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金曜日:僕は……④

 行くべき場所は決まったのに未だに足元がふわふわする。固いアスファルトの地面がまるでぬかるみでもあるかのように脚が廻らない。

 いつもの河川敷に着くと、電灯の下で身を小さくしていた舞の表情が綻んだ。



「お疲れ様。こんな時間まで頑張ったね」


 舞は開口一番そう労ってくれるが、頑張っていたのは主にこよみだ。1人で何百球ティーバッティングしていたんだろうか。


「舞の方こそお疲れ。秋人からのメール見たよ。ちゃんと今日の調整はノースローにしたんだよな?」

「うん。明日はいいとこ見せたいからね!」


 明日はまた舞のお父さん――おっさんのいる『ちょい悪ドラゴンズ』との練習試合がある。その一戦に向け、舞も万端の準備を整えてくれたらしい。俺はどうだろう? こよみの練習に付き合ってばかりで、この一週間あまりバットを振り込めていないな。


「明日もナイスピッチ期待してるぞ」



「あー……。えーっと……。ちょっとボクから楓に伝えたいことがあったから、秋人くんに頼んで呼んでもらったんだ」


「え、えいっ!」

「ぐふッ!?」


 舞の消え入りそうな小さな気合一喝と共に、密着からの回避出来ない衝撃が俺の腹に叩き込まれた。そのまま押されるように背中が冷たいコンクリートの橋桁に叩きつけられ、逃げ場のない肺の空気が口から洩れた。


「ま、舞!? 何しやがる!?」

「逃げちゃだめ!」


 突っ込んで来た舞を避けようと俺が身を翻すよりも早く、舞の手が俺の逃げる先を塞いだ。背中を橋桁に抑えられ、両サイドを舞の細い腕に阻まれ3方逃げ場なしだ。

 さっきこよみにされたことを思い出して、身が強張る。


「ま、舞!? 一体何のつもりだよ!?」

「……って」

「え? なんだって?」


 舞にしては言葉の歯切れが悪い。何言ってるか聞き取れないなんて初めてだぞ。


「そ、その……。秋人くんがやれって言ったから……」

「はあ? 秋人? なんであのアホの名前が……!?」


 確かにメールの差出人は秋人だったが、あの馬鹿野郎一体舞に何を吹き込みやがった……? そんでもって舞のこの行動、アイツのことだ。どうせこの場所が見えるところにいるんだろう。


「秋人ぉぉぉおおおお! お前近くで見てるだろ! 出てこいや!」

「秋人くんのことは今放っておいていいから。ボクの要件が先!」


 どうせ秋人がその辺にいるだろうに、舞は頑なに俺のことを抑えてくる。

 舞はこよみと違って小さくて軽いし、俺でも引き剝がそうと思えば容易に退かせることが出来るだろう。それでも俺には出来なかった。真っ直ぐに突っ込んできた舞から目を離せなくなる。


「ぼ――私も、伝えておかないといけないと思ったから……」


 舞の喉がごくんと小さく唾を飲み込んだ。

 常ならざる舞の様子に触発されて、俺も固唾をのみ込んだ。ただ静かに、舞の次の言葉を待つ。


「私は、皆で野球がしたい。楓も、こよみちゃんも、みんなと一緒に」


 ……真っ直ぐに俺を見上げてくる舞の艶やかな瞳は真剣そのものだった。伝えらえた切実なその想いは俺と同じ。もしかして。


「舞、もしかして知って――」


 俺とこよみの間の話だったハズだが、それを知らなければ舞が真剣な面持ちでそんなことを言うはずがない。だが、舞はこれをどうやって知ったのか? そして舞は突き付けられたその選択肢に何を思ったのか?

 幾つも訊きたいことはあったが、俺の言葉は唇を出るよりも先に封じられた。柔らかくもつついたら壊れてしまいそうな儚げな笑みで、舞は俺の唇を制した。

 差し出された細く冷たい舞の人差し指は俺の唇に柔らかく触れ、疑問を呈する俺の言葉を奪い去ってしまった。


「……もし楓がこよみちゃんに付いて行ったとしても、ボクはみんなとチームを守るから。いつでも帰ってきていいから」

「……」


 大人びた舞の笑み――その儚げな笑顔の下で彼女は怒っている? 悲しんでいる? 俺にはその真意を読み取れない。今訊かなきゃいけないのに、言葉が出ない。


「楓に知って欲しかったのはそれだけ。じゃあ、また明日、ね」


 そう言い残して、舞はくるりと身を翻した。ふわりと舞うスカートの裾は俺の伸ばした指先をすり抜け、舞は俺を置いて行ってしまう。

 舞に知られ、気を使われ、こよみを焦燥させ、俺は一体何ならまともに出来るんだろう。


「……本当に俺、糞野郎だな」


 拗れに拗れて、この先俺たちは一体どこに行くんだろうか……。

 何度疑問を呈したところで滑車を回す鼠のようだ。延々同じところで回り続ける阿呆一匹だけが、冷たい夜の底に取り残されていた。


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