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幕間:スキということ③

古典的ラブコメ臭がするかもしれません。苦手な方はブラウザバックを推奨します

 学校の図書館で宿題を終わらせて、それからいつもの河川敷で予定通りのノースロー調整をしていたが、日が沈むともう寒いね。

台風で時期がズレたとはいえ、こんな時期までよく大会をやるもんだ。

もう流れる川の水面はすっかり闇に呑まれて見えないし、揺れる木々や草花も朧げな黒い影にしか見えない。


「楓、もうそろそろ来るってさ」


 ポケットのバイブレーションを合図にメールの返信を開くと、時間は既に20時を回っていた。こよみちゃんも、待っていた楓も本当に遅い時間までご苦労なことだ。

 ちなみにわざわざ僕の携帯から送っておいたのは舞ちゃんが携帯を不携帯だったからだ。本当に迂闊な子だね。楓の奴が気持ち悪いくらい心配するのも少しだけ分かるよ。


「舞ちゃん、準備はいい?」

「うん……。いいと思う」


 ”いいと思う”か。舞ちゃんにしては弱気だな。いつも楓には「ボクに任せなさい」なんて言ってるのに。いや、この局面において恋も野球も一緒くたに考える馬鹿は楓くらいってことか。


「それじゃ、僕はこれで離れるね」


 あの子に引きずられていく楓を微笑ましく見ていたが、アイツが本気で困っているという事情が割れた今、静観するという選択肢はない。

今チームを一番マシな形で存続させるとしたら、多少強引な手段を使ってでも楓の奴に舞ちゃんを選ばせるしかない。

 どうせアイツはあの子のことを気に病んで、最後まで分け隔てない優しさを見せようとして失敗するだろうし、ここは僕が手引きするしかない――困る楓が見たいということも多少、本当に少しだけあるが、それも笑って野球が出来てこその話だ。


「え? 秋人くんいなくなっちゃうの?」

「2人の時間を作るために画策したのに、僕が立ち会ってたらギャグでしょ。大丈夫舞ちゃんならきっとうまくやるから――それじゃ!」


 まだ堤防の上に楓の姿はない。ダッシュで階段を駆け上がり、街灯のない闇の中にそっと身を隠す。

ここなら下のグラウンドからは見つかりにくいだろうし、逃げるときには即座に逃げ出せる。後は舞ちゃんたちの動きを見守るだけだ。


☆☆


 数分後息を荒げて走ってきた楓に、舞ちゃんが足早に近寄っていき「えい!」という可愛い声と共に、あまり可愛くない勢いで舞ちゃんが楓にぶつかった。

 一撃で身体が揺れるだけの衝撃だったが、流石に押し倒すほどではないらしい。


「ま、舞!?」


 舞ちゃんの組み付いてきた一撃目を受け止めて楓が目を白黒させる。チッ、流石に舞ちゃんの体重では軽すぎるか。

背中をコンクリートの橋桁に預けながらも、楓が身をよじり逃げだろうとした。尤も、舞ちゃんの反射神経はそれを逃したりはしない。しっかり進行方向に腕を差し入れ、楓がたじろいだ隙に反対側も塞いでしまう。3方を囲まれ、これで楓は逃げ場なしのハズだ――


「逃げちゃだめ」


 ――背をコンクリートの壁に追い込み、冷静に楓の両サイドを腕で塞いで完全包囲の構えのハズなんだが、舞ちゃんそれじゃ背丈の差でただ動きを封じただけにしかなってないよ。

 押し倒せてはいないこの体勢、俗にいう『壁ドン』って奴か。背丈の差のせいで壁際に追いこんでる感が全然ないけどさ。むしろ縋りついているようにすら見える。


「ま、舞!? 一体何のつもりだよ!?」


 当然だが、楓は困惑顔だ。まあこれに余裕綽々で応えたら楓じゃないしね。

 一方で楓の緊張が伝播したのか、舞ちゃんの方も顔真っ赤だ……。教室では何の気なしにもう一回押し倒すなんて言ってたのにね。


「そ、その……。秋人くんがやれって言ったから……」

「はあ? 秋人? なんであのアホの名前が……!?」


 ここでまさかの責任転嫁!? 舞ちゃん!? 『やってみたらいいんじゃないかな?』とは言ったけど、強制も命令もした覚えはないよ!? 

 否定はしたいけどここで飛び出して行ったら流石に拙い。楓のことだし舞ちゃんがやったことにそうグチグチということはないと思うけどさ。


「秋人ぉぉぉおおおお! お前近くで見てるだろ! 出てこいや!」

「秋人くんのことは今放っておいていいから。ボクの要件が先!」


 楓が抗議の大声を上げるが、僕からしたら何も問題はない。舞ちゃんを炊き付けたのが僕だということにアイツが気付いても、僕は切っ掛けを作ったに過ぎないし、そんなことは重要なことじゃない。

 誰が手引きしようが何だろうが、本当に大切なものは舞ちゃんの想いだろ。


「私は、皆で野球がしたい。楓も、こよみちゃんも、みんなと一緒に」


 楓をその腕の間に閉じ込め、意を決したように舞ちゃんが口を開く。それは、僕も予想していない言葉だった。

 楓を見上げる舞ちゃんの緊張に震える唇は口付けを待つ眠り姫のように無防備に。その素振りだけで第三者にも容易に見て取れるほど、言葉とは裏腹に舞ちゃんの醸す全てが楓を求めていた。なのにどうして?


「舞、もしかして――」


 楓が口を開こうとするが、舞ちゃんはただ指一本でその言葉を制した。

楓が赤面し何か言いたそうに口を開こうとするが、舞ちゃんの圧と焦りでその口から洩れるのは空気ばかりになったらしい。流石に情けないぞヘタレ野郎が。


「……もし楓がこよみちゃんに付いて行ったとしても、ボクはみんなとチームを守るから。いつでも帰ってきていいから」


 僕の思い違いでなければ、おそらく今舞ちゃんは一切楓に悟らせることなく嘘を吐いた。本当に伝えたかったことは「楓と一緒にいたい」だったハズなのに、舞ちゃんは楓の背を押した。駄目だこれでは。



「――じゃあ、また明日、ね」


 そう言い残して、舞ちゃんは河川敷の階段を駆け上がり行ってしまい、後には楓だけが頼りない街灯の光の下に取り残されていた。

 僕の手引き、もしかして完全に助長をしただけではないだろうか?


一旦ここで幕間は終わりです

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