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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第1章 真、異世界デビュー
12/248

真、師と別れる

もうすぐ第一章は終わります。

ここまで読んでくれた皆様、有難う御座います。

『大衆浴場行こう!大衆浴場!』


 護衛依頼は何事もなく終わり、あたし達はアンラ神聖国のアトリアへと到着した。

 今は商人達とも別れ、アトリアの冒険者ギルドへ、サイン済みの受注票を渡した後である。

 そんな訳で宿を取るだけとなった三人へと、大衆浴場行きを訴えているのだ。何と言っても、護衛依頼中は湯浴みなど出来なかったのだから。せいぜいが濡らした布で身体を拭うのみであった。故に、あたしは今すぐにでも身体を洗いたかったのである。


「マコト、先に宿を決めてしまってからの方が良くはないか?」

『うっ、正論だ…』


 アイマスの言葉に項垂れて歩き出すと、やむなく町並みを見て楽しむ事にした。

 アトリアはこれまでの町とは違い、一面が石畳で覆われている。建物は木造がメインであり、壁や屋根の色合いはテレスに通ずるものがある。アトリアは俗に言う城塞都市であるが、暗い影を見せない工夫が随所に凝らしてあり、街全体が明るく見えるから不思議である。一例を上げるなら道幅であろう。道幅が広く取られており、家屋が作る影に町並みが隠れないのだ。きちんとした区画整理を行い町の建設を行っているものと思われた。

 ディメリア帝国では都市計画を散々にこき下ろしたあたしとアイマスの二人であるが、この町は見事なものだ—と、認めざるを得ない。


「合格だね」


 —とか言ってみる。何様のつもりなのか—と、自分で笑ってしまった。

 それはさておくとして、ソティとアシュレイも二人なりの厳しい視線で町並みをチェックしていた。


「しかしマコト、石畳が凸凹しているので御座います。これでは、駆け抜けられないので御座います」


 ソティのチェックは速く走れるかどうかのチェックであるらしい。実用性重視の目線である。何の実用性かは知らないし、きっと彼女はどんな悪路でも駆け抜けられる。


「う〜ん、何かこう…あまり良い気は感じないな〜。行きでも言ったけどさ〜、やっぱりおかしいよ〜。この町は早々に離れた方がよいと思う〜。不穏な気配を感じる〜」


 呪い的なチェック結果であろうか。アシュレイの場合は、真面目なのか不真面目なのかが判然としないから厄介である。

 だが、訝しむあたしとは対照的に、アイマスとソティは真顔でアシュレイへと向き直る。この辺りは付き合いの長さであろうか。どうやら、こういった発言の場合は冗談ではないらしい。


「アシュレイ、流石に今すぐ—という訳にもいきません。今夜一晩は何とかなりませんか?」


 ソティが尋ねると、アシュレイは手を振って言った。


「そんな今日明日でどうにかなりそうもないかな〜。私も結構辛いしね〜」


 その言葉にアイマスとソティは安堵の息をつく。あたしも一先ず大衆浴場には行けそうな流れに安堵した。三人の様子にアシュレイは僅かに笑う。


「そんなに風呂に入りたいか〜?年頃の子達は大変だね〜?」

『アシュレイも入るんだよ!流石に汚いでしょ!?』

「…ほぅ?公開処刑をご希望か〜?」


 はぁ?—と怪訝な顔を見せるあたしの反応が気に入らなかったのか、アシュレイがボディラインを見せつけるかの様なポーズをとる。

 ローブのために目立たなかったが、なかなかどうして素晴らしいプロポーションではなかろうか。いや—凄くないか?どえらい事になっている。胸とか、くびれとか。あたしは喉を鳴らすと、肩を落として負けを認めた。


『アシュレイさんだけ別口でお入りください』

「やだ〜。コトと一緒に入る〜」


 あたし—公開処刑決定。

 まあ、いかにプロポーションが凄かろうと、同性である以上さしたる興味もない。アシュレイが浴場へ現れたとて、周囲の女性達は、うおっ凄え—の一言で終わりであろう。わざわざまじまじと、あたしとアシュレイの身体つきを見比べたりなどすまい—と、考えたが、余程強く考え込んでいたのか、念話として聞こえていた面々が反応する。


「いや、そんな事はないぞマコト」

「そうで御座いますよ。中には女性を愛する女性だっているので御座います。温浴であれ、蒸し風呂であれ、身体はちゃんと隠してくださいね」

「ふふ〜ん、どうだい?私のボディは。女性だって放っておかないのさ〜」

『…お、おぅ』


 ちっとも羨ましいと思えないが、それはあたしがノーマルな証であろう。それで良いのである。—多分。

 さて、この世界における入浴事情であるが、かつては風呂屋が当たり前のように繁盛していた時期があったそうな。その頃は価格設定も手頃な値段であり、貧民であれ毎日のように利用できていたそうだ。ところが、売春の横行、性病の蔓延などにより、風呂屋という事業そのものが白い目で見られ出すようになれば、たちまち利用客が遠のき廃れたという事であった。ため息しか出ない話である。

 その後、厳正な規定が設けられるも、既に風呂屋は大きな町などにしか残っておらず、庶民は二日に一度の湯浴み、或いは水浴びに落ち着いたという事らしい。


「まあ、とりあえずは宿だな」


 アイマスの言葉にあたしは首肯して、ソティ達と共にアイマスの背後へ続いた。

 宿街に入ってくると、町の様相は僅かに変わる。客引きや触れ役が消え、路上には丁稚や清掃員が増える。周囲を見渡せば、立ち並ぶ宿はいずれも質の良いもので、アイマスの目指す宿とは違うのだろうな—と、一目で分かるものであった。どうやらこの辺りは羽振りの良い商人や貴族向けの高級宿であるらしい。


『ねぇソティ?』

「何で御座いますか?マコト」


 アイマスは何故いつも安宿に泊まるのか?—と尋ねれば、ソティは笑いながら言う。


「アイマスは夜はお酒しか飲まないので御座います。安宿だろうが高級宿だろうが、お酒飲みに行って帰って眠るだけなので。…まあ、お金は大事というお話で御座います」


 納得の説明であった。そしてやはり、アイマスの宿セレクトは安いかどうかであったらしい。アイマスは高級宿街から外れて旧市街に入ると、迷う事なく裏路地を突っ切り古めかしい家屋の扉を開け放つ。


「いらっしゃ—アイマス?ソティ?あらあら、随分としばらくじゃないか?何泊だい?」


 あたし達を出迎えたのは、体格の良い女将さんであった。この宿で悪さをしようものなら、即座に殴り殺されそうである。体格だけならアイマスと互角である。そしてどうやら、アイマスとソティはここを頻繁に利用しているらしい。


「一泊で頼むよ。明日にはアトリアを発つから」

「また急だねぇ。分かったよ、二人部屋二つで良いかい?一人銅貨六枚だよ」


 アイマスは四人分の銅貨を支払うと、あたし達へ振り向いて言う。


「さて、宿の確保は終了だ。次はマコトお待ちかねの大衆浴場だな」

『やった!』


 あたしが喜びの声を上げると、ソティとアシュレイが顔を綻ばせる。あたしは皆の中ですっかりと妹キャラ的な位置付けになっている。何故なのか。

 女将さんに見送られてあたし達は宿を出ると、大衆浴場へ向けて旧市街を歩いた。

 黙って歩いているのもつまらないので、具に旧市街を観察する。旧市街は新市街と違い、石造りの家屋が多い。通りもやや狭く、影が町を覆い隠して薄暗い印象を与えている。石壁は蔓やら苔やらが覆い、かつてはメインストリートであったのだろうか。馬車の往来を感じさせる窪みが石畳の路面のあちこちに出来ている。町の歴史を感じさせる光景であった。


『旧市街はいつ頃からあるんだろうね?新市街とは随分と違うね』

「ははは、そうだな。それは仕方ないだろうな。馬車が当たり前になり、道を広くとる必要が出てくれば、どうしたって商人達や軍の事を考えると、広い道を整備しなくてはならないからな。アトリアは、そうだなぁ…500年?は経ってるんじゃないか?歴史家の大先生よ、教えてくれ」


 そう言ってアイマスが振り返れば、頷くのはアシュレイであった。歴史家というか、生きた化石と言うか—まあそれは良いだろう。ともかく、アシュレイはアイマスに応じた。


「アンラは〜、古くから三つの大都市を建造したの〜。それはディメリア帝国とメキラ王国、そして森羅連合国の国境沿いに〜、要塞としての役割を持たせた都市だよ〜。その一つがこのアトリアだね〜。アンラの歴史は600年そこらだけど〜、この町は早くからあったのさ〜。アイマスの言う通り〜、500年は経っているはずだよ〜」

『へぇ。他国の侵略に備えられているって事か』


 あたしの呟きにアシュレイは頷いた。アンラ神聖国は周囲を三つの大国に囲まれた国である。国としての歴史はそう長くはないそうだが、できて早々に国境沿いを固める事から始めたらしい。あたしはふとした疑問を覚えて、誰ともなしに問う。


『周囲を他国に囲まれているって、どういう配置になってるんだっけ?—北側がディメリアで、南東がメキラ、南西が森羅。北西は小国群で…北東は?』

「アンラ神聖国の北東は大きな山脈があり、その先は切り立った崖になっておりまして、その下には死の樹海と呼ばれる、極めて凶悪な魔物しかいない魔素溜まりがあるので御座います。おそらくは迷宮も出来ており、魔物の量も尋常ではないでしょうから、死の樹海は何処の国もほったらかしで御座います。通過する事も難しいでしょう」


 うぇ—と、あたしは苦い顔を見せた。また恐ろしいものが出てきたものである。アイマスがカラカラと笑って言う。


「以前見たグリム、あれも死の樹海の魔物だ。死の樹海は他国から見ても崖で遮られていてな。わざわざ死にに下りるような奴もいない。昔の調査隊の調査結果が、王都の図書館に展示してあるぞ?百人のうち、生還者は七人。そのうち五体満足なのは二人だ。出現する魔物はいずれもレベル100以上。おおよそ人の行くところじゃないな」

『名前に偽りなしの場所だね…』


 とんでもない場所であった。

 なお、アンラは他国に四方を固められているためか、軍としての騎士団の他に、女神騎士団という教会所属の騎士団を有している。しかし、二つの騎士団の主な役目は魔物の討伐である。繰り返す、魔物の討伐である。


(随分と泥臭い騎士団もあったものだな…)


 あたしは初めて聞いた時、そんな事を思ったものである。だが、そう思うのも無理はない。アンラ神聖国の騎士団の在り方は他国から見ても異質である。国を他国の侵略から守るための騎士団が、実質国内を巡回して周っているため、常時王都を不在にしているのだ。王都に残るのは国王親衛隊と僅かな騎士のみである。

 余りにもアンラ神聖国の騎士団が激務なため、貴族達は騎士団に入るのを嫌がり、騎士団はほぼ貴族の庶子や平民で構成されている点も、他国の事情とは大いに異なる。他国においては騎士団といえば輝かしい誉なのだが、アンラに限って言えば—大変ですね—という、労いの言葉しか出てこない程のブラックな職場である。


「そうだな。私も冒険者として他国を回るようになって、初めてこの国の騎士団が風変わりである事を知ったよ。だが、まあ—私はこの国の騎士団が好きだがな。いつだって庶民の味方だ」

「そうで御座います。女神教の教えにより、この国は民を何よりも尊いものとして扱うので御座います。王侯貴族は威張り散らさず、慎ましやかな生活を営み、恵はまず国民達に。この国の在り方は美しいものなので御座います」

『へぇ〜、凄い出来た人達が治めてるんだね。アンラは』


 想像もつかない聖人な王侯貴族の姿に、それしか感想が思いつかない。だがアイマスやソティにとっては、その呆気にとられた反応こそが何よりの褒美である。二人は満足げに胸を張った。

 さて、アンラ神聖国出身の二人組による、お国自慢が終わったところで大衆浴場に到達である。アイマスが受付に四人分の貨幣を支払い浴場へと入る。あたし達もそれに続いた。


『防犯意識…』


 あたしが渋い顔をするのは脱衣所の在り方である。脱衣所には共有の棚が並ぶのみで、貴重品をしまえる場所がないのだ。まあ、仕方ないだろう—と、渋々納得するあたしに向けて、アイマスが苦笑いしながら説明した。


「あそこに座っている女性が荷物番だ。あの女性に銭貨を渡して荷物を見張ってもらう。あっちの布を持った女性は洗い屋だな。身体を洗ってくれる。あっちが散髪屋。二階は診療所だ。簡単な傷なら軟膏の類をここで処方してもらえる」

『へぇ〜。詳しいねアイマス?』


 アイマスは笑って頷くのみであったが、ソティと組むまでは良く利用していたのであろう。いずれは二人の出会いに関しても聞いてみたいものである。


「で、洗い屋は利用するか?」

『是非とも!』

「なら四人分お願いしちゃうか。散髪は—大丈夫そうだな」


 アイマスは荷物番に銭貨と共に貴重品を預けると、洗い屋の元へと向かう。あたしもそれに続いた。


「四人分お願いしたい。長旅後で汚れが酷い。色をつけるから、丁寧にお願いできるか?後、このちっこいのは初めてだ」

「はい。では浴場へどうぞ」


 アイマスが多少多めに貨幣を渡すと、洗い屋の女性達は表情を綻ばせてあたし達を手招きした。一口に洗い屋の女性と言っているが、年若い娘から子供も大きいであろう年嵩の女性まで幅広くいる。あたしの担当は年上の妖艶なお姉さんであった。


(この人、働く場所間違ってない?)


『あまり失礼な事を言うなよ?』


 あたしの考えは漏れていたらしい。アイマスから念話で釘を刺された。失礼な—と、憤慨して服を脱ぐ。すると何故かお姉さんがあたしに近寄ってきて、脱衣を手伝い始めたではないか。

 するりと衣類を剥がれたあたしは、そのままお姉さんの手により湯帷子を着せられる。


『え?ちょっと…これ、何?どういう事?』

『おや〜?コトは気に入られちゃったかな〜?新しい扉を開いておいで〜』


 誰ともなしに尋ねると、アシュレイがニヤニヤしながらそんな事を言う。あたしは俄かに青くなる。そういう趣味はないのだ。だが、ソティが苦笑しながら嘘だと教えてくれた。


『マコトは若く見えますから—子供だと思われているので御座いましょう。着替えを手伝ってくれているので御座います』

『そうだな。子供だな、うはははは』

『ぐ、ぐぬぅ—納得いかん』


 どちらにしても受け入れ難い理由であった。あたしはそのままお姉さんの後に続いて浴場の扉を開く。


『うわぁ…凄い』


 そこは蒸し風呂であった。サウナのように暑く、湯気が充満している。蒸し風呂は周囲に腰を下ろせる様に段差が設けられており、何人かの女性客が座って汗を拭っていた。あたしとお姉さんはその前を通過して、奥の寝台へと向かう。


「さあ、ここに横になって」

「ハイ、コレデイイノカナ?」


 あたしの共通語は拙い。発音は怪しいが、お姉さんはクスリと笑うだけで何も聞かなかった。田舎の出だとでも思われているのだろう。

 寝台の周りは蒸し風呂の中でも暑く、ひっきりなしに汗が浮かぶ。お姉さんは蒸し器と思わしき棚から布を数枚取り出すと、それを広げてあたしの身体を拭い出した。


『うわっ、凄い。天国だぁ…気持ち良いよこれ〜』

『何その色っぽい声〜、コトは何をされているのかな〜?』


 アシュレイの姿は見えないが、念話の届く範囲にいるらしい。またしても下ネタであたしを揶揄ってくる。あたしはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるアシュレイを想像した。

 うつ伏せに寝ているあたしの背を丹念に布が往復した後、何やらぬるりとしたものが背中へとかけられた。思わず、ひぇ—と声を上げてしまう。


「大丈夫、石鹸水よ」

「ア、スミマセン…」


 石鹸であったらしい。お姉さんはクスクスと笑っていた。布は既に二枚目に突入している。あたしは相当に汚れていたらしい。いやいや仕方ない。人間だって動物なのだ。汚くて当たり前なのだ。


「貴女は何処から来たのかしら?」

「ア、カキトイウムラカラキマシタ」

「カキ?聞いたこと無いわね…そんな遠くからようこそ。冒険者なのかしら?」

「ハ、ハイ。ソウデス…ナリタテノペーペーデスガ」

「ペーペー?何となくニュアンスは分かるけれど。面白い表現ね?貴女の地方の言葉?」


 少しずつお姉さんが饒舌になってゆく。あたしの緊張を紛らわせようとしてくれているのであろう。だが、その気遣いは逆効果である。尋ねられれば尋ねられる程に、異世界出身のあたしの緊張は増してゆくのだから—ボロが出るんじゃないかという焦りで。


『アシュレイ、殺人孔って何さ?』

『城門の道の上下に穴があったろ〜?あそこから槍が出てきて敵を一突きにするのさ〜』


「町の城門の様子に驚かなかった?私も始めて見た時は、殺人孔とか驚いたわ」


 —というお姉さんから振られた話題であった。あたしはアシュレイというカンニングペーパーを用いて危機的状況を打開してゆく。冷や冷やものである。

 背中やお尻といった身体の裏側を洗い終えると、次は前面である。あたしは仰向けになってお姉さんに身を任せる。腕を取られて脇から肩、二の腕から手のひらまで布が滑る感触を肌で感じる。


『さあて、そろそろ新しい扉を開いた頃かな〜?』

『やめて!マジでやめて!アシュレイシャラップ!』


 アシュレイがちょくちょく弄ってくるのが困りものであったが、新しい扉は開かずに済んだ。まあ、当然である。

 身体の前面を洗い終えた後は頭である。頭をわずかに持ち上げられ、枕を首元に入れられると、あたしは余りの気持ち良さに、いつの間にか意識を手放していた。


「おい、起きろ寝坊助」

『ん?んあ、アイマス?』


 あたしは肩を揺すられて、目を擦りながら寝台から起き上がる。身体も頭も随分とさっぱりしていた。どうやら洗い終えていたらしい。アイマスの背後には、アシュレイとソティもいる。


「どうだった?—と聞くまでもないか。随分と気持ち良さそうに寝ていたな。温浴行くか?それとも上がるか?」

『ん、温浴行く』


 あたしは三人と連れ立って温浴へと向かった。

 久しぶりに湯に浸かれば、幸福を感じて再び蕩けそうな顔を見せる。日本にいた頃は当たり前だった文化であるが、それがこちらでも楽しめるとは思いもよらなかった。

 アシュレイの胸部パーツが二つ湯船に浮いているのが若干目障りであるが、あたしは幸せを噛み締めていた。


「早速で申し訳ないが、アシュレイの呪いは当たるんだ。明日にはギルドに呪いの件を報告してから町を出る事になる。マコトは大丈夫か?」


 あたしはアイマスの言葉に首肯した。仕方ないだろう。命には変えられないのだ。

 多少辛くとも町を出るべきであろう—そう思えるくらいには、あたしとてアシュレイの呪いは当てにしていた。


「良し、なら明日の朝一でギルドへと赴き状況を説明した後、この町を出る事にする。今夜は早めに休んでくれ」

「それはアイマスへの台詞かな〜。あんまり飲まないでね〜」


 程々にしておくよ—と、アイマスは苦り切った顔でアシュレイに頷いてみせた。

 あたし達は温浴を終えると、夕焼けを背にして宿へと急いだのであった。


 朝である—


 アイマスはちゃんと起きてきた。いや、起きていた。一晩中飲んでいたようである。酷く酒臭い。これにはソティも苦り切った顔を見せた。アシュレイに至っては、顳顬に青筋を浮かべている。アイマスはすまん—と言いながら、エールの注がれた杯を煽った。

 それでも流石にリーダーとしての自覚はあるようで、ギルドへと赴く際の足取りはしっかりとしたものであった。四人はアイマスを先頭にギルドへと入る。

 アトリアのギルドは新市街にある木造の建屋で、二階建てとなっている。一階には受付や待合所となる喫茶店のような店舗。そして職員が詰める事務室があるようである。二階には会議室や応接室、ギルドマスターの執務室があるらしい。


「王都ギルドのDランクパーティ、アエテルヌムだ。ギルドマスターに取り継ぎ願いたい。要件は—こちらの呪術師…メキラ王国宮廷魔術師アシュレイが、この町に不穏な気配を見た事だ。何か良くない事が起こる前兆かも知れん。話せるか?」

「…アシュレイ様ですか。お噂はここまで届きます。失礼ですが、本人である事を証明できるものをお持ちですか?アシュレイ様ご本人である事が証明出来るなら、直ちにギルドマスターへ取り継げます」


 職員の女性は、アシュレイに恐縮して懇切丁寧に願い出る。

 アシュレイは鷹揚に頷きながら、自身の冒険者カードを手渡した。大物の貫禄を見せる性悪魔術師の姿に、あたしは口元が緩みそうになるのを必死に堪えた。


『コトは後で折檻〜』


 あたしがプルプルと肩を震わせているのは、アシュレイにしっかりとバレていた。ジト目をあたしに向けて念話してくる。油断ならない術師である。

 これ以上笑う事の無いように、視線を微妙に逸らして待機した。やがて職員は、礼と共にカードを返すと告げた。


「アシュレイ様本人である事が確認できました。直ちにギルドマスターへとお取り継ぎ致します。職員がご案内しますので、こちらへ逸れてお待ちください」


 受付職員の案内に従い待つ事しばし。案内に現れた職員は、眼鏡をかけた線の細い男性であった。


「お待たせ致しました。ご案内致します」


 アシュレイが頷いて先頭を歩く。あたし達はそれに続き階段を上がった。あたしは正直—


(あたし要らないよね?すっごい行きたくないわ〜)


 —とか思っていたが、それを口にできる訳もなく、すごすごと後をついてゆくしかない。嘆息して後を追った。


「マスター、アシュレイ様とアエテルヌム様一行をお連れしました」

「入ってくれ」


 職員の男性が扉をノックしてから告げれば、中からはそんな声が聞こえた。職員の男性が扉を開ければ、部屋の中には二人の人物がいた。

 一人は中年の男性で、仕立ての良い服に身を包んでいるが、身体つきは大層なものである。肩周りがパンパンになり、襟元から覗く首は丸太のように太い。どう考えても元前衛であろう。

 もう一人は魔術師然とした老人であった。ソファに座りながらも杖を手に持ち、プルプルと僅かに震えている。長く伸びた眉の下から鋭い目が—あたしを見つめた。


『なんであたしを見るのさ…』

『おお、これはすまん。面白い魔力であったのでの。ついつい注視してしまった』

『ふぁっ!?』


 まさかの念話介入であった。意思疎通のリングなしで、あたし達の念話に同期して見せたのだ。魔術的に何かをしたのであろうが、その技術にあたしやソティ、アイマスの三人は驚き目を見開く。だが、アシュレイは渋い顔で告げた。


『おいデンテ。女子の輪に加わろうとするな〜、いやらしいぞ〜』


 老魔術師の名前はデンテと言うらしい。デンテは表情を綻ばせて、なおも念話を続ける。


『アシュレイ、“女子”とか言う歳かお主。“化石”の間違いだろ?』

『ほぅ、いい度胸だな爺〜。灰にされたいの〜?』

『ほほほ、久しぶりにやり合うのも良いがの。つまらんやりとりはなしだ。さっさと口を開いて要件を言え。待ってるぞ、ほれ』


 デンテがあたし達から視線を切る。デンテの言葉通り、デンテの正面に座る筋肉ダルマの—おそらくギルドマスターは、怪訝な顔をアシュレイに向けていた。表情だけをコロコロと変えて、何も言わないアシュレイを訝しんでいるのであろう。アシュレイはそんなギルドマスターを見てから再びデンテへと視線を戻した。


「この爺がいるって事は〜、既にこの町を覆う不穏な気配については聞いた〜?」

「ええ。丁度そのお話を受けていたところです。高名な術者二人がそのような事を仰られるのですから、間違いなく何かあるのでしょうね…急ぎ手の者を調べに回します」


 アシュレイはその言葉に満足そうに頷くと、あたし達へと向き直った。何ぞや?—と、首を捻るあたし達にアシュレイが告げる。


「この件はね〜皆が思っているよりも重いよ〜。申し訳ないけれど〜、私はメキラに戻って呪いにかかりきりになる〜。皆とのバカンスはここまで〜」

『えっ!?アシュレイ行っちゃうの?』

「うん。またねコト〜」


 慌てるあたしにアシュレイはあっさりと別れを告げる。アイマスとソティは薄々予感していたのだろうか。微笑みながらアシュレイへと言う。


「すまんな、アンラの事なのに手を貸してくれて助かるよ」

「アシュレイにはいつも助けられているので御座います。何かあれば呼ぶので御座いますよ?」

「勿論さ。何かあれば貸しをダシにして即座に呼ぶよ〜」


 ソティの言葉にアシュレイは戯けてみせる。アイマスとソティは笑って応じた。あたしも別れを惜しんでアシュレイに言う。


「アタシモガンバッテ、コトバトマジュツオボエルカラ。アシュレイニヨバレタトキニハ、チカラニナルカラ!」

「おう!期待してるぜ〜。ちなみに、コトの魔術がまともに成功しないのは、コトの制御能力に対して、込める魔力が強すぎるせい〜」


 アシュレイはしれっとあたしの悩みの答えを口にする。あたしは僅かに呆けた後、わなわなと震えだした。


『ああああ!ふっざけんなアシュレイ!あたしが自分で辿り着きたかった答えを〜!』

『あははは〜。無理無理〜』


 あたし達は別れ際まで相変わらずであった。アシュレイは要は済んだとばかりに執務室を立ち去る。これから馬車で即座にメキラへ戻るらしい。あたし達も執務室を出てアシュレイを見送るべく表へと出る。あたし達は、ここから王都への護衛依頼で移動するつもりなのだ。アシュレイとはここでお別れである。

 アシュレイの見送りにはギルドマスターとデンテも付いてきた。デンテは知り合いらしいのでともかくとして、ギルドマスターまでが付いてくる事態に、アシュレイがどれだけの人物なのかが垣間見えた。


「アシュレイさん、申し訳ありませんが、宜しくお願いします」


 ギルドマスターの別れの挨拶に、アシュレイは鷹揚に頷くと、再び視線をあたしへと向けた。


「コト、魔術書は預けておくよ〜。次会う時までに読破しといて〜」

「ウン。アリガトウアシュレイ」


 アシュレイの意思疎通のリングは既にアイマスへと返されているため、あたしは声に出して礼を言う。アシュレイは皆に手を振ると、そのまま馬車に乗って、護衛も付けずにアトリアを後にした。


『随分とさっぱりしていたね』

「あれがアシュレイという人物で御座います」

「ああ。パーティメンバーではないが、私達の仲間だ」


 あたしの言葉にソティとアイマスが微笑みながら言った。

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