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金曜日:僕は……

 授業終わりのチャイムとほぼ時同じくして、俺は後輩の女の子に誘拐されていた。左腕を引かれ有無を言わさぬ力でズルズルと引っ張られていくそれが誘拐でなければ果たして一体何なのか。

 同じ教室にいた秋人はただ苦笑いしてこっちを見てるし、クラスメイトの冷たい視線が痛いんだよ! 


「先輩! 今日は私に付き合ってくださいね!」

「分かったから放せ! 放せって、逃げないから!」

「そう言って逃げるんですよね?」


 上から目線で嘲るような調子のこよみの言葉がぞぞっと背筋を震わせてくる。……いや、俺は断じてそんな言葉に屈したりしないぞ!


「俺が逃げる訳ないだろ! 逃げないから放せって! 前見えなくて危ないんだよ!」

「平気ですよ。足なんか挫いても私が背負ってあげますから」

「なんで俺が怪我する前提なんだよ!? せめて前向かせてくれ!」

「えー……」

「何の『えー』だよ!?」

「……放したら、先輩離れちゃうじゃないですか」


 表情は見えないが少し拗ねたような口ぶりでこよみが答えた。……クラスメイトが色めき立っちゃうし、教室の中でそういうの止めない?


「離さないって。ほら」


 空いた右手で俺の左手を掴むこよみの手を握る。それでこよみの留飲は下がったらしく、素直に手を離してくれた。

 そのまま校舎を出て、玄関を出たところで、今度は俺の方から手を握る。なんか前にもこんなことがあったな。そのときはまだ俺に手を引かれるこよみの方が背が低かったけど。

 手を繋いで、こよみに引かれるままに辿り着いたのは部室棟だった――女子の。


「先輩はここで待っててください」

「いや、ここ女子の部室棟……」

「ここで、待っていてください。いいですね?」

「はい……」


こよみに笑顔で凄まれた俺に選択の自由はなかった。飼い主が買い物に行く間、商店の前でリードを繋がれた犬のように、女子更衣室のある部室棟で待ち惚け。

 通り過ぎていく部活前の女子たちの視線が痛い。制服着てなかったら変質者扱いも止む無しだろうな。俺。


「あれ? 楓、女子更衣室の前で何してるの?」


 穴があったら入りたい状況の俺に、怪訝そうな顔をしながらも普通に話し掛けて来てくれたのはピロだった。地獄で仏に遭った心地だ。


「ようピロ……。ちょっとこよみに待たされてる」

「お疲れ様。色男は大変そうね」


 別に俺は色男ではないが、ピロの言葉は一応誉め言葉としていただいておこう。チームのゴタゴタのことで今大変なのは俺だけじゃなくて、ピロにも同じことが言えるけどな。


「明後日の試合、どうだ?」

「どうだ、かあ……。難しいことを訊くね。月並みなことしか言えないけど、やってみなきゃ分からないって言いたいね」


 そりゃ決勝にもなれば相手も強豪――いつもだったら2回戦か3回戦で消える橘南高校ソフト部からすればかなり格上か。この質問は間抜けだったな。


「それはそうか。俺もつまらないことしか言えないけど、頑張れよ。キャプテン」

「うん。私たちらしく、きっちり守って勝つよ」


 自分たちらしく、守り勝つ――か。どうやらピロの奴はこよみへのコンプレックスを払拭出来たらしいな。強い奴だ。こよみのためだったとはいえ、同類ピロの立ち直りに1枚噛んだ身としては少しだけ嬉しくなるな。


「球場は? 決勝はどこでやるんだ?」

「鈴蘭総合運動公園内の球場だね。外野スタンドは解放されないけど、内野スタンドは解放されて立ち見自由だって。わざわざ訊いてくるってことは、見に来てくれるの?」

「都合が合えばな」


 とはいえ現時点では今週の日曜の予定はない。こよみの事もあるし、応援に行くくらいはした方がいいよな。何で見に行くと言われても、上手い理由は付けられないけどさ。


「わざわざ応援に来てくれるの?」

「だから都合が合えばな」


 なんでピロはそんなことを訊きなおしたんだろう? なんか言葉が俺の意図通りに伝わってない? 


「結構遠い上にあっち電車走ってないけど、大丈夫なの?」

「都合が合わなかったら行かないだけだしな」


 ソフト部は学校からマイクロバスで移動するだろうからいいかもしれないが、鈴蘭総合運動公園は辺鄙なところだ。公共交通機関がほとんど通っていない陸の孤島みたいな立地をしている。

 たまにプロ野球の試合で解放されるときには車で20分は掛かる最寄り駅からシャトルバスを運行しているくらいだ。

 まあだからと言って、都合さえ付くなら敢えて行かないような理由にはならないけど……。


「応援してくれるの? チアガールで!」

「そりゃ都合が合えば――いや、絶対やらないからな!?」


 なんで突然ピロもおかしなこと言い出すの!? もみじに始まり、その友達の水井さんといい、後輩のこよみといい、俺の周り変な趣味の女の子しかいないの!?


「なんでさー。もーちゃんに写真見せてもらったよー。楓の可愛い姿の。まだ小さくて可愛かった頃のあの子とミニスカサンタで写ってるやつ」


 特定のワードで、特定の場面の1枚しか思い浮かばなくなる。間違いなく少年野球時代の何かのイベントでこよみとお揃いのミニスカサンタで撮られた1枚だ。


「……ミニスカサンタ? え? 何でピロが『あの写真』を……? それにもーちゃんって……?」

「だから言ったじゃん。もーちゃん――もみじに見せてもらったんだよ。中学の時に」


 少しだけ背筋がぞわっとした。この間の賭け、負けなくてよかったと本気で思った。負けていたら俺はソフト部で下働きという約束の下に一体何をさせられていたんだろうな……。


「もーちゃんに言えば貸してくれると思うから着てきなよ、チア」

「……やっぱり俺、行かないかもしれない」

「都合が合えばって言ったよね? 言ったよね? 絶対に都合合わせて、来い」


 ピロに念を入れて退路を塞がれる。一体全体なんで俺の周りの女の子はみんなこうも押しが強いの? プレッシャーが強すぎて逃げられないんだけど。

 それとなんでもみじがチア衣装を持っていることは確定事項なんだ?


「そ、そういえばこよみの調子はどうなんだ?」


 これ以上は追及されるだけ不味い方向に逝くだろうことは察したので全力で方向転換を仕掛ける。何度ももみじとさせられたこのやり取りを今度はピロとさせられるとは……。


「それこの間も聞いたよね? あの子ならどっかの誰かさんが炊き付けてハッスルさせるもんだから最近は輪を掛けてヤバいよ。フリーバッティングで気持ちいいいほどかっ飛ばされてうちの投手陣が自信失くしかけるくらいにね」


 少し呆れたような顔をしたが、それでまんまと流されてくれるようなピロが大好きです。もみじだったら絶対に「話逸らすな」と追い打ちに来ただろう。

 ソフトボールの投球の体感速度を野球に当てはめれば、今の国内最高峰は野球の距離に置き換えると160キロ相当だったっけ? 少なくとも本調子のこよみは140キロのマシンの球をバッティングセンターの最奥に叩きこむほどらしいし、普通の女の子が相手にするには荷が重いか。それを思えば舞もよく抑えたな。


「それ以外に何か変わったことないか? なんかピリピリしてるとか」

「アンタがわるい。それだけ」

「酷くない!? せめて理由言って!?」


 流石に俺でも質問してノータイムで罵倒喰らったらびっくりだよ! 確かに心当たりが全くない訳ではないけどさ!


「なんか嬉しそうにニヤニヤしてるなあと思ったら、なんかいきなりこの世の終わりが近いような泣きそうな表情になってるし、大方アンタ絡みでしょ? それと来週の月曜日に何かあるの? なんかしきりに月曜日までカウントダウンしてるみたいだし」

「それは……」


 うん、心当たりがありすぎて困る。

 俺の優柔不断から回答を一旦保留してもらったが、来週の月曜日には俺は絶対にこよみに対して回答しなくてはならない。それを考えるだけでまたも胃に石を落とされるような重みを感じる。


「やっぱりアンタが悪いんだね」

「……否定は出来ない」


 否定出来る余地なんてない。ピロの言葉に対して俺はこれ以上の返答を持っていなかった。


「……アンタも厄介そうな問題を抱えてるみたいね。まあ頑張りな」

「ああ、出来る限り穏便に解決出来るようには努力する」


 尤も、解決ってどういう状況を指すんだろうな……? こよみの申し出を受け入れれば、約束通り俺は橘BGを去らねばならない。かといってこよみの申し出を突っ撥ねれば、こよみが橘BGを去ると言っている。どちらも俺にとっては望むところではない。

 皆でやっていけると思っていたのにこんなことになって、チーム離散の危機に決定打を打つのが俺なんて、やはり荷が重い……。


「穏便に、ねえ……。はあ……」


 今なんでこれ見よがしにため息吐かれたの、俺。流石に傷つくよ?


「どうせ律儀なアンタのことだし、この後部活終わるまで待つんでしょ? 何なら三塁側のベンチで応援しててもいいよ。あの子のファンの子も来るだろうし、一緒に応援してあげたら?」

「ありがたい申し出だけど遠慮しとくよ。俺は外野で見てる」


 特別扱いみたいにされるのも気が引けるし、何より今は少しこよみから離れていたかった。

 別にこよみが嫌だとかそんな理由ではないが、応えることも答えることも出来ない俺が、すぐ近くでこよみを応援したいと思うのは不実に思えて、出来なかった。


「……本当にアンタって気が利くのか単なる馬鹿なのか分からないね」

「そこは……。ピロのいい様に解釈してくれ」


 実際俺がそこまで気の廻る奴なら現状は生まれていないだろうが、自分のことを単なる馬鹿とも思いたくはない。確かに女の子の機微には少し疎いかもしれないけどさ……。


「とりあえず、風邪だけは引かないようにね。じゃ」


 そう言ってピロはソフトボール部の部室の方に行ってしまった。後に残されたのは俺1人。

 1人に戻ると秋風の寒さがまた身に染みてきた。しばらくしてユニフォームに身を包んだこよみが部室棟から出て来た。


「先輩、今日部活終わってから、少し練習に付き合ってください」


 そして神妙な顔してそう言う後輩に、俺は断る言葉を持たなかった。


次回:ちょっとえっちです。閲覧注意

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