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第8話 Restart

2024/6/6 全体改稿

 月曜日の昼下がり、皆がそれぞれ仲の良い者同士で弁当を開き始める中、俺は教室を出る用意をしていた。既に早弁を済ませた俺の手元に弁当は無く、机の上には1冊の野球用スコアブックがあるだけ。

 弁当を手にぶら下げた秋人が近付いて来たが、俺の机の上を見て何かを察したように口を開いた。


「なんか妙に急いでるけど、どうかしたの?」

「ちょっと昼に用事があるんだよ。これからしばらくな」

「あぁ、舞ちゃんのことね」


 一応それとなく程度には誤魔化したつもりだったが、どうやら目の前の秋人には筒抜けらしい。舞には一度俺たちの教室に特攻してきた前科もあるくらいだし、下手をすればこの会話を聞いている周囲のクラスメート全員に筒抜けかもしれない。


「まあ丁度いいよ。僕も今日から昼に用事があったことだし」


 そう言ってニッと不敵に笑う秋人は明らかに何かを企んでいるようだ。

 ただ小、中学校時代から秋人のその笑いは、かなりの頻度で同じ幼馴染の椛と結託して何かやらかす時のそれだ。当然良い予感はしない。


「何を企んでるんだ? お前がそういう笑い方をするとろくなことがない」

「どっちかと言うとこれから面白いことが起こるって感じかな? まあ楓に危害が加わることはないから安心して」

「それならいいけど……」


 妖しい含み笑いを浮かべる秋人からはやっぱり何も読み取れないか。生憎俺に読心術の心得はない。


「まあ楽しみにしててよ。多分楓にも、舞ちゃんにとっても悪い話じゃないだろうから」

「舞にも何か関係あるのか?」

「まあまあ、今はまだ教えられないよ。本当に必要になったら見せてあげるからさ」


 なんか丸め込まれたような気がするが、いつまでもグダグダと考えるのは止めにした。

 どの道、こいつに腹の探り合いを挑んだところで、駆け引きという意味では俺に勝目はないだろう。10年来の長い付き合いの中でよく知っている。

 俺の諦めを察したように秋人が「そういえば」と切り出してくる。


「この間の試合の後、2人だけ残ってたみたいだけど舞ちゃんに何かあったの?」


 秋人のその言葉からは変な含みを感じなかった。どうやらコイツはコイツなりに舞の惨敗を心配してくれてはいたようだ。

 同情するなら打ってやれとも言ってやりたかったが、生憎それについてはシングルヒット1本の俺が、唯一の得点となるホームランを打った秋人に言える立場にない。


「ああ、舞がちょっと落ち込んでな。帰るに帰れなかったんだ」

「へえ、あんな元気印で男の子みたいな子でもそういうのってあるんだね」

「そりゃそうだろ。凄い運動が出来て、どれだけ速いボールが投げられたって、やっぱり女の子だしな」


 脳裏にチラつく舞の啜り泣き。ギュっと抱きつかれたときにアンダーシャツ越しに感じた子猫みたいな柔らかい温かさを思い出して、思わず顔が熱くなる。


「ん? 楓どうしたの? 急に耳まで真っ赤になったけど」

「な、何でもないぞ! 何でもない!」

「ん? 何だい? 親友にも明かせないような事でもあったのかなぁ?」


 ウザい笑顔復活のお知らせ。満面のにやけ面が「面白い獲物を見つけた」とどんな言葉よりも雄弁に話しかけて来るような気さえする。


「ねーねー気になるじゃーん。教えてよー」

「黙ってろ!」


 ウザさ3割増で迫ってくる秋人の顔にグーで固めた左手を打ち込むが、それは片手で受け止められた。さすがは元キャッチャーの反応だ。本職を離れてもその反応は衰えていない。

 やむを得ずパッと手を振りほどいて逃げる。俺に男同士で密着する趣味はない。


「また今度教えてやるよ。必要になったらな」


 尤も「またも今度も一生来ないだろうがな!」と心の中で毒づいておく。

 舞との間にあったことは、決してアイツが期待するような艶っぽい出来事ではないが、だからと言ってアイツに知られたい事でもない。


「えー? もっと楽しい話をしようよ!」

「この話は終わりだ! 俺はもう行くからな!」


 そう話を打ち切って教室を飛び出す。これは決して逃げではない。敬遠と同じ、戦略的撤退だ。


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