表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユズルの夏  作者: カワラヒワ
27/46

懐かしい 1


 僕はずぶ濡れになって松林に立っていた。

 降り出した雨は、雷と共に激しさを増していた。


 雷がすごい音で近くに落ちたので、この木の下はとても危なかった。

 だけど僕は、違う場所へ移ろうとしなかった。というより、動けなかった。


 僕は他人に怒鳴られたり、殴られたり蹴られたりしたのは生まれて初めてで、そのショックはとても大きく、僕を腑抜けにさせていた。


 どうしても、さっきの恐ろしい出来事が頭から離れない。

 僕は繰り返し同じことを思い出し、感じたくない恐怖を何度も味わった。


 何時間、そこに突っ立っていたんだろう。周りが暗くなったのも、雨が止んでいたのも気づかなかった。

 僕が正気に戻ったのは、誰かの手が僕の肩にそっと乗った時だった。

 僕はびくりと振り返った。


 そこには、女の子がにこりと微笑んで立っていた。

 すぐにはわからなかったけれど、前に夜中の砂浜で見かけた、夢にも出て来た白いワンピースの子だった。


 もし僕が今、平静な気持ちでいたなら、彼女に会えたことをどんなに喜んだだろう。

 だけど、その時の僕はちがった。今はひとりでいたかった。誰とも話したくなかった。

 僕はお愛想程度に微笑んで前を向いた。


 女の子は何も言わなかった。

 何しに来たんだろう。僕は思った。

 女の子はその内、僕の前に回り込んできて、うつむいている僕の顔を覗き込んだ。


(何なんだ)

 僕は横に顔をそむける。

 女の子はそむけた顔の正面に立ち位置を変え、僕の顔をじっと見据えた。


 まるで、小さな子供がするみたいなしぐさだ。

 きょとんとした目をして、あどけない表情をしている。

 僕は調子を狂わされて、思わずプッと吹き出した。


 女の子は笑顔になった。

 僕も自然と笑顔になる。

 これだけのことで、僕はさっきまでの恐怖を忘れた。

 今僕は、目の前のことだけしか、考えなかった。


「誰? どこから来たの? この辺の人?」

 僕はちょっと恥ずかしかったけど、話しかけた。

 女の子は、体を海の方に向けると「うみ」と言って笑った。

 名前かな? それとも海から来たってことかな?それはないか。


「いつか夜中にここにいたね」

 女の子は何も言わず、にこにこしてうなずく。

「ひとりで怖くなかった?」

女の子は、またにこにことうなずいた。


不思議な子だな、ぼくは思った。


「でも、夜中に海なんて、ひとりで来ない方がいいよ」

と、僕が言うと、

「うん。もう、ひとりで夜中に海なんて来ない」

 女の子が言った。

 素直なその言い方があんまり子供っぽくてかわいくて、僕は思わずはははっと笑ってしまった。


「いててて」

 殴られたほほが痛んで、僕はさっきのことを思い出した。それで、ぼくはちょっとだけ嫌な気がした。

 女の子が心配そうな顔をする。僕は大丈夫だよと言った。

 女の子はゆっくりと手を伸ばし、僕の腫れた頬に触れた。 

 温かい優しい手だった。


 この子はさっきのことを知っているな。知っていて黙っいてくれているんだ。

 なぜか不意にそう思った。

 僕がふふっと笑うと、女の子もえへへっと笑った。


 その時、

 あっ。

 なんだかすごく懐かしい思いがした。

 小さいころ、これとよく似たことがあったような気がする。

 ずっと前に・・・。こんなことが。


 だけど、思い出せない。

 女の子は、無邪気に笑って歩き出した。

 僕も横に並んで歩き出す。

 僕と女の子は、自然に手をつないだ。

 楽しいな。この時間がずっと続けばいいのに、と僕は思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ