土曜日:play the game⑦
「ライト! 頑張って追って!」
右翼を守る国見さん――もみじの友達が下がるが、明らかなライトオーバーだ。不慣れなバック走では追い付くわけがない。
秋人が何か教えたらしくボールに対して背中を向けて走り出すが、国見さんが追い付く間もなく、ボールはライトのフェンスにノーバウンドで直撃した。
「秋人中継入れ! ボールサード!」
指示を飛ばすまでもなく秋人は既に国見さんと3塁ベースの直線上に入っている。バッターランナーの脚はそこまで速くないが、それでも今ようやくライトがボールに追いついて返球してきているようでは、セカンドを回ったランナーを刺すことは出来ないだろう。
国見さんからボールを受け取った秋人が大きなステップを踏み込み助走をつける。やり投げ選手のようなダイナミックなオーバースロー。
ライトの深いところからサードまで、目算約85mをノーカット――槍さながらの鋭さで放り込んで来る。
「セーフ!」
だがたとえ秋人がどれだけ凄まじい送球をしようが、1人で賄える守備の領域など知れている。ランナーがサードに滑り込んでから秋人の送球が届くまではたっぷり2秒はあった。
この状況で絶望的なタイムリースリーベース――1点を失い、これで2体2の同点。しかもなお2死3塁……。ホームランはもとより、ヒットでもエラーでもサヨナラか。追い詰めた立場から一転、俺たちは追い詰められる立場になった。
「楓、切り替え!」
打たれて一番悔しいはずの舞は、闘志そのままに口角を釣り上げてニッと笑っていた――いや、あれは完全に作り笑いだ。口角がぴくぴくしてるし、鼻も目も少し紅い。多分今ので試合が終わっていたら試合後また悔し涙で顔中をくしゃくしゃにしていただろう。
「ああ! こっからだ!」
「楓はさっきのエラーを恥じろー!」
「ざるキャッチャー、後ろ逸らすなよー」
「秋人ともみじは五月蠅い! お前らどっちの味方だ!」
「「そりゃあ楓を泣かせてくれる方の味方だよ!」」
「じゃあ前らは揃って敵だ!」
「いいから楓は守備に集中するの! 次落としたらボクが泣くよ!」
ギャーギャーとグラウンドから声が上がり、助っ人3人は何故か生ぬるい目で俺のことを見て、ちーちゃんは笑っていた。こよみは――キャップを目深に被っていて表情は分からないが、多分こっちを窺っていた。
「賑やかな、いいチームじゃねえか。大方、坊主を放っておくと1人で意気消沈しちまうからだろ? 今の檄は」
「見抜かれていますね。……ああ、俺もそう思う」
いいチームだ。いいチームになれたと思う。離れたくないほどに。
「そんなチームだからこそ、おじさん負けたくないのよねぇ」
ゆらりと力を抜いてバットを構えるおっさんは、確かに180センチを超える上背こそあるが、身長のもたらすそれ以上に大きく感じる。
初球はツーシームを外角低めに要求したが、舞は首を横に振った。次のサインは――スローカーブ、低目に構えてやる。もしも高めに浮いて失投すれば――まあ場外かもな――そんな思考は頭から捨てる。俺はただサインを出し、舞を信じる。バックを信じる。チームを信じる。
舞の左腕から投じられたスローカーブは真ん中低目ギリギリを掠めそうな素晴らしいコントロールをされていたが、投じる瞬間腕の振りが緩んだことをおっさんは見逃していなかったらしい。完全に球種が読まれた!
おっさんのバットは、一切の迷いなく舞のスローカーブにフルスイングで叩きつけられた。ウレタン素材を備えたバットの生み出す打球の勢いは、ボスンという音からは予想も出来ない高速で、三塁線をライナーで打ち抜――
「こよみ!」
「おねえちゃん!」
「こよみちゃん!」
俺がマスクを取り、ちーちゃんが駆け出し、舞が振り返るよりも速く、こよみは想像を絶する反応速度で三塁線上を跳んでいた。
こよみのグラブのネットがパスッと微かな音を立て、ホットコーナーの名に違わぬ火の出るようなライナーを引っ掛けた。
「ぐぇ!」
顔面落下を避けて綺麗に胸から着地したこよみが潰れた蛙みたいな声を上げたが、そんなことは今は些末なこと。それよりボールだ。
おっさんは既にファースト手前にいるし、三塁ランナーはもう俺の目の前だ。もしもグラブからこぼれていれば、インプレ―である以上内野安打でサヨナラになってしまう。
「捕ったどぉぉぉおおお!!!」
こよみが雄叫びと共にグラブを天に突き上げた。ほぼグラブのネットでギリギリ引っ掛けているような状態ではあったが、落としてはいない! 掴めていないなりに、ネットの先端で摘み上げるようにキャッチしていた。
「アウトォォォ!」
完全捕球が認められ、線審の熱の籠ったアウトコールがグラウンドに木霊した。一瞬心臓が止まりかけた心地だったが、それすら乗り越えてこれで3アウト。
抜ければ文句なしのサヨナラ負けの危機を救うこよみの超美技に、橘BGの面々が、ちょい悪ドラゴンズの面々が歓喜と悲鳴で応えていた。




