坊主と商人
私は僧の癖に自前の船を有していた。実はこれは文献通りで、仏護寺は「佐東衆」という社会集団の一員であった。この「佐東衆」というのが、いわば後の毛利水軍の中心戦力となるのである。彼らは安芸武田氏時代から海上戦力として活躍しており、大内氏の精鋭の水軍部隊である屋代島衆を何度も退却に追い込んでいるのである。故に私は船を有していたのだ。
加えて嬉しいことに私の部下たちも同じように海上に慣れているものが非常に多い。単独での行動でも問題ないと思ったのだが、光和の奨めで「佐東衆」の代表者の一人福井元信・その娘信と同じく「佐東衆」の真宗寺院であり、仏護寺末寺である東林坊・相田坊を連れて行くことにした。これでより一層円滑に航海を行うことができると確信した。あと商人がいればとも思ったが贅沢は言えない。
出港地は堀立―佐東郡の最有力港―に設定した。旅の準備が一番整いやすい場所と考えたからである。今丁度堀立で商人から必要な物資を購入し、船に荷を積んでいるところであった。そこに一人の商人がやってくる。
「よう、坊さんよ。御館様より聞いたぜ。良い贔屓相手がいるってな」
その商人の名前はこの佐東郡最大の市場佐東市を支えている有力商人堀立直正であった。この人物について、文献のなかでよく知っていた。毛利氏の「内海商人」として有名な人物である。彼は物資集積、敵の調略、商売、都市掌握など政治や経済、戦争といった幅広い分野で活躍している「なんでもお任せござれ」商人なのである。しかしそれよりも。
「後で口止めしたのに言いやがったな…」
私は光和との話し合い後、極力外部に私の立案した作戦を漏らすことを禁じたのだ。しかし、早速漏らしたのだ。先行き不安である。額に手をあててため息をつく。
私の顔を見て察したのか、直正は大声で笑いながら、私の背中を叩く。
「心配すんなって、俺は口が堅いし、御館様の口はそこまで軽くないぜ。なぜ俺には話したかっていうと、俺が御館様のお墨付きをもらっているからだ。しかももしかしたら銭がたくさん入ってくるかもしれない儲け話だぜ。そんな貴重な情報、いい商談を他の商人とかに漏らすかよ。商人なめんな。まぁ、堺に行くってことは他の商人にも割れているみたいだけど。ただ俺の友人ことをかばっておくと、御館様なりに気を使ってんだと思うぞ。商売のことは商人に聞いたほうが早いってな」
直正はよく見ると商人といういでたちではなく、どちらかというと海の男であった。体は黒く焼け、全体的にガッチリとした体であった。私達の感覚でいえば、マグロ漁船のマグロ漁従事者のように見える。ただし、目は細いという点は商人にありがちなパーツであった。
一見して直正を一言で言い表すならば、義理堅い(そう)な男であった。なるほど、何故か彼の「信頼」という言葉が説得的に聞こえてしまうのは、彼が商売という「信用」がものをいう世界で長く生きてきたが故だろう。その生き様を私は信じることにした。
「わかった。信用しているぞ。朗報を持ってくる」
「おうと少しまてよ。なんで俺がお前さんにわざわざ声をかけたと思ってんだ。いい商談だ、といっただろう」
直正は俺の肩を掴み強制的に私の顔を自分の方へ向ける。彼がニカッと笑っていた。むき出しになった歯は肌の黒さとのコントラストで一層白く見える。その親しげな顔とは裏腹に肩を掴む手は離れそうもない。つまり、これは私への応援ではない。「連れていく」の言葉を掛けなければ、彼はずっとこのままだろう。徐々に肩を掴む指の膂力が強まってくる。
ただ、このことはこちらにとっても好都合である。商人がほしかったところだ。何事も無料というわけには行かないので、交渉は必要だろうが。
「連れていく条件を出してもいいか。」
「条件による」
「簡単だ。水面下では俺の部下になれ」
「ほーう。それで坊さんの直参になることの俺への利点はなんだ。俺は一人でふらっとしている方が好きでね」
「話が通じる相手でよかった。ちょっと寄ってくれ」
私は直正に耳打ちをした。先程も言ったように極力計画を聞かれたくないからである。話を聞くたび直正の口角は上がっていく。
「あんた本当に坊さんか。商売人の味方かよ。よもやそこまで考えているとはな。坊さんについた方が圧倒的な利益を得られそうだ。了解、飲むぜ」
「交渉成立だな」
私と直正は堅い握手を交わし、直正は航海の準備をするため、自分の船へ向かった。とはいっても、鼻から付いていく予定だったようで、準備はほとんど済ませている。
私も翻り、船の方へ向かう。改めて航海の準備の最終チェックをしようとしていたが、まだ私を訪ねにに来た客人がもうひとりいたようだった。そこには小柄な、小学生のような女の子が立っていた。
「私、堺へ行きたいんでちゅ。うわぁぁ、噛んじゃった。」
うん、これは萌えだな。どこの世界にいっても、小さな女の子は可愛いのである。正義である。ただし注意してくれ、私はロリコンではない。小さき客人の髪は海の塩でか日本人の髪とは違い明るく、適当に切りそろえたミドルヘアーでという風貌であった。前髪は切りそろえていて、その下に見える目はつぶらでまるで、小動物を彷彿とさせる。そんなことよりも、興味深いことが聞こえた。
「ほーう、ガキが堺に行きたいとは、大きく出たな。何か目的でも?」
少女はガキ扱いをされたのが気に入らなかったのか。頬をぷくっと膨らました。
「私、堺でやらないといけないことがあるのです。そもそも、私の齢は20です。」
「なん…だと!!」
私の中で衝撃走った。合法ロリは某声優さんか二次元の世界だけだと思っていたのに、身近に出会えるとは。やっぱりお前ロリコンだろという発言は控えてほしい。某方の言葉を借りて「私はフェミニストです」と宣言しておこう。でも女の子を航海させるわけには行かない。断るか。
「お嬢さんの気持ちは…。」
口を開けた瞬間、再び黒光りした商人が戻ってきて口を開く。
「おお、二階じゃねーか。」
先程別れた直正が再度戻ってきたのだ。それよりも二階…、まさか。自分の脳内データベースを捲る。そして、はっとお思い出す。
「お前は商人二階藤左衛門か。」
私は興奮を隠さずに、その商人の名前を声にする。
「おや、お前さんよく知っているな。そうだぜ、こいつは見かけによらずやり手だぜ。なんせ廿日市にこいつが商売にでかけると、ほとんどの商人が廿日市の自宅へ尻尾巻いて逃げるか、故郷の母ちゃんに泣きつきにいくかのどっちかだぜ。」
その廿日市云々という情報は文献にはないが、佐東郡の商人のなかでも堀立の次席ぐらいの実力をもつ商人であることは文献から明らかであった。私は有力商人を二人も手に入れられる機会を得たかもしれないのだ。
「ひえええ、そんな大層なものじゃありましぇん。うぇ、また噛んじゃった」
直正の言葉を体を使って否定をしていたが、噛んでしまった瞬間恥ずかしそうに口を押さえる。それをみた直正は腹を抱えて笑いながら、説明を加える。
「にゃははは、こいつは普段はカミカミだが、商売のことになると俺よりも饒舌に喋るぜ。こいつは自分の能力値を全部商売や経済感覚の部分につぎ込んでやがるんだ。だから俺みたいに戦とかはド下手だ。ああ、部下の使い方はうまいがな」
私は直正の話を聞き、関心する。人とは見かけによらないものだ。でも一流商人が彼女を評価しているのだから、素人の私が彼女を信じないわけには行かないだろう。それに商交渉に秀でている商人は一人でもほしい。もしかしたら、普段の姿と商人の姿にギャップが有りすぎて、逆にそれがクライアントに信頼感を生んでいるのかも。これは心理学で習った。これをナチュラルにできるのは、ある意味天性の才能だよな。ますます欲しくなった。
「おいおい、悩む必要なんてないぜ。こいつは連れて行くべきだ。商売に関しては俺より役にたつ。俺が保証しよう」
先程も言ったように、堀立氏に保証されなくても、藤左衛門の実力は彼に当てられた毛利元就・輝元の書状を見て知っている。しかし、重要なのは他の商人からの信頼もあるっている点だ。それに堀立・二階双方の信頼関係も非常に厚そうだ。今後の佐東市の管理はこの二人に管理・運営してもらいたい。それに彼女は若いし、色々経験させた方が身のためだ。つまり、断る理由が微塵もない。
「二階藤左衛門、お前は商売のために堺へ行きたいんだな」
彼女は一生懸命に首を立てに振った。振りすぎて、顔が赤くなっている。必死なんだな。まぁ地方商人からしたら千載一遇の好機か。
「それはわかった。質問を変えようお前は誰かに仕えているのか?」
「いえ、武田様の領内にいますが、領主・国人らとは何ら関わりはありません。私は先代より一気に勢力を伸ばした新興商人ですので。直正様みたいに良い待遇は得られていません」
藤左衛門の言葉を聞いて、私はこの領地の問題点を更に発見したが、今それは棚上げしておく。
「じゃあ、条件だ。私と主従を結べ」
藤左衛門は唇に下に手を当てて、熟考する。彼女の頭のなかでは、私に仕えるメリットを算盤ではじき出しているのだろう。その姿に彼女の真の姿を見た気がする。3分ぐらい経って、納得したのか。一人でに頷いた。
「わかりました。貴方と主従契約を結びましょう。おそらく得が多そうですし」
「なぜだ。私はお前に情報を与えていない」
藤左衛門はその質問を聞き、ニコッと笑った。20歳というには幼い笑顔であった。
「私に利点がある。そう考えたのは二つの理由があります。一つは憶測にすぎませんが、堺や兵庫関に行くのに、商売が絡んでいないはずないということ。もう一つは堀立さんが一緒についていくということ。このことはあなたについていく利点が佐東市に残るより厖大だということ、また銭のいい匂いが漂っているということ、これらを顕著にあらわしていると思うからです」
先程までのカミカミ少女はどこにいったのでしょうか。非常に長いセリフであったが、交渉人さながらの饒舌っぷりである。しかも、観察眼と考察能力に優れている。優秀だ。
「合格だ。それではよろしく頼む」
「そ、そ、そ、それではお世話になりましゅ。えーと、い、い、幾久しく」
私は思う。この娘の中には商売の神とポンコツの神が交代で表面にあらわれているのではないかと…。
「ギャップってすげーな」
直正も藤左衛門も私の言葉の意味はわからなかったようだ。