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4.人狼姫、奴隷商と交渉する

 

「そろそろヴェルトスにつく頃合っすかね?」


 奴隷馬車の先頭で、御者は奴隷商に問いかける。

もう3日もこうして街道を渡っている。新しく雇われた御者はこの道には詳しくない。

御者はそろそろ堅い馬車に尻をつけるのも疲れてきて、街に辿り着いて柔らかいベッドで寝たい気分だった。


「お前はこの辺は初めてだったか。

 まだ、あと1日強といったところだ」

「へぇ、ですが、そろそろ奴隷も限界じゃねえですかね」


 御者は後ろをちらりと見た。

薄汚れた布の下からは、呻き声やすすり泣きが3日中続いてた。


 街に早く着きたいのも、この声から逃れたいからだった。

なにせ、街についてしまえば御者の出来ることは馬の世話と商品の積み下ろしくらいなのだから、奴隷の恨みがましい声や姿を見なくて済む。


「俺たちゃまだ交代で荷馬車とかで寝れるからいいですけど。

 あいつらぁ、ほとんど座れるスペースもないじゃないですか。

 街に行く前にくたばっちまいますさぁ」

「くたばる奴は捨てておけ。馬車は止めん。

 魔物が増えたおかげで奴隷も増えたんだ。

 いくら死んでも次がいるさ」

「へぇ・・・」


 御者は奴隷商の相手など初めて行う。彼にとって奴隷商の言葉は冷酷に思えた。

人の命が容易く失われるこのご時世なら、そういう考え方もまた正しいのかもしれない、と奴隷商への反論を彼は飲み込んだ。


(だけど、彼らが怒りのあまり反乱したらどうするんだって)


 彼は自身が飲み込んだ言葉を反芻する。

圧倒的不利な立場、逆らってもよくて相打ちのところから相手の喉元を食い破った例を彼はいくらでも目にしている。

反乱を警戒してか、奴隷商も奴隷にはまともに食事は与えていない。

それでも、窮鼠猫を嚙むとは言ったものだと彼は恐ろしい気分になっていた。


「ん?なんですか、ありゃぁ」


 そのとき、御者は遠くの街道に朧気に人影を見た。


「人だな、手を上げている」


 奴隷商も人影を確認し、続く隊列に声をかける。


「おい、街道に人だ!

 遭難者や巡礼者ならみぐるみを剥いで殺せ。

 容姿が良ければ、捕まえろ。味見は許すぞ」

「うおぉぉぉおお!」「さすが、隊長。話がわかる!」


 後ろに控える乗り合い馬車から歓声があがる。

彼らは用心棒兼奴隷狩りの傭兵どもだ。


「合図は俺が出す、それまで待っていろ」


 (あぁ、また悲劇を見るのか)


 御者はまだ遠くに見える人影を憐れに思いながらも、その手綱をしっかりと握っていた。


―――


「申し訳ありません。

 隊商を止めてしまいまして」


 奴隷商の隊列を止めたのは、二人の少女である。

流れるような長髪の金髪を湛えた豊満な少女と肩あたりで銀髪をまとめたしなやかな肢体を持つ少女だ。

もちろん、スコルとハティの人間態だ。


「いえいえ、我々も必要な方を助けるのが務めでございますので」


 奴隷商は先ほどの酷薄な様子とは違い、商人としての柔和な笑顔で答える。

その笑顔の下では二人の少女がいくらで売れるかを考えているのだが。


「見た所、かなり大きなものを扱っていたそうですね」

「そうですね。主に生き物を少々」

「その~、生き物って、2本足だったりすんじゃないかな~」

「・・・そうかもしれませんな。

 2本足で立つこともあるかもしれません」


 奴隷商は慎重に話を進める。彼女たちがクソ真面目な騎士の用意したおとりかもしれないからだ。

奴隷市以外で下手に奴隷を売ろうとすると、実は相手が身分を隠した騎士ということも珍しくない。


「実は~、私たち、ちょっと人手がほしいんだよね~」

「ええ、お手伝いしてくれる人を雇いたいのです」

「ほほう。実は私、副業として人の斡旋を行っておりましてね。

 多少仲介料はかかりますが、その分長い時間雇えるわけですな」


 これは奴隷商が人を売るときの言い訳である。

売り手も買い手も人材雇用をしただけで、奴隷の売買をしたわけではないというわけだ。


「うん~、じゃぁ、乳母さんとかいるかなぁ。

 入り用なんですけど~」

「おぉ、ちょうどよかった」


 奴隷商はそう言うと、白い布で覆われた荷台に入る。

しばらくすると、鎖につながれた少女を引っ張り出してきた。


「ほら、何をしている!

 早く出てこい!」

「あ・・・あぁ・・・赤ちゃん・・・!」

「てめえとは売り先がちげえんだ!」


 麦色をした髪の少女は荷台に戻ろうとするが、奴隷商は鞭をならしてそれを静止する。

そして、首にの鎖を引っ張りながら、スコルとハティの目の前に連れてくる。


「いやぁ、ちょうどよかったですねえ。

 つい2,3か月前に子供が生まれたばかりの女性がいましてね」

「う~ん、痩せているのが気になるけど、まあ、何か食べさせてあげれば大丈夫かな~?」

「あの、その人の赤ちゃんは?」


 スコルは全く気にしないようだが、ハティはその女性の子供に一抹の不安があった。


「あぁ、まあ他の人が面倒を見てくれているので心配ないですよ」

「・・・その子供もこちらで引き取ることはできませんか?」

「おやおや、二人も入り用となれば、かなり高い費用が必要ですが?」

「そうだよ~、ハティ。

 乳母だけ引き取ればいいじゃない~」

「いえ、あの子も同胞が必要かと思いまして。

 ・・・こちらで足りますか?」

「・・・ほう、これは!」


 ハティが取り出したものを見て、目を見張る。

それは、希少金属で作られた首輪であった。

もし、出すところで出せば、それこそ数年間は遊んで暮らせるほどのものだ。


「なるほど、これだけのものであれば、おつりが必要ですかな」

「いえ、お釣りはいらいないのですが」

「そうそう~、どうでもいいけど、はやく引き渡してよ~」

「わかりました、少々お待ちください」


 奴隷商は再び荷台に入っていく。


「上客だ、準備しろ」


 奴隷商は乗り合い馬車に、そう呟いた。

あれだけの上物をほいほい差し出すのだ。もっと持っていてもおかしくない。

容姿も上等なのだから、いくらでも持ち物も本人も金になるだろう。


 襲撃の許可が出たことで、馬車の中でも静かに活気づいた。

スコルとハティを見ただけで、誰か最初に手をつけるか、沈黙の議論がおきたくらいだ。


「あ、あのありがとうございます」


 馬車から少し離れた場所で少女がスコルとハティに礼を言う。


「あ~、いいって、ハティの気まぐれなんだし~。

 それよりも~」

「えぇ、きな臭いですね」


 礼を言う少女を半ば無視して、ハティとスコルは目を合わせる。

奴隷商のつぶやきも、乗り合い馬車の活気も人を超えた近くを持つ彼女らは察知していたのだ。


「お待たせしました」

「ほぁぁああぁぁぁぁ!!」


 奴隷商は泣いている赤子を抱いて来た。


「ほら、抱いてあげなさい」

「はい、本当に・・・ありがとうございます・・・」


 少女は奴隷商から赤子を受け取ると大事そうに抱きしめた。


「じゃ~、これで私たちは~、失礼しますね~」

「ええ、我々もそれではこれで。

 何かあればまたごひいきに」


 奴隷商は馬車に戻る。

そして、隊列が進み始めたそのときである。


「いけえええぇぇ!」


 叫び声が聞こえたかと思うと、


「ひゃっはあああぁぁぁ!」

「銀髪の方は俺だ!」

「あぁ!?ちゃんと順番守れよ!」


 十数人の傭兵がやおら馬車から飛び出し、スコルとハティ、それから少女の方へ向かってくるではないか。


「やはり、こうなりましたか」

「ま~、人間って浅はかだからね~」

「ひっ」

「少し耳を塞いで、あそこの岩陰に隠れていてくださいね。

 あ、あと布であなたと赤ちゃんの耳も塞いで」


 怯える少女をハティはすばらく岩陰に誘導する。


「さ~て、やりますか~」

「ええ、ヴェル様とレギス様に合図を」


 一気に二人は息を吸い込む。

その目前には殺到する傭兵たちがいた。

目につく限り、二人の少女は毛皮の服とナイフしかもっていない。

剣を携える自分達に抵抗できるはずもないと、傭兵たちは高を括っていた。

だが、


「―――――――■■■■■■■■……...!!!!」

「―――――――□□□□□□□□……...!!!!」


 二人の人狼(ワーグ)は叫んだ。

それは大気と傭兵の鼓膜と皮膚を大きく震わせた。

そして、その声は遠くに離れた白翼竜とオークの王子にも届いていた。

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