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月曜日:デートをしましょう⑤

 こよみは1つにっこりと幼い子のような屈託のない笑顔を浮かべて――


「まぁだ教えてあげないですよ」


 そんなことをのたまいやがった。折角気を利かせたのに全て踏みつけてきやがったぞ!


「なんでだよ!」

「別に先輩が送り狼なんてする度胸がないのは分かってますけどぉ、先輩のことだから送るだけ送ってやることはやったかのようにさっさと帰っちゃうだろうと思ってるからです」

「うぐぅ……!」


 なんて嫌な心配のされ方だ。それでもあながち間違っていなさそうなのがなおのこと悔しいけどさ! 現に俺はこよみを家まで送ってさっさと帰るつもりだった。


「だからまだ寄り道したいです。寄り道するなら義理堅いハズの多分先輩は着いて来てくれますから」

「あんまり遅くなるなら帰るぞ」

「その場合は私が先輩の家に行くからいいです」

「それ何の解決にもなってないよな!?」

「そりゃあ私は解決なんて望んでないですもんねー。大体私は先輩の家くらい覚えてますから遠慮なく帰って貰って大丈夫ですよ。私が満足した上で先輩が送ってくれるまで居座りますから!」


 ああ言えばこう言うし、弁も力も立つのが厄介な後輩だな。いっそ以前漫画で見た「男を甘く見るなよ」なんて言って押し倒せたらこよみの見る目も変わるかもしれないが、多分やろうものなら組み敷かれるのは俺の方だろう。

 観念して白旗を上げ、こよみの”寄り道”に付き合うことにする。こよみは明日から週末の大会に向けての追い込み練習であまり放課後に時間が取れないらしいしな。


「そういえば何でこよみは俺のことが分かったんだ?」


 折角の機会だ。俺は今までずっとそれとなく腹の底にたまっていた疑問を打ち明けることにした。俺は名前を思い出すだけで一苦労だったし、名前を思い出したところで”櫻井こよみ”という同姓同名の他人を疑ってたくらいなのに、こよみはなんであっさり俺のことを俺だと認識出来たんだ?


「まあその辺は私の運命力って奴ですよ! ビビッて来たんです! ビビッと!」

「すげえな……」


 正直、こよみだったらそれもない話でもないと思う。たまに俺の思考を総浚いしていく野生の勘並みの直観が働いたのかもしれない。


「……というのは真っ赤なウソです。すいません」

「ウソかよ! 確かにそんな野生動物みたいな理屈で見分けられても怖かったけどさ!」

「ホントの答えは先輩のことをたまに見てたからですよ。先輩は私が見ていたことすら知らないですけどね」

「え? まさかスト――」

「ストーカーなんてしてませんよ。それはプランBです」

「…………え?」


 それはどういう意味なんだろう? ネットスラングのネタから言えば「ああ? ねえよそんなもの」なのか、或いは本来の意味であるこよみがやっていたプランAが功を奏さなかったときはやる選択肢に入っていたのか……?

 まあいいか、こよみのプランAで今こうして俺たちはまた巡り合えたわけだし。


「先輩からその話が出たので、いい機会なので私の家の場所を教えてあげます」


 いや、俺の疑問とこよみの家の場所と何の関係が……? 

 そもそもこんなことで教えてくれるなら、さっき俺に対してもったいぶったのは何だったんだよ!


「ここです!」


 こよみが指さしたのは公園から小路を挟んですぐ玄関。この公園自体俺の家から200mも離れていないことを踏まえると――


「ほぼご近所さんじゃねえか!」

「そうですよー。実はご近所さんで幼馴染だったんですよ」


 公園を抜けた先の、片道2車線の道路を超えれば歩いて5分で俺の家だ。舞の家も意外と近いなと思ったけど、それよりも近いぞ。


「でも俺はこよみの事を全然見た覚えがないぞ?」

「……先輩はあそこの道がなんだか知っていますか?」

「いや、よく知らない。ただ車通りが多い道だってことしか」


 実際道の意義なんて知ってるやつの方が稀だろ? あの道が俺とこよみに何か関係があったのか?


「あの道のこっち側とあっち側で中学の学区分けが違うんですよ。こちら側は橘中央中で、向こう側――先輩の家は橘南中学校の学区でした」

「それで中学時代はこんなに近いのに全く会わなかったのか」


 なるほどな。合点が行った。だがそれだとしたらこよみは何故俺のことが分かったんだろうか? 流石に俺だって小学校の頃と比べれば背だって伸びたし顔つきだって変わったと思うんだがな。


「ええ。中学は離れちゃいましたけど、一応中学の野球部の応援に駆り出されたときに先輩の姿は見ていました。流石に相手のチームだった先輩を野球部の前で大っぴらに応援は出来ませんでしたけどね」

「だろうな。そんなことされたら俺もドン引きだったよ」

「でも顔はしっかり頭に入れてました」

「すげえな」

「乙女のパワーを舐めないでください」


 こよみの言葉に、思わず脳裏で”乙女のパワー(物理)”という単語が思い浮かんでしまうが、それを首を振らずにそっと脳の外に追い出す。こんなことを悟られたら俺が乙女のパワー(物理)で締め上げられてしまう。


「中学の件で、人間の巡り合わせなんて道一本で変わってしまう儚いものだって、分かったはずなんですけどね……。それでも先輩とならまた野球が出来るんじゃないかって――最後の大会を控えた頃に一度告白しましたけど、先輩は全然分かってなさそうだったので、今度巡り合えたその時には絶対に告白しようって決めてたんです」

「意外と思い込みが強いタイプなんだな」

「一途って言ってください」


 不確定要素は多過ぎたはずだ。だがそれら全ての不確定要素を踏み潰してこよみはこうして俺の横に立っているということか。その想いの強さを一途さというのなら、こよみは一途だ。俺なんかよりもずっと自分の心にも、自分の力にも、ひたすら一途だ。


「高校進学の際、橘南高校ナンコーを選んだのはほとんど賭けでした。先輩はきっと強豪校の推薦は掛からないだろうし、多分セレクション*には通らないと踏んでいました。昔の話を聞く限り成績もよかったからきっと中学でも成績を維持して地元の進学校を選ぶだろうと読みましたが、それに関しては私の読みがバッチリ当たったようでよかったです」

「俺はこよみに随分と失礼な信用のされ方をしてたんだな」


 ……確かにスカウトの話なんて来なかったし、セレクションに行って受けに来た奴らのガタイのデカさと馬力には驚かされたけどさ、橘中央中との試合を見ただけでそこまで言われるとはな。


「しょうがないじゃないですか。楓先輩が中学最後の大会で出した最速は110km/hちょっとですよ? 舞先輩のようなサウスポーでも厳しいのに先輩は右投げですし」

「そこまで見られてたのかよ……」

「はい……。ずっと」


 前言撤回。俺のピッチングについてかなりしっかり調べられている。確かに全試合スピードガンが辛目の球場だったとはいえ、こよみの言う通りで俺の球速自体控えめだったのは事実だ。とてもではないが強豪校からお誘いが来るような水準にはなかった。


「正直、何度か先輩の家まで会いに行って進学先や近況について訊こうかと思いましたけど、自分がされたら迷惑なので止めました」

「それはいいと思うぞ。俺の周りには自分がされたら嫌なことを率先してやっていく奴が2名程いることだしな」

「あはは……。アキ先輩ももみじ先輩も変わらないですね」


 俺としてはいい加減に変わって欲しいと思うけどな。いつまでもあの2人に振り回されてたら身がもたない。


「賭けには勝ちましたが、高校入学してからはいつ声を掛けようか迷ってました」

「え?」


 橘BGが発足した最初の自己紹介の時点から割とざっくらばんな感じだったが、迷いとかあったのか、あれで? 確かに俺も最近までこよみの事を認識していなかったけどさ。


「流石に『え?』は失礼です。先輩、私だって女の子なんですよ? 口実もないのに押し掛けるなんて出来ないです……」 

「そういうものなの? こよみからは想像もつかないけど……」

「女の子は得てしてそういうものなんです! ホントにオンナゴコロが分からない駄目な先輩ですね!」

「駄目な先輩ですまない……」


 ここまで言われては流石に俺も自分が間違っていたと言わざるをえない。指摘されてなお、こよみに躊躇いがあったことが信じられないけど。

 初勝利の日にバットを鼻先に突き付けられたり、頭を割る予行演習のような素振りを見せつけられたりしたけど、アレらはオンナゴコロから為されたものだったのだろうか……?


「しょーがないなあ。いいですよ。これから教えてあげますから。でも私が先輩のことをいろんな場面で見ていたことも知っていて欲しいです」


 真っ直ぐに俺の目を見て、こよみは言う。瞳の中に映り込んだ太陽の残光がキラキラと煌めきを放っていた。


「ソフト部のグラウンドから先輩が春先の練習試合で完投した時のことも見てました」


 確か変化球が全て冴え渡っていた日だ。目を閉じれば過ぎ去ったはずのあの高揚もまだ胸の奥で燻っていることが分かる。


「思い通りに投げられなくて投げ方を試行錯誤していた時も、ついに投げられなくなって通院とランニングばっかりになっていた時も」


 夏前の人生で一番灰色だった2か月を思い出す。退路は既になく、勝ち目のない競争に挑むか、逃げだすか、その2択を迫られ病院を渡り逃げ回った末に、俺は一度野球から背を向けかけ、舞に救われ、今こうしている。


「……あの時も見てたんだったな」

「先輩が野球出来なくなったって野球部の男子経由で聴いた時には正直私も少しだけソフトを辞めたくなりました。先輩と野球が出来ないならこんな筋肉、邪魔でしかないですからね」


 こよみはそう苦笑したが、俺からしてみれば邪魔どころか羨ましい限りだ。やっぱり俺には男らしさが足らないらしいし、男らしさと言えば筋肉だろう?


「でも、先輩は戻ってきました。草野球という私もまた野球が出来る場所に」


 草野球と、舞の存在は俺にとっても一条の光明だったが、どうやらこよみにとっても大きな意味を持ったらしい。

 道一本で巡り合わせが変わるというのなら、草野球チーム1つでも人の運命の幾分かは変わるってことか。思いがけない発見をしたのかもしれないな。


「舞先輩なんて可愛い女の子を連れて来た時は『まーた先輩が天然の人たらしっぷりを発揮したか』と思いましたけど、それでも嬉しさの方が勝りました」

「……俺はこよみになんだと思われてたんだ?」

「女の子が苦手とか言ってる割に、不意打ちでこちらをドキリとさせてくる悪い男です」

「ええ……」


 なんかそれは偏見入ってないか? つーかこよみの中で俺はそんなチャラいキャラなのかよ。ちょっと残念だな。


「……本当に悪い男です。釣り上げるだけ釣り上げて一切餌を与えないタイプです」

「あの、人聞き悪いからやめない……?」

「じじつだからしょーがないじゃないですかー」


 起伏など一切ない真っ平な棒読みでこよみはそう言う。その餌っていうのが具体的には何なのか分からないが、暗に俺の決められなさを責めているような気がしてならない。


「でも俺には――」

「まだ1日目です。答えはいいですよ。先輩が何を悩んでいるのか、内心までは私には分からないですけど、待ちます」

「……すまない」


 色よい返事が出来ないのはやっぱりこうして”デート”をしていても、なんか”これではない”感じを常に肌で感じているからだ。


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