真、護衛を頑張る
なろうのサイト内を彷徨っていたら、アクセス解析なるページに飛べたのですよ。
こんなページがあるんだ〜?と、画面をスクロールさせてみれば、アクセス数があったのですよ。
読んでもらえているんだな—と思うと、やっぱり嬉しいですね。
今後も頑張りますので、よろしくお願いします。
翌朝、あたし達は商人ギルドへ顔を出していた。商人ギルドで護衛対象の商人と顔合わせを行うのだ。現在は馬車に荷を積んでいる最中であるらしく、荷を積み次第出発するらしい。あたし達も馬車に乗せてもらえるため、移動は随分と楽になる。
アイマスとソティが商人達と打合せをする傍らでは、あたしとアシュレイが魔術の勉強をしていた。理論などを抜きにして実践から始めたあたしは、持ち前の知識の補助もあって何とか魔術を行使できてはいる。けれど、だからと言って理論を学ばなくて良いとはならない。
魔術の学習は実践のみに非ず。魔術基礎理論、魔術文字の意味と解釈。応用制御に高等魔術理論、古代魔術史。座学だけでもこれだけの分類がある。更には一口に魔術と言っても、属性魔術、呪術、星占術、錬金術、妖術、邪術、精霊術、召喚術など、術理は多義に渡るのだ。法術なんてのもあったりするのだが、アシュレイの中では法術は術理に含まれないらしい。
『召喚術とかカッコいい!出でよアイマス!』
『…人間を召喚などしようものなら、魂と肉体が剥離して死亡扱いだね〜』
『ひいいっ!?最強の攻撃魔術!?』
まあ、こんな調子である。まだまだ先は長そうだ—と嘆息した。
ちなみに、馬車での旅は八日間に及ぶらしい。護衛依頼なので、もちろん護衛をしなくてはならないのだが、あたしは護衛云々よりも、魔術を逸早く修めるように。と、言い渡されている。
『基礎魔術理論は説明するまでもないけれどね、基本的な魔術の決まり事だよ〜。それを守らないと、魔術は魔術として正しく発現しないというルールだね〜。これは必修。必ず修めてもらう〜』
そう言ってアシュレイはあたしのポストマンバッグへ向けて分厚い本を投げ入れる。あたしは自身の高校の教科書類に加えて、装幀も金のかかっていそうな図書類まで運ばねばならないらしい。既にげんなりとしていた。
『魔術文字の意味と解釈。魔術文字ってのは〜実は古代語なんだ〜。遺跡なんかから見つかる古代語には、大体魔術文字としても意味がある〜。現代魔術は発掘された古代文字の意味を解き明かして、魔術文字として使えるように発展させてきたものなんだよ〜。で、文字には大まかな意味があるんだけれど〜、その解釈によっては思いもよらない効果を生み出したりできる訳〜。私の好きな一押しの分野だね〜。て訳で必修〜っと』
そう言ってアシュレイは再び分厚い本をあたしのポストマンバッグへ向けて放る。あたしの顔が更にげんなりする。
『応用制御は多段魔法陣を作る際の制御の仕方だね〜。これは後回しで良いっしょ〜。高等魔術理論も後回しにしちゃいましょ〜。古代魔術史は触りだけでも覚えておくと、何か閃くかもしれないから〜必修〜っと。後は属性魔術かな〜』
ボスボスと音を鳴らして積み込まれてゆく本の山。一体何処から出しているのかと思いきや、アシュレイの背後には黒い穴が空いており、そこから次々と本が出てくるではないか。あたしは目を見開くと、慌てて尋ねた。
『ちょ、アシュレイ、それ何!?』
『ん?これ〜?亜空間を開いて私専用の荷物置き場にしてるんだよ〜』
『そういうの教えてよ!』
『お前にはまだ早い〜』
あたしの懇願をアシュレイは怠そうに蹴った。言っている事自体はともかく、物凄く気怠そうにだ。どうやら教えるのは面倒であるらしい。
ぐぬぬ—と唸るが、教えてもらうだけが魔術ではなかろう。要はオリジナル魔術と一緒である。自ら作れば良いのだ。むしろ目標が出来たのだ。これで良し—と、あたしは無理やり己を納得させた。
「二人とも、話はついた。そろそろ出発するぞ」
アイマスの言葉に、慌ててポストマンバッグを担ぎ上げようとして倒れ込んだ。まるで漬物石のような重さであった。
真っ赤になって持ち上げようと頑張るあたしを見兼ねて、アイマスが運んでくれた。
なお、アシュレイはゲラゲラ笑っているだけであった。
「じゃあここからは共通語でゆくぞ〜。魔術理論から〜本を開け〜」
『魔術理論ってどれよ〜?』
「共通語でゆくぞって言ったろ〜?意思疎通のリングを取れ馬鹿やろ〜!」
「ヒィッ!?アシュレイスパルタ!?」
アシュレイは非常に厳しかった。間延びした声とは裏腹に、やる気になると厳しかった。アイマスとソティは警戒するフリをして、あたし達から距離を取っている。薄情なパーティメンバーであった。
「ツマリ…ドウイウコトダッテバヨ?」
「…何言ってんのか分かんない〜」
『つまり、どういう事なのさ?』
まだあたしの発音は聞くに耐えないらしい。無理もない。数日練習した程度で話せるなら苦労しない。そして、あたしはここまで勉強漬けの日々を過ごすのは、多分人生で初だ。
「うん。例えば魔法陣を放棄する場合の決まり事だけれども〜、放棄するにもきちんとした手順があって〜、それを守らないと一気に大量のMPを持っていかれる〜。ルール違反はMPで支払うのが魔術の基本ルール〜」
『えっ!?ちょっと待ってよアシュレイ。以前あたしが火柱上げた時、ルールも糞もなく即座に放棄させなかった?』
「え?だってちゃんとした手順なんて知らなかったでしょ〜?教えてないし〜。だから〜、あの時にマコトが気持ち悪くなったのは〜、おそらく放棄の手続きをちゃんと踏まなかったせいだろうね〜。そこでMPを全部持っていかれたんだよ〜」
ふんふん—と頷いたが、それはつまり、天まで届こうかという摩天楼さながらの火柱を、MP4以下で作り出せるという事を意味する。
アシュレイはそれとなく気が付いてほしくて、最初に放棄に関する手続きの話から入ったのであろうが、素直にそれに反応するのも面白くない。あたしは気が付いていないふりをして、アシュレイの反応を逆に窺う。しばらくは黙ってあたしを見つめていたアシュレイであったが、焦れたのかなんなのか、唐突に本の角であたしを叩いた。
『クリティカルっ!?』
「あ、ごめ〜ん。つい」
「面白い痛がり方だな…」
こんな時ばかり話に加わってくるアイマスであった。あたしは頭頂部を抑えつつ、今気付いたふりをして声を上げた。
『ちょっと待ったアシュレイ、それって?』
「ようやく気がついた〜間抜け〜。今日からコトと名乗るが良い〜」
しかし、お巫山戯を抜きにして考えれば、あたしは本当に魔術制御に気をつけなくては酷い事になる。
弓矢と魔術を組み合わせる上で、形のない無属性の魔術を使うように進言したのは、他でもないアシュレイだ。今にして思えば、形のない無属性なら、そこまで酷い事にはならないと踏んだのだろう。
「もしかして、マコトの使う剛弓も制御に失敗してるんじゃないか?」
外の警戒を担当しているアイマスが、肩越しにそんな事を言う。
え!?—と、あたしが驚き顔を上げると、ソティもアイマスに同意した。
「確かに、あんな素人魔法陣で、普通はあれ程の威力はでないと思うので御座います」
なんだと!?—と、慌てたあたしはアシュレイを見る。だが、アシュレイは肯定も否定もせずに、話を進めた。
「まぁ、そんな訳だ〜。コトは兎に角気をつけるように〜。で、放棄の手順だけれど〜—
何で何も言ってくれないのか。逆に藪を突くのが怖くなり、聞くに聞けない。あたしはモヤモヤとしたものを抱え込んだまま、アシュレイの講義を聞いた。
さて、馬車が進む街道は徐々に狭まり林道へと変わってゆく。あたし達の最初の出番は、まさかの野盗相手であった。
上り坂をゆっくりと進んでゆく馬車であったが、前方で木がメキメキと音を立てて倒れ出したのだ。木は道を塞ぎ、馬は驚き歩みを止めてしまう。護衛の冒険者達が口々に叫ぶ。
「野盗だ!来るぞ!」
今回は、あたし達の他にも三パーティが護衛の任務に就いていた。即座に展開して馬車を守るように周囲を警戒する。その中にはソティもいた。
一方でアイマスは未だに馬車の中にいる。あたしの肩を叩きながら告げてきた。
「先に言っておく。馬車を守るという事は、マコトに目が届かない可能性もある。自分の身は自分で守れ。私の持論だが、暴力で人の財産を奪うような奴は—魔物と変わらん。躊躇すれば死ぬのは自分だ。いいな」
青い顔のあたしをおいて、アイマスは馬車の外へと飛び出た。あたしはカラカラの喉を鳴らしてアシュレイを見る。助けを求めた訳ではない。確かに緊張しているし、怖いし、やりたくない。けど、郷に入っては郷に従えという言葉もある。いや、生きぬくためには戦わねばならないのだ。ここはそういう世界で、あたしはもうアエテルヌムの一員なのだから。いつまでもお客様ではいられない。
あたしは気合を入れて、弓を握り込む。
(言われるまでもない。小鬼も野盗も変わらないよ)
あたしの視線に気が付いたアシュレイが、サムズアップして言った。
「矢避けの術は護衛にも商人にも施してあるよ〜。遠慮なくバカスカ撃ちな〜」
その言葉に頷くと、素早く幌の上に駆け上がり、宙空に向けて矢を射る。そんなあたしに向けて、護衛の一人が叫び声を上げた。
「おいっ!何してんだ!降りろ!良い的になるぞ!」
だがあたしは降りない。更に続けて数発の矢を射る。まだ野盗は姿すら見せないが、あたしの矢が流星の如く降り注ぐ度に何処からか叫び声が上がる。どうだ!—とばかりにあたしが視線を向ければ、アイマスとソティは、くつくつと肩を揺らして苦笑していた。
「あの野伏を狙えっ!」
何処からともなく声が聞こえ、四方八方からあたし目掛けて矢が飛んでくる。けど、飛んできた矢の半分はあたしへ届かずに、届いた矢の半分は互いにぶつかり幌の上へと落ちる。残りの矢はあたしの脇を抜けて草むらの中へと消えた。
あたし自身にも、矢避けの術が施されているのである。当たらないと分かっていても、流石に怖かった。
(矢避けの術すげ〜!)
チラリと見えた野党目掛けて射った矢は、凄まじい勢いを伴い、木や岩を巻き込んで斜面ごと抉り取る。野盗の何人かが目に見える程に高く浮いた。剛弓の魔術である。
「よしっ!あの野伏に続け〜!」
護衛の一人が攻め時と見て特攻の合図を出せば、既に平常とは違う顔のアイマスとソティが藪の中へと突っ込む。遅れて聞こえてくる太い悲鳴。可哀想に—と、あたしは合掌した。
結局あたしの出番はそこでなくなり、幌から降りるとアシュレイに向けて告げた。
『や、やったよ!』
「…あんま無理すんなよ〜。膝笑ってるぞ〜」
アシュレイの言葉通り、あたしの膝は目に見えてガクガクと震えていた。言われて気が付いた。歯の根も合わない。
生まれたての子鹿さながらの様相に、耐えきれなくなったのかアシュレイは吹き出した。
『わ、笑うなや!?』
「無理言うなや〜あはははは!」
馬鹿みたいに笑い転げるアシュレイの元へ、野盗を数人縄で繋いだ冒険者がやってくる。
「あんた、呪術師なんだろ?こいつら、眠らせられるか?」
「ほいほ〜い。お安い御用〜」
アシュレイが杖で野盗の頭を叩けば、野盗達は即座に意識を失い眠りこける。あたしは呪術のカバー範囲に声を上げた。呪術師凄い。
冒険者達もまた、アシュレイの手際に感嘆の声を漏らしていた。その余りの手際に、冒険者の一人が姿勢を正す。
「あ、あんた…いや、貴女はもしかして、凄く高位の術師なのか?—ですか?」
「慣れない言葉遣いなんてしなくて良いよ〜。高位と言えば高位だね〜。メキラ王国の宮廷魔術師アシュレイとは、私の事さ〜」
アシュレイは、実はめっちゃ偉い人だったらしい。あたしは即座に平伏した。
そんな雰囲気だと思ったのだが、平伏していたのはあたし一人であった。
「…何してんの〜?」
アシュレイが冷めた目をあたしへと向けている。おかしいな?—と、首を傾げながら立ち上がれば、護衛達の人垣の奥の方で、アイマスとソティが笑っているのが見えた。意思疎通のリングを通じて、アイマスの声が聞こえてくる。
『おかしいのはマコトだ』
『うっさいアイマス!召喚すっぞ!』
『お〜こわっ!』
そんなこんなで野盗の強襲は、あたし達に一人の被害はおろか、積荷の一つに傷を付ける事もなく失敗に終わった。
MVPは文句なしにあたしであろう。あたしはしこたま褒められた後に、同じくらい叱られた。
周りの護衛達は、矢避けの術をかけられている事など知りはしないのだ。アシュレイはにやにやするのみで、助け舟など出してはくれない。アイマスにソティ?言わずもがなである。
「お前の運命値に感謝しとけ!」
—と言われた。あたしの運命値は1であると知ったら、護衛達はどんな顔をするだろうか。
さて、道を塞ぐ木の幹を剛弓の魔術で道ごと破壊した後、馬車は再び走り出す。なお、破壊した道はアシュレイ他の魔術師が、土魔術で簡単に修復してみせた。それを見たあたしは、土魔術も習得しようと心に決めた。あれもこれもと浮気性なのは自覚している。
『アシュレイはアエテルヌムの一員ではないんでしょ?どうしてアイマス達と一緒に行動してるの?』
パラリと魔術書のページをめくった時、ふと目に付いた挿絵。数人の人間が同じ方角を指差しているものだ。その挿絵自体の意味は全く分からないが、そんな疑問がふと湧いて出た。
アシュレイは顔を上げると、空目で考え込む。
「ん〜?そう聞かれてもな〜。特に理由なんてないんだよ〜?以前一緒に仕事をした事があるから気心が知れていて〜、たまたま長期休みになったから〜、暇だしアイマス達と一緒に遊ぶか〜って感じで合流したの〜。パーティメンバーの魔術師が抜けた後だったし〜、丁度良かったみたいよ〜」
アシュレイがそんな事を言い出せば、え!?—と、あたしは声を上げる。
パーティメンバーの一人が抜けた?何故?どうして抜けた?—と、碌でもない想像をし始めたからだ。
そんなあたしを見て、当時の状況でも思い出したのか、不満げな顔のアイマスが口を出した。
「お前ら戦闘狂にはついていけねぇ—と、言われたよ…他所から来た流れ者で、私達の事を知らないからこそ、組んでくれていたんだろうな…はぁ」
言ってる内容はさておき、アイマスが真似てみせた話し口から察すれば、男性のパーティメンバーであったのだろうか。死別ではなかった事に安堵しながら、男性とのロマンスがあるかも?—とは、ちょっとだけ期待した。
『そういうのは、パーティメンバー内では控えていただきたいので御座います』
どうやら、あたしの思いは漏れていたらしい。ソティから念話が飛んでくると、あたしは真っ赤になって俯き、読めもしない本に視線を落とした。
くつくつとアイマスとアシュレイの忍笑いが聞こえてくる。忍ぶなら忍びきってほしいものである。仕方ないだろ、思春期なんだから!男子との思い出が欲しいんだよ!
さて、恥ずかしいカミングアウトはさておき、それからしばらくの間、あたしは再びアシュレイと共に魔術の学習に励んでいた。
アイマスとソティの二人は、我関せずの態度で外へと視線を向けている。やがて馬車が停止すると、アイマス達の元へ護衛の一人が声をかけてきた。
「今日はここまでだ。夜営にする。お前達も夜営の支度をしろよ」
アイマスとソティは頷き返して見せた後、あたしとアシュレイへ向き直った。
「おい、今日はここで夜営にするらしいぞ。魔物が出るかもしれないから、警戒しながら夜営の準備だ。アシュレイとソティは警戒に当たってくれ。マコトには申し訳ないが、今日は仕事だ。夜営中の勉強は無しで頼む」
あたしもその言葉に、もっともだ—と、首肯して返す。本を閉じるとポストマンバッグにしまい、肩にバッグをかけて持ち上げようとするが、バッグはかなり重く持ち上がらない。下手したら肩紐が切れそうな勢いである。あたしは持ち歩く事を諦めると、ポストマンバッグを馬車の中へと放置することにした。
無念な顔を浮かべるあたしへ、アシュレイが声をかけてきた。
「マコト、マコトの国の語学を教えて〜。私はその本が読みた〜い」
『え?本気で?』
あたしの住んでいた国である日本は、ひらがな、カタカナ、漢字と、三種類の文字がある。更にはアラビア数字にアルファベットまで含めれば、五種類の文字を学ばねばならない。教える方も一苦労なのだ。あたしはここへきてアイマスの気持ちが分かった。
「教えるの…怠いわ」
あえて日本語の発音である。
「オエシルノ〜ダルワ〜」
アシュレイがあたしの真似をする。うん、ちょっと惜しい。あたしは後で教えると約束すると、アイマスと共に夜営の準備に取り掛かった。
天幕の設営に、馬へ水と餌をやる。馬は本来草食動物であると思うのだが、この世界では麦なども与えている。アイマスに理由を問えば—
「草だけだと、栄養が不足して重い荷物を引けなくなるんだ」
—との事であった。ほうほう—と、頷いて馬に歩み寄り、撫でながら労いの声をかけた。
「いっぱいお食べ」
それに対する馬の返答は、歯茎を剥き出しにする威嚇である。あたしは項垂れて天幕の設営に戻った。
あたしが設営を手伝う天幕のすぐ側では、警戒中のソティとアシュレイがあたしについて話していた。おや?—と思い、作業しながら聞き耳をたてる。
「マコトに法術を教えたいのですが—
「駄目〜」
「信仰を学んで欲しいのですが—
「駄目〜」
ソティの言葉にアシュレイは頷かない。どこまでも法術を目の敵にするアシュレイであるらしい。ソティは嘆息するとアシュレイに尋ねる。
「何か問題でもあるので御座いますか?」
これに対してアシュレイは面倒くさそうな声を上げた。
「マコトの信仰はきっと育たない〜。時間の無駄だから、やるなら魔術師として完成した後にお願い〜」
「そんなのは、やってみなくては分からないので御座います」
「やらなくても分かる〜。無駄無駄〜」
あたしは耳が痛い—と、渋い顔で天幕の脚を立ち上げる。法術は信仰無くして使う事は出来ない。そしてあたしには微塵も信仰がない。
これはある意味で仕方ない。あたしの世界は神がいない。いや、いるかもしれないが、神をあてにしないため、そういった基盤が全く出来ていないのだ。神の奇跡を怪我の治療で一度は目の当たりにしてはいるが、それでも信仰0というのは、それだけ神に対して何ら思うところはないという残酷な現実であろう。
「アンラ神聖国は宗教国家だから〜、どちらかと言えば魔術師よりも法術師が評価されるもんね〜。でも、マコトは法術師としては開花しないよ〜」
「むむぅ。アシュレイは頑固で御座います」
「ははっ、どっちが〜」
ソティとてあたしの事を案じての提案であろう。それを理解した上でのアシュレイの回答は、あたしは法術師としては大成し得ないというものである。
ソティは嘆息すると、あたしの法術師化計画に対しての考えは一旦保留する事にしたようだ。代わりに口を割ったのは、あたしの世界の事に関してであった。
『マコトの世界はありとあらゆる食べ物があるそうで御座いますね』
『私はお酒が飲みたい〜』
『いつか、マコトが帰れるようになれば、自由に行き来できる日が来るので御座いましょうか』
『きっと来る〜としか言えんね〜』
二人はまだ見ぬ世界へ思いを馳せて、嘆息する。ソティはまだまだ色気より食い気のようである。あたしの世界のどんな食べ物を想像しているのだろうか。
そしてアシュレイは酸いも甘いも知り尽くしているのであろう。最早酒以外に興味はないようである。どんな酒に思いを寄せているのか。
そんな二人と聞き耳をたてるあたしを現実に引き戻したのは、冒険者の叫び声だ。
「敵襲!ウルフ系!多数!」
ソティとアシュレイは即座に構えて敵を迎え撃つ。後方からはアイマスの駆けてくる気配もある。あたしも素早く背中の弓を手にすると、アシュレイ達の後方へ付いた。
「アシュレイ、チェンジだ!」
アイマスの到着と共にアシュレイが後方に下がれば、そうはさせじとウルフ系の魔物が一体藪を割って飛び出した。アイマスは事もなげにウルフを切って捨てると、そのまま剣を構えて立ち塞がる。アシュレイも何も気にせず、あたしの元まで下がる。
『アシュレイ、どうするの?』
「いつも通りで〜」
あたしの問いかけにアシュレイは答える。いつも通り—つまりは適当に矢を射れと言っているのだ。まあ、そうでなくとも、あたしにはそれ以外できない。未だに属性魔術を攻撃用に正しく制御する事は難しいのだ。
『矢避けの術は!?』
「まだ有効〜。気にせずどうぞ〜」
あたしはソティとアイマスの間を縫うように矢を射る。珍しく狙い通りに飛んで行き、藪の手前で急速に角度を下へ変えた。
「ギャン!」
どうやら命中したらしい。あたしの元まで狼の悲鳴と思わしき声が聞こえ、ソティとアイマスの感嘆の声も届く。何でやねん。真っ直ぐに飛んだのがそんなに珍しいかちくしょう。
さて、今回はアシュレイも攻撃に回るようである。アシュレイの足元から30cm四方の石の塊が持ち上がると、アシュレイの目線の高さまで浮き上がったところで、無数の針の束へと姿を変えた。針の束は、縦から横へ向きを変えてアシュレイの周囲を回転し始める。
「ストーンニードル〜」
アシュレイが言い終えるや否や、無数の針は四方八方へ向けて射出される。これも矢避けの術で回避できるのであろうか。あたしの疑問はさておき、射出された石の針は狙いを過たずにウルフ達の眉間を貫いているらしい。至る所から悲痛な叫びが聞こえた。
「フィニッシュ〜」
カッコよくポーズまで決めて終わりを告げるアシュレイ。あたしは思わず手を叩いてアシュレイの戦果を讃えるが、その視界の隅で飛びかかってきたウルフの首を刎ねるソティの背中が見えた。
ジト目をアシュレイへと向けると、アシュレイが悪びれもせずに言う。
「そういう事もある〜」
やはり、どこか抜けているアシュレイであった。
さて、今度こそウルフ系の魔物は全滅、或いは撤退したらしい。やがて辺りを静寂が満たし、冒険者達は次々に警戒を解いてゆく。商人は胸を撫で下ろしながらウルフ達の死骸を一箇所に集めていた。
「ウルフ系の魔物は素材としての価値があるんだよ〜」
何をしているのか?—と、それを眺めていたあたしへアシュレイが教えてくれた。ふぅん—と簡単に返事をして済ませたが、その後の光景に絶句した。冒険者達が次々に狼の皮を剝ぎだしたのだ。あたしは強い吐き気を覚えて顔を背ける。
そんなあたしの肩をアイマスが叩く。アイマスは初めては皆そうだ—と、前置きしてから言った。
「今日はやらなくて良い。だけど、とりあえず見ていろ。次回からはやってもらう事になる。今日のうちに慣れておけ」
アイマスの言葉に、吐き気を押し込んで頷いた。アイマスはあたしの表情に満足げに頷くと、解体を手伝うべく積み上げた魔物の山へ向かっていった。
「魔物は、人間達にとっては驚異でありますが、恵でもあるので御座います。ウルフとて、食用には—まあ不向きではありますが、寒さを凌ぐために毛皮は重宝するので御座います」
複雑な思いで解体を見つめるあたしの隣へソティが並ぶ。
あたしはソティの横顔を見た。ソティは解体に加わらないのであろうか?—と思ったのだ。それを尋ねると、ソティは申し訳なさそうに首を振る。
「戒律で御座います。施された恵をいただく分には構わないのですが、積極的に解体に加わる事は出来ないので御座います…まあ、誰も見ていなければ率先してやるので御座いますが」
成る程—と真は頷く。そういう意味では修道士も悪くないかもしれない—と、結構本気で思ったりする。ちなみに、ソティは実のところ、解体に加わりたいのではなかろうか。鉈の柄をそわそわと落ち着かない様子で撫でていた。
『でもさ、こんなところで皮を剥いだりしたら、その匂いにつられて、別の魔物が来たりしない?』
あたしが更に問えば、ソティは和かに応じた。
ソティ曰く—皮を剝ぐなどという真似をすれば、当然血の匂いが広がる。それは、新たな魔物を呼び寄せかねない行為である。それでもこの世界に生きる人々は殺した魔物に関して、手に入れられる物は手にいれるのだ。貴重な恵みだからだ。
実は、家畜の類は余程裕福な町でない限り存在しない。何故なら、それを飼う土地も餌も捻出できないからだ。土地は安全を求めた人々が挙って町へと集まるため、常に不足し、草木は魔物が跋扈する外の世界へ取りに行かねばならない。せいぜいが馬を買うのみであり、それ以外となると、貴族がたまに犬や猫を連れているのを見るくらいであろうか。
それ故に魔物は貴重な恵となる。一例を挙げるなら、食用として特に好まれるのは豚に近い魔物—オークである。好まれるというより、それ以外に選択肢がないとも言うが。
鳥に近い魔物は数あれど、鳥型の魔物は仕留めるためには難があり、安定した供給が難しい。牛型の魔物はミノタウロスが有名であるらしいが、強過ぎるのだとかなんとか。
『ミノタウロスって—牛?牛型かい?牛頭の人型じゃない?』
あたしはしょうもない事を気にしていた。責めるような目でソティを見るが、ソティは涼しい顔で牛型であると言って退ける。最初は納得がいかなかったが、あたしはこの世界に来て既にオークを食べている。あたしの理論でいくと、オークも人型である事になる。うん、オークは豚。ミノタウロスは牛だ。
さて、やや吐き気は治まったあたしは、魔物を解体するアイマスへと近付く。近くで見るとやはり厳しいものがあったが、いずれはやらねばならないのだ。早く慣れるべく眉を寄せながら観察した。
「私は初めて解体を見たのは、確か7歳くらいだったかな—思いっきり泣いたなぁ。それを思えば、マコトは強いよ」
アイマスが背中越しにあたしへ語りかける。あたしは苦笑しつつ否定した。
『いやいや、だって7歳じゃん。仕方ないよ。あたしは15歳だよ?倍だぜ倍?』
「ふふふ、そうかな。親父には“情け無い声だすな”と怒鳴られたもんだが—言われてみれば、そうかもな」
アイマスの父親は、随分と厳しい人だったようである。
アイマスが首の皮を掴み、ナイフを突っ込んでゆく。ベロリと首から胴体へかけて皮が捲れると、筋肉繊維が露わになる。あたしは再び吐き気を覚えた。
「無理せずに離れて見ていろ。マコトのいたところは、こういう作業とは無縁だったんだろう?まずは慣れるだけで良い。さっきは厳しい事を言ったが、いきなり次回からやれなんて言わないさ」
『いや、ちゃんと見るよ。あたしが無縁だっただけで、こういう仕事だってあったんだから。それを自分でやらなきゃいけないってだけの話だよ』
そうかい—と素っ気なく返したアイマスだが、表情は僅かに綻んでいた。あたしがこの世界に慣れようと頑張っている事が嬉しいのかもしれない。
ウルフ系の肉は臭みが強く、また血抜きをしている暇もないため、今回は埋めてしまうようである。だが、それでも毛皮だけは確保するらしい。解体に覚えのある者は挙って毛皮を剝ぎにかかり、覚えのない者は手順を覚えるべくじっと眺めていた。
商人はホクホク顔でウルフの毛皮の血を拭き取った後に荷馬車へ押し込めてゆく。護衛依頼の最中に襲いかかってきた獲物は、護衛対象の物として扱われるそうだ。その分、依頼達成後の成功報酬に僅かだが上乗せされるらしい。
『野盗は町で衛兵に引き渡した後、奴隷商に売られるんだっけ?』
あたしの視線の先には、生き残った野盗達がロープで繋がれているが—
「ああ。けど、可哀想だとは思うが、傷が化膿して町へ辿り着く前に死ぬだろうな」
アイマスが言う。野盗なんて生き方さえ選ばなければ—とでも言いたげな悲痛な表情であった。
あたしもまた、意識を失いながらも粒の汗を流す野盗達を眺めるが、出来る事などない。野盗という在り方そのものが重罪であり、衛兵に引き渡すまでは、治療行為すら違法となるそうだ。目を逸らして気にしないように努めた。
夜営をするべく準備を進めていた一行であったが、血の匂いから離れるため、再び馬を走らせる。あたし達が歩みを止めたのは、日が暮れる間際の事であった。