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5.オークと人狼姫、奴隷商を斃す


「うがぁ・・・!耳がッ!」

「ひぎ!」


 スコルとハティの叫びを間近に受けた傭兵たちは耳と目を押さえ、悶絶する。魔力も含まないただの叫びであるが、その衝撃はほぼ液体である眼球を震わせたのだ。


 スコルとハティの動きは素早かった。ハティはまず手近な傭兵の首を掴み手に持ったナイフで頸動脈を掻き切った。スコルは人間態のまま、傭兵の首をかみ砕いた。


「あーあ、やっぱり凝った筋肉ばかりの肉ってまずい~」


 傭兵の首肉と血を塩化しながら、スコルは嘯く。


「ひっ!なんだこいつら!?」

「まさか人狼(ワーグ)か!?」

「じょ、冗談じゃねえ!

 オークが騎乗する狼じゃねえか!

 かなうもんか、逃げろ!」

「馬鹿!逃げられる相手じゃねえ、殺せ!!」


 視力と聴覚を回復し始めた傭兵たちは混乱する。混乱する者、逃げようとする者、混乱する者。


 さきほどの威勢の良さなどどこかに消えてしまった。


「じゃ~、狩りの時間だね~」

「遊んでいないで逃がさないでくださいよ。姉さん」

「了解~」


 もはや、目の前の傭兵たちは二匹の人狼(ワーグ)にとって獲物でしかなかった。逃げる傭兵が居れば、スコルが先回りをして蹴りをいれて集団に戻すか、頸動脈を切り裂いた。立ち向かおうとしたり、力のない奴隷少女を人質にしようと前進するものはハティが叩き潰した。


 少数の狼が多数であるはずの羊の群れの周りを走り、群れを一か所に固め逃げ場を失くし食い殺していく様であった。奴隷商は目の前で見せつけられる光景を信じられずにいた。


(馬鹿な!人狼(ワーグ)だと!?

 こんなところに人狼(ワーグ)が出るなんて聞いていないぞ!

 白翼竜だって積極的に人間に手を出さない方針なのに!)


 襲撃を命じた自分をあの人狼(ワーグ)が許すとは思えない。脂汗をかきながらも、奴隷商は次の手に転じることにする。


「おい御者!馬車を出す準備をしろ!」

「え!?傭兵たちは」

「あいつらは死んだ!

 とにかくヴェルトスまで逃げきればどうにかなる。

 あそこには街の兵と他の奴隷商の用心棒がいるからな!」


 奴隷商は隊列にそれぞれ指示を出す。荷の重さも順次奴隷を捨てていけばなんとかなる。


「よし、行くぞ!

 ・・・おい、どうした。馬に鞭を入れろ!」

「・・・あぁ・・・」


 御者が空中を見て、ぼんやり口を広げている。奴隷商もつられて、空中を見る。


 何か黒い影がある。それが衝撃と共に感じた、奴隷商の知覚であった。


「ぶばっ!」


 葡萄酒袋を潰したような音と共に、奴隷商は押しつぶされる。御者の目には何か灰緑のようなものが奴隷商の上に落ちてきたようにしか見えない。


「さて、指示を出しているようだったから、コイツの上に降りさせてもらったが。

 アンタ、死にたくなかったら、その馬車から降りな」


 その灰緑は高所からの落下から立ち上がると、御者に剣先を向ける。


「へえ・・・」


 御者も抵抗する気もなくし、その灰緑――レギスの指示に従った。


「さあて、と残りものを掃除しますかね」


 レギスが続く隊列を見やる。すると、馬車から幾人かの屈強な男が出てくる。いずれも不意の襲撃から商隊を守るために残された用心棒である。


「一応、傭兵だったら降伏するなら生かしてやらんこともないけど・・・。

 こりゃ、交渉は無理そうだな」


 こちらに飛び込んでくる男たちに、ため息を漏らして、レギスは剣を構えた。


―――


 言ってしまえば、最初から奴隷商たちの選択肢はスコルとハティに奴隷を売って大人しく去るしかなかったのである。彼女らから数町離れたところに、ヴァ=ヴェルとレギスが待機していたのだから。スコルとハティの咆哮が聞こえた、もしくは一刻した時点で彼女らが帰ってこない場合、ヴァ=ヴェルとレギスがその商隊を襲う手筈になっていたのだ。


 魔物の活動が活発化したという情報が王国に渡れば、面倒が増える。そのため、少なくとも貴族などに繋がりを持つ奴隷商は活かしておくことはできない。


「結果は残念だったな」

「ま~、奴隷商にとってはね~」

「欲を出さなければ、何も失わなかったのに」


 スコルとハティの戦果を見ながら、ヴェルは愚痴る。目の前には血の湖が広がっていた。奴隷商の用心棒はたった数間の輪に押し込められて、惨死したのだ。


「レギス様のほうも終わったみたいですね」

「うむ、乳母となる女性も見つかったし、このまま帰ってもいいが。

 一応、レギスの方も確認しておこう」


 レギスの方はまだ些か血なまぐさくはなかった。数人の用心棒や奴隷商は胴体を刺し貫かれて地に伏していた。よほど突き方がよかったのだろう。血は服に滲んですらいない。


 降伏したと思しき、何人かの用心棒が手と足を縛られ座らされていた。


「で、どうしましょうか」

「何がだ」

「残りの用心棒と、奴隷ですよ」

「食べちゃっていいですか~」

「やめとけ、スコル。

 喰いすぎで腹壊すぞ」

「え~」

「・・・すけて・・・」


 話し合うヴェルたちに僅かな声が届く。それは奴隷馬車の荷車から聞こえてきた。


「助けて・・・」

「そうだ、助けてくれ・・・」


 弱弱しい声であるが、確かにそれはヴェル達に届いていた。言うまでもなく、奴隷馬車に押し込められた奴隷たちのものである。


「どうしますか、ヴェル様。

 オレとしては、助けてあげてもいいと思うんですが」

「ずいぶんとおやさしい話ですね~」

「うん、まあ、奴隷商が居なくなって売られるツテも先がなくなってしまったからな。

 このままほっといたら、この用心棒たちも奴隷を置いて逃げるだろうし、彼らはそのまま餓死だ。

 それはあまりにも可哀そうじゃないか」

「確かにそうであれば、鍵くらい外してあげてもいいかもしれませんね。

 一度奴隷身分となった以上、我々のことを誰かに話しても与太話くらいの信ぴょう性でしょう」

「俺にとっては乳母以外はどうでもいい生命だ。

 好きにしろ」

「はっ」


 レギスとハティは、死んだ奴隷商の持ち物をあさり、鍵を見つけ、次々に荷台を解放していく。一方のスコルは興味なさそうにそれを眺めている。


「おぉ・・・体が軽い!」

「ありがとう・・・!ありがとうございます・・・!!」


 解放されていく奴隷たちは口々に感謝を述べる。その姿は薄汚れ、やせ細ったものだった。


「う、くそぉ!早く縄をとけ!

 さっき、降伏をしたら助けるって言っただろうが」


 一方の奴隷商の用心棒たちは体を落ちかなさげに揺らす。その背後に解放された奴隷が、歩んでいく。


「娘の仇だ!」

「ぎゃっ!」


 奴隷は用心棒の一人を石で思い切り殴りつける。用心棒はもんどりうち、地面に倒れる。それをみた他の奴隷も、用心棒に群がっていく。


「そうだ!俺の女房を犯しやがって!」

「わたしの息子を返して!」

「馬車から突き落とされた親父の苦しみ、思い知れ!」


 口々に石や用心棒が落とした武器を拾い、呪詛を用心棒にぶつけていく。


「いいんですか~、ヴェル様」


 その酸鼻極まる光景を表情を変えずに眺めるスコルはヴェルに尋ねる。ヴェルも別段表情を変えずに答える。


「俺にとっては乳母以外はどうでもいい生命だ。

 それに奴らの因果は奴らのものだ。清算は奴ら自身の手ですべきだ」


 結局、この場では奴隷と御者以外の人間は死に絶えた。

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