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プロローグ

 特に何もないただただ涼しい朝だった。目を覚ますとすぐにカレンダーを見た。


 カレンダーをみた瞬間に思い出した。11月21日、報恩講の日を。報恩講とは浄土真宗の開祖親鸞への報恩謝徳のために行われる仏教行事である。この報恩講が開催される時期は真宗寺院(私たち坊主)にとって一年で一番多忙である。特に疲れるのが、檀家さんたちとのコミュニケーションだ(もちろんこれは主観であるが…)。もちろん、檀家さんはいい人ばかりであるが、そのなかに曲者が数人混ぜっていることは、他の住職にも同意をいただけると思う。それが現実である。


 一つ例をあげるなら、檀家総代の源さんの話がある。源さんは先代―前住職である父―によほど感心・心酔していたのか、現住職である俺と父を度々比較し、落度があれば(つぶさ)に指摘を繰り出す。


 例えば「御文(おふみ)の読み方がなっとらん。これでは蓮如大聖人への冒涜だ。恥を知れ。ありがたい言葉にありがたみを感じない、先代の読みを思い出し真似ろ。それがお前にできる最善だ」である。この台詞は耳にたこが出来るぐらいに聞かされている。しかも、一言一句違わずにこの台詞を毎年吐けるのだから関心だ。ときどきNPCか?などと思ってしまうほど、オートマティックに台詞が繰り出されている。 


 ただ一つだけ言わせてほしい。私は真宗寺院を大学卒業後の就職先としているが、別に親鸞や蓮如が好きなわけではない。私に信仰心などはなく、むしろ大学卒業後の進路を決定するのが面倒なので、家業を世襲したという寺の息子として正しい既定路線についたまでのことだ。もちろん、源さんの指摘は十分に正しいのもので、私はそれに反駁(はんばく)することができない。ただ、熱心な信者さんには失礼であるが、私は生きるために化けの皮ならぬ、袈裟をかぶって宗教者のフリをしているのであって、別に特段思い入れのある仕事でもない。実際私はありがたい言葉の類は教典をめくらなければわからない。


 源さんには悪いが、御文を“しっかり”と読むことは金輪際ないだろう。ダルそうにしているコンビニ店員然り、一回インターホン押しただけで不在届を入れる運送業者然り、この世の中はまじめに働く人ばかりではない。ただ生きるため、願わくば小さな幸せを求めて、生きた屍のように仕事をしているのである。


 以上のことから、私は源さんの発言に懲りることはない。宗教者として正しく導いてくれる人の指摘を聞かないのだから、私が腐った人間だといわれても仕方がない。ただ、それが私だから曲げる気もない。しかも源さんの説教など、毎年一回だけ耐えれば問題ない。つまり、私にとっては一時の胃の痛みを我慢すれば、平和平穏な生活が過ごせるということである。


 しかし、あくまでもこれは理屈である。実際は一週間前くらいから常に胃が炎症している用に感じる。そして私は昨年の指摘を報恩講本番のその日までため息をつきながら朝を迎えるのである。朝起きて、早々源さんのことを思い出したので気持ちが憂鬱になってしまう。腰を上げる気にもならなかったが、時計を見れば、朝の8時であった。朝のルーティンワークである境内の掃除の時間だった。私は仕方なく、膝をたたきつつ奮起し立ち上がる。そして寺院へ向かった。


 今は11月、少々肌寒さを感じながら寺院を掃除するため、ある部屋に向かった。建物のある一室には、戦国時代から伝来している蓮如の名号とやらがある。それが収納されている部屋から掃除を始めている。

 珍しく蓮如の名号を覗いてみようと思った。いつもは触らない。市役所の文化財課に口酸っぱく市指定の文化財であることを連呼されているからだ。私の所有物にもかかわらず、管理が面倒くさい。


 私は蓮如の顔が見える位置まで近づいたその時、なぜか蓮如の目が光った。特に何を思うでもなく、私は蓮如へ向かってそのまま進んだ。それ以降のことは何も覚えていない。



 そこはなにもない空間だった。とある人物の著作にあった死後の世界のようであった。まさに無の世界。そこに有る不純物は“袈裟を来た二人”であった。一人は私、もう一人は先程の名号に描かれている僧侶、蓮如であった。


「ほーう、宗教者からはそなた選定されたか」


 蓮如は口を開けた。その姿は仏像がまるでありがたい説法を説き始めたようにみえた。つまり、宗教説話に乗っているような神々しい姿であった。だが、私は神仏など信じない。ので蓮如に対して慇懃に接する理由は全くないわけである。


「あなたは…蓮如上人か」


 確認のために誰何を問う。


「如何にも」と予想通りの回答が返ってくる。


「あなたは私を宗教者といったな。それは違う宗教者に擬態しているだけだ。貴方が体系化した真宗のあり方で金を食らっている亡者だ、詐欺師だ。口では悪人正機説を唱えているが、実際には悪人は地獄に堕ちて、その魂は現世に戻ってくることはないと思っている。つまり、私はカルト宗教並みに質の悪い、檀家が多いのをいいことに楽をして生活しているパラサイトだ」


「お話はおしまいですか」


蓮如は言葉を続ける。


「私は貴方を“真の宗教者”と認識して選定したのではありません。むしろ、宗教者として異例の経歴をもっていることから、貴方はあそこで活躍できるだろうと踏んだのです」


「さっきから選定といっているが、何になんだ?」


 蓮如のあたたかい眼差しと私の殺気を含む眼光がぶつかり合う。実に不協和音である。人間が直面する状況として、このケースはありえない。たとえ、にこやかな人と怒りに任せて叫ぶ人であっても、本質的には両方何かしらの忿怒を抱いている。蓮如は違った。蓮如には慈悲以外のものは感じられなかった。つまり、蓮如は終始自分のペースで淡々と話始める。


「貴方には過去を変えてもらいます」


突然すぎる告白。一体何のことだが意味がわからなかった。俺は詐欺師を見る目つきで蓮如を見て放つ。


「戯言を抜かすなよ。過去を改ざんする?ドラえもんとセワシ君かよ。どんだけジャイ子と結婚させたくないんだよ」


「あなたはわかっていません。簡単に説明すると、“歴史とは作られたもの”なのです」


「何いってんだ。信長や秀吉の作ってきたものが贋物だというのか」


「そうです。彼らは、私も含めて、未来や過去から連れてこられた人間です」


「それはどういった要件で連れてこられる」


 蓮如はしばし黙った。先程まで出ていた“あたたかい眼差し”はなく、むしろ人らしい冷たい目つきに変わった。そして、口角を目一杯上げて放つ。


「それは当然RPGのためですよ」


「RPG??」


「愚問。この世の中で生身の人間というプレイヤーを使って、脚本を自由に描けるのは、神仏しかいないでしょう」


「ふざけるな。私達は皆神や仏に決められたロールで生きているというのか」


「そうだ。信長は近代変人画家、坂本龍馬は革命家、徳川綱吉は動物愛護団体の会長、足利尊氏は躁鬱患者、選定されてきた人たちの実態を挙げればキリがない」


「そうやって、イレギュラーを放り込んで、歴史を改竄してきたということか」


「正しくは改竄ではない、“脚本修正”だ。お前もつまらない物語は変えたいと思うだろう?」


 私は言葉がでなかった。やはり、この世の中は誰かによって動かされていた。ただ私は政治団体とかそういったスケールの小さいものばかりと思っていたが、違った。この世の理を作り上げた人たちが、今もなお未来や過去を横断して、歴史という叙述物語を書き直している。だが。


「面白い。ならば抗ってやろう。貴様たちの思うままになると思うなよ。貴様ら神は人間に意思があることを忘れている。私はお前たちにコントロールされない。絶対にだ」


「フハハハハハハハ」


蓮如は高僧に似合わない。戦争で猛る部将のように笑った。なんだか、キャラがブレブレな気がするが大丈夫だろうか。


「なるほど、君は公務員やサラリーマンに向いていないわけだ。自営業がぴったりだよ、内在的革命者」

蓮如が話終わると突然視界が暗くなった。突然のシャットダウン。私は眠りについた。ただ最後に蓮如の言葉が聞こえた。「抗え、青年」と。



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