木曜日:与えられた選択肢、選び取る道④
放課後の夕焼けの空に雲が流れて行く――あぁ、俺も叶うことなら雲になりたい。俺は皆で楽しく野球が出来ていればよかったのに、なんでこうなるんだろう?
「秋人、俺の何がいけなかったのかな……?」
「日頃の行いでしょ? 手当たり次第女の子を毒牙に掛けていくからこういうことになるんだよ。今回たまたま噴出しただけで」
「……その言葉、お前だけには言われたくない。俺の現状が女の子にちょっかい掛け捲った結果だというなら、お前はとっくに死んでないとおかしいだろ?」
「ナイスジョーク」
「いや、お前の場合ジョークで済まないだろ。生命保険の加入は済んだか?」
俺のこよみに対する行いは褒められたものではないと思うが、少なくとも秋人には言われたくない。俺の行いを毒牙に掛けるというのなら、見境なく口説いているらしい秋人の行為は毒を噴霧して廻っていると言っていいだろう。もはやパンデミック不可避だ。
「楓ほど入れ込んでくれる女の子はいないからね。モテない男は辛いよ」
……俺も周りも認めるイケメンモテ男クンにそういうことを言われると正直イラっとするんだけど。とはいえそんなことを一々言っていても仕方ない。仮に俺たち2人が仲良く刺されたところで誰も同情してはくれないだろうしな。
「……結局どうしたらいいと思う? 舞とのバッテリーかこよみとの野球か」
「そんな贅沢なこと言ってないで、楓が失踪すればいいんじゃない? 多分2人は仲良く野球出来るよ」
「なんでそんな俺に辛辣なんだよ!? それに俺は橘BGで野球したいからな!?」
飛びっきりの自己中だと、自己嫌悪感も湧き出てくる。だが実際肩を壊した俺がプレイヤーとしていられる場所なんて橘BGくらいにしかないだろうことを想うと、おいそれと譲ることは出来ない。
「つっても原因作った奴が割を食うのは仕方ないでしょ」
「……はぁ。それも一理あるか」
どういう選択をしても、何かを失い、嫌われ者になることは避けられない。嫌な選択肢だ。確かにこよみには申し訳ないことをしたとは思ったが、ここまで苦しくなるだけのことを俺はしてきたのかな。
「実際俺がいなければ上手く行くのかな……?」
「楓さえ絡まなければ舞ちゃんとこよみちゃんが険悪になる理由はないからねえ。チームってことを最優先に考えたら真面目に考えてもそうなると思うんだよね。まあ楓が他所で野球をやってたらこよみちゃんを引き寄せると思うから今度こそ楓には引退してもらわないといけないけど」
「……それ、結局俺が舞とのバッテリーを解消することと大差ないよな?」
「それどころか楓がここから離れるか野球から離れるかの2択が更に加わるよ」
……一体俺はどうするべきなんだろう? 誰か人間関係のトラブルに詳しい人がいたら教えて欲しい。もうどうしたらいいのか、考えらしい考えも浮かんでこない。
「まあ、まだ時間はあるんでしょ? その間にしっかり考えることだね。どっちを選んでも後悔することなら、少しでも楓にとってプラスになるように考えるしかないよ。僕は楓本人じゃないから、一番大事なことが何かなんて分からないけどさ」
「一番大事か……。俺からしたらみんなが誰も欠けることなく野球が出来ることが一番大事なんだけどな……」
「それを火種になった人が言ってたら駄目でしょ。空気読めてなさ過ぎて本気で怒られるよ?」
秋人の言葉で脳裏に思い浮かぶのは、橘BG初勝利の日に舞を背負った俺を前に苛立ったように素振りをして見せるこよみの姿だった。あの時のこよみの不機嫌さも、今なら理解出来てしまう。
……あの一撃を本当に頭に食らったら、取り返しのつかないことになりそうだ。
「……そうだな。現実的に考えて行かないと駄目か――現実的な解決方法って何なんだろうな」
「いっそこよみちゃんを押し倒して既成事実を作る?」
「……いや、俺にとってこよみは可愛い後輩だけどそういう対象じゃないし、そもそもそれのどこが現実的なのか分からねえよ。後先考えてないの間違いだろ」
やっぱり秋人の提案は当てにならねえな。とても高校生が取っていい手段じゃないだろ。それに、やったらそれが俺の肉体的にも社会的にも最期だと思うんだ。最悪背骨を圧し折られて警察に突き出されることになりかねない。
「…………そう」
なんだよ、その間は? まさか秋人、お前――?
……緊張に喉がゴクリと鳴ったが、流石に訊くのは止めておいた。そんなこと、訊くだけ毒だ。
「ならとりあえず土下座してみれば? 結構修羅場を乗り切れるって評判だよ?」
「それはどこの評判だよ!? そもそも”結構”乗り切れるって、それだけ頻繁に修羅場に巻き込まれて使ってるってことだよな? 誰の情報だよ!」
「僕の調査結果かなあ。実際、僕は2回しか使ったことないからね」
……2回はあるのか。最悪どうにも解決策が見出せなかったときは、土下座――かくなるうえは土下寝も含めた――全力謝罪も考えておくか。
「どんな手を使うにせよ、後悔だけはしないようにね」
「ああ……」
珍しく本気の声色の秋人に俺もそう返す。もうあの告白から4日過ぎた。こよみに回答を返さなければならない時期は刻一刻と迫っている――もう一度選択肢を声に出してみるが、どうなることが一番正しいのか、今の俺には分からない。
「俺がいなければ――か」
晩秋の風に吹き消されそうな漏れ出た呟きは、まるで通りすがった誰かが零していったようだった。




