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2.白翼竜、部下に相談する


 もう空が青くなった時刻である。テラスから遺跡へとつながる入り口から人影とそれに追従する大きな二つの影が姿を顕した。


「ヴェルさま、第一の臣、オークプリンス、レギス参りました」

人狼(ワーグ)姫、スコルもここに~」

「ちょ、姉さん、ヴェル様に失礼でしょ?

 ・・・はっ!同じくハティもここに」


 初めに到着したのはオークの第1皇子であるレギスである。その肌は灰を塗したかのような薄緑に覆われている。一般的なオークと違い、レギスの体躯は小さく、肌の色さえ誤魔化せば人間やエルフの仔と言っても通じるくらいだ。


 レギスに付き従うのは金と銀の狼である。その両頭ともが馬ほどの大きさを誇る。金色の毛皮が姉のスコル、銀色の毛皮が妹のハティである。人狼(かのじょたち)は有事の際には、その背にオークを乗せ戦場を駆るのだ。


「んん~?なにか、変なにおいがしますよぉ」

「む、ヴェルさまの寝室に変なにおいとは失礼ではないか、スコル」

「いえ、レギス様。私にも匂います。

 なんというか、人間くさい・・・」


 さすが狼の嗅覚と言うべきか。スコル、ハティの両名とも既にヴェルの羽の下ですやすやと眠る赤子の存在を朧気に察知している。


 と、その時である。しわがれた笑い声がテラスに響く。


「そりゃぁ、わしがいるからじゃないかねえ」

「ははっ、オルゴー爺さんの場合は人間臭いじゃなくて、木香臭いっていうのさ」

「そうそう~、オルゴーは~、乾きすぎて腐臭もしないよぉ」


 どこから現れたのか、その場に居たのは死霊王オルゴーである。彼は元は生身の死療術師であったが、何を考えたのか自分自身に死療術をかけたのである。その結果が木乃伊が法皇の衣をまとったような姿となっている。


「くくく・・・たまには人間みたいだと言われてみたいもんだぁ」

「・・・さすがにオルゴー殿は人間離れしすぎなので無理なのでは?」

「ハティちゃんに言われてしまえばぁ、納得するしかないなぁ」


 その会話に混じり、しゅるしゅるという衣擦れのような音がする。テラスを支える一柱を奇妙な人影が降りてくる。


 その上半身は人と同じ姿をし器用に柱を掴んでいる。だが、その下半身は大蛇のそれであった。遠目に見れば、女性が蛇に飲まれているようにも見える。


「カミラか」

「ええ、おはようございます。ヴェル。

 これは一体何の騒ぎですか」


 妖蛇姫カミラ。蛇の半身をもつラミアの姫だ。同じ鱗を持つ者同士、ヴェルと彼女とは他の者よりも距離が近いのだ。


「うむ、実はだな」


「んむぅ・・・あぁ・・・あぁ・・・!!」


 そのとき、ヴェルの翼の下でおもむろに赤子が泣き始めた。いきなり増えた気配に我慢ができなかったのだ。


 その声を聴いた、魔物たちはいっせいにヴェルのほうへ視線を向ける。


 ヴェルも少し恥ずかしいようなくすぐったいような気分になりながらも、ゆっくりと翼を上げていく。そこには口を大きく開けて泣く赤子がいた。


「こういうことがあったのだ」


―――


「はぁ・・・人間の赤子ですか・・・」


 レギスは小さな声で囁く。テラスには先ほどからいくつかの影が増えていた。だが、その誰もが口をつぐんでいた。


 自由奔放を旨とするヴェルの下でこのようなことは初めてだった。ようやく泣き止んだ赤子を起こそないように、後続の者は静かにするように言われたのだ。


「む、人間の赤子なのか?」

「いや、見ればわかるでしょう。

 オレたちオークだって生まれたときは同じような感じですし」

「いやぁ、赤子と言うものを見るのが初めてなもんでな」


 ヴェルはバツの悪そうに息を吐いた。なんせ、人間やエルフの営みなど空中から見たっきりなのだから、赤子など見ようはずもない。


「まったく、少しはオレ達の都も訪ねてくださいよ。

 同盟締結の挨拶周りでしかいらしてくれないんですから、親父が気をもんでいるんですから」

「ううむ、それはそのうち考えておこう」

「ヴェルさま~、その赤子、少しかじ・・・なめさせてもらってもいいですかぁ」

「ちょっと姉さんが舐めたら、赤ちゃんの肉が削れちゃうじゃない!」

「うぅ~、戦場だと汗と血と精液くさい筋張った肉しか食べられないから~」

「わしの皮でよければ舐めてもいいぞぉ。

 あ、それとも骨もしゃぶってくれるかぃ?」

「オルゴ―はしゃぶってもおいしくないからやだ」

「がーんっ」

「まったく静かにしないか。

 で、この赤子だが、人里に帰そうと思うのだが」

「それはまずいんじゃないかしら?ヴェル」


 ヴェルの提案に口を挟んだのはカミラである。


「どういうことだ?」

「うーん、まず、ここいら一帯の集落は生活に余裕がないのよ。

 この子が捨てられたのも、そのせいかも。

 下手に帰しても、口減らしで殺されるかもしれないわ」

「・・・それは目覚めがよくないな。

 人間の施設には孤児を引き取るところがあるときくが」

「それも考え物ね。

 そう言うところは大抵権力者が手を回していて、ある程度成長したら追い出すか、出来が良ければ売り物にしてしまう。

 それにそう言う施設があるのはある程度大きい集落だから、この子を連れて行こうにも、私たちの存在がバレて攻撃されるかもしれない。赤子ごとね」

「・・・となると、施設にあずけるのも駄目だな。

 ならば、自力で生きていけるまで育ててみるか」

「それがいいかもしれませんね。

 傭兵団でも拾った孤児は戦場に出れる齢までは面倒を見ますから」


 ヴェルの言葉に相槌をうったのはレギスである。オークと言う種族がら傭兵団との付き合いもあるのだろう。


「戦場に出るなり、裏方で仕事をしてお金を稼げれば、独り立ちは自由。

 そんなところでしたね、傭兵団の孤児って」

「うむうむ。よぉくみたのぉ。そういう子供をのぉ。

 素だったり巣立てなかったり、まぁ、どれもわしの実験には役にたったがのぉ。かっかっか・・・」

「オルゴ―殿、不気味なこと言わないで」

「・・・ぅぁ・・・んあぁぁぁ」


 そうこうしているとまた赤子が泣きだした。


「おうおう、どうした」


 ヴェルは翼をふりふり、赤子をあやすが泣きやまない。


「・・・お腹が減っているんじゃないでしょうか」


 そう言ったのは銀狼ハティである。


「む、先ほどは羽根についた朝露をやったが。

 今はもう乾いてしまったな」

「ちょっと失礼します」


 ハティは一歩前に歩む。すると、蝶がさなぎを脱ぐように、銀狼の背から少女が現れるではないか。狼と同じ銀色の髪を持つ少女が狼の肉体を脱ぎ捨てると、不思議なことに狼の肉体は少女の背中に吸収されていく。


 人と狼の間を行き来する魔族。これこそ人狼(ワーグ)の正体である。


 ハティは腰に付けたポーチの中から、赤い木の実を取り出した。そして、それを指に挟み、赤子の唇の上に持っていく。


「お乳のかわりになればいいのですが」


 ハティの細い指が熟した木の実を潰す。その果汁の雫が指から滴り、赤子の口に落ちていくが。


「あ・・・」


 先ほどまで口を開けていた赤子はしかと口を閉じてしまい、赤い汁は赤子の顔を汚しただけだ。


「・・・飲んでくれない、どうすれば」

「ハティ。その汁を俺の羽先に塗ってくれないか」

「えっ」


 ハティが驚くのも無理はない。なぜなら、ヴェルの翼は白翼竜の代名詞である。幾百の戦場を超えて、その輝きを鈍らせたものはいない。その翼をヴェルが自ら汚せと言っているのだ。


「よい。許す」

「・・・それではお許しください」


 ハティはヴェルの羽に赤い汁をつけていく。ものの一分ほどで、ヴェルの羽の一枚が真っ赤に染まっていた。


「うむ」


 ヴェルはその羽根をゆっくりと赤子に近づける。そうすると赤子はその羽根をしっかりとつかみ、赤くなった羽根を口に含んだ。


「ヴェル様に心を許されているんですね」

「あァ~、いいなぁ。わたしも赤ちゃんの指を口に含みたいな~」

「とりあえずスコルは黙っていようか」

「・・・お言葉ですが、ヴェル」


 安心したように、己の羽を吸う赤子を見ているヴェルにカミラが声をかける。


「ハティの与えた木の実の汁は応急処置にすぎません。

 そも赤子は消化器官が成長していないのですから、あまり木の実ばかり与えるのもよくないでしょう。

 できれば、乳を与えたほうがいいのではないでしょうか」

「・・・スコル。

 お前、ハティと違っておっぱいでかいから詰まってるんじゃないのか。乳」

「おうじぃ~、今の発言はひどいんじゃない~」

「っえ?あ、甘噛みじゃない!

 ちょ、痛い!おい、ハティまでなんでこっちくんだ!あっー!」

「・・・カミラ・・・」

「ヴェル?いちいち聞かなくてもいいことを聞かないで下さいね」


 くんずほぐれずしているレギスとスコル、ハティを尻目にカミラの方を向いたヴェルは、カミラの瞳で発言を止められる。ラミアの姫たるカミラは眼力だけで相手の動きを止める能力があるのだ。


「うん、すまなかった」

「ほほほ、仮にスコルやカミラがお乳を出せたとしても、その赤子には飲めやせんよぉ」

「どういうことだ、オルゴ―」

「うむ、人間の子に別の動物の母乳を飲ませようというのは、それなりに例があってのぉ。

 例えば、牛の乳や豚の乳、珍しいところでは狼や猿の乳と言った例がある。

 が、いずれも発育に異常が出た。当然じゃの。

 人間とそれ以外の動物では必要な栄養素が違うのじゃから」

「ううむ、となれば人間の乳が必要と言うことか」

「そうですね。人間で言うところの乳母がいるということです。

 できれば、早急に」

「・・・乳母かぁ」


 ヴェルは自らの羽根を愛おしそうにしゃぶる乳飲み子を見ながら呟いた。

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