移す方が危険だ!アンラに席を置いておけば、俺とデンテの存在が抑止力になる」

「うむ、そうだのう。モスクルの言う通りだ。しばし居心地の悪い日が続くかもしれんが、何…人の噂も何とやら、よ。すぐに元通りになるわい」


 モスクルの発言をデンテが引き継いだ。あたしも二人の意見に賛同する。


「ウン、ソウダネ。アイマストソティニモワルイシ、シバラクハコノマチヲキョテンニシテカツドウスルヨ」


 あたしはアイマスとソティに向けて頷いて見せる。二人もまた申し訳なさそうに渋い顔で首肯した。

 話は一段落ついたと見たモスクルが話題を変える。


「ところで、三人はこれからどうするつもりだ?」


 これにはアイマスが答えた。


「凍土の迷宮か、回廊の迷宮へと篭るつもりだ」


 目を見開くモスクルとデンテ。二人はあたしとソティに向けて、本当か?—とばかりに血走った視線を向けてくる。あたしはソティと顔を見合わせた後に頷いて見せた。まあ、何の相談もされた記憶はないが。

 デンテが髭を扱きながら、僅かに考えた後に言う。


「う〜む。お前さん達ならば回廊の迷宮の方が相性は良かろうな。…じゃが、三人で平気か?」

「踏破が目的ではなく、私やソティが30代の壁を突破する事が目的なのだ。無理はしないよデンテ殿」


 アイマスが苦笑しながらデンテに言う。デンテはその言葉を受けて、モスクルと顔を見合わせた。


「まあ、それならばわしからは言う事はないのぅ。気をつけて行け—くらいか」


 あたし達に視線を戻したデンテが言う。モスクルもまたデンテの言葉に頷いた。

 既に日は落ちており、辺りは真っ暗である。その日はそれでお開きとなり、安宿は埋まっているであろう事から、デンテとモスクルが宿代を出してくれた。お風呂のある高級宿にあたし達三人は宿泊したのだった。


「マコトは本当に私達の想像を超えているな」

「本当で御座います。心臓に悪いので御座います」


 寝間着姿の二人は、あたしへ向けてこんな事を言う。あたしからすれば、戦闘狂のアイマスと、首刈り魔のソティの方が心臓に悪いと思うのだが—それには触れないでおく事にする。あたしは空気を読める女なのだから。


「浸っているところ悪いが、しっかりと漏れているぞ」

「首刈り魔で御座いますか?最近はそこまで頻繁に刈っていないと思うのですが…」

「スミマセンデシタ〜!」


 あたしは謝れる女でもある。

 それはさておき、あたし達は明日からの予定を話し合う事にした。

 まずはアイマス。鎧の修復と、あたしと出会う前に壊れた盾の新調に時間を取られる事になるらしい。

 次いでソティ。教会へと顔を出して、修道士としての溜まった仕事をこなすそうだ。本当に修道士であったらしい。

 あたしもやる事がある。魔術触媒の研磨である。色々あってここまでやらずに来たが、時間が出来るなら弓へと取り付けたいのだ。故にあたしは弓の改造か。そして間に合わせの衣服ではなく、ちゃんとした衣服を揃える方が良いだろう。

 更には、ポストマンバッグの中身を整理しなくてはならない。あたしの教科書に着替え、そしてアシュレイから借りた魔道書と、大きなバッグは既にパンパンに膨れ上がっており、非常に重たいのだ。となれば、倉庫を借りねばなるまい。

 明日からも忙しい一日になりそうである。あたし達は互いの予定を語り合いながら、ふかふかのベッドに横になった。


(そういえば、もう一つのスキル…侵食って何だろ?…)


 ふと、思い出したものの、既にアイマスもソティも寝息を立てている。

 また今度でいっか—と、あたしも寝た。

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