病院で 1
「ユズル、ユズル」
遠くの方から僕を呼ぶ声がする。
声は次第に大きくなり、すぐ近くで聞こえてきた。
暗い洞窟から抜け出たように、僕の頭上がふいに明るくなる。
僕はつむっていた目を開けた。
目の前に三人の顔があった。
「ユズル」
僕に顔を寄せて、姉さんが言った。
姉さんは、目と鼻を真っ赤にして、涙で顔をぐちゃぐちゃにしている。
「ばかやろう」
マモルがつぶやいた。
ママさんは、タオルで自分の顔をごしごしと拭いている。
僕はどこか知らないところで寝かされているようだった。
「どうしたの?」
はっきりしない頭で僕は訊ねた。みんながなぜ泣いているのかわからなかった。
「あんたが家に帰らなくて、お酒なんか飲んで、足を切って、色々電話して、ばかなのよっ! あんたは!」
姉さんが支離滅裂なことを言って、僕の肩をゆすった。
姉さんの胸元で、いつもつけている銀色のネックレスが揺れる。
「怪我人ですからね」
誰かが姉さんを止めに入った。
「ばかなのよ!」
姉さんが大声で怒鳴ったので、僕はギョッとした。
それで僕は、自分の置かれている立場を理解することができた。
止めに入ったのは看護師さんで、僕はベットにねかされていて、点滴のチューブが腕についている。ここは病院で僕は生きている。
「だから、言ったのよ。ユズルは死んだりしないって」
ママさんが笑いながら、泣いている。
「わかってたよ。そんなこと」
マモルが鼻声で言って上を向いた。
「私だって」
姉さんが笑って、マモルとママさんも笑ったのでぼくも笑った。
「あー、よかった、よかった。一件落着だな。でも、おまえなあ、一人で酒なんて飲むなよ今度から飲む時は俺と一緒にな。おっと、お酒は二十歳になってからだよな」
マモルが姉さんの視線に気がついて、言葉を付け加えた。
みんなが声をあげて笑ったので、その場の雰囲気は一気になごんだ。
「さあ、ユズルはもう大丈夫ね」
ママさんが元気よく言った。
姉さんとマモルがうなずく。
「じゃあ、私たちは帰るわ。メグミちゃん」
ママさんがそう言って、マモルの背中を押した。
「えっ、もう」
マモルが驚いたように言う。
「帰るのよ」
ママさんはマモルの背中を力を込めて押している。
「わかった、わかったって」
マモルがしょうがないなという顔をして、返事をした。
「ユズル、また来るよ」
マモルが手を振った。
僕は生きていて本当によかった。死ななくて本当によかったと心の底から思った。
「じゃあね、ユズル」
ママさんも手を振る。
僕の中でいろんな感情が混ざり合った。でもそれはほとんどが、嬉しい気持ちでいっぱいだった。
僕は泣き出してしまいそうなのを堪えるのに必死で、頷くことしかできない。
姉さんは二人に頭を下げて、泣き笑いをしている。そんな姉さんの姿を見ると、余計に泣きたくなる。




