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火曜日:これが年上の色香と包容力です!④

 嫌々言ってた舞を半ば強引に切り上げさせ、クールダウンを行っていく。常々油断も隙もあったものではないと思っていたが、ここまで自分に鞭打つとは思ってもいなかった。


「せっかく一緒に練習できると思ったのに……」

「また別の日に幾らでも機会はあるだろ。舞が怪我しなきゃな」


 秋の日は釣瓶落としというが、確かに日が傾くのは日ごとに早くなっている。黄金色だった河川の水面の揺らぎも既に半ば闇色に染まりつつある。俺だって練習時間を確保したいという舞の心残りも理解出来ないわけではない。

 河川敷に植えられた黄色い秋桜は既に夏が遠く過ぎ去ったことを告げていた。晩秋か、年内はいつまで練習の日程や練習試合を組めるかなあ……?


「あーあ……。折角昨日秋人くんと練習したボールを見せようと思ったのになあ……」


 頬を可愛らしく膨らませて膨れっ面を作って抗議してくるが、流す。幾ら可愛い子ぶったところで、俺は流されてやるわけにはいかない。そもそも1人で全試合全イニングを投げて平日も多投なんてしていたら早晩肩や肘を壊すに決まっている。


「また明後日な。壊れたら何にもならないんだからな」

「大丈夫だよ、楓が着いててくれるなら」


 舞はそう言うが、その俺がいないところで延々投げてるのが舞なんだけどなあ。いざ実際に調子が悪くなった時なんて言うんだろうか。


「楓が受けてくれるならボクは大丈夫だよ。多分」

「……なあ舞、俺は怪我を予防するために声掛けは出来ても、してしまった怪我は治せない。俺の肩がそうであるようにな。だからこそお前には怪我で後悔するようなことはしてほしくないんだ。分かるだろ?」


 投げたがりの舞には要らぬお世話と思われるだろうし、親切の押しつけがましい話かもしれない。それでも俺は言わずにはいられない。少なくとも舞に同じ轍を踏ませないためにも、俺にはそれを言う義務があるとすら思う。


「うん……。楓がボクのことを大事にしてくれるのは嬉しいけど、それだけにやっぱりボクはもう少し投げないといけないなって思うんだ」

「人の話聴いてたか?」

「ちゃんと聴いてるよ。でも楓がボクを大事にしてくれる分、ボクはそれにピッチングで応えたいって思うの! これは譲れないよ!」


 ……舞に肩や肘を大事にして欲しいと言ったが、舞のフィルターを通すとまるで俺が舞を口説いているようだ。確かに大事な仲間だと思ってるけどさ。


「……大丈夫。楓を野球にまた引き戻したのがボクだっていうなら、ボクが楓を野球に惹きつけ続けるから」

「今だって十分過ぎるよ。大体なんでそんな……」

「こよみちゃんと一緒だよ。ボクも楓と一緒に野球がしたい。それだけ」


 この間のベンチ裏でのこよみとのやり取りを聴かれていたのか。舞がちひろちゃんや秋人の応援をせずにこちらのことを見ているとは思ってもいなかった。

 

「昨日、今日と目の前で楓が連れて行かれて思ったんだ。今後ソフトボール部がオフに入ったらもっと一緒に練習出来る時間は減るんだろうなって」

「……それは、否定出来ない、かもしれない」

「うん、昨日と今日の朝、昼のことを見たら流石にボクでも察しはつくよ。でもそれでこよみちゃんを責めるのはお門違いだと思うからさ……。どうしたらいいのかなって」


 実際俺にも分からない。そもそも付き合うというとどの程度の頻度で、どんなことをするのかも俺はよく知らない。少なくとも昨日や今日のようにこよみがやってくるのでは舞と野球の練習をする時間はそう取れなくなるだろう。


「漫画でも『好きな人と一緒にいたい』って言うのはいろんな作品で共通だったからね。よく分からないけどこよみちゃんもそうなんだろうと思う。ボクは所詮部外者だからそれを止めろなんて言えないしね」


 当事者であるはずの俺にもこよみのしたいことを止める権利はない。影の落ちた川のように、先の見えない流れに身を任せてしまっている自分の無責任さもあるだろうが、俺はどうしたらいいんだろうか。


「好きな人と一緒か……」


 俺のため息と重なるように、そう舞がため息のように溢した。

 舞のグラブの先端に俺の投げたヒョロヒョロのボールが当たり、グラブから毀れたボールが勢いもなくただ重力に引かれ落ちる。投げられたボールを視認するのはもう困難だ。ダウンのキャッチボールもここまでにせざるをえまい。


「……やっぱり、楓と野球してるこの時間がボクは好きだな。ずっと1人でやってたから、見てくれる人や助言をしてくれる人がいるのは嬉しい。…………それが、もしもそんな形でも一緒にいたいっていうことが好きってことなら、ボクが楓とずっと野球をしていたいのも似たようなものなのかな?」


 私見だけど多分違うと思うぞ。

 舞はただ野球をする相手に飢えているだけだろう。現に昨日だって秋人相手に500球投げたって言ってたしな。相手になってくれるという自分の要求を満たしてくれる相手を必要としているだけだろ。まあこんなことは言わぬが華か。


「……そんなこと、俺に分かるわけないだろ」

「だよね。楓って鈍感そうだもん!」

「そのセリフ、舞だけには言われたくないからな?」

「ががーん!」


 舞も自分の鈍感さに自覚があるんだろう。大袈裟に驚いて見せてくる。

 俺も男女の機微に敏感とは言えないが、流石に野球や食べ物の好きと異性への好きを同列にしかねない舞よりは多少は大人な自覚がある。


「むぅ……。楓、ちょっとそこに座って」


 少ししょぼくれた舞に促されるままにベンチに腰を下ろす。石と木で作られた粗末な低いベンチに腰掛けると、舞の頭が遥か頭上にあった。下から見上げても舞の胸元は本当に外見的な段差がないな。


「こよみちゃんが言ってたよね。ボクは楓のなんなんだろうって。お母さんでもないし、でも単なる友達って言うには楓には色々助けてもらったし」


 その分俺も舞にはいろんなものをもらって助けられたけどな。少なくとも舞の活力は俺の元気と勇気になっている。


「やっぱり単なるチームメイトってだけでは括り切れない、もっと別の関係がいいなって思ったから……」


 つまりそれって――?


「やっぱり、お姉ちゃんかなって!」

「何故そうなる!?」

「だってボクは8月生まれで17歳、楓は12月生まれだって言ってたから16歳。つまりボクの方がお姉さんだから!」


 その理屈ならまあ確かにそうだが……。それでいいのか?


「あとは単に弟が欲しかったというのもある!」

「我欲全開だな!?」


 最後の一押しでそれまでの良い話風なところ全部笑い話になったぞ! それでも確かにそんな自分の欲求にストレートな方が舞らしいかもしれないけどさ。

 

「まあそんなわけで、お姉さんらしく楓の背中を押してあげようかと思ってね」

「ま、舞!?」

「……これが年上の、お姉さんの包容力だよ」


 そう言って舞の小さな手が俺の後頭部に触れた。ただ俺はされるがまま、舞の胸元に抱き寄せられ、平らな胸元に頭を預けていた。……いや、なんだよこの状況? 

 ただ優しく包み込むようなハグの温かさに、半分困惑し、半分緊張に体が強張った。

 薄い胸に耳を澄ますと心臓の鼓動が聴こえる。トクン、トクンとメロトノームのように規則正しく拍を刻むそれは、俺と違って舞が全く動揺していないことを雄弁に物語っていた。 


「……私は男の子に告白なんてされたことないし、楓に具体的で活用しやすいアドバイスが出来る訳じゃないからね。せめてこんなことで楓が前に進めたらいいなって」

「……舞」

「なあに?」

「……なんでもない」


 河川敷を吹き抜けてくる風は冷たく俺と舞の間を抜けていくのに、俺の顔だけはいつまでも熱いままだ。本当は恥ずかしいから放して欲しいと言おうと思ったが、ただ舞の平らな胸の、居心地の良さに負けてしまった。

 不安になった時、人の胸の温もりは効くらしい。思い返せば舞が初試合でボロ負けした後は俺が舞に胸を貸したっけ。あの時も仕掛けたのは舞からだったけど。


「何か怖がってみたいだけど、楓なら大丈夫だよ。こよみちゃんの想いにもきっと応えられるよ。自信持って」


 舞がいつになく大人びた口調で、そう告げてくる。

 風が吹き、俺と舞の髪が揺れる。河川敷に植えられた黄色い秋桜が俺の駄目さ加減を笑うようにいつまでもゆらゆらと揺れていた。


とりあえず毎日更新一旦ここで切ります

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