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火曜日:これが年上の色香と包容力です!③

 授業終わりの教室に差し込む日差しは既に橙に色づき、日もかなり傾いて来ていた。

 なんか今日は疲れたな。元々寝不足だったとは言え、朝は秋人の手でこよみに引き渡され、走らされ、昼はこよみの方が連れ出しに来て折角舞の襲来に慣れたクラスメイト達に2日連続の白い目見られるハメになったしな。今日一日覚えていることがこよみの事しかねえ……。


「じー……」


 帰りのホームルームが終わり荷物をまとめていると、教室のドアの陰からひょっこりと鳶色の小さな頭が覗いていた。しかも「じー」と口に出ていた。何故舞はバレバレな隠れ方をしてしまうのだろうか。


「……舞、そんなところで何してるんだ?」

「こよみちゃんが来てないか確認してた」


 確かに昨日も、今日の朝も昼も俺が舞の目の前でこよみに引きずられていったからな。舞の昼休みのキャッチボールも2日連続ドタキャンせざるを得ないことになったし、正直悪いことをした自覚はある。自分ではどうにもならなかったけどさ。


「……今日は一緒じゃないんだね」

「こよみが部活だからな。なんでもソフト部が大会勝ち進んで、今週末に決勝だとかで追いこみだってさ」

「へー。結構練習遅くなるの?」

「多分な。普段2回戦で消えるのに勝ち進んだせいで顧問が燃えてて遅くまで練習するだろうな――ってこよみが言ってた」


 ついこの間こよみは「ソフト部なんてどうでもいい」なんて言っていたが、やっぱりチームへの帰属意識もソフトボールへの愛着もあるらしく、練習があることを楽しそうに語ってくれた。


「そっか。今日はこよみちゃんいないんだ……」


 少しだけ真剣な面持ちで、舞がそう溢した。その小さな手に軟式ボールを握り、右手にはグローブが――要はいつもの舞だ。


「ああ、今日は時間作ってくれとも何とも言われなかったしな」

「それなら楓、ちょっとだけ受けて貰っていい?」


 なんか神妙な表情をしていたような気がしたが、結局のところやっぱりいつもの舞だった。


**


 いつもの河川敷にボールとグラブが織り成す捕球音が響き続ける。相変わらず女の子にしては素晴らしいボールだが、今日はなんだか調子が悪そうだな。


「どう……かな?」

「イマイチだな。スローカーブの球速を落とそうとしすぎて腕の振りが緩んでるぞ」


 舞が訊いてくるが、生憎と状態は良くない。舞もそれが分かっているのだろう。少し首を傾げ何度もボールの握りやリリース位置を確認していた。

 もう一度スローカーブと宣言し舞が振り被る。今日も相変わらず風を受け盛大に広がるスカート姿だが、もう俺からは何も言うまい。足を大きく振り上げる度に細身の割に肉付きのいい太腿とスパッツが露わになる。

 ああサンキュースパッツ……。舞には一度スパッツなしで全力投球していた前科もあるので今はそのスパッツの献身に感謝しておく。


「今度のはどう?」

「やっぱり腕の振りが鈍いな。次、ストレート」


 俺の指示に舞が頷き、またワインドアップモーションに入る。振り被ると一切の陰影もないほっそりと平らな胸部のシルエットが制服越しにはっきりと分かる。体格に比して立派なお尻がヒップファーストの軌道を描き、真っすぐ投げ放たれたボールが俺のミットに収まった。だがまあ――


「……球にキレがないな」


 カーブの腕の振りが緩んでいるというのも明らかだが、それ以前に全体に腕に振りや下半身の体重移動のバランスが悪い。明らかに疲労感が窺える投手のそれだ。球速もおそらく115km/hも出ていないだろう。

 そういや昨日秋人が相手してくれたって言ってたな……。


「なあ舞、なんかボールが疲れてるように見えるけど、昨日何球投げた?」

「え? ご、50……。くらい?」


 そうは言われても、答える舞がここまでおどおどしながら目が泳いでいることから察するに、100は軽く超えているみたいだな。200球前後くらいか?


「嘘つくならもう俺は受けないからな」

「あぅ……。実はご……。500球……」

「ごひゃッ!?」


 あ、やっぱりこの子アホの子だ。あれだけ俺が肩や肘のオーバーユースに注意しろって言ったのにちゃんと聞いてなかったみたいだな。実際投げられるときは幾らでも投げたくなってしまうが、肩も肘も消耗品だ。


「今日はもう投げるな! ダウンするぞ! ったく、秋人の馬鹿にも一言言ってやる!」


 少なくともアイツはオーバーユースの危険性を理解しているはずだ。分かっていて流石にその怠慢は許されるものじゃない。


「秋人くんは関係ないよ。ボクがやるって言っただけだから」

「だとしてもアイツが無理にでも止めさせるべきだった」


 舞は自己責任だというが、受けている側の責任もあるはずだ。携帯電話の履歴の一番上にあった秋人の名前をプッシュする。

 呼び出し音が鳴るが、待てども待てども秋人は電話を取らず、留守番電話に切り替わった。


『あー多分楓だと思うけど僕のせいじゃないからね!』

「……」


 果たして秋人は俺の行動をどこまで読めているのだろうか……? 秋人が舞に付き合ってピッチング練習をしていたのが昨日で、まさか昨日の今日で俺が秋人に舞を止めなかった件で苦情の一報をするだろうところまで読んでいた? いや、そこまで行ったら怖えよ。それから、このピンポイントメッセージ用意して、もし電話してきたのが俺じゃなかったらどうするつもりだったんだよ。


『楓じゃなかったらゴメン、ピーって鳴ったらメッセージを吹き込んでください』


 ツッコミたいことはいっぱいあるし、どう反応してやればいいかわからなかったのでとりあえず「明日話があるから」とだけ吹き込んでおいた。


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