月夜の影
一年ぶりの投稿ですね。いや、本当に申し訳ありませんでした!待ってる人はいるか甚だ疑問ですが…(隙あらば自虐)
あれから5、6年という月日が経つ。最初の頃の俺はあの町から出て数週間ほど歩いたらどんどんと暑くなっていき、南下すると暑いことを知ったのは懐かしい。
現在、俺はある町で宿をとって一度の休憩をしていた。もちろん、名無しの俺が早々に宿なんて取れるわけもなくなんとか金を積んで安全な場所に住むことができるようになっていた。
「名無しの坊主、いい加減降りてこい!」
「…わかった!」
下の酒場から聞こえてくる亭主の声に俺は返事をする。最近では仲良くなったが俺に何かあるだろうとかで結構気の利くいい人だ。まぁ、あの人がいなかったら今頃宿なんて取れなかったわけだけど…。
俺はここ2、3年の間に整えた装備を着けて下の酒場に降りる。
「おう、降りたか。相変わらず防御力低そうだな…」
「うるさいですよ。昔のあなたとは違い俺は身軽さが欲しいので…と、朝ご飯は?」
「ほれ」
俺は一言お礼を言って朝の食事を取る。テーブル席では朝っぱらから酒を飲んでる人もいれば今日の仕事の相談をする冒険者もいる。
「そういえば、お前は今日何するんだ?」
「あー、今日は確か…」
俺は亭主に聞かれて幾つかの依頼書を取り出す。そして、うんざりしたような声を漏らしながら決める。
「今回は薬草採取かなぁ〜。期限もそろそろだし」
「いつも思うが冒険者なのに冒険はしないのか?」
「あー、冒険ね〜。ま、名無しってだけで差別もあるから何処かで下手にでないと面倒なことがあるんだよな」
「普通とは違うが故に大変ということか…」
「そんなもんだよ…ごちそうさま」
俺は朝食を食べ終えてお代を出すと依頼書をしまって街の外にでる。薬草を手に入れるだけの簡単なお仕事である。
しかし、この町での薬草の採取ポイントは俺が来る前にベテラン冒険者の稼ぎのための乱獲によって殆ど無くなり、今では定期的に不足するため最底辺ランクからCランクまで依頼されるのだ。
因みに現在の俺はCランクになっており、ある程度の無茶を許されるレベルになっている。
まぁ、冒険者としてはここからが長い道のりだと色々な冒険者が言っていた。
「とりあえず、どこにあるのかな?あまり強くは使えないが…」
俺はもともと持っている薬草を取り出してあるスキルを使う。そのスキルの名は『追跡』。ある程度の所縁のあるものを探すことに特化したスキルで薬草採取などにはもってこいのスキルである。
「うーん、規定数足りるかな?」
やはり、量も少ないので必要数に達しない可能性もある。まぁ、そういうのは後で考えよう。とりあえず、今は次の依頼を簡単にこなしておこう。
薬草をある程度集めた俺は次にもう一つの依頼をすることにした。元々、今日は本来の目的が行うことができないため、暇な日なのだ。
「ボア肉が欲しい。ストレートな名前の依頼書だな。まぁ、とりあえずボアを狩ればいいか」
討伐依頼ではないのでしっかりと肉の運搬や血抜きが必要なため普通の依頼と比べて面倒な依頼である。故に受けるものは少なく俺のような物好きが受けるくらいの依頼である。
そうして、森の中を散策しているとボアを見つける。見た目は猪であり、体長5メートル級である。
「んげ、運がいいような悪いような…」
ボアの強さは巨大な牙と体長で決まる。大きければ大きいほど、その個体は強いため下手に10メートル級などに挑めばBランクパーティーでも全滅しかねない為、魔物の中でもかなり危険な部類と言える。
まぁ、負けはしないだろうけどボアの毛皮は大きければ大きいほど売値が高いので俺自身、金のために極力傷つけないようにしたいのである。
5メートル程度とはいえでもその難易度はAランク相当。
「眉間に一発でできればいいんだけどな…」
俺はそう呟きながら短剣を構える。そして、一撃で仕留めにかかる。
**
「いやー、今回は惜しくもボアの毛皮は大幅減額対象に入っちゃいましたね。でもまぁ、肉は無事なんで査定はそこそこいいですよ」
「…はい、ありがとうございます」
結局、俺はボアの眉間一発仕留め作戦は失敗して普通の査定となってしまった。
まぁ、仕方ない。生活費に困ってるわけでもないし元より巨大ボアの毛皮入手ほど爆竹はないからな。
「いやー、でもあなたの実力ならこんな依頼受けなくてもいいのでは?ギルド側からしたら助かりますけど…」
「世間の名無し差別の根は深いのでこれくらい下手に出ないと色々と面倒事があるんですよ。だから、儲けに出られない」
「なるほど、もし何かあったら言ってください。ギルド側はしっかりと権利の正当性を言ってやりますから」
「極力迷惑はかけないようにします」
俺はそう言って頭を下げる。実際、世の中は甘くないもので俺のような名無しが儲けるのを面白く思わない連中は沢山いる。ただでさえ今でも面倒事に巻き込まれるのにやり過ぎれば余計に増えることは目に見えてる。
それがないのは宿屋の亭主や今の受付の人の協力があってこそのことだろう。
まぁ、一番目立ちたくない理由は別にあるのだがな。
俺は酒場に行って酒を飲む。色々とあり、あまり酔いが回る感覚はないが酔ったフリをする。そして、適当なつまみを注文しながら聞き耳を立てる。
「いつもいつも、あまり褒められた趣味ではないな…あと、飲むなら宿屋の酒場でいいだろう?」
「…あそこには欲しいモノ(情報)がないんだよ」
「はぁ、何事もほどほどだぞ」
「了解」
ここのマスターに怒られつつ俺は聞き耳を立てる。そして、その中で情報を得ていく。
『いやー、聞いてくださいよ。今日は…』
と話が始まっていく。ここ最近、ずっと俺が盗み聞きをしている相手でここの領主の次女の近衛の一人である。
『訓練はそんなに大変なのか?でも、お嬢様が家からあまり出ないからって全員で遠征に行くか?普通』
『そもそも、うちの領主の館に早々に侵入できる訳もないので俺達は仕事で外に出る時だけなんでね。その分しっかりと訓練を積めるわけさ』
『結局はどこの配属になってもやることは変わらないのか』
と二人の騎士の笑い声が聞こえて来る。
遠征といっても日帰りのようでおそらく体力トレーニングの類だろう。いくら、レベルなどが上がっても基礎的なことを疎かにすれば意味がないのは通りである。
しかし、俺としてはあまり有益な情報はうんざりしてしまう。とりあえず、もう情報はないだろうと思ったタイミングで切り上げて飲んだ分のお金をマスターに払い酒場を出る。
(結局、なんの情報もなしか…まぁ、それだけ平和を維持できている訳だから悪いことでもないか…)
そう思って俺はため息をついた瞬間、ある事柄に気がつく。それに気がつくと俺はすぐにそれに関係した場所に行き、『索敵』を使ってあるものを探す。
そして、俺はあるものを見つけると思わず笑いがこみ上げて来る。
「あっはっはっはっ!ようやくだ!この数年ここに留まり続けた甲斐があった!ようやく暴れられる条件が整った!」
いや、俺は笑っていた。
それはそのはず、俺はこの時のためにこの数年この町に居続けた。その為にじっと堪えてきた。
そして、それが叶った。
俺はずっと隠してきた体のラインが見えないローブを見に纏い、仮面を被る。そして、ゆっくりと領主の館に足を運ぶのだった。
**領主の娘の次女 レイティ
ドゴォオォ!
と破壊音と共に振動が伝わって来る。どうやら、正面口からの音のようで兵士たちが忙しなく動いている。
「大丈夫ですか?レイティお嬢様!」
「ええ、ヘレン一体何があったのかしら?」
寝室に入ってきて私の無事を確認するのはヘレン。私の近衛騎士隊長である。彼女には何度も助けられており、唯一頼りにしている騎士。
「どうやら、侵入者が正面から来たようでして目的などは不明ですが、ここのトラップと騎士達によって直に捕らえられるでしょう」
「そう、ならよかったわ」
「とは言いましても報告が上がるまでは側に居させてもらいます」
ヘレンはそう言って私の側に控える。
今この状況で私も寝ることはできなく、屋敷内の監視用の魔道具を起動させて様子を見ることにした。
「…あれ?おかしいわね。なんか静かだわ」
「そうですね…あれから一切の音沙汰もない」
私が監視用の魔道具で覗いているが騎士も侵入者も見当たらない。どういうことだろうか?
ヘレンが嘘の報告するとは思えない。
でも、何か…何処か違和感がある。
そう思った時だった。私のスキルの一つである『危機感知』が反応する。それによって私は僅かに飛び退く。
そして、何が起きたのか見ると剣を抜いているヘレン…そして、切られて傷が出来た私の右腕…。
「…外しましたか…流石は優秀なスキル持ちと言いましょうか」
「ヘレン…何のつもり?」
「さぁ、見たまんまでは?」
そして、再び剣が私に振るわれる。私は先程までとは違いしっかりと避けて一撃を入れようとするがやはり、実戦経験の有無なのか私の手が届くことは無いと悟り逃げに徹する。
部屋を出て助けを呼ぶ為に叫びながら走る。私だって領主の娘の一人、萎縮して助けを求められないようではすぐに命を散らせてしまう。
「…反応がない。いや、まだ」
私は諦めずに走りながら助けを呼ぶ。しかし、それは同時にヘレン…いや、ヘレンの皮を被った何かを引き寄せる結果にもなり得る。
「おやおや、そんなに騒いで鬼ごっこですか?レイティ様も困ったものです」
そんな風に何処かヘレンと同じような雰囲気を纏いながら何かは追いかけて来る。携えている剣は抜かれており、私を殺そうと向かって来る。
レベルの関係上、逃げ切れる訳もなく背中に一撃もらう。
「っっ!インパクト!」
「っぐぅ!」
痛みを堪え、私はお返しに魔法を放つ。それにより、何かは吹き飛び時間を稼ぐことができる。
私は必死に走って何処か隠れる場所はないか探す。
(こんな時に鍵が有れば…いや、どこかに引きこもってもいずれ見つかるだけだわ)
私はいくつかの部屋の鍵を所有しているが、それで隠れて仕舞えばそこから私のいる場所なんてすぐにバレると考え直す。
しかし、どうすることもできない訳ではない。外に出て助けを呼べばいい。
(でも、先ほどの音といい、本当に単独犯なのか怪しい…)
その理由は簡単だ。
まず、彼女に化けたものの能力候補に上がるのが『幻術』『演技』『剣技』などである。そして、スキルの傾向上、これらのスキルが全部高いレベルになることはあり得ない。故に彼女に化けたものは彼女に成り済ます為の演技と剣技などがあると見ていいだろう。後は私の目を誤魔化すための幻術を使う協力者だろう。
最後に先ほどの正面の破壊音である。
それが実際にあったのか無かったのか…どちらにしてもあんな音が鳴るのは強力な攻撃魔法の類である。それら全てを習熟をした存在はいないとは言わないが私を誤魔化すレベルにまでの人間はまずいない。
「となると、誰かがこの騒動を気付くまで隠れてやり過ごすしかない」
私はそう決意すると、ある物置小屋の隠し空間に隠れることにした。ここなら、知る者は少なく私達領主の関係者とその本当に近しい側近だけである。
それでも下手に物音を立てればバレる。故に私は息を潜めてジッとする。物音を必死に聞き取ろうと耳を澄まして、目を閉じる。
音が聞こえる。
おそらく私を探す為に色々な場所を走る回ってるのだろう。しかし、そんなんでは私は見つからない。
そんな時、物置の扉の前に近く音がした。私は必死に胸の鼓動を抑えて、息を止めるようにゆっくりと音を立てないようにする。
しばらく、私を探すように物音が聞こえて来る。
「やっぱり、こんなとこにはいないのか…」
そう言って足音が離れていく。そして、ドアの音が聞こえて閉まる音が聞こえる。まだ近くに居るかもしれないので音を立てずに安堵した瞬間だった。
ガチャッ
と隠し部屋の扉が開く。
「なんて、いうと思いましたか?」
そこにいたのはヘレンの姿をした何かだった。私は恐怖で声が出ない。その存在は私にゆっくりと近づき、足に一刺しする。
痛みで私は僅かに悲鳴が漏れるがそれが声と為すことはない。
「確か魔法はある程度の集中が必要なんですよね?」
その存在はそう言うと剣を何本か取り出して再び、先程とは違う足を刺す。そして、四肢を地面と壁に縫い付けるように刺して私を眺めて微笑を浮かべる。
「…やめて…」
「何をですか?いや、めんどくさいな…そろそろ本番と行こうか」
私が恐怖に押し潰されて涙を浮かべた瞬間、その存在はヘレンの姿から少年の姿へと変わる。
私はその存在に恐怖を覚える。四肢は動かず逃げることはできない。今から何をされるか分からず私はただ涙を流すしかない。
「安心しな、ほかの奴らは知らないが俺はこれ以上あんたを苦しませる気はないさ…ただ、あんたは今から死ぬだけでな」
「っっ!」
私はその瞬間、恐怖で萎縮してしまう。痛みなんて忘れてしまうほど頭は真っ白になっていく。
死ぬ?
殺される?
私はここで死ぬの?
嫌だ…嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ!
「やだ…やめて…助けて」
「本当に最高っ!いいねそそるね!」
少年はそう言って笑う。そして、私を見つめる。僅かな希望が見える。そう見えた。
「でも、だーめ」
そう言って私に剣を突きつけて…
「さようなら〜『名狩り』!」
そう言って少年は剣を振るう。その瞬間が私はとても長く感じた。
死にたくない…死にたくない。
ひたすらそんな思いばかりが私の中を埋め尽くして最後には涙が枯れたような気さえした。
そして、剣は私に迫って…首を刈り取る。
そう、思えた瞬間、黒い影がその剣を止める。
目の前にいるのは黒い外套と仮面を付けた存在だった。
「釣れた餌は求めたものじゃなかったか。でも、十分だ」
影はそう言って短剣を構える。
さて、黒い影は誰なんでしょう?そして、お嬢様の運命はいかに!?