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幕間:スキということ②

ちょっとだけ後味悪いシーンが続きます

シリアスや揺れ動き展開嫌いな方は回避推奨です

 教室に緩やかに吹き込んで来る肌寒い風が、国旗と校旗を微かに靡かせ、僕等の髪を揺らした。

ふわふわと舞ちゃんの短い髪が揺れる。その視線の先のソフト部のグラウンドに何を見ているんだろうね。


「……ねえ秋人くん、1つ訊いてもいい?」

「何? 僕に答えられることならいいよ」

「好きってなんだろう?」


 ……うん、変わった子だなあとは思ってたけど、その認識で間違いなかったね。こんなことを面と向かって訊かれるなんて思いもしなかった。


「舞ちゃんはよく分からないことを訊くね」

「ボクはただ単に一緒にいたいってことだと思ってた」


 それは――分かる気がする。言葉を尽くしても伝わらないことだって、時間が解決することはあるし。僕自身彼女に対してそう思うことがあるからこそ、実感を伴ってそう思うよ。


「秋人くんも知っていると思うけど、こよみちゃんが楓に告白したんだ。楓もこよみちゃんんのことは好きだし2人は多分恋人になると思う」

「うーん……、確かに楓はこよみちゃんのことが好きだろうけど、それはどうなんだろうね」


 僕が見るに、楓にとっての好意は正直分化が進んでいないと思うけどね。ぶっちゃけ「好き、嫌い」が「快、不快」に置き換えても成り立つのが今のアイツの気持ちだろうし。ありていに言うなら、感性が幼い。


「……何かボク変なこと言ったかな?」

「いや、ただ楓本人もどこまで自分の気持ちを自覚出来ているかなって思っただけ」

「?」


 舞ちゃんは首を傾げるが仕方ないか。まさか同い年の人に対する感情が幼稚園児並みの未分化とは思うまい……。

 頑張り屋だが残念な男なのだ。翠川楓という男は。そんな残念な彼のことをきっとこの子も気に入っているのだろう。


「こよみちゃんが楓の傍にいたいのは分かるし、一緒に野球をしたいボクが今のこよみちゃんに取って邪魔に思えるのは仕方ないと思うけど……」

「楓を取られたみたいで寂しい?」

「……少し。私は、楓がいないと不完全燃焼かも」


 吹き込む風に目を細めて、舞ちゃんはそう言った。全く愛されてるなあの野郎。


「はぁー、ご馳走様。舞ちゃんもやっぱり女の子なんだね」

「ん? どういうこと?」

「いや、あの馬鹿よりは鋭いかなって」


 流石に舞ちゃんを犬レベルと比べるのも失礼かな。もうアイツのことは犬でいいよ、犬で。なら次に大事なのはその誰にでも尻尾を振る駄犬をどうやって躾けるか、だ。


「それで、舞ちゃんは楓をどうしたいの?」


 これは流石に意地悪な質問かな。楓に発破を掛けるには効くが、流石に気安過ぎたか。少し内心後悔したが、舞ちゃんは真摯に考えてくれたらしい。消え入りそうな声で、言葉を紡いでいく。


「ボクは……。実のところどうしたらいいのかよく分からない……。ボクはただ楓と野球が出来たら満足だった……。だけど、こよみちゃんはボクが楓といることそのものが嫌みたいだから」


 舞ちゃんは直情型に見えて、意外と物事を俯瞰して見られるらしい。俯瞰してみているふりして自分の事しか見えていないあのアホとは正反対だな。

 とはいえ、”アレ”だけのことがあれば多少鈍くても気付くか。


「昨日の朝のこと?」

「なんだ、秋人君も見てたんだ」

「全部を見たわけじゃないけどね」

「どこからどこまで見てたの?」

「こよみちゃんがインターホン押した辺りから舞ちゃんを置いて楓たちが行っちゃったところくらいまでかな」

「それって全部見てるんじゃないの……?」


 嫌だなあ……。流石に僕だって室内を堂々と覗き見するような真似はしないさ。ちょっと聞き耳を聳てるだけにしたさ。まあ言うなれば――


「見ては無いよ。見ては」


 嘘は何も言っていない。だって僕は何も見てはいないんだから。


「……見てても見てなくてもどっちでもいいけど、私、あの子にあそこまでされるようなことをしちゃったのかな……?」

「仕方ない。あの子は小学校の頃から楓の背中について歩いてたからね。女の子が野球していることについて笑う相手のチームの選手とか、女の子らしさを強要しようとしたあの子の親に食って掛かるのはいつもアイツだったから」

「楓はやっぱり行動の方が早いんだね」

「本人はあれでも熟考してるつもりなんだから言っちゃ駄目だよ?」


 基本出来そうと思ったら見切り発車。細かいプランニングをしてやれるかどうかは後で考える。そんな馬鹿だからこうして舞ちゃんとチームを作れたし、チーム内の軋轢に苦しむこよみちゃんを救うことが出来たんだろう。

 そしてそうやって馬鹿なりに頑張ってきたことが、色々と裏目に出ている。迷ったが、今のアイツの置かれた状況をいつまでも当事者のはずの舞ちゃんが知らないのもフェアじゃないだろう。


「……言うべきか迷ったけど、言っちゃうね。楓は今こよみちゃんに凄い厳しい二者択一を突き付けられてる。こよみちゃんの告白に応えたら、こよみちゃんと楓はこのチームを抜ける。こよみちゃんの気持ちに応えないときは、こよみちゃんがチームから出て行くって」

「……私、そこまであの子に嫌われてたの」

「そこは多分一過性の気の迷いだとは思うよ。ただこよみちゃんは今その気の迷いを知覚する余裕がなくなってる。楓しか目に入ってない」


 足掛け5年越し以上の片思いが成就するかどうかの瀬戸際だ。いや、これはもう片重いだな。余裕がなくなるのは分からないでもない。ただ、そのためにアイツの頑張りを無にするのは僕も看過したくはない。

 ――たとえそれが一人の少女の思慕を踏み砕くことであってもね。


「さっき何したらいいか分からないって言ったよね? 僕が答えを教えてあげるよ」


 これが僕に今出来ることか? この先は、悪魔のささやきだ。舞ちゃんにとって、そして僕にとっても。

 楓は絶対余計なことをしたと詰ってくるだろう。僕自身これが客観的に見て『いいこと』をしているとは思えない。

 それでも、僕はアイツがこのチームで満足して野球が出来るなら『それ』が必要なコストだと割り切るしかない。そう思って次の言葉を絞り出す。


「楓を押し倒して、舞ちゃんの物にしちゃえばいいんじゃないかな? アイツは女の子に対して強く出られない。なんせヘタレだからね」

「……秋人くん、凄い悪い顔してる」


 うん? そんなことないよ? ほらいますっごいしんけんなかおしてるとおもう。


「……でも押し倒すか。もう1回やってみようかな……?」

「うんうん、うん……?」


 ……もう1回ってことは既に押し倒されてるのかよあのヘタレ野郎。小学生くらいの背丈しかない女の子に押し倒されるって相当だな。でもいいぞ。もっとやれ!


「楓のことも、こよみちゃんのことも好きなのにな……。好きって、なんなんだろう……」


 風に呑まれた舞ちゃんの呟きは、妙に哲学的だった。


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