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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第1章 真、異世界デビュー
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真、修行を終える

「どれ、魔法陣を見せてみなさい」


 デンテの言葉に、あたしは魔術書を手渡す。しばし眺めていたデンテであったが、やがて魔術書から顔を上げて嘆息して見せる。

 デンテの反応にあたしが顔を顰めると、デンテは言った。


「これはきっと、魔法陣の上下が逆だの」

「ジョウゲ?」


 あたしはデンテから魔術書を受け取ると、改めて魔法陣を眺める。魔法陣が上下逆となると—下向きの炎を制御する三角に、上向きの風が巡る三角—という事になる。あたしは頭にハテナを浮かべながらも、とりあえずやってみる事にした。


(出ろ!)


 あたしが魔法陣を浮かべながら念じると、風は巻き起こるものの、炎のアシュレイは出ない。思わず眉を寄せた。


(失敗した?)


 そんな事を考えて首を捻っていると、変化は唐突に訪れた。あたしの足元を冷えた風が通過していったのだ。あまりの冷たさに、思わずたたらを踏んだ。


「え?な、何!?」


 あまりにも驚いて日本語が口を割って出てしまう程の冷気である。冷気はなおもあたし達の足元を襲い、霜を形成してゆく。あたしは慌てて魔法陣を放棄した。


「…ナ、ナニ、イマノ?」

「ふむ。これは知らんでも仕方ないか。一部の文字はな、魔法陣の上下を反転させる事で、効果を反転させる事が出来るのだ。今の例で言えば、火を意味する属性文字じゃな。熱を与える作用ではなく、効果が反転した事により熱を奪う作用に変わったのだ」


 あたしは狐につままれたかのような顔でデンテを見る。しばらく無言で見つめ合っていたあたしとデンテであったが、あたしが口を開いた。


「ツマリ、コノマホウジンノコウカハ…アタリイチメンヲコオラセル?」

「ま、正解じゃな」


 アシュレイはとんでもない魔術を落書きしていたものである。肝を冷やしたあたしへ、デンテの感嘆の声が聞こえた。


「凄いのぉ…少ない制御文字で非常に効果的な運用をしておる。魔物というよりは、対人を想定した魔術っぽいな」


 デンテの呟きにウンウンと首肯して見せるアイマスにソティ。あたしはそんな三人を見て、この魔術は封印する事を心に決めた。対人用魔術なんておっかなくて使っていられない。


「では、程よく休憩出来たところで、訓練を再開するか」


 再びアイマスとソティにとっての地獄が始まる。

 二人は苦い顔でそれぞれの訓練へと戻り、あたしは魔術書を開き、アシュレイの注釈と魔法陣を見つめた。


“効果的な運用一例”


 確かに効果的であろう。だが、これはいけない。あたしは苦い顔でページをめくると、読書を再開した。






「魔物が近くに寄ってきたな。そろそろお前さん達も暴れたいだろ?今まで学んだ術を活かして戦闘をこなしてみるがよい」


 デンテがこんな事を言ったのは、既に王都アンラが目に見える距離に来た頃であった。護衛開始から実に27日目の事である。

 あたしは周囲を見渡してから、訝しげな顔をデンテへと向ける。魔物など何処にもいないのだ。


「オジイチャン、マモノナンテイナイヨ?」


 首を傾げて問うあたしに笑って見せるデンテ。そんなデンテの横に、徐に穴が空いたかと思えば、わらわらと魔物達が現れたではないか。

 あたしはギョッとしながらも思い出した。デンテが魔物を生きたまま亜空間へ収納していた事を。

 魔物達も、己がいた場所から突如変わった景色に驚き、周囲を見回している。

 何とも言えない微妙な空気が出来上がっていたが、それでも魔物達はあたし達に気が付くと、声を上げて襲いかかってきた。


「結局来るので御座いますね」


 ソティの呟きがあたしの耳に届いた時、魔物の波が左右に裂けた。ソティの電光石火の突きであった。今やソティはただ首を刎ねるだけの暗殺者アサシンではない。いや、元から暗殺者アサシンなどではないのだが。


「続くぞ!」


 アイマスが叫びながら魔物めがけて刃を払う。アイマスの剣閃が風を切り魔物めがけて飛翔する。魔力制御を応用した飛刃と呼ばれる闘技である。

 放たれた飛刃は魔物の波へと吸い込まれた。それだけで魔物の前列は皆血飛沫を上げて崩れ落ちる。


「アタシノバン!」


 あたしだって負けてはいない。弓に矢を番える事なく弦を引けば、そこに現れたのは魔力の矢。これも魔力制御の応用であり、魔力の矢というそのままなネーミングの闘技である。ちなみに、野伏がよく使う技だ。

 あたしが引き絞る魔力の矢の先端に魔法陣が浮かび上がる。魔力制御を介して魔術を展開するという高等テクニックである—らしい。


「イッケ〜!」


 あたしの撃った矢は魔物の波へと飲み込まれ、巨大な炎を吹き上げた。魔物の群れの半数が炎に包まれてもがき息絶える。

 もはやあたし達三人には、そんじょそこいらの魔物に負ける道理など、何処にもありはしなかった。


「上出来だな」


 やがて、全ての魔物を仕留めたあたし達へ近付いてきたデンテが言った。その表情は満足そうに笑みを湛えており、あたし達の働きが満足に足るものであった事を物語っている。


「デンテ殿…何というか、ここまで来れたのは貴方の導き有ればこそ、だ。本当に感謝する」

「全くで御座います。デンテ様、貴方に神のご加護を」


 アイマスが感謝の言葉を照れ臭そうに言えば、ソティもまたデンテに向けて膝を折った。

 出遅れたあたしも、とりあえずお礼を言った。


「オジイチャン、アリガトウ」


 修行は完了なのだろう。あたし達はやり切った達成感に包まれて、皆満足げな顔をしていた。

 ところが、デンテはしれっと言う。


「いい雰囲気を出しているところ悪いが…まだ修行は終わっておらんよ?」

「「「は?」」」


 デンテの言葉に、あたし達は目を見開いてデンテを見る。

 デンテは悪戯が成功した子供のように、楽しそうに笑った後、ふむ—と考え始めた。


「仕上げは何が良いかの…お前さん達なら耐えられるか?うむ、それが良いかな」


 一人納得したデンテがあたし達へと向き直ると、目に見えるほど濃厚な魔力を徐に放ち始める。

 デンテが何か得体の知れない化け物のように感じられて、あたし達は即座に距離を取る。分かるのだ。魔力制御能力が高まった事により、他者の纏う魔力までもが何となしに読み取れるようになっているのである。嫌なところで修行の成果が出たものだ。

 けれど、あたし達の反応など、デンテは気にも止めず、くつくつ—と笑いながら、纏う魔力を増してゆく。

 もしや—と、この先の展開を先読みして青くなった頃、巨大な魔力を吹き上げながらデンテが告げた。


「さて、最後の課題だがな。わしに一撃入れてみろ」


 デンテの言葉の意味を理解したあたし達は、青い顔を見合わせると、一度頷いてから視線をデンテに戻す。代表してあたしが告げた。


「イヤ、ムリダシ。ソノバカミタイナマリョクミタダケデワカルシ」


 あたしの言葉にアイマスとソティも首肯する。あたし達は巫山戯てなどいない。物凄く真剣な顔である。絶対やりたくないと額に書いてあるのだ。

 そんなあたし達に、デンテはつまらなさそうに文句を言う。


「やってみなくては分からんだろ?やる前から諦めて何とする」


 そのまましばらく間を置いたデンテであったが、あたし達に動き出す様子がない事を見て取ると、嘆息してみせた後に、肩に杖を乗せたままであたし達へと近付いてくる。


(え?うええ、マジ?)


 驚いたのはデンテが近付いて来たからではない。むしろ、その後に驚いたのだ。

 デンテの枯れ木のような身体が、デンテの魔力の収束に従い筋骨隆々の大男へと変わってゆく。いつもはプルプル震えている腕も、今は丸太のように逞しく、血管が力強く浮き上がっていた。

 身体強化も極めればここまでのものになるらしい。あたしのみならず、アイマスやソティも絶句している。


「来ないのなら、こちらから行くぞ」


 それはもはや死刑宣告にしか聞こえず、あたし達は青を通り越して蒼白になった顔で、慌てて身構える。

 アイマスが剣を抜き放ちながら魔力を纏い、ソティは瞬時にその場から離脱する。

 あたしもまたソティに倣いその場を離れると、魔術をいつでも発動させられるように魔力を高め始めた。


「格上相手に受けに回るつもりかの?」


 そんなあたし達を見て、デンテが笑いながら走り出す。デンテが土を蹴る毎に土塊が抉り取られ、天高く持ち上げられる。重戦車の如く迫り来るデンテの迫力は、さながら怪獣映画のようである。


(あれと戦うとか…マジ勘弁!)

『『同感だ(で御座います)!』』


 あたしの思いは意思疎通のリングを介して漏れていたらしい。デンテも念話を傍受して聞いたのだろう。思わず吹き出していた。

 

「もらいます!」


 吹き出すデンテの背後から、ソティの鉈が迫る。それはソティの全力には違いなかったが、デンテを捉えるには至らなかった。

 デンテはソティの腕を取ると、くるりと身を翻して、ソティを背中から地面に叩き落とした。始めて見る、ソティの法衣に戦闘で土がついた瞬間である。


「かはっ!?」

「甘いのぅ」


 強かに背中を打ち付けたソティは、横隔膜が痙攣しているのだろう。呼吸が出来ないらしく、苦しそうにもがいている。

 デンテはそれを見てから、視線をアイマスとあたしに送る。もはや、あたし達に見に回っている余裕などなかった。あたしが即座に矢を射る。それはデンテ目掛けて飛ばず、デンテから大きく離れてゆく。

 僅かにそれを視線で追うデンテの間隙をついて、アイマスが正面から斬り込む。


「ぬぁぁぁぁ!」

「その心意気や良し!だが!」


 デンテがアイマスの剣閃を杖で受け流し、返す刀でアイマスの鳩尾を突く。頽れるアイマスだが、デンテの背後からはあたしの射った矢が、Uターンして戻って来ている。

 あたしはそれの結果を待たずに第二の矢を放つ。これ程の化け物を相手に、あたしの技や浅はかな考えなど、通じるとは思えない。波状攻撃でオーバーフローさせる以外に手はない。


「うむ、狙いは良いな」


 やはりと言うか、当然と言うか。デンテは背後から飛んで来た矢を事もなげに躱して見せる。身を翻して矢を横から掴み取ったのだ。更には身を翻した勢いを利用して、立ち上がろうとしていたソティを杖の先端で打ち据える。


「ぐふっ!」

「相手の前でノロノロと立ち上がる奴があるか」


 ソティは大きく吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転げていった。


(アイマス、立たないでよ!)


 もはや一刻の猶予もない。ソティとアイマスが持ち直すまで、あたし一人で耐えねばならないのだから。あたしは脳内に魔法陣を展開すると魔術を発動する。無詠唱により発動した魔術は—


「ブラストショット!」


 あたしの放った第二の矢が突如慣性を得て加速した。

 これにはデンテも目を見開いた。—が、目を見開いた以上の変化をデンテに齎すには至らなかった。第二の矢は再びデンテの手により捕捉される。

 しかし、これこそがあたしの狙いである。あたしが矢に仕込んでいた魔術は一つではないからだ。


「バースト!」


 矢の先端、鏃が輝き破裂する。これはデンテが矢を掴んでから須臾の間に行われた事であった。しかし、それでもデンテを捉えるには至らない。


「ぬるい!」


 デンテはその場に矢を放棄すると、信じられない速度であたしに迫り寄る。

 デンテの置き去りにした矢が、あたしの視界の隅でようやく破裂した。あたしはその瞬間に身体強化をフルに高めると、デンテのあたし目掛けて伸ばした腕にナイフを突き立てんとした。


「良いぞ!筋が良い!」


 全然嬉しくない褒め言葉とは正反対に、デンテの腕は途中で停止する。


(フェイント!?)


 ナイフは空を裂き、気付いた時にはあたしは天高く打ち上げられていた。何をされたのか分からなかったが、遅れて襲い来る強烈な痛みが、腹部を打ち付けられたのだ—と語っていた。

 明滅する視界と定まらない意識の中で、アイマスがデンテの背中から斬りかかるのを見ていた。それが功を成すと信じる事しか、その時のあたしには出来なかった。






〈聞こえますか、真?…真?〉

「だ〜れ〜?」

〈私の声が聞こえたら—

「赤を上げれば良いんだね?」

〈…何ですかそれは?〉


 声の主は若干呆れたような色を声へと乗せて来た。声音は男性と思われるが、デンテのものではない。もう少し若い声だ。働き盛りの男性のような、活力に満ちた声である。

 あたしは身体を動かそうとして、身体が動かない事に気が付いた。それどころか、目も開けられない。金縛りというやつであろうか。或いは、あたしは犯罪組織にでも、ぐるぐる巻きにして攫われたのかもしれない。


〈そういう事ではありません。ここは真の意識の中です〉

「ほぇ〜そうですか〜、新聞勧誘はお断りしております〜」

〈真、そういう事ではないと言っているでしょう〉


 声の主はまだ何か言っているが、あたしはほとんど聞いていなかった。これはどういう状況なのだろうか?—と、未だに考えていた。やがて、声の主は怒声を上げる。


〈真面目に聞きなさい!ああ、もう時間がありません。良いですか、召喚です。私を召喚するのですよ。良いですね!もう一度だけ言います!私を—






 あたしは目を覚ました。

 僅かに頭を持ち上げると、周囲の様子を確認する。どうやら外套の上に寝かせられていたらしい。

 横ではアイマスとソティが何とも言えない顔で、何処から出したものか—椅子に腰を下ろしてあたしを見つめている。見た事ある光景だな—と思ったら、初めてこの世界へとやってきて、皆に助け出された時に近い構図である事に思い至った。


「目が覚めたか?」

「アイマス?エット、ナニガドウナッテ?」


 何故自分が寝ているのか思い出せなかった。

 アイマスは嘆息した後に、苦笑しながら己の後方を指差す。

 そこにいたのはデンテ。指を指されたデンテは焚き火に薪をくべながら、あたしを見て満足げに微笑んでいた。


「ン?オジイチャンガドウシ—アアッ!オモイダシタ!」


 あたしは思い出した。

 デンテに殴り飛ばされて、意識を失ったのだ。ソティとアイマスを見れば、二人は傷はないものの、衣類や鎧は土に塗れている。あたしとて土だらけであった。

 あたしは即座に立ち上がると、勢い込んでアイマスへと尋ねる。


「ケッカハ!?」

「…す、すまん。力及ばなかった」


 あたしの言葉にアイマスは項垂れて詫びた。

 あたしは僅かに肩を落とすが、仕方ないと即座に切り替えてアイマスを労う。


「イヤイヤ、ダイジョウブダヨ!ツギハカテルヨ!…ツギナンテゼッタイニヤラナイケド」


 そう言いながらデンテへとジト目を向ければ、アイマスとソティも首肯して、デンテヘジト目を向ける。

 うら若き乙女たる三人に睨みつけられたデンテであるが、ほっほっほ—と笑うのみで、全く気にした様子がない。何たる悪爺か。

 デンテはあたし達を見て、満足げに頷いてから言った。


「あれがわしらのレベルの戦いだ。お前さんらは筋が良かったからの。まあ、やりすぎたのは認めるわい」

「ホントダヨ!アンナノミタクナカッタヨ!マジュツツカッテナイシ!」


 そう。デンテは魔術師の癖に魔術を使わずに肉弾戦であたし達を圧倒したのだ。魔術師の癖に!魔術師の癖に!

 だが、これに対してデンテはしれっと言う。


「わしが魔術なんぞ使ったら、お前さん達はなす術なく死ぬからのぅ。使えんよ」

「ア、ソウデスカ」


 どうやら、あたし達を気遣ったが故の重戦車モードであったらしい。二度と見たくないが。

 あたし達の思いはともかく、デンテ的には満足ゆくものであったようだ。再び破顔して見せると、ゆっくりとあたし達へ語りかける。


「いやいや、痛くないように一撃で沈めるつもりだったのだけれどもな…ソティもアイマスも耐えおったわ。一撃で沈んでくれたのは、マコトだけだったの。これはこれで良い結果だ」

「私も上には上がいるのだと実感した。オーガなどデンテ殿に比べたら、物の数ではないな」


 あたしが毒づこうとすると、それに先んじてアイマスが尊敬の眼差しをデンテへと送りながら言う。

 アイマスは魔剣云々ではなく、純粋に強い敵と戦いたいだけの戦闘狂なのではなかろうか?—と思わないでもないが、それは言わずにおく。

 あたしの何か言いたそうな顔をチラリと見てから、デンテが口を開いた。


「ほっほっほ。そんなわしでも魔物社会に出れば、中の下といった所だ。お前さん達はもう少し連携を磨くべきだな。まぁ、それはおいおいで良い。ともかく、良くやりきった。今度こそ修行は終わりだ。まあ、及第点—いや、文句なしに合格よな」


 デンテにはボコボコにやられたあたし達であるが、それはどうやらデンテの想定内であったらしい。

 デンテは徐に立ち上がると言った。


「夕飯にしようかの?ここまでは簡単な料理ばかりであったから、今日は手の込んだものを作りたいの。お前さん達は料理の腕はどうだ?いずれマコトもわし同様に亜空間を開けるまでに魔力が高まるだろ。それに向けて料理の練習をしておく事をオススメするぞ?」


 言いながら調理器具をポンポンと穴から取り出してゆくデンテ。もはや何でもありである。この様を見ていると、アシュレイはあれでも常識というものを備えていた事が窺えた。


「アタシハ…メダマヤキクライシカ、マンゾクニツクレナイ」


 あたしはコンビニっ子である。シーチキンマヨネーズ味のおにぎりと、野菜スティックが好物だ。料理なんてしない、できない、必要ない。

 胸を張って言い切ったあたしを、苦い顔で見つめながらアイマスが言う。


「私もあまり得意ではないな。そうか、食べ物の選択肢が増えるなら、料理も覚えた方が良いのかもな」

「私もクズ野菜のスープとか、黒パンとか…そういったものしか作れません」


 ソティも渋い顔で言う。十分だと思うが。

 デンテも頷いて、あたしの思いと同じ事を言った。


「それだけ出来るなら十分だろう。後は、狩ったオークなんかは売りに出さずに保管しておくと良い。女の子は肉をあまり食べないが、冒険者なんぞやっておると、肉は必須だ。まあ、この辺もおいおいだな。出来る事が増えてきてからで良い」


 デンテは作業台にまな板とナイフ、そして肉を取り出すと、料理を始めた。後学のために—と、あたし達は見学する事にする。


「肉を切って焼くだけだぞ?」


 とは言うものの、デンテは顔を綻ばせながら欠食児童さながらのあたし達三人を見ている。さっきの重戦車と同じ人間—人間?いや、まあいい。人間とは思えない表情の緩みっぷりである。

 あたし達もまた、いつもの厳しくも優しいデンテの姿に安堵して肉を切る手つきを眺めている。

 ただし、身体強化を施さなくては手が震えるのだろう。少しだけ腕が太くなっているのが怖いところではあったが。


「オオッ!コノオークニク、ジューシー!」


 オーク肉と言われた焼肉であったが、宿や食堂で食べた肉とはまるっきり違う味に、あたし達は驚き目を見開く。

 デンテが笑いながら言った。


「ほほほ。良い肉は高いからの。その辺の食堂では出てこんよ。こういう肉もあるから、オーク肉は売りに出すよりも自分達で食べた方が良いのだ。野伏のおるパーティなんかでは、この辺の事情にも詳しかろうて。機会があれば一緒に組んで学ぶのも良かろう」


 デンテはニコニコしながら、自身も肉を一切れ摘んだ。アイマスとソティは結構な勢いで食べている。前衛職なだけあって、筋肉を酷使するのであろう。あたしもかなり食べているが。

 それはさておき、あたしは気になっていた事をデンテへと問いかける。


「トコロデオジイチャン、オジイチャンハドウシテ、アタシタチノコトヲキタエテクレタノ?」


 この発言にアイマスとソティの動きが止まる。二人は食事の手を止めて、あたしと共にデンテの答えを待った。

 デンテはニコリと破顔すると、まさかの人物の名を出したのだ。


「ふふふ、実はな、アシュレイがお主らを頼むと言ってきおった。あのアトリアでの一幕だ。お主らは意思疎通のリングで繋がっておったが、それとは別回線でわしに念話を飛ばしてきたのよ」

「ナゼクチデイワナイノカ…」


 ナイスバディの性悪呪術師を想像して、げんなりと肩を落とす。デンテは呵々大笑してから、あたしの疑問に答える。


「恥ずかしいのだろ。性悪を演じておる故か、昔からそういうところがあったからの。だがまぁ、頼まれてもの…マコトは魔術師としては既にアシュレイの教えを受けておるだろ?弟子を取るような真似はしたくなかったのでな。お主ら全員一纏めで、基礎と、後はわしの魔力運用の仕方なら—という条件で、お主らを鍛える事を承諾したのよ。時間もなかったしのぅ」

「成る程、アシュレイには感謝だな。デンテ殿に鍛えていただいた事は、私達の中では誉だ。貴方を師と仰いでもよろしいだろうか」


 アイマスの言葉に、デンテとあたしは目を見開く。

 ソティはウンウン—と、アイマスの言葉に同意しているようだが、デンテは気恥ずかしいらしい。

 あたしもまた、今更デンテを師と呼ぶのは何となく恥ずかしい。


「師と仰ぐのは構わぬが、そんな呼び方はやめておくれよ。照れ臭くて敵わん」

「む?そうか。分かった。では、これまで同様デンテ殿と呼ばせてもらおう」


 アイマスとソティはやや残念そうである。あたしは苦笑いしながら、珍しい二人の表情を見つめた。

 さて、そんなデンテ達はさておくとして、あたしは一人考えた。

 アシュレイからは魔術のなんたるかを教えられ、デンテからはその裏技や応用を教えられた。今後はどの様に己を高めてゆくべきなのか。今のあたしは魔術師と野伏の中間に位置する戦闘技能とステータスである。今後もこれで良いならこのスタイルを貫けば良いだろう。魔力—魔素は筋肉同様に、使用頻度の高い能力を重点的に強化してくれるからだ。あたしはどうしたものか—と悩み、頭をガシガシとかいた。


「ウーン、コノママノスタイルデイクベキカ、マジュツシトシテトッカスベキカ…ナヤムナァ」


 野伏として生きてゆくつもりなら、接近戦ももっとこなさねばなるまい。だが、それは怖い。更には弓の才能に恵まれている訳でもない。

 では魔術師として舵を切るのか?—と聞かれれば、それにも断言は出来ない。妖術師—この職業が引っかかるのだ。意識せずに人に危害を加えてしまう事があるらしい。魔術師として魔力を伸ばす事にも、恐怖や躊躇いを感じている。

 そんなあたしの肩をソティが叩いた。あたしがソティへと振り向けば、ソティは微笑みながら言う。


「何を気にしているのか何となくわかるので御座います。アシュレイが言っていたではありませんか?気にしても仕方ない、と。私もその通りだと思うので御座います。マコトはマコトの思うように進めば良いので御座います」

「アレ?ナニヲナヤンデイタノカバレテル?」

「マコトは顔に出るからな」


 そう言ってアイマスが笑った。ソティとデンテもつられて微笑む。

 あたしは皆に苦笑いして見せると、素直に皆に己の考えを伝えた。先を見据えた上で、どのように己を鍛えるべきか、先駆者の意見を伺う事にしたのだ。

 アイマスとソティは、僅かに考えてから言う。


「ふむ。特に不足を感じていないのなら、今のスタイルを継続しても良いのではないか?」

「そうで御座います。マコトの場合は魔術を行使するのに得物を選ばない強みがあります。わざわざ魔術師と分かる装備で身を固めるよりも、臨機応変に対処できる今のスタイルの方が、奇襲には向いているので御座います」


 何故奇襲前提なのか?—とは問わない。ハイライトの消えた瞳で、ソティの言葉は聞き流した。代わりにあたしの脳裏を過ぎったのは、慣れって怖い—という思いである。

 まあ、ソティの偏った考えはともかく、アイマス達の言うように不足を感じている訳ではない。ただちょっと接近戦に弱いだけである。ただ、そこはパーティとして補う手もあるのだ。


(ソロプレイヤーの性か。どうしても何でも己で—と考えてしまう)


 あたしは一度頭から雑念を振り払うと、アイマス達へ告げた。


「ヒトマズ、イマノママノスタイルデイクヨ。テキニチカヅカレタラニゲルカラ、ヨロシク!」

「ふふふ、何だそれは?だが、任されよう」


 あたしの当面の方向性も定まった。あたしは何か忘れている気がしたが、考え過ぎだろうと気にしない事にした。

 この世界に来てから、早いもので既に60日が過ぎようとしている。季節は変わり、あたしにとってはこの世界で過ごす初めての夏となる。エアコンなしで過ごせるだろうか?—そんな事を考えながら、オーク肉を頬張る。

 あたし達は和やかな夕食を終えると、デンテを寝かせた後、夜番をしながら夜を明かした。


 朝である—


 あたし達は身体強化により、馬を上回る速度で町へと疾走していた。既に王都は近く、商人やら冒険者やらの馬車を次々に追い越している。馬車を追い抜いてゆく時の御者の視線が痛いが、それにも既に慣れたものである。


「このペースなら昼前には辿り着くの。お前さん達との旅もここまでだな」

「お世話になりましたので御座います」


 先を走るデンテとソティは和かに会話する余裕まで見せているが、背後を走る二人—あたしは肺活量の不足から、アイマスは魔力の不足により、そこまでの余裕はない。

 あたしはぜひぜひ言いながら、アイマスは魔力を切らさないように必死に集中して、先頭を行く二人の後を追っていた。

 やがて城門の前へと辿り着いた時には、あたしとアイマスはへたり込む程にバテていた。ケロリとしているのはデンテとソティのみである。


「ま、身体強化に体力も磨ける修行だ。これは今後とも続けてゆくと良い。アイマスよ、お前さんは女子だ。どうしても男子に比べて腕力に劣る。だが、女子は魔力が伸びやすい。戦士として生きるなら、魔力により腕力の差を埋めよ。魔力は高めて損はないぞ」

「はぁ、はぁ…実感している。今後もこの修行は続けて行くつもりだ。私の魔力のみならず、マコトの体力も鍛えられるしな」


 アイマスの言葉にあたしも首肯してみせる。ヘトヘトに疲れ果てて、首を動かす事しか出来なかったのだ。


「私にとっても、良いウォーミングアップになるので御座います」


 あたしとアイマスにはキツい修行も、ソティにはウォーミングアップであるらしい。ふざけんな。

 まあ、それは良い。あたし達四人はアンラ神聖国、王都アンラへと、ついに到着した。

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