ずーっと以前に書いた創作怪談シリーズとショートショートシリーズ
目が覚めたら猫だった
ある日、目が覚めると、私は猫だった。
「にゃ~ん」
ベッドの中で、うーん、と伸びをしようとして、立て膝になっていることに気が付いた。その時、異様に枕が大きいことに気が付いた。
「買い換えたかしら?」
寝ぼけながら、そう思ったのだが、すぐに自分の手が毛むくじゃらなのに気が付いた。
「え・・・?」
たしか、昨日の夜に、お風呂で無駄毛は処理したはず。女のみだしなみ・・・いや、そうではない。これは白黒の・・・
はっと、飛び起きてベッドの下に華麗に着地する。あまりに優雅な、その動きに私は思わず自分で自分を誉めてやりたくなった。
そのまま、つと立つと、鏡の前に移動した。
「アメリカンショートヘア・・・」
一瞬、そう思ったのだけれど、よく見てみれば「グレーの虎猫」だった。
かなり、へこんだ。
気を取り直して、家を出た。
行き先は決めてあった。
「彼氏の部屋」
猫として、生きていく術はそれしかないように思われた。
野良猫なんてまっぴらだし、それにうちの家族は猫が嫌い。
自分の部屋にいたら、追い出されるに決まっていた。
玄関の鍵には背が届かないから、窓から抜け出し、私は道を歩いた。
途中で、大きな猫に追いかけられたけれど、夢中で逃げた。と、思ったら近所の犬が突然吼えて、またしても走り回った。でも、そういえば、あの犬、鎖でつながれていたっけ?
そうして、私は彼氏のアパートの前にやってきた。
おなかが減って仕方が無かった。
夕方になっても、彼は帰ってこなくて、私は泣きそうになって、
「にゃーん」
と、声が出て、その声に自分で驚いた。携帯電話を持ってこればよかった。
と、思ったけれど、どうやって電話すればいいかわからずに、思わずアパートの扉に爪を立てた。ガリガリ・・・
夢中で爪を立てていると、なんとなく気が静まって、私は丸くなってアパートの部屋の前に置かれている洗濯機を見上げた。
あ、10円・・・
「きゃー、かわいい・・・」
その声に、私は振り向いた。
「どこの猫かしらぁ」
うわ、やばい。私は後ずさりした。けれど、すぐに洗濯機に行く手を阻まれた。
大きな生き物が、私を捕まえると高く持ち上げた。
「メスの猫ねぇ」
そのおばちゃんは、私を持ち上げると、そう言った。やめてください・・・・
必至になってもがくと、私は地面に向かって落下した。自分でも気が付かないうちに空中で一回転して、やんわりと着地する。私は脱兎の如く、いや猫みたいに逃げ出した。
夜も遅くなって、彼が帰ってきた。
私は、彼の足元めがけて走り寄ると、隙を突いてアパートの部屋に入り込んだ。
「あ、こら、待て」
彼の懐かしい声が、背中の後ろで言った。
私は、構わずに部屋の中に入るとパソコンのところへ走った。苦労して起動スイッチを押す。
「ジャーン」
マックが起動して、私は彼に抱き上げられた。
「この泥棒猫・・・」
そういうと、彼は私を抱え上げ、玄関から外へ押し出した。
待って、あなた、猫が好きって言ってたじゃない?
「にゃあにゃあ」
バタンと、目の前でドアが閉まる。私はガリガリと爪を立てた。
「にゃあにゃあ」
しばらくすると、再びドアが開いた。
私は彼を見上げた。
「ミルク」
そういうと、彼は私の前に皿を置いた。
「にゃあ」
うれしくなって、それを舐めた。
「仕方ない。今日はうちに入れよ」
「にゃ」
私は、ささっと玄関から中へ入る。
「ああ、待て待て。足は拭けよ」
そう言う彼の、後ろを見ると、私が昼間に送ったメールが、パソコンの中で輝いていた。
「猫になって、あなたのところに行きます」
にゃあ、と私は彼の顔を見上げて微笑んだ。