土曜日:play the game⑤
**7回表
6回の俺たちの攻撃は、まともに会話も出来ない内に終わった。それはもうあっさりと。
ここに来てようやく本調子まで上げて来たと言わんばかりに、おっさんのストレートも変化球もスピード、キレを一切落とすことなくストライクゾーンの枠を捉えだした。
そして一部を除けば攻撃力が平均未満の俺たちの打線に、ストライクが先行し出したおっさんの投球は抗い様のない暴威だった。
ストレートやスライダーが荒れていてある程度カウントを整えられる球種が絞れる。決め球が限定される。そもそも全ての球種が荒れて勝手にカウントを悪くして四球を出してくれる――俺たちがおっさんから得点出来たのはこれらのおっさんが持っていたスロースターター故のディスアドバンテージによる部分が大きい。それがなくなれば俺やもみじなど赤子の手をひねるように抑えられるし、秋人や桜井姉妹を以てしても攻略は出来なかった。
「……やっぱり乗ると強いですね。舞先輩のお父さん。とても高校生の娘がいるオジサンとは思えないです」
「前に夕飯ご馳走になった時に見させてもらったけど、食事とか滅茶苦茶ストイックだったからな……。こよみがこの間作ってくれた朝ごはんみたいな感じだったし」
「……そうなんですか」
俺が星野家で夕飯をご馳走になった日、おっさんの夕飯だけはチキンステーキ、それにブロッコリーとゆでたまごを和えた付け合わせが付いたものになっていたっけ。態々おっさんだけ別メニューなあたりに彩花さんの愛情を感じたものだ。
「……夕飯。……ご一緒。……家族公認」
「舞はその時寝ちゃっていたから、一緒には食べてないけどな」
「……ねて!? ……もう、――しか……」
何故かこよみは話を盛大に脱線させた上に何か勝手にブツブツ言い始めてしまったが、いつまでもそれに構っている訳にもいかない。打席に立つもみじを一応だが全力で声援を送り応援してやる――ベンチが幾ら声を出して応援したところで、圧倒的な彼我戦力は幾分も埋まりはしないけどな。
6回の頭からの顛末としては、俺がここまで散々見せられたフォークで、ちーちゃんは右打者の右足を抉ってくるような――最初の投球練習で盛大に枠を外していたあの高速スライダーで、秋人は高速スライダーを見せ球に最後は高めの真っすぐで完全に押し切られての3者連続三振。5回から合わせてこれで6者連続三振。
マシンの140キロとは比較にならないノビだ。この速さのストレートにキレのある変化球を交ぜられてしまっては、もはや身体はまともに反応出来ない。多分橘南高校の現役球児たちを連れてきても結果は変わらないだろう。
「ストライク! バッターアウト!」
皆の応援も空々しく、5番のもみじがストレートに完全に振り遅れて三振を喫したところだった。バットに当たりそうな気配すらない。
これで8者連続三振か。ストレート3つというもはや大雑把にも思える投球内容だが、ここまでノッて来られるとどうしようもないな。下手に策を弄される以上に、これは打てない。仮にもみじじゃなくて俺が打席に立っていたとしても、あれを弾き返せるとは到底思えない。
意気消沈気味のベンチで、こよみがぼそりと呟いた。
「……すいません先輩。完敗でした」
「いや、あれは無理だって」
既につい先ほどおっさんに手玉に取られて三振を喫したこよみが、見るからに意気消沈しながら俺に謝ってきたが、低目いっぱいにストレート2球を叩き込み、追い込んでから捕手手前でショートバウンドするフォークボールなんてそうそう対応出来るものではない。
キャッチャーが完全捕球に至らず弾いていたから、諦めなければ振り逃げが出来る可能性もあったが、とうのこよみが初回の秋人同様に腰砕けの姿勢でベースに臥せってしまって走り出すことすら出来なかったのでは仕方ないか。
「ストライク!」
続く6番の白井さんへの初球もストレート。経験者のもみじが完全に振り遅れるのだから、もみじの友達(おそらく美術部)がどうなるかなど想像に難くない。もみじのアドバイスなのかバットを短く持ってはいるが、そんなことで到底埋まるような力の差ではない。
「……カッコいいところ、見せられなかったですね」
「そんなことないだろ。今日打点挙げたのはこよみともみじだけなんだから」」
しかもあのおっさんからタイムリーヒットを打ったのはこよみだけだ。チームのヒットはここまでたったの2本、しかも秋人のそれは結果テキサスヒットにはなったが、ほぼ打ち取られたフライで、ヒットらしいヒットを打ったのはこよみだけだ。
「ストライクツー!」
2球目もストレート。そらこれだけストレートが走っているなら、俺がリードしたってそうする。俺も守りに備えて防具を着け始める。舞は秋人とキャッチボールをしていた。
「……もう1回があったらよかったのに」
こよみの呟きに、俺の胸が重くなる。口から胃の中に土でも飲まされたかのように喉はひり付き、腹の底がズンと重くなった。
「……。……」
ただ口を開いて、何も言えずに閉じた。今のこんな俺に何が言えるだろうか?
軋むベンチの上で膝を抱えたこよみの言う「もう1回」が何なのか、分からないと言えるほど、俺は能天気でもない。そして「これからも一緒にやろう」などと、小粋なトークでそう言えるような男ならよかったのに、俺はそうじゃない。言えばこよみにどう思われるだろうか? 舞は全部知っているような口ぶりで、背中を押してくれるようですらあったが、チームを出たくないと思っているのは結局のところ俺だ。全てを詳らかにしたところでどうなる? 我が儘を軽蔑されるか、嫌われるか、どちらも俺が望むところではない。
やっぱり何も言えずに俺はまた口を噤んだ。
振り被ったおっさんが躍動感そのままにストレートをミットに叩き込む。
「バッターアウト! チェンジ!」
白井さんも結局1球としてバットに当てることも出来ず三振に倒れて、俺たちの攻撃は終わった。待球したところで見逃し三振、振ったところで捉えられない、バントの構えで揺さぶろうにもおっさんは一切気にも留めないとなれば、地力に劣る俺たちがこうなるのは自明の理か。
これで5回から7回までアウト全て三振の9者連続三振――この試合21のアウトの内18が三振という凄まじい有様だ。むしろなんでこれで俺たち辛うじてでもリード保てているんだろうな。
舞も大したものだが、おっさんの最高潮はその遥か上を行っている。
「守るぞ。後1イニング」
「……そうですね。勝ちましょう」
俺の言葉に、こよみが応えてくれる。ただ勝ったところで、俺たちは喜びを分かち合えるだろうか?
いっそ何も知らないままであればよかった。さもなくばこの試合がいつまでも終わらなければいいのに――そんなことは言えず、マスクを被り言葉を全て飲み込んだ。
後アウト3つ。それが残された時間だった。




