木曜日:与えられた選択肢、選び取る道①
お久しぶりです
新年なので初投稿です(最近学んだテンプレ)
寝起きは今日も最悪だった。最近こんなことばっかりだな。
体は起きたが頭が全く目覚めることのないままただボーっとして、流れ出した目覚まし時計の鳴き声を聴いていた。ピーピーとまるで言葉になっていない、そんな雑音すらまだ意味ありそうな言葉に聞こえてきそうな程、昨日の夕から俺の頭の中には疑問符しか浮かんできていない。
一体こよみは、俺に何を言いたかったんだ……? 試されている? 何で?
「……分からん」
分からないという事実を声に出してみたところで、それで分かるようになるものがある訳もなく、頭の中は依然ぐるぐると、思考というにはお粗末な思い付きだけが廻っていた。
「とりあえず飯にするか」
誰に伝えるともなく呟き、キッチンの戸棚からシリアルを取り出したところでインターホンが鳴った。壁面の通話ボタンを押すと、玄関先に見えたのはこよみの姿だった――いや、まだ部活行くにもかなり早いだろ……。
昨日の豹変ぶりに嫌な予感を覚えながらも言葉を交わし、玄関を開けるとこよみはいつものように輝くような笑顔で俺を見下ろしていた。ホントでっけえな。色々と。
「おはようございます! もう朝ごはん食べちゃいました?」
「いや、ちょうど今から食おうと思ったところだけど」
「それなら、今から一緒に朝ごはん食べませんか?」
「一緒にといっても、朝飯なんてシリアルくらいしかないぞ?」
グルグルと音を立ててこよみのお腹が空腹を告げてくる。どうやら態々朝飯抜きで来たらしい。これで俺が「食わすものないから帰れ」って言ったらどうするつもりだったんだろう、この子は。
「駄目なんですか……?」
「駄目じゃないけどさ」
「じゃあ食べましょう!」
笑顔でグイグイ押してくるこよみが玄関を踏み越える。室内に入ると玄関ホールにこよみの快活な声が響く。
流石に看過出来ず、こよみの唇に人差し指を1本、そっと当てて「しー」っと囁く。
「こよみ、1つお願いがあるんだがいいか?」
「はい、なんでしょう?」
虚を突かれたかのように眼をぱちくりとさせ、こよみが急に静かになる。なんか物凄い珍しく俺の前でこよみが素直になったような気がするな。
静かになったこよみに、俺は言葉を繋げる。
「今日は母さんが休みで寝てるんだ。静かにしてくれ」
昨日が夜勤明けで、今日は久しぶりの休みだ。折角だから寝かせておいてあげたい……。起きてこられてこよみと額が触れそうな距離感について訊かれても面倒だしな。
「……分かりました」
こよみは少し考えたような顔をした後それだけ答えたが、何故だろう? 少し考えたような間を取っておいてこよみが素直にこんなことを言うだけで何か裏があるように思えてしまうのは。
「頼むぞ? 前フリとかじゃないからな?」
「先輩は私のことをなんだと思ってるんですか。ちゃんと空気は読みます。1死満塁のこの場面で平気でダブられる先輩と一緒にしないでください」
「いや、そこでダブられてたのは先週までのこよみだろ。あと何が一死満塁なんだよ」
「そこで空気読まない先輩には教えてあげないですぅ。ご自分の残念な頭で考えてくださいー」
明らかに何か企んでいる含み笑いでそう応えてくるこよみに、深く追求するのはやめておいた。これ深追いしたら際限なくこよみが俺のことを馬鹿にしてくるやつだ。それならもう追うだけ体力と俺の精神力の無駄なので、話を飯に戻す。
「はいはい、又そのうち聞かせてもらうさ。でもさっき言った通り本当に食うもの何もないぞ? ご飯はあるが、これを食ったら昼飯抜きだからな」
そのご飯も1.5合しか炊いていない。食べてしまえば今からこよみの部活に合わせて登校するまでに炊き上げることは早炊きモードでも無理だ。
「その心配は無用ですよ。ちゃんと用意してきてますからね!」
そう言いながらこよみが”褒めて”感全開のドヤ顔ででっかいタッパーを取り出してきた。蓋を開けるその手つきのうきうきぶりに、俺の心も思わず高鳴る。
「おお!」
こよみがお弁当を作った! その事実だけで思わず反応してしまったが、中身を見た瞬間、頭の中いっぱいに疑問符が噴き出すのが分かった。色とりどりの――なんだこりゃ?
「……って言ったけど、これはなんだ?」
蓋を開けるなりタッパーの中で目を引く鮮やかなグリーン――これはブロッコリーだ。
その隣の白い艶やかな曲線――普通に鶏の卵で作ったゆで卵か?
更にその隣の歪な形の白い肉のようなもの――パッと見では何だか分からないが、似たような光景を以前インターネットで見たことがある。多分だけど、蒸した鶏だろう。
「お弁当です!」
こよみはそういったが、頭に「ボディビルダーの」が着くだろ! もしかしてこよみは日頃からこんな食事取ってたの!? だとしたらその見事な身体の仕上がりも説得力マシマシだよ!
「せっかくの機会なので先輩に私の得意料理を食べてもらいたくて、腕によりを掛けてみました!」
「いや、これ茹でて蒸しただけだろ!? 腕によりを掛けるところが見当たらないぞ!」
「むぅ……、先輩は女の子の手料理に文句があるんですか?」
褒めてオーラを醸しながらむくれっ面をこよみが作って見せるが、このマッスルクッキングを女の子の手料理と認定していいのか!?
「ほら、召し上がってください。あーん」
「あ、あーん……」
なんかデジャヴ感があるが、こよみの方からフォークに刺したブロッコリーを口元に差し出されたら、もう仕方ない。言われるがままに口を開ける。
「恥ずかしかったら目を瞑ってもいいですよ。はい、ブロッコリー、太いんで気を付けてくださいね」
「んっ……! おおひい、はふぇはひ……!」
「何言ってるか分からないですよ。先輩」
なんで茎の部分の太いところをそのまま茹でてんだよ! 太いし長いし、硬くて食いにくいわ! ちゃんと茹でてあるから噛めるけど、お年寄りならそのまま亡くなりかねないぞ! 根性でポリッと音を立てるブロッコリーを思いっきり嚙み砕き、飲み下す。あわや死ぬかと思ったわ!
「でけえんだよ! 殺す気か!」
「せんぱあい。声大きいですよ? お母さま起きてきちゃいます」
「ここまでされたら声も大きくなるわ! あんなふっといので喉突かれたら息も出来ないからな! しかもなんでお前はちょっと”やりとげたぜ”みたいな表情してんだよ!」
「実際やり遂げたからですよ。口いっぱいで太いのを頬張る先輩凄く可愛かったです。喉まで押し込まれてちょっと涙目なのもベリーグッドです」
……ありったけ頭に上っていた血が全部凍り付くような気分だ。まさかこいつの趣味趣向が”あの”もみじと同じ方向に逝っているなんて。
「……ごめんなさい。ちょっと興奮して失敗しちゃいました。別に意図的に喉までブロッコリーを押し込んだわけじゃないです。ただ、先輩が無防備に口開けているのをみたら手が勝手に……」
「謝ってるつもりなのかもしれないけど、なおのこと質が悪いからな?」
「そのまま押し倒しそうになったところをブロッコリー1本ねじ込むだけで済ませたんだから我ながら頑張ったと思います」
そう言って俺を見据えるこよみの目は、とても冗談を言っているようには見えなかった。……冗談を言っていないということは、そのとっくに暴走しきった理性が最後の一線を許していたらマジでこの場で俺のことを押し倒すつもりだったってこと……? 上の階で親が寝てるのに?
「先輩の”あーん”すっごく可愛かったですよ」
「……もうやだこの後輩」
「たぶん青木先輩がよだれを垂らしそうなポーズでしたよ。写真撮っておけばよかったです。きっと高値で売れたと思うので」
「それだけは本当に止めろ!」
本当に撮られてなくてよかったよ! もみじとその友達の水井さんは明らかにそっちの趣味がある。下手に横流しされていたらそのまま漫画化されかねない。アイツのお母さん曰くアイツはナマモノ(?)に抵抗がないらしいからな。
「で、味はどうです?」
「うん、……美味いよ」
「不味く作りようがないですもんね!」
それもそうか。とはいえ蒸し鶏も塩コショウだけではなく、いくつかのスパイスで美味いこと味付けされているし、料理のセンスが壊滅しているという訳ではないみたいだな。料理した経験が希薄ってだけで。
「それでも本当に美味いと思うよ。蒸し鶏も美味いことスパイスが利いてるし」
「お粗末様です。お世辞でもありがたくいただいておきます」
最初の一口以外こよみは意地悪してくることもなく、なんだかんだ大きなタッパーの中に詰めてあった鶏肉もブロッコリーもゆで卵もあっという間に食べきれてしまった。




