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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

土用の丑の日に転生したので、鰻の加護とやらを得ます

作者: 潮路

性的描写と言っていいのかは、分かりませんが。

一応、閲覧注意です。


 ボクは転生神だ。

 早速だが、トラックに撥ねられて死んでしまったお主を、異世界に転生させることにした。

 知っての通り、本日は土用の丑の日なので、お主には鰻の加護を授けることにする。決して売れ残りではないので、安心してほしい。

 転生先はというと、剣と魔法と危機的な王国と破滅的な魔王がいる、典型的なファンタジー世界だ。

 とりあえず助けてやってほしい。

 それでは、検討を祈る。



 といった経緯で、鰻を蒲焼きにしている途中に、自宅にトラックが突っ込んできて、いつの間にか死んでしまっていた私は、シテヤラレ王国にいる。

 シテヤラレ王国は先述の通り、魔王(CV.若本 規夫氏)による攻撃により陥落寸前であった。お世辞にも容姿が優れているとは言えない、妙齢のお姫様が召喚魔法を使ったことにより、私が呼び出された。

 ひのきのぼうやら、100ゴールドやら、人間を雇用するには遠く及ばぬ対価を押し付け、私は救国の英雄として、冒険に出なくてはならなくなった。

 転生神が言っていた「鰻の加護」というものは、一体どのようなものか。

 ステータス画面(?)を開いて、自分のスキル(!)を見てみると、以下のように記述(!?)されていた。


・強者への祝福:「鰻の加護」を得た者を捕食した場合、捕食者の各能力を大幅に増幅させる。

・高貴なる身体:「鰻の加護」を得た者は高値で売買される。

・精力増強:「鰻の加護」を得た者は「絶倫」状態になる。この能力は打ち消されず、常時発動する。


 小難しい言葉で書かれているが、要約すると「私は高い栄養価を持っていて、高く売れ、更に精力が高い」ということらしい。

 流石、鰻の加護。名は体を表すとは、よく言ったものじゃないか。


……さて、こんな私だが、一体どうしたら良いのだろうか。


 行く当てもなく、平原をフラフラするばかりである。


・・


 シテヤラレ王国の山岳地帯を縄張りとしている、アカマル山賊団の子分ペケ太は、凄まじい光景を目の当たりにしていた。


「あ、あの旅人……ただもんじゃねえ、親分に言いつけなくては」


 ペケ太は親分であるところのアカマルに、事の次第を報告した。


「……お前、気でもおかしくなったんじゃないのか?俺様の五倍以上の長さのブツなんて、物理的にあるわけないだろ」


 出来の悪い子分に心底呆れながらも、長さに自信のあるアカマル団長が自ら、確認をする。


「な、なんだありゃあ!?た、ただの偽装だ。そうに決まっているじゃねえか!!」


 そう見栄を切ると、噂の旅人の前に姿を現した。

 山賊らしく斧を持参している。あわよくば、切断してやろうという心づもりだ。

 旅人はというと、柄の悪そうな集団が出てきた時点で、争うことを諦め、手持ちの100ゴールドとひのきのぼうを放り投げて、両手を上げた。

 ただ、生憎なことに、山賊一味の目的はそこではないので、ややこしいことになった。


「おい、お前!!そんな身なりで、このアカマル様を惑わそうたって、そうはいかねえぞ」


 そう啖呵を切ったと思えば、突然ズボンを脱ぎ出した。ギンギンに伸びている、十分に長いものが露となる。

 なぜか誇らしげな顔を浮かべる山賊団長。そして、それに見とれている部下たち。


「お前のそれは、所詮被せものか何かなんだろう、そうだろう!?」


 旅人は少し考えた。

 ああ、転生した瞬間から、物凄い違和感があったのだが、そういうことか。

 転生前と比べて、やけに下着が窮屈だと思ったのだ。転生という一大イベントもあって、今まで考えてもいなかった。

 意識してみると、ソレと下着は非常に密着している状態である為、一歩歩くどころか、立ち止まった状態ですら、衣擦れして嫌な気持ちになっていた。皮は既に被っている、これ以上衣は必要ないといったところだ。

 ちょうどよかった。


・・・


 よく自分のものをマグナムだとか、マツタケだとか、長くて太いものに例えることがある。

 その度にデリンジャーしまえ、エノキの間違いだろだのと、実際に見てもいない第三者が否定するわけである。

 ここから分かることというのは、長くて太い程、世間的には優れたものであるということ。

 そして、それは簡単に見つかるものではなく、大体は文字通りの小物であるということ。


 結論として、私はアカマル山賊団を手中に収めることに成功した。団長きっての嘆願付きで。


 武器も防具も食料も、王から賜ったものより、余程優れたものであった。

 それと、歩くだけでコンディションの悪化を招く今の状況を考慮し、人間離れした体格を持つ団員が穿く為の特注下着を頂いた。

 逆にそこ以外がスースーするというデメリットも発生したが、気が狂いそうになる衣擦れからは解放された。


 とまあ、意外と親切だった山賊団に、魔王討伐の話をしてみる。すると、シデカシタ王国に向かってみればよいという、これまた耳寄りな情報を入手出来た。その道中には危険なモンスターとの戦闘も控えているらしい。

 ようやく勇者として楽しい展開になってきた。


「武器はこれしかないけどな」


 俯いて、自分の武器を確かめる。


・・・・


「誰か、私を満足させるものはおらんのか?」


 女王は退屈していた。

 手元には、これからの作業予定が書かれた紙が一枚。そこには男の名前と顔写真が行列をなしている。身長、体重、健康状態、それとナニのサイズも。

 やり始めは上等の国民を取ってこれたものだが、男の品質は年々下がってきている。だから「ああ、満足は出来ないのだ」と退屈を抱くしかない。無駄な時間を延々と過ごせる程、女王の精神は逞しくはない。

 視界に入るものは、既に生を吸い尽くされ、二度と動かぬようになった男ばかり。その中には、前国王であった老齢の人物もいた。


 配下の者が、白濁液が注がれたグラスを持ってくる。

 それを手に取って、口に含むが……不味かったのか、渋い顔になる。


「肉質だけでなく、味すらも劣化してきたか。いよいよ、つまらなくなってきたな」


 女王がシデカシタ王国を乗っ取って三年が経つ。

 きっかけは些細なことだった。当時、奴隷であった自分が、まぐわいの最中、ほんの少し抵抗したのだ。

 いつもなら、いくら不発でも男を満足させるように、振りをしてきた。というより、不発しかなかったので、演技するしかなかった。

 しかし、その日だけは機嫌が悪かったのか、疲れていたのかは知らないが……ともかく、ありのままで振舞った。


「そちん」


 それだけで、相手はショック死した。

 奴隷が人殺しをしたのだから、処刑しかないと思われた。王国の世論もその通りであった。

 ただ、よりにもよって、そこ(・・)に惚れてしまった人物がいて、しかもそれが、当時の国王だったのだから、始末に負えなくなってしまった。


 嗚呼、その後の話は語るべくもない。

 文字通り、国を傾けてしまった。ドМの園へと。


・・・・・


 こんな話をされたところで、反応のしようがないだろう。

 しかし、現に勇者であるところの私は、上記の話をシデカシタ王国のSMバーで聞かされたのだ。

 別れ際、「明日、女王と謁見するんだ」と話し相手の店長が笑顔で言っていたのを思い出す。おそらくだが、最期の会話となったことだろう。

 SMバーに行った理由は二つ。

 一つはメニュー画面(?)を開いて、「目的」のコマンド(!)を選択すると「シデカシタ王国のSMバー『トイレビアの泉』に向かえ」と書いてあった(!?)からである。

 もう一つは、宿泊の為だ。この国はドMの園である為、色々なものにSMを絡めてくる。

 トイレビアの泉は、SMバーでもあり、宿泊施設でもあり、武器屋でもアイテム屋でもある。無論、宿泊する場所は、そのままプレイする場所であるので、寝心地は最低だろう。取り扱っている武器やアイテムもそれに関係したものであることは言うまでもない。


「グリーンガムのむち、お買い上げー!!」


 誰だ。こんなところでプレイ用具を買った奴は。


「親分、ゆっくりですよ。ゆっくり……」

「おうよ!!」


 アカマル団長の残酷なむちさばきが、忠実なる子分ペケ太に突き刺さる。

 甲高い悲鳴が上がり、SMバーにいる人物すべての視線が、ペケ太に突き刺さる。


「いいねえ……その声……」

「次はオレに……やらせてよ……ヤサしくするから……」


 ゾンビの様な緩慢な動きで、じわじわとなだれ込むSM趣味のキワモノ達(全員男)。

 人の波に呑まれながらも、親分、親分と健気に助けを呼ぶ、下っ端の哀れさよ。


「それで。女王に話をすることと、魔王討伐と何の関係があるんです?」


 いつの間にか抜け出していたアカマル団長に、本題を持ち込む。

 筋肉質の男はああ、と手を打った後に話を始めた。


「実はシデカシタ王国の女王と、魔王は繋がっているという噂話がありましてね」

 

・・・・・・


 勇者たるもの、戦闘は欠かせないはずだ。

 勇ましき者なのだから。勇気がある者なのだから。

 勇気を出す時とは、つまり苦難を前にするということであり、苦難との出遭いは、戦闘を意味する。

 これすなわち、戦闘のない勇者など、勇者でないことを意味する。


 などと恰好を付けた言い方をしてみたが、言い換えれば「今まで私は戦闘をしてないのに勇者と名乗っていました、ごめんなさい」という事である。

 シデカシタ王国への道中に、危険なモンスターとの戦闘は控えていなかった。

 というより、虫一匹も寄り付かなかった。


「あなたに装備は必要ない」


 アカマル団長は王国への出発前、そんなことを言っていた。

 てっきり守ってくれたり、何か秘策でもあるのかと思っていた。

 しかし、歩けど歩けど、何も出てこないので、不安を覚えて聞いてみると、スキンヘッドの親分はこんな言葉を抜かした。


「本能的な逃避行動なんでしょうなあ」


 アハハと陽気に笑われた。


「あの、モンスターとの戦いは?勇者としての宿命は?」


 呆然とする私に、アカマル団長は呆然とし返した。


「はあ。いるかと思いましたが、いませんでした」 


 話は終わった。

 まだ道のりは長いので、その中で出会うこともあるだろうと、必死に自分を安心させていた。

 はたして、それは叶わなかった。


・・・・・・・


 トイレビアの泉に衝撃が走ったのは、滞在して二時間が経過してからのことだ。

 外のざわつきに一番最初に気付いたのは、むち百叩きの刑に処されたペケ太である。その顔は歓喜に満ちていた。概ね、やっと抜け出せる口実が出来たと言ったところだろうが。


「おい!!みんな外を見るんだ!!なんか、すごいざわついてるぞ!!!」


 生死をかけた叫びが「なんかすごい」というのも悲しいが、その効果はあったようで、皆、外のざわめきに耳を傾けた。

 皆の顔が徐々に紅潮していくのも、しっかりと見て取れた。


「女王様だ……」

「女王様の凱旋だ……」


 傍から見ると怖がっているのか、悦んでいるのか、良く分からない光景だ。

「女王様」という発言からするあたり、おそらく後者なのだろう。頭の痛い光景だ。

 それは置いとくにしても、ざわめきは徐々に大きくなっている。台風がこちらに向かっているような、そんな重圧。


「馬鹿が」


 その声は、決して大きいとは言えなかった。まだ遠くにいるのか、それとも騒音でかき消されたのかは分からない。

 しかし、私の身体を震わせるには十分だった。言っておくが、私にMの素質はない。

 男衆のざわめきの中を、その一言だけが、鋭く抉ってきた。

 その直後、トイレビアの泉の音もぴたりと止んだ。誰もが、言葉一つ発することも出来なかった。生贄店長も、アカマル団長も、私も含めて。

 外のざわめきは、以前そのまま。ここの空間だけが綺麗に切り取られたかのようだ。

 だから、ざわめきの内容も辛うじて聞き取ることが出来たのだ。


「女王様の為なら、死ぬ所存でしゅ~」

「もっと……もっと踏み込みを!!もっと!!」

「とろけまびゅ~」


 聞き取らなければよかった。


 そして数分後、私は女王様……シデカシタ王国の女王と相まみえた。

 SMバーで謁見するとは思ってもみなかったが、それ以外は予想通りだ。

 予想通りの……ドSのかおだ。


・・・・・・・・


 まず、ペケ太が死んだ。

 女王の姿が見えた途端に、この下っ端は己の欲望に身を委ねてしまったのだ。

 小学生が思い浮かぶであろう一通りの下品な言葉を叫んだあと、思い切り女王に向けて突っ込む。服は破れていたので、脱ぐ手間も省けたようだ。

 それを女王は見もしない。聞きもしていないだろう。ただ、当たり前のように、ペケ太の足をひっかけてすっ転ばせた後、露となった恥部に脚部による制裁を与えた。

 女王は何も語らずに殺し、ペケ太は何も言えずに殺された。そこに、何の快楽もなかっただろうというのは、おおよそ理解できる。


 何の意味も無い死だったかと言えば、そうでもない。

 むしろ大いに意味があった。悪い意味で、だが。


 女王の視線が、トイレビアの泉に向けられた。

 そこにいる数多の男……愛と被暴力に飢えた求道者達が、神を目前にしているのだ。

 誰もがその高貴さに見とれていれば、神聖さに酔っていれば良かったのだが、これだけの人数だ。卑しい者も一人はいよう。


「今度は……私めにお裁きを」


 明日の予定であったはずの、生贄店長である。

 申し訳なさそうに平伏しながらも、その顔は欲望に敗北した、堕ちたものである。

 にやけながらも涙を流すというのは、随分と器用で奇妙なことだ。


「明日ではもはや、耐えられませぬ……」


 その言葉に、女王様はいたく感激されたのか、配下のものに頼んで、糸鋸を店長の目前に置いた。

 どうみても用途としてはアレしかないが、アレをするには切れ味も耐久性もないような、それ程に薄い糸鋸である。

 店長はそれを両手で持ち上げると、祈りを捧げた。讃美歌を歌う彼は今、生きる歓びに浸っているのだろう。

 それが終わると、今度はそれを首にあてて、ゆっくりと左右へと引いていく。刃こぼれしているのか、その作業は実に緩慢なものだった……のだろう。人の自殺を直視できるほど強く出来ていないので、私は耳をふさいで、目を逸らしている。

 無論、女王の視野には入っていない……というより、店長が最期の時を迎えている間も、生贄達が殺到しているのだ。

 ペケ太の仇という名目で、自慢の長刀を引き抜いた山賊団長もそこにいる。


・・・・・・・・・


 こうして、生きている人物は、私と女王、その側近だけになってしまった。


「つまらぬ」


 女王は欠伸を一つし、死屍累々の店内に入り込んできた。

 死体を当たり前のように踏み抜いていく。「ありがとうございます」の幻聴が聞こえたような気がした。

 挙動の一つ一つを慎重に見ていこう。どんな行動が致命的になるか分からない。

 まず、その胸部はたゆんたゆん、という擬音語こそがふさわしい。

 そして、女王ということで露出こそは少ない服装だが、ペケ太を踏みつけた際に、ちらりと見えたそのおみ足。外だけなく、内までも高貴であることを象徴しているかのようだ。

 何より、かおの造形。ドSだ。実に。「凛とした」というだけでは表現不足で、更にそこに「傲慢さ」を秘めている。

 あの振る舞い含め、「女王様」と呼ばれるのが最もふさわしい。


 と思っている内に、身長180センチはあろうかと思われる女王様に見下され……いや、お近づきになられていた。


「つかえ」


 命令されただけなのに、身体の芯から滾るものが噴き出してきた。

 ちなみに「つかえ」と言われた先にあったものは、忌むべき糸鋸であった。血(?)と涎(!)と白濁液(!?)により、とんでもなく切れ味が悪そうである。

 頭がからっぽになる。転生したことも、魔王討伐の任を受けたことも、山賊たちとの出会いも……何もかもがどうでも良くなってくる。

 震えが止まらない。しかし、繰り返すが、私にMの気はない。


 Mでない者が、命令されたのならば、困惑するか、怒りを返すのが筋と言うものだろう。


 私は決死の覚悟で……それこそ「勇気」を振り絞って戦いを挑むことにした。

 これこそが、勇者の挑戦なのだと、心に誓った。

 ただ、顔を上げたら、思いの他、女王が近くにいたので、顔がたゆんたゆんに触れてしまい、そのはずみで、鰻の加護が暴発することになった。


・・・・・・・・・・


 それは災いの塔と呼ばれた。

 目撃者の証言によれば、全長は約十メートル。塔としては小振りなものであるが、大きさなどはこの際、あまり関係のないことである。

 なぜ、「災い」と呼ばれるか。

 一つに、建てられた場所が曰くつきだったから。その場所では虐殺が相次いでいた。国の長とあろうものが、勝手気ままに国民を選んでは殺していくような、そんな荒廃した場所だったのだから。

 災いの塔が建った時も、その大地となったのは夥しい死人だったと言う。

 二つに、実際に「災い」をもたらしたから。災いの塔によって、その荒廃した国は滅んだ。まず、国の長が消えてしまった。そして、何に呼応したのかは知らないが、災いの塔の建立以降、モンスター達が押し寄せるようになった。

 ただでさえ、我々の主君の指示によって、国の抵抗力は低かった。モンスターに敵う道理などあるはずもなく、あっけなく陥落した。

 そして三つ目。これが最も大きい要因ではあるのだが……如何せん説明しづらい。

 災いの塔と呼ばれてはいるが、現在、その塔は存在していない。

 誰かが取り壊したのか。否、誰にも取り壊すことは出来なかったろう。

 嗚呼、やはり説明しづらいが……災いの塔は、現在もおそらく、移動・・している。そして、塔の姿は取っていまい……縮んでいる(・・・・・)ことだろう。この姿はさながら、災いの「種」でもと呼ぶべきだろうか。

 これで察しが良い人物なら分かるだろう。災いの塔とは、生物なのだ。正確に言えば、生物が持つ特定の部位。

 ここで言う「災い」とは、そのままの見てくれのことを指している。

 そしてそれは、我々の中にも潜んでいる。


 シデカシタ王国 女王側近 モラシ・セイスイ


・・・・・・・・・・・ 


「それで、魔王と密約を交わしているのは、本当なのですか?」

「本当です……あっ」


 下半身が面白いことになっている私と、ドSの国の女王はゲームをしていた。

 女王はこのゲームに関しては不敗を誇っていたのだが、私がまだ五分の一も出していない(この言い方には語弊がある。寧ろ、入れていないが正しい)内に、負けを認めてしまう。

 これで十戦十勝。ひどい加護もあったものだ。

 荒々しく呼吸をする女王に、もはや嗜虐的な一面を垣間見ることは出来ない。


「言ってしまえば、私がいる限り、シデカシタ王国に手を出すなという約束です。そのかわり、魂を一定量、献上しなくてはならないのですが……」

「その魂とやらを、このゲームで稼いでいたと」 

「私を含めた人間側の欲望。そして魔王側の欲望を叶える、理想的な案だと思っていました」


 ああ、としか言えない。

 すっかり生気のない顔を見せる私に、精気を抜かれた女王は続きを語る。


「ですが、その戯れももう終わりです。年々の品質劣化、反対勢力の暴動、そして魔王側からの搾取……どちらにせよ、長くは持たないと思いましたが」


 疲れ切った彼女は、それでも笑顔を浮かべた。


「あなたがいれば、もう何も要りません……うっ」


 何言ってんだこの人。


・・・・・・・・・・・・


『シデカシタ王国の女王おなごが、逃げ出しただと?』


 暗闇の領域。

 その主は眉を顰めた。厳密に言えば、眉にあたる箇所はないので、心の眉といったところだ。

 主の部下であるウツボは辛い事実を、ただ冷静に報告することしかできなかった。


「ええ。それは間違いありません」

『あの小娘……もう我の姿を忘れたか』

「あり得ないことです。なぜなら貴方様には」

『言いたいことは分かっている。だが、逃げ出したということは紛れもない事実』

「それは、確かに」

『ウツボよ。お主は我から逃げ出さずにいてくれるか?」


 言い返せなかった。主の威風に気押されたのもあるが、何よりも主の抱える悲哀を直視できなかったことが大きい。

 あれ程の力を持っていながら、満足すること出来ない主。そして、力を得たとしても、直に失っていくという現実……

 分かってはいたことだ。ただ、それでも、主のこんな言葉は聞きたくなかった。

 魔王の痛みは、魔王軍の痛み。ウツボの忠誠心に火をつけるには十分だった。


「主よ!!我々が抱くこの哀しみ、シデカシタ王国の滅びを以て、すすぎましょうや!!そして、あの女狐に苦痛ある死を!!」

『お主の心意気、しかと受け止めた。これに応じるには、我自らが出るしかあるまい』


 いいのだろうか。こんな光栄なことがあって……

 ウツボは目を見開き、震える口を必死に抑えながら、確認をする。


「主、自らが……ですか?」

『至極当然のことだ。ハモ、タチウオも呼び出そう』


 血沸いた。

 文字通り、血が沸騰した。

 魔王軍の全勢力をもってしての、圧倒的な蹂躙だ。これが喜びでなくて、何というのだ。

 次なる言葉は、自然と。意識することもなく、するりと出てきた。


「感謝の極みでございます、我が魔王よ」


・・・・・・・・・・・・・ 


 こうして私は、一夜で百戦錬磨の強者となった。

 それについてこれる女王というのも、相当の猛者であることは言うまでもない。


「それよりも、女王。下半身全裸というのは、かなり恥ずかしいのですが」

「大丈夫ですよ。シデカシタ王国に羞恥心はありませんので」


 最低だ。少なくとも、私個人としては非常に恥ずかしい思いをしている。

 ゲームが終わった後、何気なく下着を穿こうとし、既に破けて彼方へと飛んで行ったのだったと思い直した時のあの虚しさは説明しようがない。


「それにですね。もう、シデカシタ王国は……」


 女王がそう言いかけた時、空から大量の黒い影が飛来してきた。

 元々草むらにいたので、どこかに隠れる必要もないが、そう長くは隠れられないことも分かっていた。

 上空からスピーカー越しにこのような台詞を吐かれては。


「あの不遜なる王国の女王よ。無駄な抵抗は止めて出てきなさい。我々は完全にここ一帯を包囲している。残り三分で強行突入する。それが嫌なら、大人しく武器を捨てて投降しなさい」


 どっちが悪だと言わんばかりだ。

 シデカシタ王国の方からは、爆発音が絶えず聞こえてくる。引き返れそうにもない。

 この軍勢はどうしようもないだろう。そもそも、戦闘をしたことがない。あちら側の経験値は溜まっているが、こちら側としてはてんでド素人なのだ。


「これ、どうすればいいんですか」

「言いましたよね。『あなたさえいれば、他に何も要らない』って」

 

 そう言いながら、彼女は、私の「ひのきのぼう」を指でなぞった。


・・・・・・・・・・・・・・


「どうした、ハモ!?」


 ウツボは既に回線が切れ、ノイズだけが走るピンマイクに、かつての同胞の名前を呼び続けていた。

 その試みが終わった時、ウツボに走ったのはかつての絶望であった。

 これは、あの時と同じだ。

 焼け野原となったシデカシタ王国の都市の真ん中で、彼はすくみ上っていた。

 その恐怖を解いたのは、忠誠を誓った主であった。


『大丈夫だ。今度こそ、我らは勝つ。勝ってみせよう』


 言葉一つで、彼は立ち上がることができた。

 自分の出来ることに、力の限り取り組んだ。


「ハモがいた位置は、ここから五十キロほど南。王国の外にある森のようです。そこに敵はいるはず」

『タチウオは今、どうしておるのだ』

「王国の残党たちを根絶やしにしております。有能な存在は魔物化させて、我々の手駒にします」

『ウツボ。お前とタチウオの役割を入れ替える』


 はい、と答えようとした後、絶句した。

 今、なんと言ったのだ。我が主は。


「申し訳ございません。一体何を」

『タチウオを我の元に。そして、お前が魔王軍の再結成にあたれ』

「私では、不服だと?」

『逆だ。お主は我の為に、全力を尽くしてくれた。だからこその采配だ』

「私では、魔王様のお力になれないとでも!?」

『まあ、落ち着け。この戦況、どうやら思ったよりも難儀のようだ。お前に来ている便りがそれを教えてくれる』


 そう言われて、ウツボはハッとした。

 ピンマイクには、次々と仲間達の訃報を告げる連絡が流れている。戦況は絶望的という他ない。


「だからと言って、私は魔王様の傍を離れるわけには……!」

『だからこそのタチウオだ。状況を見る限りでは、敵は我と同じ力を持っていることになる』

「同じ力……」

「そう。身体能力や魔力とは次元を異にする力……朕力ちんりょくが」


 朕力ちんりょく。帝王や皇帝が自らを「朕」と呼んでいたことより、その名がつけられた、まさに頂点に位置する力。

 その力の前では、それ以外のあらゆるものが無力と化す。

 魔王軍総出で向かったところで、朕力を持つものはごく僅かしかいない。その中に魔王の足元にも及ばないまでも、タチウオも含まれているのだ。


『我とタチウオが命を懸けて、敵を倒そう。だからお主は、次なる魔王となり、軍を率いるのだ』


 そう言うと魔王は、顔を伏せたままのウツボの肩に手を置いた。

 せめてもう一度だけ、主の顔を見ようとしたが、それは叶わない。顔を上げれば、遥か先に飛んで行った、黒くて長い影があるだけだ。

 その影も彼方へと消え去った後、ウツボは周りに構わず泣き喚いた。これが終わったら、この慟哭が終わったら。私が今度は、あのお方の代わりになろう。


・・・・・・・・・・・・・・・


 トイレに行って小便をする時、便器からはみ出ないように、手でナニを支えるということは男子諸君ならば分かってもらえるだろう。

 だが、それでも、どうなのだろう。両手で握るという経験は、おそらくやったことがないだろう……それを剣でも握るように持つなんて経験は。


 現在、なぜか私は自分にぶら下がるものを剣として扱っている。いや、この場合は「竿」と呼んだ方が的確だろうか。

 自分の高さの何倍のものともなると、扱いが難しいなんてレベルではないが、とりあえず振り回すだけでバッタバタとモンスターが倒れてくれるのだから、少し安心である。

 女王は目を輝かせている。少し安心である。


「なんでしょう?どんどん敵が退いていきますが」


 こういう時、大体嫌な予感がする。


「避けて!!」


 どこに、と言うまでもなく、女王が私を突き飛ばし、元々いた場所を、槍状の物体が突き抜けていった。

 鍔の部分がヒュンとした。


「オマエが勇者サマってわけか?ケケケ」


 槍状の物体は、高速で戻ってくると自己紹介を始めた。


「オレは魔王軍筆頭、タチウオ。オマエのタッたものをタチまちタッチしてタッちゃうよォー」


 死んでもごめんだ。

 闇雲に振り回すが、まったくかすりもしない。

 口調はともかく、かなりの強敵であることは間違いない。


「オマエの間合いは見切ってるんだよォー、一応、太刀魚タチウオなんでなア」


 剣士というよりかは、剣そのものと言ったフォルムだが。

 このままでは隙をつかれて、真っ二つに両断されてしまう。

 ない頭で必死に考えて、私がひねりだした作戦、それは。


 空振り。


「負けを認めたかァーーー!!!」

「ふんッ!!」


 からの、タチション。 

 突然、間合いが伸びたことには、剣士も対応できず、断末魔を上げることもなく、ドロドロに溶けて果てた。

 まさに、栄枯盛衰の聖水といったところか。


・・・・・・・・・・・・・・・・


 魔王の名は、アナゴと呼ばれている。それが本名どうかは定かではない。

 ただ、ウナギと同門でありながら、丑の日に認められなかったものであり、その蒲焼きの知名度にも大きく差が表れていると言わざるを得ない。

 それはさながら、光と闇。太陽と月。表と裏。勝者と敗者の関係。

 受け入れられるのならば、それでも良かったのだろう。「自分が敗者である」と認め続けられる程の器の広さ……別名で「狂気」と呼ぶものがあればの話だが。

 そして、アナゴにそれはなかった。つまるところ、彼の精神は、常軌の中であったのだ。負ければ悔しいと感じる。乗り越えてやりたいと思う。

 それがだめだと言うのならば……

 その勝者がいない場所で、別の日向を探し出すまでだ。別の宇宙の太陽に、別のカードの表に。


 こうしてアナゴは、異世界でホソナゲーゼ魔王軍を創り、その長となった。

 仲間となるべきは、自身の苦しみを知るものだけで良かった。すぐ近くに「似た者同士」が居合わせていること。別に劣っているわけでもないのに、なぜか水を開けられている、そんな者達を。

 軍団は予想よりもすぐに集まった。アナゴは魔王になって初めて、自分と同じ苦しみを持つものが、こんなにも大勢いることを知った。

「世界はリセットされるべき」だとか「自分の手にあるべき」だとか、そんな大層なものではない。せめて「自分が居られる場所」を作りたい。それだけのことだ。

 そして「魔王軍」という生物を養うためには、栄養が必要だ。その為に、魂はどうしても必要不可欠になるのだ。最初こそは自前でなんとかしてきたが、それでも規模の拡大に応じて、限界はやってくるものだ。

 その結果、世界そのものを危機に追いやっている。精神は常軌の中なのだろう。理性もあるのだろう。ただ、ギリギリを積み重ねれば、いずれアウトになってしまうのだ。


 アウトになってしまえば、審判がやってくる。セーフにする為に、アウトの原因を取り除きにくる。

 そんなこと、誰に説得されるまでもなく、アナゴ自身が一番良く分かっていることだ。


 ここで言う審判とは、つまるところ、対極の性質を持った存在だ。間違いには正しさを、闇には光を、悪には正義を。そして、アナゴには、ウナギを。

 え?対極じゃなくって、似た者同士だって?

 ほら、どっかのお偉い人も言っていたじゃないか。「天才と狂人は紙一重」だって。


・・・・・・・・・・・・・・・・・


『運命の巡り合わせというのは、皮肉なものだ』


 厳かな雰囲気を漂わせながら、全裸で巨根の男が降り立った。

 その肌は紫色なので、モンスターであることには違いない。だが、逆を言えば、肌の色さえヒトのものであれば、きっと人間であると信じ込んでしまうだろう。


『人の身でありながら、その魂棒こんぼうを握り持つとは。お主、土用の丑……いや、鰻の加護を得ておるな』


 言い当てられた。自分でも良く分からないことを。

 とりあえずは頷く。見る限り、これが魔王なのだろう。


『お主に恨みが大いにあってな。申し訳があるので、息絶えては貰えぬか』


 そうはいくか。世界を半分渡すならともかくとして。

 ちらりと女王を見ると、両雄にうっとりしている。正確には……だが。


「あなたが魔王なのですね。ならば、転生神の言いつけに従い、倒します。恨みもないし、申し訳もないのですが」


 そう言って、両手で柄を握る。柄と言っても、この剣は全体が刃とも言えるし、全体が柄と言ってもよいのだが。


『やはり会話は通じぬか。ならば、我が朕力ちんりょくを解き放つとしよう』


 そう言うと、魔王は自分の巨根を両手で握り……前後へとスライドさせた。

 まさか……こいつもか!?


 ぶくぶくと膨らんでいく刀身。

 紫色の巨塔が、その全体を明らかにする。


「っ……!!」


 その壮観さに思わず、息を呑んだ。

 極限まで研鑽されたフォルム。一ヶ所たりとも無駄な箇所がない。まるで絵画や石膏像の世界だ。 

 そして、その先端は三つ又に分かれていた。トライデントというやつだ。

 モノがモノなので、その形状は不気味極まりないはずなのに。不思議と現実にあってもおかしくない。なんなのだろうか、この神秘は。


『では、堪能させてもらおう』


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 一太刀目が肝要なのは、言うまでもないことだ。

 間合いを伸ばす裏技は、タチウオとやらに用いたばかりだ。

 相手に手の内がばれていると考えた方が良いだろう。


 お互いの武器の長さは、同じくらいだろうか。こっちは切り裂き、あちらは突くという性質の違いはあれど。

 しかし、全身で突っ込んできたタチウオとは違い、魔王が握っている武器はナニだ。決して、硬いと言うイメージはない。

 自分自身のモノを触っていても、それは感じられる。少し硬くなろうが、それほどダメージを負うものとも思えない……なぜ、魔王の眷属たちを薙ぎ払えたのだろうか。

 先程、魔王は己を解放する前に「チンリョクを解き放つ」という言葉を用いた。チンリョクが一体、どんなものかは理解できない。

 まあ、おそらくはファンタジー世界における万能の力……マナみたいなものだろうが。

 とにかく、チンリョクのおかげで、体格としては全く敵いそうもないモンスター達をあっさりと倒せたと思われる。しかし、自分はそんなこと全く認識すらしていなかった。

 私が考えていたことは、「ただ、この状況を脱したい」ということだけだ。

 そこでうっとりしまくった挙句に、失神してしまった女王様なら、詳しく知っていたかもしれないが。

 

 ゆっくりと距離を詰める。


 つまり、だ。

 今握っているモノは、排出器であり、生殖器であり、剣であり、そして杖の機能すら果たしているのではないか。

「チンリョク」を解き放つ為の器官。思いを放つための媒体。

 だとするならば、再び尿意が来るのを待つまでもない。「出ろ」と命じれば、自由に出すことが可能なのではないか。

 それに賭けるしかない。全ては魔王をひっかける為のプランだ。


 お互いの先端が触れ合った。


 魔王の三つ又槍が振り上げられた。

 かまわず、後ろを振り向いて「出ろ」と命じた。地面に向けて噴射タチションする。向かう先は、魔王の懐。

 槍では手元は攻撃できまい。すれ違いざまに一閃を繰り出してやる。

 しかし、魔王はその動きを読んでいた。すかさず横に避けると、すかさず、槍を縮め(・・)、槍の先端から三つ又の光線を噴出した。

 こちらがわの噴射をやめ、体の向きを魔王の正面に合わせる。辛うじて中央の太い光線だけは刀身で受けきれたが、両端の光線は両肩にかすり、やけどを負わせた。


「まだだ!」


 ロケットのように真上を向く愛刀の先端を魔王に合わせる。もう一度、「出ろ!」と命じる。

 相手の槍は縮みあがっている。ならば、出力の高い攻撃は繰り出せまい。もう一度擦るにしたって時間がかかる。

 そして、命令通り液体は噴射された。ただ、それは魔王のはるか手前で地面に落ちた。

 出力が足りないのは、こちらも同じか……!!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『惜しい。惜しいな勇者うなぎよ』


 この世のモノとは思えぬ呼ばれ方をしたが、気にすることは出来ない。

 お互いに精力を高め合っている。鰻の加護により、こちらは絶倫なのだ。タンクはいくらでもある。だが、一定時間に出せるモノには限界がある。

 手傷を負っている分、こちらの方が不利と言わざるを得ない。


 相手の三つ又槍は再び最盛期へと復元された。


『今度はこちらから行くぞ』


 魔王が間合いを詰めてくる。

 槍をブンブンと振り回し、そして突きにかかる。


 ぷっ。


 かなり滑稽だ。自分がしていることを差し引いても、これはひどい絵面だ。

 槍で突くということは、当然ながら、槍を前面に押し出さなくてはならない。そして一発外れれば、今度はひっこめなくてはならない。

 これを繰り返すということはつまり、魔王は戦いながらにして、腰を振っていることになる。

 筋肉質な人型モンスター(肌は紫色)が、一人で腰を必死に振っているというのは、なかなか洒落にならない洒落である。

 

 笑いをこらえながら、かなり先でふんふんと腰振りをしている魔王を見据える。

 問題なのは三つ又の光線だろうか。いつ、さっきの通り、縮めてくるかは分からない。正面から防いだところで、残り二か所の光線がこちらを捉えているのだ。

 両肩の傷も長期戦になると、徐々に響いてくる。今は戦いによって分泌されるエンドルフィンか何かによって、痛みをほぼ忘れていられるが、これが長引けば痛み出すのは必至。そうなれば、両手で握ることすら出来なくなる。


 やるなら、短期決戦しかない。

 相手が突き出してきた瞬間を狙い、横に避けて、それをむんずとつかむ。

 そして、前回と同じように後ろを振り向き、噴射を行う。

 ただ接近戦に持ち込むだけでは、同じように縮められ、三つ又の光線にやられてしまう。

 だから私は「相手の武器を大きくさせたまま」接近戦を仕掛けた。

 相手の太い棒をなぞりながら、私は接近していった。槍状でなければ成立しない戦法だ。


 野郎が擦るのではガン萎えもいいところだって?

 擦ること自体に期待はしていない。相手にとって予想の外と思える行動を取ったまでのことだ。

 だから、魔王の挙動は少しだけ遅くなる。縮めるのがほんの少し遅くなる。


 このまま、切り裂いてやれればベストなのだが……生憎なことにこの作戦には明白なデメリットがある。

 考えだし実行する人間は、どうしても醒めてしまうのである。


 結果として。お互いの武器は縮んだまま、股関節同士を激しくぶつけ合った。

 激痛を伴う鍔迫り合いが、お互いを襲う。


「うおおおっ!!!」

『ぐうっ……』


 魔王すらもたじろぐのだから、男はつらいよ。

 ここまでは、概ねは計算通りだ。あとは、思いの強ささえあれば……!!


「出ろォ!!」


 魔王に向けて銃口を向け、そう叫んだが、火を噴くことはなかった。

 まさか、タマキンを強く打ち付けたことにより、尿を出す意志が阻害されているのか!?

 機械に強い衝撃が起これば、障害の一つや二つは発生する。

 よりにもよって、このタイミングで発生しようとは!!

 虚を突かれた魔王も、痛みに耐えつつも、こちらに銃口を向ける。完全に、不意打ちとしての利点を無駄にしてしまった。

 結果として、放たれたのは同時となったが……ここに来て、自分の計算違いを悔やんだ。

 ここは、絶対に先んじて撃たなければならなかった。

 銃としての性能は、魔王の方が高いのだから。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ああああああああ!!!」


 三つ又の光線は、俺の両腕の筋肉を射抜いた。

 痛みはない。ただ……柄は握れなくなった。まったく力が入らない。ぶらんと垂れさがるだけである。愛刀すらもそのショックで萎えたのか、ただの大きめにまで縮みあがってしまった。

 想定した中で最悪の事態だ。魔王も少なからず生理的な痛みにひるんだようだが、彼はほぼ無傷だ。当然、槍を突くことも可能だ。無論、光線を使って狙い撃ちすることも可能だ。

 私にはそれを防御する手立てがない。


『……勝負あったな。これ以上の戦いは無意味だ』


 がっくりと膝をつく。

 握ることが出来なければ、剣を動かすことは出来ない。それどころか、見ての通り縮んでいる。

 もはや打つ手はないのか。

 何気なくシデカシタ王国の女王を見やる。このくだらない冒険の中で、一番の収穫は彼女との百番勝負だった。それだけでも、鰻の加護を得たかいがあったというものだ……


『何か言い残すことはないか?』

「最後に、彼女と一緒に逝かせてはくれないか?」


 魔王はそれを快諾した。裏切り者と宿敵、両方を同時に仕留めることが出来るのだから、まあ、悪くない提案だったのだろう。

 ゆっくりと、女王に寄り添う。


『ではさらばだ』


 魔王のとどめの一言ともに、女王のたゆんたゆんを触る。どこで触ったのかは思い出せない。

 急速に伸びて、更に斜め四十五度まで「おっき」した俺の刀が、魔王の胸部を貫いた。

 その直後、三つ又の光線が発射されるが、魔王の体制が崩れたおかげか、それは私の頬をほんの少しかすめるに留まった。


「教えてやろう。私は早漏だ!!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 それから、数分した。魔王は完全に観念したようだ。

 両手を射抜かれた私ではあるが、胸を射抜かれたことで戦うどころではない魔王に比べれば、女王の身体に触れることによるバックアップがある分、勝利することは可能だ。


「ご苦労だったね。鰻の転生者よ」


 聞き覚えのある声がした。

 そうだ。この心底どうでもいい感じをさらけ出しているこの声は……


『き、貴様の計らいだったのか……、ヒラガ=ゲンナイ……!!』

「ああ。ようやく気付いたのかね。アナゴくん」


 アナゴ?

 この魔王の名前ってアナゴっていうんだ。声としては確かにアナゴっぽかったけれども。


「これは、どういうことですか。転生神さん」

「ははははは、君のおかげで土用の丑の日は救われたよ。やはり、丑の日には鰻を食べなくては駄目だからね」


 ああ、そうだね。鰻食べようとして、死んだからね。


『ぐ、我々は……我々の立場は一体、どうなるというのだ!!鰻だけが、蒲焼きの代表ではないぞ!!』

「うるさいよ。ボクの広告活動の邪魔をしないでくれ」


 天からの雷撃が、アナゴの身体をこんがりと焼いていく。


『うぐああああああああ!!!』

「君たちは、鰻の代用品でしかない。今となっては貴重となってしまった鰻の代わりに、たれを付けられていればいいのだよ」


 ああ、心底どうでもいいな。

 どうでもいいがてら、これからの計画でも聞いてみるか。

 息も絶え絶えのアナゴを横目に、ウナギが質問をする。


「あの、転生神さん。これから私はどうしたらいいんですか?」

「うん?」

「目的は達成されたということなんですよね。これから先はどうしたら?」

「そんなことは自分で考えてくれよ、子供じゃないんだし。まあ、次の魔王とかも、待ってれば生まれるんじゃあないの。君が生きてる間かどうかは知らないけど」

「はあ……」


 どうでもいい計画に踊らされた。これこそが、この物語のオチなのだろう。

 最初から敵も味方も、正義も悪もいなかった。

 あるとするなら、それはどうしようもない退屈ばかりか。


「お気に召さない?それじゃあ仕方ないな……」


 そういって、名発明家の名前を騙る神は、こんな提案をした。


「君もろとも、この世界を消してあげよう」


 指を弾く音がしたかと思ったら、天が落ちてきた。杞憂が現実になった。

 雲も、太陽も、青空も、動くことを覚えたのか、地面へと落ちてくる。 


 ふぅ……

 なんて話だ。オチを強引に落としにかかった。 


「アナゴさん……でしたっけ」

『どうした?我を足蹴にでもしに来たか?』


 そして私は提案する。この話史上、最もくだらない提案を。


「私を食べてみませんか?」

『なに?』

「私の持つ「鰻の加護」のスキルには絶倫の他に、もう二つ能力があるんです。それは、高値で売れること。そして、私を食べた人物の能力が大幅に向上すること」

『まさか、お主……』

「私はウナギだけでなく、アナゴも好きなんでね。タメになろうかと」


 終焉の時は迫る。私は尻を魔王に向けた。

 さあ。世界が傷みだす前に。

 その心意気をくみ取り、魔王はそっと、こちらに近づいた。

 胸の傷も雷撃も、きっと彼にとっては大きな傷だろう。一歩を歩くことすらも、痛みを伴うものかもしれない。その結果、悶えの中で死ぬことになるかもしれない。

 だが、それでも。落ちたきた天をもう一度、送り返してやるんだ。

 それが、私とあなたが置いていった者達の、明日の天気を作り出すのだから。


「アナゴォォォォォォォォォォォォォ!!」

『うなぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!』


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!


 土用の丑の日に転生したので、鰻の加護とやらを得ます ~完~

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