プロローグ
キッカケはなんだっけ?
そうだ…俺が名無しと教えられた、あの貧民街のスラムの時だ。
大体、5、6年前かな?
そして、今、12歳の俺は貧民街から出て、冒険者登録をしようと足を運んでいた。
「えっと、確かここであっていたよな?」
俺はとある建物の前に立つ。
看板には、杖と剣が描かれており地味にカッコよかった。
冒険者ギルドである。
ここは身元不明の人間も登録が可能である、荒くれ者の集め場所である。
俺はそっと扉を開けて中に入る。
こんな朝から酒を飲んでいる人もいれば、忙しそうにしている人もいる。
他には談笑していたり、俺を見ていたりしている人がいる。
俺は気にせず受付まで歩くとそこには所謂、受付嬢と呼ばられる人がいた。
結構美人で受付にピッタリだと思ったが俺は気にしないようにする。
「本日はどのような御用でしょうか?」
俺は受付の人から話しかけられる。
勿論、他にも受付の場所があるのに真ん中のここにした理由は一番美人だったからじゃない(実際に一番美人だと思うけど…)。
一番近かったからこの受付になったのだ。
「えっと、冒険者登録をしに来ました。」
俺がそう言うと、納得したようにして紙とペンを取り出す。
「こちらの書類に記入をお願いします。」
受付の人に促されて俺は書類を書こうとするが手が止まる。
それは俺が文字を書くことも、読むこともできないからである。
とあるクビになったオッサンが言っていたが、あまり識字率は高くないから、よっぽどのことがない限り困らないだろうと…。
「よかったら、代筆をしますよ。
識字率は高くありませんし…。」
「よろしくお願いします。」
俺は紙とペンを受付の人に渡して俺は一息つく。
「では、まずお名前はなんでしょう?」
「…」
いきなり躓いた…。
名無しにはギルド登録不可とかないよな?
そこら辺、よく知らない状態で来たけど大丈夫かな?
「名無しの方ですか…。
安心してください。
名無しだから登録出来ない訳ではないので…。」
俺の表情を見て受付の人は優しい言葉をかけてくれる。
俺は少し嬉しくなり、大きく頷いた。
「次は出身地の方は?」
「スラムの辺りになります。」
「まぁ、そうなりますよね。
では、得意な武器は?魔法適性は?」
「わかりません。」
「ご協力ありがとうございます。
では、今から発行するので少々お待ちください。」
受付の人はそう言って、その場を離れる。
俺は一息ついて、ステータス画面を開く。
ーーーーーーーーーー
名前
種族人
ステータス
LV1
MP30/30
筋力25
防御13
速さ34
知識26
精神15
運13
スキル
なし
ーーーーーーーーーー
先ほどの会話やこのステータスを見てわかる通り、俺には名前が無い。
それは本来ありえないことである。
名前というのは神から与えられるものであり、生まれた時から持っている。
それは常識であり、それを持っていないものは表だって差別はされないが、差別の対象となっている。
神に愛されぬ者として…。
大抵の場合、生まれた瞬間に殺されるか捨てられるかのどちらかである。
それで生き残った俺はだいぶいいと自負しいる。
名前を持たぬ者は優先順位を下げられ、普通の仕事には付かせて貰えない。
「登録が完了しました。
これからよろしくお願いします。
とりあえず、最低ランクのGランクからの登録となります。
こちらはギルドカードと言いまして、ここにあなたの記録ができるので、例え跡形も無く敵を消し去っても倒されたことが記録されるのでご安心を…。
では、魔力登録を行ってください。」
俺は説明を聞いて、しっかりと魔力をカードに込める。
すると、カードが淡く光り出して登録完了と出る。
「これは身分証明書にもなりますので紛失はしないようにお願いします。
再発行の際は金貨8枚掛かりますので悪しからず。
ほかにも何かありましたらお聞きください。
それと依頼を受けるの時は私どもに言ってください。
それと、依頼についてですが、自分と一つ上のランクの依頼しか受けられないのを考慮していただけると助かります。
最近、そこら辺をわきまえない方が増えましたので、くれぐれも問題を起こさないでください。」
俺はその後お礼を言うと依頼用の掲示板を見に行く。
ーーーーーーーーーー
アスリプト草の採取 G
報酬 一株につき鉄貨3枚
東の森で採取可能なアスリプト草を最低10株採取してきてほしい。
ーーーーーーーーーー
キルマニの実の採取 G
報酬 一つにつき鉄貨5枚
東の森で採取可能なキルマ二の実を最低5つ採取してきてほしい。
ーーーーーーーーーー
スライムの討伐 F
報酬 一体につき鉄貨8枚
東の森に生息するスライムを最低7体狩ってきてほしい。
ーーーーーーーーーー
スライムの核の納品 F
報酬 1つにつき鉄貨9枚
スライムから取れる核を最低12個取ってきてほしい。
ーーーーーーーーーー
俺は数ある依頼の中からこれを選び出して受付へ持っていく。
「えっと、この四つの依頼を受けるのでよろしいのでしょうか?」
「はい、何か問題ありましたか?」
「いえ、特に問題はありません。
複数同時に受ける依頼も制限はありませんので…。
しかし、依頼にもよりますが受けてから4日以内に報告に来ないとペナルティが課せられますので、ご注意下さい。」
「はい、わかりました。」
そう言って俺は冒険者ギルドを後にした。
************
武器は知り合いのおっさんから融通してもらった鉄の剣と鉄の短剣を持っている。
貰ったその時から手入れは欠かさず、新品同様の品質を保っている。
俺は冒険者カードを門番に見せて、街を出る。
勿論、東と西を間違える馬鹿な真似はしない。
スラム出身なら、地理をある程度把握していないと生きていけない。
時折、一般人がストレス発散の為に『スラム狩り』みたいなことをそれっぽく称して殺しに掛かってくることも少なくはない。
故に最低限の防衛手段を確保している人や逃げ道の確保している人が多い。
俺は知り合いのおっさんから、それら全部叩き込まれているから、ある程度なら心配無い。
俺は東の森に入り、それっぽい草を手に取る。
「違う、これはアスリプト草じゃない。」
俺はおっさんから薬草などの知識も叩き込まれており、どんなに似た植物でも間違えることはない。
ちなみに、この植物はアクリータ草といって、毒草だ。
まぁ、毒草といっても少し痺れるくらいで害はあまり無いけど…。
キルマニの実は少し奥にある植物から成る実なのでスライム探しも兼ねて奥へ向かう。
その途中でアスプリト草が6株見つけてとても幸先が良い。
キルマニの実が取れるところまで後少しのところでいくつかの気配があった。
俺は近くの木に身を潜ませ、ゆっくりと近づき気配の元を探る。
「あれは、スライムだな…。
少し数があるな、…大体…18くらいかな?」
俺は剣を抜き、ゆっくりと近づく。
スーッと擬音語が付けられるような動きで近づいて、3メートル、2メートル、1…。
刹那、俺は剣を振るいませて三体のスライムを斬る。
それに気が付いた他のスライム達の動きは早かった。
一体は後ろに回り、体当たりをかましてくる。
他数体は隊列を組み、二体はその場から体当たりを仕掛けてくる。
おそらく、体当たりしてきた三体は捨て駒、12体の戦闘はもう既に整っている。
おかしい?
スライムに上位種はなかった筈だ。
基本、魔物は上位種が指揮をとる。
その上位種が強ければ強い個体である程指揮が上手い。
「どういうことだ?」
俺は必死に記憶を掘り返す。
体当たりしてくる三体を短剣を抜き、二つの獲物で三体を効率よく斬る。
直後、テンポよくスライムの体当たりがくる。
容易に一体一体斬り払うことが出来ない動きだ。
例え、できたとしてもその後くる攻撃で終わる。
俺は必死に避けて、隙を伺う。
ここまで整った隊列が他にあるとすれば群れるタイプの魔物だが、スライムはそれには当てはまらない。
体当たりだけでは無く酸なども飛んでくる。
俺は避けながら考え続ける。
「そういえば、おっさんが、指揮をとるのは上位種だけじゃないって言ってたっけ?
確か…名持ち…」
俺は分かると同時に相手をしっかりと見据える。
名持ちとはその名の通り、生まれた時に名を持っている魔物に使われる名称である。
他の魔物と比べると強く、少し強い上位種と同じくらいの実力と知能を持っている。
要するに相当厄介な魔物である。
因みに魔物の場合は特殊で名持ちや上位種以外にも変異種などがいる。
「どいつが名持ちだ?」
指揮を執るからあまり動いていないやつか?
それとも真ん中の方にいるやつか?
一体一体の特徴、スピードやテンポ、動き、機動力、攻撃手段などから割り出そうとしていく。
************
一体、どれだけの時間、ずっと避けてスライムを見続けたのだろう?
そうしているうちに段々と分かり始めた。
動きの違和感、何処かの詰まり、その個体の最大連撃数などが分かり始めて先程より避けるのが楽になり始めた。
「見つけた…。」
ースキル『鑑定』を取得しました。ー
俺が名持ちを見つけた瞬間、何かが聞こえた。
俺は気にせずに名持ちに斬りかかる。
しかし、名持ちはその体をしなやかに動かして避ける。
そして、体の一部を鞭のようにして攻撃してくる。
タッタッタタタ
とステップを踏み避ける。
ースキル『ステップ』を取得しましたー
再び声が聞こえるが気にしている暇は無い。
下っ端スライム達が後ろから攻撃を仕掛けてきている。
俺はギリギリで避けてスライムを切り裂く。
二つに分かれてスライムは死に絶える。
軽やかなステップで敵に近づき斬るを繰り返すがそう簡単にはいかない。
六体倒した辺りでやはり、名持ちが見過ごす訳もなく反撃の体制を整えてくる。
遠距離の酸攻撃を主流として攻撃し始めてきた。
俺はそれに対しての対策が無い。
しかし、やられたままは無理だ。
俺は一度後退して茂みの中に入る。
そのあとはゆっくりと気配を消して動き出す。
これは結構苦手でよくおっさんに怒られたのだが、今回は上手くいった。
ースキル『隠密』を取得しましたー
やけに大量に手に入るなと思ったが、確かスキルは実戦の方が取得しやすいとかあったような…。
そんなことは後にして俺は敵陣営の浅い場所を狙う。
俺は飛び出してスライムを五体ほど屠る。
ースキル『奇襲』を取得しましたー
後残りは名持ちも入れて四体である。
安定の聞こえてきた声は無視である。
俺は短剣を逆手に持ち相手に突っ込む。
************
そして、四日が立ち。
俺は冒険者ギルドの受付にいた。
「ギリギリ間に合った〜」
「お疲れ様です」
受付の人が労いの言葉をかけてくれる。
俺はあの後、死闘の末にスライム達を倒した。
お陰で称号が新しく追加されてそこに『名持ちを倒し者』があった。
あれはかなり大変だった。
一体一体の個体は強くないが、連携が大変だった。
倒した後もキルマニの実は見つかったがアスプリト草があれから見つからなくて4日のギリギリまでかかってしまったのだ。
「今回の報酬です。
鉄貨344枚ですので、銅貨34枚と鉄貨4枚になります。
そして、名持ちを倒した特別報酬で依頼の報酬とは別にしていますが、討伐報酬で銀貨3枚、核の納品により銀貨13枚、最後にセットサービスも付けて計銀貨20枚になります」
「ありがとうございます、にしても太っ腹ですね。
銀貨って確か一枚で銅貨100枚相当でしたよね?」
「妥当なDランク報酬ですよ。
それと、今回の実績でFランクに昇格しましたので、これからGランクの依頼を受けた場合は報酬が少し落ちますので悪しからず」
「わかりました」
そうして、俺はお金を受け取り、ポーチに入れてギルドを出た。
************
「おっさん、帰ってきたぞ。」
「おう、お主か…」
俺が挨拶した先には一人の青年が立っていた。
見た目は30位だが、実はもう既に7、80代の爺さんであった。
しかし、年寄り扱いをされるのを極端に嫌い、俺はおっさんと呼んでいる。
この人は俺を昔から贔屓して育ててくれた人で親みたいな人である。
名前はアディグラーダといい、俺以外の人からはアディと呼ばれていることが多い。
「初めての冒険者の仕事はどうだった?」
「思った以上に大変だったよ。
知識だけあっても意味が無いと始めて痛感した」
「はっはは!
それはそうだろう。
俺はお前に生きる術だけは教えたが実践は教えておらんしな。
まぁ、頑張りたまえ」
おっさんは豪快に笑いながら言う。
おっさんと一緒に歩き出して、俺とおっさんの住処に入る。
たったの2日以上居なかっただけなのに懐かしく感じる。
俺は今日買った食料を調理しておっさんと食べる。
「にしても、今日はいい食材だな。」
「名持ちを倒したから少しだけ余裕ができただけだよ」
「そうかい…。
そういえば、レベルは上がったか?」
俺はそう言われてステータスを見てみる。
ーーーーーーーーーー
名前
種族人
ステータス
LV1
MP30/30
筋力25
防御13
速さ34
知識26
精神15
運13
スキル
『鑑定LV1』
『ステップLV1』
『隠密LV1』
『奇襲LV1』
称号
『名持ちを倒し者』
ーーーーーーーーーー
俺は首を横に降る。
それでもあれだけ倒したのだから上がっていないのは疑問に思う。
「やはりか…。
本当だったのか、『名無し』はレベルが上がらないまたは上がりづらいという噂は…」
おっさんのその言葉に俺は絶望する。
「まぁ、安心しろとは言わないが、名前が全てでは無い。
過去の王にも成り上がりの『名無し』はいた。
そこから考えると上がりずらい可能性の方が高い」
そうだ、まだ決まった訳じゃ無い。
俺は少しだけ落ち着くことができた。
「そうだ、最近スラム狩りとは別にスラムの連中が狩られてるらしいからお前さんも気をつけろよ」
「おっさんこそ気をつけてくれ」
「それもそうだな…」
そんな話をして俺たちの飯は終えた。
そしてその夜、四日の疲れを取るために死んだように俺は眠ったのだった。
************
「おはようございます」
「おはよう、今日はこの依頼でお願いします」
俺は朝起きてギルドに訪れて早速Fランク依頼を受けることにした。
ーーーーーーーーーー
ゴブリンの討伐 E
報酬一体につき銅貨3枚
東の森に生息するゴブリンを15体倒してきて欲しい。
ーーーーーーーーーー
東の森の調査 E
報酬銀貨1枚
東の森の低域の調査
そこで10種の木の実、草花の採取と魔物の30体討伐。
採取してきたものは適正価格で買い取ります。
討伐報酬は同時に受けていても両方払います。
ーーーーーーーーーー
それと前回に受けたFランク依頼を受ける。
「頑張ってください」
俺は応援してもらいギルドを出る。
ふとそこで人とぶつかってしまう。
「いてっ…。
あ、すいません」
俺は咄嗟に謝るとそこには全身鎧に包まれた男の人達が立っていた。
「気をつけるのだぞ」
相手は少し不機嫌そうに言う。
相手の不注意もあった筈だ。
「…これだから名無しは…。
この鎧は買い替えだな…」
最後にポツリとそう呟いたのが聞こえる。
激しく怒りが湧くが俺には対抗する力が無い。
俺はこの一瞬で彼のステータスを見させて貰った。
ーーーーーーーーーー
名前 アーガル
種族人
ステータス
LV23
MP180/240
筋力231
防御145
速さ98
知識86
精神32
運24
スキル
『剣技LV3』
『盾術LV4』
『ステップLV2』
『受け身LV2』
『投擲LV1』
『火属性魔法LV1』
『魔力操作LV1』
ユニークスキル
『衝撃返しLV6』
称号
『名持ちを倒し者』
『名無し嫌い』
ーーーーーーーーーー
まず、勝てる算段を立てるだけ無駄だ。
これから関わらない方針でいこう。
彼も名無し嫌いが故に俺のことを知ったのだろうし…。
皮肉なものだな…。
************
俺は前回と同様に東の森に来ていた。
今から低域の説明をしよう。
森などでよく見る傾向があるのだが、森は中心部に行けば行くほどに魔物の活発性などが高くなる。
そして、町に近かったり森の初めだと強かったり活発性のあるものはいない。
理由はいくつか挙げられるが俺の持論は領分の問題である。
魔物とはいえでも生物である。
それが、会えば自分の場所だと争う者も少なくないと思う。
事実、おっさんもそういうのを見たことがあるらしい。
故に境目辺りにいる魔物は知能の低くて愚かで奥で生きることが出来ない程弱い魔物くらいしかいないのだ。
その、弱い魔物しかいない領域を低域と呼ぶ。
区分けがされている場所の20分の1から3までの間らしい。
俺は歩き出して次々に薬草、毒草など関係なしに採取していく。
途中、スライムと遭遇したりしたらが名持ちみたいな高度な動きが無い為、瞬殺。
あっという間にスライムの最低討伐数と草花の10種が集まった。
目立つ動きを辞めて俺は気配を断つ。
そして、ゆっくりと木の陰に隠れてゴブリンを探す。
奴らは個体数が少ないわけでは無いが基本的には集団行動をしており、大変厄介な魔物である。
一体で行動するのはいなくて最低でも二体以上で動くのを基本としている。
時折、二体から五体くらいを見かけるが無視する。
俺の予想ではもっと稼げるポイントがこの先にある。
************
2日ほど走り回りいくつかの建物を発見した。
とはいえでも、ボロくて建築センスや技術がカケラもない建物だが…。
「やっぱりあった。
ゴブリンの会う頻度が前回から少なかったかとは思ったけど…」
そう、俺はこの場所、ゴブリンの集落を探していたのである。
これは情報だけでもお金になり、調査依頼の場合は討伐しなくてもこれで完了になる。
その場合はFランクとあるゴブリンの依頼がD〜B以上にまで跳ね上がりFランクの依頼は情報提供に変わるのだ。
因みに何故こんなこと知ってるのかと言うと、おっさんが自慢話に言っていたのだ。
「しかし、王、大将は不在というか今何体か連れて出た。
騎士と統率者、名持ち(ネームド)、特殊、変異種などもいるか…。
これは過去の記録でも少ないな…」
集落を作る場合は統率者またはその上位の王が必要となる。
更にその際に絶対に特殊が数体以上いることが多い。
統率者の場合はそれだけだが、王はその限りでは無い。
大将が数体は確実で騎士も数十から数百は確実である。
更には名持ちと変異種まで合わせた全種類いることは滅多にないことである。
それは国を挙げた軍でもキツイと言われるほどに…。
「けど、少しだけ腕試ししようかな…」
馬鹿げたことである。
前回の名持ちを倒せたのはスライムであり、ステータスは低くとも技量が圧倒的にこちらが上だから通じたのである。
今回の相手は確実にA〜SS相当の集団である。
もし、危なくなったら逃げられる確率は高くない。
しかし、俺は焦っていたのだ。
『名無し』のレベルが上がり難いと聞いて…。
俺は長剣と短剣を逆手で持ち飛び出す。
逆手で持っているのは前回のスライム戦の時に編み出した手法である。
思った以上に扱い易く、走りながら斬るのには最適である。
俺は雑魚の数体の首を刈り取る。
それに気付いた統率者は特殊と上位ゴブリン、ゴブリンを纏める。
それと同時に変異種と名持ちも纏める。
そして、その指揮系統を騎士が纏め出す。
一つの軍がここにはあった。
特殊というのは他の者とは比べて魔法が使えたり、弓が使えたり、剣が上手かったりといろいろとあるが普通のゴブリンより手こずる程度である。
しかし、ここまで纏まった指揮系統だと辛いものがある。
俺は一度退き、『隠密』で隠れる。
騎士は暫く警戒した後に解散させる。
その瞬間を狙い俺は再び飛び出す。
騎士達の死角に回り込み剣を振るう。
狙ったのは五体、その中の三体は殺せて、一体は刃が通らない、そしてもう一体は軽々と避けた。
しかし、俺も目的数は達した為、再び退き『隠密』を使用して町まで戻る。
************
俺はギルドに戻り受付まで行く。
「お疲れ様です。
前回より早いご帰宅ですね」
相変わらずの労いの言葉を掛けてもらう。
俺は少し嬉しくなる。
帰ってきた感じが何故かするからだ…。
「それは前回よりやりやすかったからな」
「それでも普通は森で野宿は他の冒険者はやりませんよ」
そうなのか、初めて知った。
普通に気をつけていれば出来るからみんなやってるのかと思った。
「これでいいかな?
あと、ちょっとした報告があるのだけど…」
「なるほど、ゴブリンの集落ですね」
受付の人は俺のギルドカードの記録を見て言う。
この仕事柄、そう言うのに察しがいいのだろう。
「はい、でも報告はそれだけじゃ無くて、その集落には王達だけでは無くて統率者、名持ち、変異種などがいたんです」
その言葉を聞いて受付の人は明らかに顔を引攣らせる。
「とりあえず、上に報告します。情報ありがとうございます。
指定依頼として調査同行して頂きたいのですが…、勿論、あなたの言葉を疑うつもりはありませんがもし間違いだった場合も大変なのでご協力お願いします」
これも仕事なのだろう。
俺が頷くと受付の人は「待っていてください」と言って一度席を離れる。
その待ち時間の間、周りから「どうせ金欲しさの嘘だろ…これだから『名無し』は」とか「『名無し』風情が集落を見つけられる訳」などと言った小言が聞こえてくる。
その大半が『名無し』だから無理とか嘘吐きなどといった内容だ。
一般の場所より、こういった冒険者の方が名無しに対する差別が大きいのかもしれないな。
「君…」
突然声を掛けられて振り返ると、そこにはこの前ぶつかった鎧を着た男がいた。
「そういう嘘は良くないよ。
今すぐに本当のこと言わないと」
明らかに見下した物言いだ。
この人も『名無し』だから、そう思っているのだろう。
「嘘も何も本当のことだよ」
「なら、どこにあったか教えてくれないか?」
どうやら引き下がる気が無いらしい。
答えなかったら嘘吐きやはり嘘吐きだと公言して、答えたら恐らく集落に先回りするのだろう。
この男の考えていることがありありと分かって胸糞悪い。
ースキル『思考読み』を取得しましたー
どうやら今ので何か習得したようだ。
今はそんなのどうでもいいか。
「なんであんたに話さなくちゃいけないんだ?」
「嘘なのかい?」
「違うとだけ言うが、あんたに教える気は無い」
「やっぱり、嘘吐きか。
これだから『名無し』は立場も常識も分かっていない」
そう言って男は俺を殴ってきた。
俺のステータスじゃ避けることができなくて軽く吹き飛ばされた。
「諸君!この嘘吐きの『名無し』をこれ以上生かしてもいいと思うか?
このまま、こいつがいたら嘘の情報がいくつも出てしまう。
これは許されざることだと思う。
故にこれより処刑を行う」
先程まで傍観していた者達が俺に対して野次を飛ばしてくる。
どうやら俺が悪者らしい。
男は剣を引き抜き、振り上げる。
俺は目を瞑る。
そして…
「辞めねぇか‼︎
馬鹿者共め‼︎」
ドンッ
そんな大声とともにとんでもない衝撃音が響く。
俺はゆっくりと目を開けた先には一人の中年くらいの男が立っていた。
「全く、まだ事情も聞いていないのに勝手に殺すとはいい度胸してるな、Aランクに上がって大手クランの幹部になって調査に乗っているようだなアーガル…」
中年の男は吹き飛ばされて壁にめり込んだと思われる男を睨む。
ていうか、さっきからうざいこと言ってきたのはアーガルという名前だって忘れてた。
「しかし、ギルド長!
こいつは俺が聞いたのに集落の場所すら言わないんですよ!
嘘に決まってます!」
かなり、勝手な暴論をアーガルは吐く。
それを見てギルド長と呼ばれた中年の男は溜息を吐く。
「全く、これだから差別派は…。
こいつが言った詳細はともかく、集落があることは確かだ」
「なぜ、そうと…」
「まず、最近の魔物の動きだ。
最近の東の森の低域はゴブリンを見かけることが少なく、ペナルティを喰らう奴が多かったのが一つだ」
「それだけで?」
「勿論、可能性の話でしか無くてあまりいい推測の仕方とは言えない。
しかし、そんな時にゴブリンの集落の発見報告は嘘だと言えない。
極め付けにこいつは『名無し』にも関わらず、ゴブリン騎士を三体仕留めて帰ってきやがった。
お前も知ってるだろ?
騎士は主を失うと自害するって」
その言葉にアーガルは何も言い返さなかった。
「更に言えば、まだしっかりとしていない報告を聞き出すのは禁止されていた筈だ。
確認するなら正式にギルドへの報告をこいつが済ませてからでよかった筈だが?」
アーガルは舌打ちをすると立ち上がり逃げるようにギルドから出て行く。
「悪いな。
あいつは極端にお前らを差別するからな…」
「いえ、いいですよ。
そういう人がいるって知ってますし」
俺はゆっくりと立ち上がり言う。
中年の男は頭を掻きながら申し訳なさそうな顔をする。
「それで、依頼だが今回のはあんたが『名無し』というのもあるからな。
だから、俺が一緒に行こう。
集落はどこだ?」
「えっと、今すぐですか?」
「あぁ、今すぐだ」
どうやら、今回の同行もとい案内の依頼はこの人と行くことになるそうだ。
信頼できるかは分からないがアーガルよりかはマシかな?
俺は中年の男を連れて東の森に向かうことになった。
************
森に入って少しした時…
「そういえば、自己紹介がまだだったな。
俺はリムグライエで一応ギルド長をしている。
よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
俺は軽く自己紹介をしながら森の中を進んでいく。
そうして、先程見つけた集落の場所まで来た。
「なるほど、低域と中域の境の辺りか…。
これなら発見が遅れても仕方ないか」
ギルド長はウンウンと頷きながら集落を見る。
どうやら、戦略などの分析をしているようだ。
「これは確かに報告にあった以上だな…。
冒険者と騎士の連合を作ってやっと倒せるくらいか…」
何か不穏な言葉を吐いているが気のせいだと信じたい。
数時間(日を跨いで)程観察をするとギルド長は立ち上がり帰るぞというジェスチャーを送っくる。
俺はそれに従い、ギルド長の後ろから付いていく。
************
今現在、俺はギルド長の部屋にいた。
いや、別に家ではない。
ギルドの中のギルド長室にいるだけだ。
「今回の報告は大分助かった。
あの時、アーガルが君を殺していたらと思うと身震いがするよ」
「あの時はありがとうございます」
「いや、いいんだ。
君のおかげで戦力を整えることが出来そうだから」
そう言われると少し照れくさいが、この人にここまで言わせるということは相当危険なのだろう。
「今回の報酬だが、薬草10種は銅貨一枚と鉄貨六枚。
スライム討伐は銅貨九枚と鉄貨六枚で調査依頼で銅貨十九枚と鉄貨二枚。
更にスライムの核で銅貨十枚と鉄貨八枚だ。
ゴブリン討伐だが、今回の件で値上がりして一体につき銅貨三枚のところをDランクの通常報酬だから銅貨十枚で君の場合は二十体倒したから銀貨二枚になり、調査依頼報酬で銀貨四枚。
騎士三体の討伐はDランクの特殊相当だから、一体につき銀貨三枚だから、銀貨九枚で調査依頼の報酬で銀貨十八枚だ。
あとは情報提供などで情報が情報だから、金貨一枚だ。
これで合計は金貨一枚、銀貨二十二枚、銅貨三十二枚だ受け取れ」
「ありがとうございます」
俺はギルド長から直接報酬をもらう。
かなりの額である。
金貨は確か、銀貨100枚分だった筈だ。
このままだと俺の金銭感覚が狂いそうだ。
「んじゃ、気をつけて帰れよ」
「はい」
俺はギルドから出て帰路に着く。
もう真っ暗な夜だ。
*****リムグライエ*******
俺は今頭を悩ませていた。
アーガルの暴挙やゴブリンの集落も勿論頭を悩ませたが、今回入った新人の『名無し』について悩んでいた。
『名無し』はレベルが上がり難く、普通に考えて騎士を倒すのは不可能である。
しかし、今回同行して分かったが、あいつは只者では無い。
スキルのレベル8以上の動きをしていたのだ。
しかし、彼の時折出るミスなどはスキルを持っている人のミスでは無い。
彼自身はスキルを持たないであの実力なのだ。
身震いさえ覚える程の実力である。
これが『名無し』では無かったらとらしく無いことを考える。
実はスキルなどには相性があり、習得出来るスキルと出来ないスキルまたは努力次第で手に入るスキルがこの世には存在する。
それは勿論『名無し』にも存在しており、彼はおそらく武器系スキルには恵まれていないのだろう。
「そういえば、あいつもそうだったな…」
俺は懐かしい奴を思い出す。
俺の先輩冒険者で七十以上も年上だった。
しかし、年齢の割には若くて強かった。
SSSランク冒険者にまでたどり着いた伝説を持つ男…。
それにも関わらずあいつは一つのユニークスキル以外何一つもスキルを習得出来ないらしい。
「まぁ、今更死んだ奴を思い出してもな…」
俺は今五十代である。
120歳も生きてそうだが流石に死んだだろう。
「英雄アディグラーダは不死の伝説もあったな…」
俺は頭を切り替えてゴブリン討伐戦の書類作成などを始めた。
*****『 』*******
俺の目の前に映るのは火だった。
俺の住処は燃えていた。
「おっさん!」
俺は一瞬の硬直の後に走り出した。
中に入り、瓦礫を掻き分ける。
瓦礫も当然燃えており危険だが、そんなこと気にしている暇はない。
必死に探してこの住処に隠していた地下室に潜る。
これはおっさんが逃げるように隠していた通路でいざとなればここに逃げる可能性が高い。
俺はどこに繋がっているか分からない真っ暗な通路を明かりの一つも無い状態で歩き続ける。
つまずきながら、転びながら、壁にぶつかりながらも俺は歩き続ける。
一体、何時間歩いたのだろうか?
ぼんやりと明かりが見え始めた。
おそらく、月の光だろう。
どうやら、ここは外に繋がっているようだ。
俺は走り、外に出る。
そこで俺はおっさんが外套を着てフードを深く被った男に切り倒される瞬間を見た。
「おっさん!」
俺は叫ぶと男は後ろに下がる。
しかし、俺を見た瞬間に興味を警戒を解いて笑い出す。
「フハハハハ‼︎
これが英雄アディグラーダの力!
成る程、素晴らしい!
体が若返っていくようだ」
いや、男は本当に若返っている。
少しずつだが、話している言葉のトーンが若くなっているのだ。
そんなことを考えている場合では無かった。
「おっさん!
なぁ、おっさん!」
俺は血を流して倒れているおっさんに呼びかける。
おっさんは少しだけ目を開けた。
「ここは…何処…なぁ……お主……さっきから…儂に呼びかけ…て……いる…のか?」
途切れ途切れで放った言葉は絶望的だった。
今までにここまで弱々しいおっさんは見たことがない。
「それで……主は………誰じゃ……」
今度こそ俺に絶望が宿った。
今まで過ごしてきて俺に全てを教えて叩き込んでくれたおっさんが俺を忘れているのだ。
俺はそっとおっさんに『鑑定』をする。
ーーーーーーーーーー
名前
種族
ステータス
LV
MP
筋力
防御
速さ
知識
精神
運
スキル
なし
ーーーーーーーーーー
そこにあったのは何も書かれていないステータス。
…………………………………………………………………俺の思考は完全に固まった。
「兄貴、終わりましたか?」
「あぁ、無事に終えたよ」
向こうの男の周りには五人程の男が現れる。
「それで、こいつはどうしやす?」
「好きにしろ」
「ヘヘッ、んじゃ嬲り殺しでいいか」
そう言って一人の男は近づいてくる。
そして、俺の腹の辺りを思いっきり蹴ってくる。
しかし、俺の反応がないせいか再び蹴ってくる。
「おいおい、どうした?
何か言えよ!」
「グルアさん、俺にも蹴らせてくださいよ」
仲間の一人が言うと共に俺も俺もと他三人も同調する。
おっさんを斬った男はジッと静観を叩き込んでいた。
「何だよ?
何も言わねぇのか?
なら、その舌いらねぇよな?」
そう言って、思いっきり俺の腹を踏みつけて手を近づける。
「…のか」
俺は本能的に言葉を発していた。
憎悪だけに埋め尽くされたこの心はこいつらを殺せと訴えかけてくる。
「あぁ、何だって?
聞こえねぇよ!」
その言葉と同時に俺を思いっきり蹴る。
「お前が…やったのか?」
その時、男達は気付かなかった。
俺がずっとおっさんを斬った男を見ていることに。
「こいつ何言ってんだよ。
ギャハハハハハ」
男達が笑う。
俺はそんなこと関係なかった。
どうでもよかった。
そう、あいつが…あいつが…おっさんをアディグラーダを殺したんだ…。
「お前かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ‼︎」
おっさんは奪われていた。
なら、俺が奪い返してやる‼︎
ースキル『名狩り』を習得しました。習得時に一時的に制限が撤廃されますー
俺は剣を抜き、周りを囲っていた五人の男達を斬り殺す。
そして、踏み込みおっさんから全てを奪った男に斬りかかる。
カンッ
と甲高い音が響き渡る。
「ハァァ!」
俺は全力で剣を振るい、殺そうとする。
しかし、それは叶わず全て塞がれてしまう。
「なるほど、俺と同族か…。
いかんせん、分が悪い去らせてもらうぞ」
「誰が逃すかよ!」
男は俺の剣を弾いて俺を吹き飛ばす。
そして、男は宣言通りに去っていった。
いつ去ったのかさえ分からない。
俺の憎悪は残り、何をしでかすか分からない。
とりあえず、おっさんの所まで俺は駆けつける。
「おっさん‼︎」
「なんじゃ、お主か…。
儂はそう長くない…一時的に記憶を修復したにしか過ぎぬしな…。
こう話すことが出来るのも長くないから言わせてもらう。
お主の名はな奪われた…」
「何言って…」
「いいから聞きなさい。
人だか、はたまた神かは分からないしかしな、この世にいる『名無し』は皆名を奪われた。
お主には全てに対して復讐をする権利がある」
「何言ってんだよ!
そんなこと言ったら…」
「そう、戦争じゃ。
そして、お主の良心、良識は無くなるじゃろうな。
しかし、よく考えてみなさい。
お主に一度でも良心と良識を教えたかな?」
「でも!」
そんなことしたら、理性で抑えてきた全てを解放したら、俺はこの世のほぼ全ての人を生き物を…
「殺すじゃろうな。
現に儂も殺した」
「何言ってんだよ…それじゃあまるであんたは…」
「『名無し』だったのだよ」
壊れそうになる。
全てをぶち壊したくなる。
もし、今からでも名を手に入れることが出来るのなら人だって何人も殺せてしまいそうだ。
だから、これ以上は聞きたくなかった。
今の俺が壊れて崩れてしまいそうだから…。
「俺の奪われていた。
魔神とか言う奴にな…。
儂のスキルがよっぽど珍しいらしい。
『不老不死』なんていらなのにな…」
おっさんの一人称は既に支離滅裂で壊れていた。
そして、分かってしまった。
おっさんから聞いた英雄の話を…。
おっさんの話だったんだ。
「おっさん‼︎」
しかし、おっさんはもう死んでいた。
「昔…昔、あるところに一人の凡人がいました。
彼は冒険者になり、ありとあらゆる敵と戦いました。
無数のスキル、無数の力を手にして魔神に挑み、凡人は見事な勝利を遂げ代償にたった一つ除いた全てのスキルを失いました。
そして、彼は英雄祭り上げられて、人々の中に名は残りました。
『英雄アディグラーダ』と」
俺はポツリ、ポツリと聞かせてもらった英雄記を話す。
聞き手は誰もいない。
昔、聞かされた時名前が同じだけで同一視とか…と思っていた。
時折、同じ名が生まれることがあると知っていたこと故に思ったことだった。
しかし、この英雄記には間違いがある。
「彼は凡人じゃない『名無し』だ。
全てに復讐の刃を向けた。
決して、英雄なんじゃない」
俺は知ってしまった。
おっさんが俺を拾って何をしたかったか…。
名を取り戻して欲しいのもある。
そして、再び名を刻ませるのだ。
『 』として…。
俺は歩む。
茨の道を…。
俺は歩む。
憎しみしか生まれないこの世界で…。
俺は歩む。
名を取り戻すその日まで良心を捨て最善を尽くす為に…。
俺は笑います。
名を奪うために…。
俺は道化になりましょう。
自分の為に…。
この世に同類はいれど味方はいません。
邪魔をするなら全て殺しましょう…。
もう、狂おしい程欲します。
全ての名を…。
読んで頂きありがとうございます。
新シリーズです。
これから先、嫌な展開になっていきますよ。
あと、今回はとても長いですがこれからはこれの半分以下になる可能性があります。
予めご了承ください。
二度目ですが読んで頂きありがとうございます。