火曜日:これが年上の色香と包容力です!②
しばらく秋人にからかわれ舞に手を引かれながら通学路を行くと、横断歩道の向こうに女子にしては珍しいくらい上背のある女の子がいた。
スカートから伸びる筋肉質で贅肉など一切ない浅黒い脚といい、制服の肩部分がパンパンに張って見える筋肉といい、どう見ても只者ではない女の子だった。
「お、噂をすればいいとこに。おーい」
その少女の背中に声を掛けて、秋人が面白いおもちゃを見つけたかのようにさも楽しそうに舌なめずりして見せつけてくる。こいつ俺の反応見て楽しんでるな。
「あ、楓せんぱーい!」
秋人の声に気付きこちらを見るなりこよみは俺を見つけたらしい。横断歩道越しに手を振ってくるこよみの柔らかく女の子らしい笑顔が、正直眩しくてたまらなかった。
こよみは一足飛びに横断歩道を駆け抜けてくるが、俺たち今からそちらに行くところだったんだけどな。
「おはようございます!」
「おはようこよみ……。朝からテンション高いな……」
「どうもっす! 褒めても何も出ないですけどね」
こよみの体育会系全開の力強い挨拶が俺の頭にガンガン響く。澄んだ秋空を往く太陽のような少女は、徹夜明けの俺には眩し過ぎる。こんなのの近くにいたら冗談抜きで溶けてなくなってしまう。
「おはようこよみちゃん。元気いいね!」
「舞先輩もアキ先輩もおはようございます! 朝から仲良く登校ですか、いいっすね!」
テンションを変えることなくこよみはそう言うが、視線は秋人と俺、舞を三等分していったり来たりしていた。なんだろう、意味ありげに目くばせとかしてるし。
「えっと、そのアキ先輩……」
「大丈夫、分かってるよ」
こよみらしくもなく一瞬言葉を詰まらせていたが、秋人はさも訳知り顔で会話を続けていた――俺の制服の首の後ろを掴みながら。こいつ何を?
「あ……」
舞があっけに取られている間に、秋人に首元と背中を押されるようにして、こよみの眼前に”俺が”突き出された。
「はい、こよみちゃんにこれあげるよ。大事にしてね」
「当たり前ですよ! アキ先輩は話が早くて助かるっす!」
なんだかそれが当然であるかのようにあっさりと引き渡されたんだが?
そしてこよみに腕を掴まれ、通学路を半ば引きずられるようにして走らされる。朝からなんでここまで心身まとめて振り回されなきゃいけないんだ!
「あきひとぉぉぉおおおおお! お前後で覚えとけよぉぉぉおおおお!」
「後とやらがあれば覚えておくよ。お達者で」
「ほら先輩、アキ先輩が気を利かせてくれたんですから、早く行きますよ!」
「秋人ぉぉぉおおおお!」
秋人、お前気の使い方が間違ってんだよボケがぁぁぁああああ! いつかお前が女の子関係のトラブルで風邪をひく呪いかけてやるから覚えておけよ!
「楓。……頑張って!」
すごくコメントしにくそうに曖昧に笑いながら舞がそう言った。そうですかい、ここに俺の味方はいませんか。なんだいつものことだな!
**
結局秋人の手で俺はこよみに引き渡され、俺はこよみに手を引かれるがままに通学路をいつもよりかなりハイペースで歩かされていた。それ自体はなんてことはない。単に俺の歩くスピードがこよみより遅いだけだ……。
普通男が女の子に合わせてあげるものだと漫画にはあったんだけどなあ。まあ言ったところで舞に「漫画と現実を一緒にするな」って笑われるか。
「あ、すいません先輩。少し速かったですか?」
「大丈夫、うん。もっと速く歩けるから大丈夫」
まあ今の速度で普通に歩く分には限界だけどな。これ以上は競歩のようにシャカシャカ足を動かさないといけない。とても和やかに登校出来るような状態でなくなるだろう。
「少しペース緩めますね?」
「……頼む」
正直、辛い。何で俺は朝っぱらから後輩の女の子に自分にスピードを合わせてゆっくり歩いてもらうことを頼んでいるのだろうか。
……せめて俺が透みたいに背が高ければきっと今の並びも絵になったんだろうけど、正直、今は周囲の目が痛い。小声で「ダッサ」とか言った奴いたけど聞こえてるからな。
「すいません、やっぱり無理させちゃいました?」
「だ、だいじょうぶ、だって、そんなこと気にするな」
「……それなら気にしないようにしますね」
こよみなりに気を使ってくれたんだろう。それ以上何も言わず、少し歩くスピードを緩めて俺に合わせてくれているのが分かる。
こよみが良い奴なだけに、自分の矮小さが際立つ。いっそこよみがもっと憎めてしまう嫌な奴だったら良かったのにだなんて、透にかつて思ったことと同じことをこよみに重ねてしまっている自分に更に嫌悪感が募る。はあ……。
「そういえば、朝から舞先輩と一緒だったんですね?」
「ん? ああ、舞の家から学校までの通り道だからな。小中学校の学区は隣だったから今まで縁がなかったけど、案外近かったんだ」
最初は朝からいきなりインターホンを鳴らされて驚いたが、最近はもうその時間に準備出来てしまっているくらいにはもう俺の生活も順応している。だがそれが何か問題なんだろうか?
「……何で先輩は舞先輩の家なんて知ってるんですか?」
「そりゃ行ったことあるし……」
流石に同性の家にお邪魔するほど気兼ねのないわけではないが、何度かお邪魔してゲームしたり野球の映像を見ている中ですっかり舞のお母さんお父さんとも顔馴染みになっているしな。
部活にも入らず1人で野球の練習ばかりしていて同性の友達が少ないらしい舞にとってはそれが普通なのだろう。
「……油断してた。まあ舞先輩だから大丈夫。多分、うん」
「?」
こよみがボソボソと何かを自分に言い聞かせるように呟いているが、舞だと一体何が大丈夫なんだろうな。多分こよみにしか分からない事情でもあるんだろうが。




