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木曜日:与えられた選択肢、選び取る道②

 手を合わせてご馳走様と声が合わさる。炭水化物に欠ける朝ごはんだったが、自然と心は何かに充ちていた。孤食よりみんなで食べた方が美味いってことかな。

 弁当用にチャーハンと中華スープを作り上げ掛け時計を見ると、まだ登校するまでには少し時間があった。俺はこよみに昨日のことを訊くことにした。


「こよみ、昨日のアレって、どういうつもりだったんだ?」

「先輩、それをわざわざ女の子に訊いちゃいます? そんなだからモテないなんて嘆く羽目になるんですよ? ……その方が私的には好都合なわけですが」

「わ、悪かったな! それでも分からないんだから訊くしかないだろ?」


 女の子慣れしていて、女の子をメロメロにしてしまえるようなカッコいいい男なら、聴かなくたって悟って相手が望むことを出来るかもしれない。しかし生憎と俺はその手合いにはなれない。だったら問題を解決するには訊くしかないだろう。


「先輩は、少しおバカさんですね」

「悪かったな」

「……本当に馬鹿なのは私なんですけどね」

「自虐は良いからさっさと言ってくれ。俺はエスパーじゃない」


 俺がこよみに酷い目に遭わされることは、まあ仕方ない部分はあると思う。なんかこよみから変態の片鱗が見えている気がするけど、それも目を瞑る。そもそも今の関係の発端は俺にあるわけだしな。

 だがそれでも、野球の、チームの問題とは別のはずだ。流石に舞とバッテリーを解消するだとか、チームを抜けるだとか、そんなことは俺に対する当てつけとしては度を越しているんじゃないか?


「……舞先輩が、眩しいんです」

「は、はあ……?」


 いきなり何の話だ? 確かに舞は透が絡んだ時以外大体明るいが、それとこよみがチームを離れたいって思うことが繋がらない。むしろ俺からしてみればこよみも舞と同類で目も眩むほどに眩しい印象があるが。


「……舞先輩はいい人です。明るくて、女の子らしく小さく可愛くて、努力家で、きっと私が男の子だったらあんな人を好きになっていたと思います」

「ならなんであんなことを言ったんだ? 仲良くやれそうじゃねえか」

「私個人としては舞先輩は尊敬出来ますけど……。先輩が絡んでいたらそうは言っていられないです」


 そこで俺が出てくるのか。なんか話があっち行ったりこっち行ったりするな。とはいえ今のこよみはそんなことを茶化せるような空気を纏ってはいない。

 まだ通学路を行き交う子供たちの声はない。されど耳が痛いほどの静寂の中で、黙って俺はこよみの次の言葉を待った。

 

「……舞先輩と一緒にいたら、先輩は必ず舞先輩を好きになります」


 それはどういう意味なんだろうか? それがこよみの気に障ることだとしたら、俺は既に地雷を踏み抜いているってことになるが。


「今でも好きだけど、それじゃ何か問題なのか?」

「先輩の”好き”には野球、女の子、好きな食べ物が同列で並んでるので信用してません」


 ……酷い言い草だな。流石に俺でも人に対する好感と野球に対する好きは別物だって分かってるぞ。


「そんな先輩のことなので、先輩が私の”好き”に応えてくれても、舞先輩と野球をしていたら、きっと私のことを忘れてしまうと思います」

「……」


 返事をしようとして口を開いたが、脳裏に浮かべた言葉は全て薄っぺらく、返せる言葉が思いつかずそのまま空気を呑んで口を閉じた。

 『恋をすると人は変わる』なんて耳にはするが、俺がどうなるのかなんて考えたことがない。こよみの言うような現状から改善が見られない可能性もままあるかもしれないと思うと、とてもじゃないが無責任なことは言えない。


「……黙るってことは、先輩にも思い当たることがあるんですね。私が、先輩に本当に私のことを見て欲しいと思ったら、先輩を舞先輩から引き離すしかないと思いました――いえ、思っています。だから、あのお願いを変える気はないです」

「……そういうことか」


 実際、俺がこよみを忘れていた以上「そんなことない」なんて言ったところで口にしただけ言葉がなおさら薄っぺらくなるだけだろう。

 こよみの言葉を否定する気にはなれなかった。ただそれを盾に俺に選べない二者択一を突き付けて来るなんて――


「……こよみらしくもない」

「自分でも分かってます。先輩が私に遠慮して強く出られないことをいいことに、勝手なことばっかり言って、どんどん嫌な子になってるって」

「……自覚はあったのか」

「ない訳ないじゃないですか。これが素だったら性格悪すぎますよ」


 こよみがそう言って乾いた笑いをこぼす。連れられて俺も笑うが、リビングに寒々しく揃った笑い声が転がるだけだった。

 空虚な笑いも枯れ果てたようにこよみは一度口を噤み、もう一度吐き出すように口を開いた。


「こんな私が嫌いなら、容赦なく嫌いだと言ってください。私はチームを抜けます」

「……嫌いにはなれないけど」


 こよみの誘いに乗って舞とのバッテリーを解消し縁を切るという選択肢は考えたくない。俺を野球に引き戻してくれた恩人でもある舞を裏切るということだからだ。

 それでもこよみの誘いを断るのも容易ではない。意図しない内に彼女を引っ張りまわして、それでも付いて来てくれた彼女を裏切るという選択肢も俺には取れない。

 選択を要求されておいてそんな回答はムシがいい話だと、自分でも分かっている。それでは駄目だということも分かっている。でも、無理だ。


「なら、先輩の答えを待ちます」

「俺は……」


 俺は答えを拾い上げようとして、喉に吐き出せない空っぽのままの言葉が詰まる。

 そして俺は未だに、答えを見つけられないでいる。頭の中で何かが叫び出そうな言葉を抑えつけたまま時間だけが過ぎて行く。時間だけが過ぎていく。


「とりあえず、学校行くか。朝練始まっちまうだろ」

「……分かりました」


 出立の時間になったので、若干不承不承なこよみを伴い玄関から足を踏み出すと、門柱の横で鳶色の毛先がふわふわと揺れていた。部活の朝練無いはずなのに早いな、舞のやつも。


「あ、楓おはよう!」

「おはよう。舞も早いな」


 果たしていつから待っていたのか。鼻の頭がほんのり紅いし、こちらを見つけて駆け寄ってくる姿はさながら待てを食らった小型犬のようだ。

 

「舞先輩おはようございます」

「こよみちゃんもおはよう!」


 舞は一瞬意外そうな顔をしたが、舞が屈託のない笑顔をこよみにも向けると、こよみの笑みに少し影が差すのが分かった。寒空の下であっても、舞の力強い明るさはガンガンに照り付ける夏の太陽のようだ。


「楓、さわやかな朝にキャッチボールでもどうかな!?」


 鞄からボールとグローブを取り出し、舞が訴えてくる。本当に用意周到な奴だな。俺は少し笑ってしまいそうになったが、左手の痛みで笑うことは出来なかった、こよみの右手が、俺の手を握っていた。


「……すいません舞先輩。、楓先輩、貰っていきますね」


 それきり言葉を発する様子もなく、足早に先を往こうとするこよみに手を引かれ、俺も強制的に歩き出させられる。

 少し汗ばんだこよみの手はがっちりと力強く握られており、こっちを見ようとしないこよみよりも雄弁にこよみの心情を語っていた。


「また後でな」

「……うん。また後でね」


 俺のとりあえず問題を先送りしているような言葉に、水を失った花のような、儚げで健気な笑みを浮かべて舞はそう応えた。


「……わるい」


 待たせていた上に置いてけぼりを食らわせてしまう舞に謝り、手を引かれるまま俺も駆け出す。今こよみが見せたのは舞に対する明らかな拒絶だった。

 深まり、広がる溝の間をさらさらと風が流れて行く。一歩歩くごとに広がっていくその溝を埋める手立てが、俺には無かった。


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