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土曜日:play the game②

 **1回表


 両軍整列し、試合開始の礼をして後攻めとなるちょい悪ドラゴンズの面々は守備に散っていく。その軸たる先発のマウンドには今日もおっさんの姿があった――最初からサウスポー用グラブを装備状態で。

 

「舞ちゃんのお父さん今日は最初から左なんだね」

「前回楓にサヨナラヒットを打たれたことを根に持ってたみたい。今度は勝つって言ってここのところかなりコンディショニングに時間割いてたし」

「つまり前回よりも更に投球の質は上がってくると」


 そう言っている間におっさんがワインドアップモーションに入る。大きく振りかぶって、勢いよく振り出し踏み込まれた右足に、大木のような上半身の動きが追従してくる。

 しなりのある上半身から弾き出されるように投じられた1球は、俺の目にも止まらぬ速さでバックネットを直撃していた。


「……この間より明らかに速くね? 短期間で球速ってこんなに上がるものなのか?」

「楓、逆に考えよう。この間が調整不足で球が走ってなかったんだと」

「あれで不調だったのか……。自信なくなるな」


 バットを一番短く持って、当てに行って当てられるかどうか……。

 少なくともストレートの球速はこの前の試合の時点で130キロは出ていた。明らかにそれ以上って、今何キロ出てるんだろうな。


「秋人、お前はアレ打てるか?」

「自信あるわけないじゃん。あんなの草野球でそう何人も出てくるものじゃないから僕だって初見とそう変わらないよ」


 秋人がそんなこと言って匙を投げるあたり、草野球においておっさんのストレートの速さが突出しているのは間違いないらしい――いや、高校野球ですらサウスポーでこの球速はお目にかかったことないな。

 高校生のサウスポーで140km/hなんて出たらプロのスカウトが来てもおかしくないくらいだ。俺なんかとは隔絶している。

 さて、どう対応するか。対策しなきゃ三振の山を献上することになるだろう。頭を抱えたくなる俺に、もみじが手を挙げ、口を開いた。


「そういえば昨日うちに舞ちゃんのお父さんとお母さんが来てスピードガン付きブルペン使ってたけど、最速141とか出てたよ?」

「「「「「「「ひゃくよんじゅういち……?」」」」」」」


 親のことを知っているだろう舞と、現場を見ていたらしいもみじ以外の全員が一斉にため息をこぼした。俺と舞がライバル視してい(た)る相川透とそう変わらない剛速球。しかも左。果たしてどうしたら打てるだろうか?

 暗澹たる気分でおっさんの投球練習を見ていたら、大振りの鎌のように大きく変化したスライダーが右打者のバッターボックス内で跳ね、キャッチャーミットが遮ることすら出来ずにバックネットまで無情に転がっていった。


「わりいわりい、どうもスライダーの曲がりがコントロール出来なくてな」

「先輩の球威なら前のスライダーで十分だと思ったんですけどなんかあったんですか?」

「娘の成長が著しくてな。お父さんまだ負けたくないのよ」

「ハッスルするのはいいですけどちゃんとストライク入れてくださいよ。今日アップから球は走ってますけど全部浮いてますよ?」


 キャッチャーの言葉に嘘偽りはなさそうだな。投球練習でも全部俺の顔の高さを通過するような明らかなボール球ばかりだし、スライダーを投げれば右打者の足元で跳ねるということを2球もやっていた。球は良さそうだが、コントロールに難ありか。


「高めのストレートとスライダーは捨てるぞ。ベルトから下の高さのストレートだけ狙い打ちで行こう」

「そうだね。僕も狙うとしたらそれしかないと思うよ。打者優位のカウントに持って行って、ストライクカウントを稼ぎに来たストレートを仕留めよう」


 おっさんの左投げの際の持ち球にはそれに加えてカットファストとフォークもあるが、俺には対処方法も分からない以上、現実的にそれくらいしかおっさんを打ち崩す術はないだろう。半ば場当たり的な対処方法かもしれないが秋人も賛同してくれた。

 ポケットからスターティングラインナップを取り出し、最終確認をする。


1、捕 翠川 楓

2、遊 櫻井 ちひろ

3、中 赤木 秋人

4、三 櫻井 こよみ

5、一 青木 もみじ

6、左 水井 ふみ(助っ人)

7、二 白井 カオル(助っ人)

8、右 国見 ゆい(助っ人)

9、投 星野 舞


 スターティングラインナップには今日ももみじの呼びかけに応えてわざわざ来てくれた美術部の女の子たちが名を連ねている。過大に過大を重ねてた期待を込めて分析しても、バットに当てられるのはおそらく5番のもみじまでだろう。

 これでも期待し過ぎで、実のところまともに打ち返せるのは3,4番の2人だけの可能性も高いだろう。いや、もしかしたらそれすら過度な期待かもしれない。


「何とか粘って活路を見せてやらねえとな……」


 今日のおっさんから1人で打点をもぎ取るなんてことは、おそらく俺には無理だろう。まずは少しでも投げさせて、他のメンバーに突破口を見せるしかないか。

 バットを携えダグアウトを出る。秋風にバックスクリーンの旗が、グラウンド周りの木々が、そして俺の心が揺れた。応援してくれるチームメイトの中で、いつも一際うるさいこよみが、何も言わずに俺をジッと見ていたせいだ。


「……今は考えるな。集中しろ」


 バッターボックスに入り、おっさんに相対し構える。とても頭の中はクリアと程遠いが、今は野球だ。それだけでいい。


「プレイボール!」


 主審の宣告と同時に、おっさんが振り被る。投球板の一塁側いっぱいから更に外に踏み出しクロスステップから投じられた1球が、見えな――!


「ッ!?」


 思わず反射的に後ろに尻餅を着いてしまうほどに、その1球はヤバかった。ボールの勢いやカットファストボールのキレもさることながら、1番ヤバいのはそのコースだ。完全に俺の頭のあった位置を直撃でぶち抜いている。


「ボール」


 主審が宣告するが、キャッチャーすら反応出来ずにワンバウンドでボールがバックネット直撃している時点でもうこれをストライクだと思っている奴はいねえよ! 危険球だろこれ!


「坊主、腰が引けて打てるボールはないぞ」

「いや、あれが頭に当たったら死ぬぞ……」


 おっさんがそう言って笑うが、こっちは笑うどころではない。舞とよく似たクロスファイヤーの軌道も、腕の長さの分だけおっさんの方が角度がある。ましてインコース厳しい所に投げられた上に、そこから更に体に向けて抉り込んで来たボールなんか初見で対応出来るか!


「かえでー! れいせいにー!」

「落ち着いていけー!」


 ベンチで応援してくれている舞や秋人の言葉を聴き、1つ深呼吸。気を落ち着ける。

 球速こそそうそうお目にかかるものではないが、おっさんのコントロールははっきり言って舞より相当アバウトだ。今の1球も意図してインコースに放り込んで来たよりは、普通にノーコンが原因でああなった可能性が高いだろう。

 所謂「行先はボールに訊け」タイプのノーコンの投球に理屈はない。透を見ていればよく分かる。


「悪いね。今日の星野さんちょっとテンション高すぎて」

「俺と茶髪のチャラい奴には当ててくれていいですけど、女の子たちには今の止めてくださいよ。部活の公式戦控えてる子とかもいるんですから」

「それは先輩のボールに言って欲しいよ……」


 やっぱりコントロールはアレなんだな。おっさんのサウスポー。

 とはいえ、前回の試合でおっさんは最終回以外本気の姿を見せていない。いや、最終回すら調整不足の半端な状態だったと思っていい。今回の反応することすらギリギリのこれが、おっさんにとっての真骨頂ということだろう。

 2球目、3球目もあっち行ったりこっち行ったりの暴投紛いのボール球でカウントを3-0にしての4球目。リリースされてから一瞬の判断でストレートの軌道だと読めるが、緩い回転、微妙にスピードも乗ってない――これなら!


「ッ!?」


 完全にカウントを稼ぎにきた狙い球だ、と振り出したバットから逃げるようにボールは外角に逃げていき、バットの先端に引っ掛かるように当たっただけの打球は力なくピッチャーの足元に転がった。このシンキングファストボール……


「ツーシームかよ……!」

「うちのエースを甘く見ないようにね。君らのエースも大したもんだけど、うちのエースはその上を行くよ」


 もう走るだけ無駄だ。キャッチャーの忠告に耳を傾け、5歩も行かない内におっさんがボールを捕球したボールを1塁転送しアウトとなった。1打席目は俺の完敗だった。


「少なくとも今分かってるだけで前回の試合でも使ってきたカットボールとフォーク、それに全く入ってないスライダーと今投げてきたツーシームか……。ストレートに的を絞ってもキツイのに……」


 バッティングが得意な奴ならいいかもしれないが、正直的を絞らずに打つのは俺たちには困難だろう。前回の試合で俺はフォークにバットを当てることすら出来ていなかったしな。

 ベンチでどうやって対策するか考えている間に、2番のちひろちゃんが2球であっさり0ボール2ストライクに追い込まれた。おっさんの投じる3球目は――


「ストライク! バッターアウト!」


 落ちる変化球を読んでいたように振り出されたちひろちゃんのバットのその下を潜り、ベース上で跳ねてミットに収まった。前にも見たが落差のキツイフォークだな。

 しっかりキャッチャーが身体で止めて、タッチされてしまい空振り三振。手も足も出ずにトボトボと打席から帰ってくるちひろちゃんに秋人が声を掛けた。


「ちーちゃんがこんな簡単に三球三振するなんて珍しいね」

「相手のピッチャーのレベルが違い過ぎるだけです!」

「みたいだね。前回の楓はよくあれを打ったよ」

「カットボールを捉え損ねたポテンヒットだったけどな……」


 はっきり言って前回の俺のヒットも結果としてヒットになっただけで、内容としては完敗だ。カットボールだって分かっていて打った訳ではない。ストレートを狙っていて当たってしまっただけだ。決め球がフォークなら確実に殺られていただろう。


「アキ先輩、フォーク狙いは止めた方がいいですよ」

「へーきへーき。後輩の仇は僕が取るよ」


 そんなことをのたまう秋人のことだから、多分俺やちひろちゃんに当てることも出来なかったフォークを狙っていくつもりだろう。試合前にストレートを狙おうって言ったことは多分もう忘れている。面白いモノを見つけるとそれが最優先になってしまうのは秋人の悪い癖だ。

 その結果として相手の決め球を敢えて狙い打ちにしてチームに勢いをもたらすのも秋人だったりするわけだが。


「まあ見てなって。先輩がお手本を見せてあげよう」

「カッコつけてなくていいから3つ振ってこいや」

「楓は酷くない!?」


 秋人が抗議してくるが、別に酷くはないだろ。現にちーちゃんも3つ振ってアウトになったわけだし、実際あのフォークに積極的に手を出したら二の舞は不可避だろう。……見極めようと思って簡単に見極められるものでもないけどさ。


「アキ先輩ファイト―!」


 ちーちゃんの応援がグラウンドに響くが、秋人のバットから快音は響かなかった。

 初球の明らかにヤバい速さのストレートを見逃した後、2球目におっさんはフォークを投げて来たが、案の定というかなんというか、バットに当てることさえ出来ない。0-2からの3球目もフォークボールで、野次った通り3つ振って秋人も空振り三振に倒れた。

 落ちるボールを追いかけて腰砕けの無様なスイングでバッターボックスに倒れ伏した秋人に声を掛ける者はいなかった。


「流石に酷くない!?」


 さあな、自業自得だ。


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