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ユズルの夏  作者: カワラヒワ
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しっかりしろっ!

 トン、トン、トン。 

 

 それなのに、こんな時に限って、誰かが階段を上ってくる足音がする。


 マモルが帰って来たんだ。

 待ちに待ったマモルが帰ってきたのに、がっがりするなんてちょっとおかしい気がするけど。


「よおっ」

 部屋に入ってきたマモルは元気よく僕に笑顔を見せた。


 でも、次の瞬間には笑顔は凍っていた。

 真顔になったマモルの顔から、血の気が引いていくのがわかる。


「おまえっ、何やってんだっ!」

 マモルが怒鳴るのも無理ない。


「ど、どうしたんだ、その、ち、血はあ」

 珍しくマモルがうろたえている。

「ユズルッ」

 血のついたガラス片を見たマモルが叫んだ。

「マモル、ごめん」

 僕は言ったけど、マモルには聞こえていないようだった。


 なぜなら、マモルは救急車だとか、オフクローだとか、タオルだとか言って走りまわっていたからだ。


(へえ~、マモルも慌てたりすることもあるんだ。何だかおもしろい)

 僕はそんなことを考えていた。


 気が付けば、知らないうちに女の子の姿がなくなっていた。まるで消えたみたいだな、僕は思った。


「きゃあっ、ユズル! なんてことっ!」

 騒ぎに驚いて見にきたママさんが悲鳴をあげる。

「待ってろよ」

 マモルが言った。


 いいよ、マモルそんなに慌てなくても。


 僕は安心して、体中の力が抜けていった。


 マモルが止血するため、僕の足を包帯で強く縛っている。

「痛いか?」

 マモルが息を弾ませて言う。


 ううん、僕はちょっと首を横に振った。


 本当にちっとも痛くない。それに何も怖くない。

「すぐ、救急車が来るからな」

 そう言いながら、マモルがそっと僕を抱きあげる。


 こういう時、僕は軽くてよかったなと思う。


 僕は、マモルに首に片方の腕をやっと巻き付けた。

「ユズルッ、ユズルッ」

 ママさんの声が聞こえる。ママさんごめんね。返事できなくて。

「しっかりしろっ」

 最後に聞こえたのは、マモルの声だった。




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