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水曜日:恋願うこと、乞い願うこと④

 最終下校時刻のアナウンスに窓の外を見ると、空一面に真っ黒な水彩絵の具をぶちまけたような夜空が広がっていた。先ほどまで星々の明るさを掻き消す程に明るくナイター用照明が輝いていたが、どうやら練習は終わったらしい。

 もう19時近いし、流石にソフト部も切り上げか。


 帰り支度をして正門を出る頃には、室内の空気で温まっていた身体もすっかり冷めてしまっていた。……早くこよみが来てくれないと、これ結構辛いかもな。


「おっす楓! 人待ち?」


 正門の傍らでこよみの事を待っていたらなんか聞き知った声の人になんか妙なテンションで声を掛けられた。

 ソフト部のキャプテンであるピロこと田中浩美が制服の上にウインドブレーカーを羽織った登下校スタイルでここにいるあたり、ソフト部の練習も終わったみたいだな。


「ピロか。お疲れ。こんな時間まで練習大変だったな」

「本当にね……。正直慣れない環境でフライ追うのがこんなに辛いとは思わなかった。アンタもなんか疲れてるね。舞ちゃんと体動かしてたの?」

「そこまでハードにやってはいないけどな」


 身体を動かしたといっても、30分くらいキャッチボールをやっていただけだしな。身体的にはそこまで疲れていないと思うんだけどなあ。勉強のせいかな?


「まあ俺のことは良いや。それよりこよみはどうだ?」

「んー? あー……。絶好調だね。私が軽く凹むくらいには絶好調。この間まで2年の顔色窺って消極的なバッティングしてたのは何だったんだってくらい振り回してるよ。……本当にかわいくない」

「ならよかった」


 こよみにはそれくらい豪放な方がよく似合う。俺の個人的な先入観かもしれないけどさ。

 少なくとも先輩に目を付けられるとか、俺の目がどうのこうのなんてつまらない理由でアイツの持ち味を捨てるのは勿体無いだろ。


「ならよかったねえ……。アンタあの子――こよみちゃんには本当に優しいのね」

「一応昔馴染みの後輩だしな」


 嘘は言っていない。嘘は。


「依怙贔屓キモ……」

「ぐぅ……」


 ピロに割と本気寄りのトーンでそう言われてかなり傷付くが、多少身内贔屓な評価になってしまうのは仕方ないだろ?


「と、とにかく、その状態でこよみがのびのびやれているってことは、ピロもチームメイトに釘刺してくれたってことだろ?」

「まあ多少はね。私に感謝しなさい」

「もちろん感謝してるって」


 チームの嫌われ者だったこよみのために、キャプテン自身が嫌われる覚悟で声を上げてくれたんだ。頼んだ身としては感謝するしかない。


「そういえばソフト部でちょっと噂になってたけどさ――アンタ、あの子と付き合ってるって本当なの?」

「は? へ? なんでいきなりそんな話に!?」

「今日の朝アンタとあの子が”なかむつまじそー”に登校してきたところを見たって子がいてね。それに今日アンタが中庭であの子を膝枕してるのも――その、見ちゃったし」

「こよみのバカァァァアアア! やっぱり見られてるじゃねえか!」


 中庭に人がいなかったところで、中庭を囲う校舎の窓からは丸見えだ。むしろ人がいないだけ異常な人がいれば異常性が際立ちやすい。俺たちのやり取りが見つかれば際だって仕方なかっただろう。


「で? どうなの? 付き合ってるの?」

「……まだ決定じゃないけど。こよみからはその……」

「告白されたと?」


 ずばりそのままオブラートに包むことなく指摘されては首肯する他ない。ピロはさも面白くなさそうに、吐き捨てるように呟いた。


「爆ぜろリア充が」

「いきなり酷くない!?」

「で、その告白を受けた色男が何を疲れた顔してんのさ」

「本当に俺が色男だったらよかったのにな……」


 生憎と俺はピロの言うような色男ではない。こよみが勇気を出しただろう告白に何も応えられないような、冴えない男だ。


「……どうしたらいいか分からないんだよ」

「どうしたらいいか、ねえ……」


 少なくとも恋人同士になるってことがどういうことなのかよく分からない。確かに彼女が欲しいと思ったことはあるけど、こよみは俺にとってそういう対象ではないのかもしれない――或いは野球という絆で結び付いたもっと近い関係か。


「俺はこんなだし、こよみはカッコいいし、背も高いし、ソフトも凄い大した奴だし……」

「ああ、確かにアンタは背が低いもんね」


 ”こんな”という単語で胡麻化したものをわざわざ暴き立てて追い打ちするピロにはもう脱帽するしかない。なんで俺の周りの奴らは男女問わずに俺を追い詰めてくるんだろう……。


「……やめて」

「背が低いし、顔もカッコよくはないもんね」

「2回も言うな」


 抉られた胸の傷が辛くて仕方ない。実際俺の身長は女子の平均よりちょっと高いピロと同程度でしかない。まだ伸びるという一縷の希望はあるが、それでも現状は芳しくない。


「それで、泣き言抜きにしてアンタはどうしたいの?」

「……分からない。少なくともこよみのことは好きだけど……」

「好きだって言うなら、とりあえず付き合ってみたら? 2人じゃなきゃ見られない景色っていうのはあると思うよ」


 とりあえず――か。そんなの失礼じゃないのかと思う反面、ピロのアドバイスは含蓄がある。参考にしてみる価値はあるかもしれない。

 これはピロの実体験からくるアドバイスなのかな?


「ピロには、そんな人がいたのか?」

「……いたことない。いたことないんだよこのリア充がぁぁぁああああ!」

「いだだだだだ! 痛いって!」


 荒ぶって左肩をバンバン叩かれたら痛えよ! というか今ピロの奴一切の加減なく叩いただろ! こよみほどじゃないけどピロのパワーも大概だな!


「とにかく、アンタはもう少し自分の周りに目を向けなさい。自分を卑下することはアンタの周りにいる人間に失礼だし、どうしたいかも自覚出来ないままあれこれしてもアンタが幸せにならないからね」


 あれだけ俺のことをボロクソ言う割には、ちゃんと俺がどうしたらいいか考えてくれるんだな。何だかんだピロは面倒見がいいし、人の上に立つことに向いているやつだ。

 顧問も先輩方も、揃ってピロをキャプテンに推薦したのもよく分かる。


「ありがとう、ピロ」

「……言葉より態度で示して。じゃあ私はこれで」


 そう言い残してピロは下校していった。足取りも重そうなあたり、相当しんどい練習だったみたいだな。

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