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職業坊主、いつの間にか戦国時代へ飛ばされてた  作者: 証秀
1章 今 、安芸国佐東郡
5/19

思案

 光和を見送ったのち私は悩む。人の危機に瀕して、安請け合いをしてしまった。どうやら私はお人好しらしい。まぁ僧侶だから問題ない、むしろ評価されるべき姿勢であるが。


 おそらく自分の上位権力の相談にのっていたのだから、相当なお人好しか、したたかな野郎か、または両方を兼ね備えているか、いずれかであったのだろう。とりあえず、私はこの役割を演じなければならない。いきなり、性格までが変化しては違和感しかないからな。


 まぁ幸運なことに私は学生時代に毛利領国の歴史についての研究をしていた。動機は故郷が広島であることとなんか毛利氏がかっこいいからという理由である。安易にはじめた研究であって、その分析の実証性の可否はわからない。ただ少なからず、私の知っていることの多くがこの場所では起こり得るのである。私の当面の課題は、自分の学位論文や多種の学術論文で析出された結果と現実・史実を照らし合わせながら今後の計画を立案・実行することであろう。幾手先も見えているようで、実際には相手の思考すら見えない将棋のような状態であろう。今後が思いやられる。


「まぁ如何にせよ行動しなくては何も拓かれないからな」


 私は決意を表明すべく、ひとりでにつぶやく。がしかしひとりだと思っていたのは勘違いのようであった。


「そうですね、若坊様」という声が聞こえ、「ぬわっ」という情けない声を出してしまった。私は誰もいない前提で独り言をつぶやいていたから、竜のあいづちには驚いたのだ。顔を見るといつもどおりの仏頂面であったため、いたずらとかではないことはうかがえた。この娘は常に自分のそばにいるのだろうか。ううん、なんだか見張られている気分がしてやりにくいぞ。ただいきなり慣習を取りやめるのも忍びないので何も言わないでおく。こちらが慣れればいいだけの話である。


「竜さん、いるなら声を掛けてくれよ」


「気配も感じ取れないようならまだまだですね。一流の真宗門徒とは言えません」


 うん、真宗門徒強すぎだろ。どちらかというとサ●ヤ人だろ。この世の中に「気」なんて概念はありませんからね。まぁ冗談はさておき、私は今の状況を色々と整理しなければならない。とりあえず竜さんに

今後のスケジュールを尋ねてみることにした。


「竜さん。俺の今後の予定を分かる範囲でおしえてくれないか」


 竜さんはうなづき、メモ帳のようなものを取り出して、日程を確認する。ある程度確認を終えるとメモから目を離した


「近々、我々の本山大坂興正寺にて報恩講があります」


「何?ならば我々は大坂へ出張するのだな」


「ええ、そうですね。一応毎年その予定ですが、無論海の問題なども鑑みて、中止という事例もなくはありませんが」


 私は思案する。戦国時代は地方分権の時代としばしば言われている。その影響は応仁の乱にあって、公家・商人などは京都が危険と地方に逃げ、彼らが有していたコミュニティが地方へ流れていった。その影響か、京都の首都圏的機能は衰退し、物流のセンターとなりつつあった大坂が首都性を帯びてくる…と一説では言われている。私は経済興隆をしなければならないので、大坂、いや畿内へ行くということが非常に重要なことではないだろうか。なぜならば、大坂のほか、堺、兵庫関といったような日本の経済の中心地が多く集結しているからである。こことの交渉の如何で私の作戦が成功するか否かが分かれるが…。


「成功すれば、この地の経済的地位の上昇と武田領国の財政の潤いというミッションが果たせる」


 私は声に出し、ガッツポーズをとる。思案の間の私の目まぐるしい表情変化の一方で竜さんは相変わらず仏頂面で正座していた。その竜さんの方へ向き、今の考えの説明を加え、あることを提案する。


「竜さん、予定より早く向かうことはできないか、堺・兵庫関などへ寄りたい」


 竜は疑問を解消できないと顔で訴えていた。その反応から察するに、おそらく私は、私であった人間は宗教者然とした無欲な人間だったのだろう。それが欲望に満ちた都市に寄りたいというのである。しかも経済活動に従事しようとしているのである。経済活動への従事は仏門で経を唱える仏僧の役割とは遠く離れた目的である。


 予想通り「若坊様は修行に専念すべきです。」と竜は指摘する。しかし、私にとって仏法修行は面倒である。人助けをしていたほうが性に合うので、もちろん断る。


「光和様と先ほどお話したでしょう。佐東市を再び商業の町にすると」


「しかし、若坊様はいち早く立派な真宗僧になられて」


「違うな。そうやって一つのことにこだわっていては新たな地平へはたどり着けない。今後、私はこの境内をよりよい環境に仕上げていかねばならない。そのためには経済活動も重要と考えている」


「でもしかし…。わかりましたあなたを信じましょう」


 竜さんは姿勢をただし言葉続けた。


「私の君主はあなたです。私はあなたを信じると決めているのです、若坊様。私はあなたに幸あれと常に思い続けていることだけは忘れないでいただきたい」


 竜さんははじめてその仏頂面を緩ませ、笑顔を見せた。その笑顔が眩しくて私は顔をうつむけてしまう。表情の乏しい女の子の笑顔でバケモノ級にぐっとくるよな。なんとかテレ顔を我慢して、告げる。


「ありがとう、竜さん。では用意を頼むよ」


「ええ、その件は理解しました。ただ、そもそも我々が堺との交渉に結べるとは思えないのですが」


「少し違うな。竜さんよ。あんたは興正寺と堺の結びつきについて存じていないようだな」


 私の意見に竜さんは難色をしめす。腑に落ちない事実らしい。疑問を呈する。


「興正寺が堺と結びついているのですか??何を証拠に」


 私は、竜さんの反応を見て、やはり中世の寺では本末関係が緩やかだと確信した。中世の本末関係は江戸幕府ほど強固なものではない。故に本寺には無関心なのであろうか。


 そもそも、本寺を自分たちの外護者的な感じとしか考えていないのだろうか。実際に本願寺も宗派が違うにもかかわらず天台宗門跡青蓮院の末寺となっている。これは私の寺院も同じだろう。強大な寺からのお墨付きがほしいが故のつながりであろう。なので、竜さんは本末関係を認識していなかった。


 まぁ、如何にせよ本末関係を有効利用しようとする視点には乏しいのである。本寺から「名号」をもらえるはずだが、真宗門徒の祈り小屋が寺院へと変化するためのツールとしてしか「名号」を認識していないかもしれない。おっ、名号か。私は思いついた。これをみせれば納得すると。


「仕方がない本堂へ向かうぞ」


「なぜですか」


竜さんは仏頂面で再び疑問を呈する。


「決まっている。そこに俺の言う証拠があるからだよ」


「わかりました。とりあえず、ついていきましょう」


 客間から本堂への距離はさほど遠くないので、竜とは一言も話すことなく到着した。そして、蓮如の名号の眼の前までやってきた。蓮如の名号を見ると何故か私は頭がいたくなった。何かを思い出しそうだったが、今の目的はそれとは全く別であるので、そのことに集中する。


「これだ」


証拠となるものを見せても、未だ竜は明快に理解できていないらしい。そして


「蓮如様の名号に一体何の意味があるのですか。確かに建前上の本願寺とのつながりは理解できますが、

先程いっていた興正寺と堺の連関に相互関係については理解できません」


と淡々と私に事実関係の追求を行う。


 私は黙って、名号を捲った。そこには年号、所属、寺院名などが記載されている。


「その裏に何が…。あっ。興正寺門徒東坊下仏護寺って」


 これが示すのは興正寺末寺東坊の門下であることだ。味噌になるのは東坊という点であるが…。


「東坊様…なるほど。ええ、本人より直接聞きました。私達は堺商人と連携して、布教活動をしていると…盲点でした。確かに最近堺を中心に西国へ教線拡大活動を行っている。これが若坊のいう興正寺と堺のつながり、ひいては私達と堺のつながりというわけですね」


 察してくれたようだ。頭は非常に回る娘であるようだ。今後の活躍に期待だな。

「そのとおりだ。他にも東坊、端坊など興正寺末寺頭と呼ばれる寺院らが西国へ教線を伸ばしている。その範囲は大友氏の抑える豊後まで届いている。また阿弥陀寺や覚王寺といった寺院も堺にあるが、前者は紀伊や伊勢まで、後者は大和国など畿内外を中心に教線を拡大している」


 しかも、その教線拡大の主体は商人だと考えられている。おそらくそうであろう。実際歴史史料のなかに堺の有力商人墨屋という人物が興正寺の門末として見えているのであるから、興正寺と商人との関係は濃厚と推測するべきであろう。まぁこれに関しては実際に見てみないとわからないから声にはださないが。


「つまり、今後この地と全国を接続していこうということですか」


竜さんはぷるぷるし始める。あれ、何か不都合でもあったかな。あれ怒った。怒ったかな。


「竜は感服いたしました」と無表情の顔を輝かせていった。


「ほぇ」


私は思ったのと違ったため、拍子抜けしてしまった。


「その知識の源泉はどこから」


「まぁ、まぁこれに関してはチートみたいなモノだからな」


「ちぃと…??」


 竜は首をかしげている。先程からコメントを控えていたのだが、竜の疑問を感じている顔は非常に愛嬌があり、控えめにコメントして可愛いのである。先程の笑顔もそうであるが。いつものドS・仏頂面とギャップがあり、その表情の落差に心を持っていかれそうになる。いやされるな~。


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