3.白翼竜、乳母を探す
「乳母か。
どこから連れてきたものか」
「くくく、死体さえ調達すればワシが作ってやろうかのぉ」
「いえ、ゴルドーのゾンビから乳が飲めるとは思えないですね。
むしろ、腐汁ではないですか」
「くぅ、言わせておけば蛇女め!」
「うん、喧嘩はいいから乳母を連れてくることを考えてくれ」
「はっ、失礼しました。
常道の手段であるのであれば、奴隷として買うのがよろしいかと」
「奴隷か。
だが、奴隷市に行くには人間の集落に行かねばなるまい。
我々が行けば騒ぎになってしまうのではないか」
「あぁ、それはご安心下さい」
端から声をかけたのはレギスである。
その青々しい肌にいくつもの痣と切り傷と噛み傷を作りながらも、ほがらかに彼は笑う。
オークにとってはこの程度かすり傷にもならないと言った風だ。
「奴隷市をやるような集落って言うのは、王都、つまり人間至上主義ばかりが集まる大きな集落からは離れているんですよ。
なんせ、奴隷の所持や譲渡、相続は許されているのに、売買は禁止されているもんですから、騎士とか憲兵とか見つからないところのほうが都合がいいんです。
そういうとこでしたら、オレ達のようなオークも傭兵として何度も出入りしていますから、すぐに見てくることもできますよ。
まあ、ヴェル様の御姿ですと、さすがに入れませんが」
「ふむ、まあ人間の群れのルールなどよくわからんが、それでいいだろう。
で、何日くらいかかる?」
「ええっと確か奴隷市を開く場所と言えば、ここから2日くらいのヴェルトスですね。
往復なら4日。奴隷市の開催の日程に、余裕を持ってくださるのであれば半月かと」
「なんだ、奴隷市はいつでもやってるわけではないのか」
「なにせ商品が生物ですので、仕入れがなければ市も開けませんね。
幸い今のご時世、焼き出された民だとか没落貴族だとか、彼らの所持していた奴隷だとかが溢れていますから、それなりには開催日も多いんですがね」
「ふむ、であるならば、レギスとハティ、それからスコルに乳母の調達を任せるとしよう」
「いえ、少しそれでは遅いかもしれません」
「なぜだ、カミラ?」
「そもそも子供というのは、体格の小ささから体に溜め込む栄養も自然少ないはずです。
特に、乳児ですと体の成長に栄養は使われるのですから、半月という期間はこの子には長すぎると思います。
それに奴隷市で都合よく乳母が買えるかどうかもわかりませんし」
「むむ・・・」
「あぁ、カミラさんの言う通りかもしれないな。
奴隷市だと見回る順番で買い逃しとか発生するし、人間の女性ならともかく乳母となると数が少ないからなあ」
ヴェルは少し頭をひねる。
たしかにカミラの言う通りでもあるが、だからと言って奴隷市を早めることもできまい。
と、ここで一つの考えがヴェルに浮かんだ。
「なあ、レギス。
奴隷市に来る商人というのは、奴隷市のときだけ来るのか」
「うーん、まあ、奴隷市自体が不定期ですからねえ。
奴隷市がなければ、奴隷商は集落かその付近に何日かはとどまりますよ。
その集落の元締めが、留まっている奴隷商の数を見て、奴隷市を開くかどうかを決めますね。
で、周辺の集落に居る、貴族や騎士の使い、はたまた農業とか水商売の主にわかるように伝令を出します。
そっから数日、数週間は奴隷市ってなりまさぁ」
「ということは、奴隷市がなくても奴隷商はいるんだな」
「えぇ、まぁ、奴隷市が始まってから参入する奴らの方が多いですが・・・。
って、まさか、奴隷商から直接買うつもりですか!?
やめておいた方がいいですよ。元締めがいないぶん、余計にふっかけられますから」
「金なら問題はない」
そう言って、ヴェルは体を少しだけどかす。
そこにはヴェルが寝具として広げた貴金属類の塊があった。
「これ、一欠けらで数年は遊んで暮らせるらしいしな」
「はぁ・・・、レギス様がそうおっしゃるなら、そうしますが」
レギスは少し悩まし気に答えた。
―――
「おい、レギス、何か見えるか」
蒼空の下を飛ぶ、白翼竜ヴァ=ヴァルは己の部下に問いかける。
「えぇ・・・っと何も見えませんね」
「うう~ん、わたしも何も見えない~」
「・・・もう少し、東の集落のほうによったほうがいいかもしれませんね」
ヴェルの問いかけに答える声がある。
それはヴェルの足首から響いて来た。
レギス、スコル、ハティの3人がそれぞれ、ヴェルの足にしがみついていた。
結局、数十分の話し合いで、ヴェルが上空から奴隷商を探したほうが早いという結論になり、交渉役としてオークと人狼の二人を連れてきたのだ。
「あ、ヴェル様。太陽の方向から少し右手に怪しい馬車が」
「どれどれ~、あぁ、確かに奴隷馬車っぽい~」
「私にも、そう見えますね」
ヴェルは3人が報告した方向を見る。
確かに、3台の馬車が連れ立って走っている。
荷台は鉄製、外から中身が一切見えないように布で覆われている。
これはレギスによると奴隷馬車の典型的な作りらしい。
ヴェルは静かにその馬車の近くへと降りていった。
その降下、目撃されて騒がれないよう注意深いものだった。