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プロローグ 告白と約束

第3幕開始!

前回のあらすじ:屈強な女の子はお好きですか?

 ピロティに肌寒い風が吹き、俺たちの髪を、服を少しだけ揺らした。

 いや、揺れているのはそれだけではないのかもしれない。眼から星が出ているかのように、視界の中でキラキラと何かが明滅する。まるでバットで頭を殴られたかのような衝撃は、外傷を伴うことなく俺の心をストレートにただ殴りつけてきた。


「私は楓先輩のことが大好きです。小学校のあの時から」


 少しだけ上から目線で、切れ長の目が心まで覗き込むように真っ直ぐに見据えてくる。

 櫻井こよみ――今の学校の後輩で、一緒に野球をする仲間で、小学校からずっと俺のことを想ってくれていたという少女の告白を前に、俺は何も返すことが出来ず立ちすくんだ。


「先輩にとって、私はただの後輩に過ぎないですか?」


 その言葉に俺はどう応えたらいいだろうか? 確かにただの知り合いではない。


「いや、この間も言った通り大事な後輩であることに変わりはないけど……」

「それなら私と付き合ってくれてもいいですよね?」

「ちょっと話飛躍してない!?」


 こよみの押しと圧の強さは凄まじく、今から逃げるなんていうのは物理的にも無理だし、散々失礼を重ねて来たこよみにこれ以上不誠実なことは出来ない。

 でもどうするんだよ、自慢にならないが俺は告白された経験なんてない――こよみの昔の奴は申し訳ないがノーカウントにさせてもらうが――俺がこの場面でどう立ち回れば好いかなんて調べたこともない。


「突然のことで楓先輩もやっぱり困りますよね?」

「……そうだな。正直すっごい驚いてる」


 全ては俺が知覚してあげられなかった過去のことだったはずで、とっくにこよみも愛想を尽かしていると思っていたのにこれだ。「好き”でした”」という独白でこよみは過去を振り切れたというのは俺が思っていただけに過ぎなかったらしい。


「……一緒に野球をする間柄じゃダメなのか?」

「駄目ですね。5年も待たせておいてその答えは先輩のセンスを疑いますよ?」


 所在なく漂っていた俺の手がこよみに捕まえられ、掌がミシっと音を立てそうな圧が加えられた。……これ回答次第じゃプレイヤーの道がさらに絶たれるんじゃないだろうか。


「そ、それに付き合うって何を……」

「それはもう……。ふひひっ」


 俺の問いにこよみはそれだけ返して悪戯っぽいような、悪そうな笑顔を浮かべるだけだった。これに同意した場合、果たして俺は何されるんだろうか……? 告白って、悪魔に心臓売り払うような行事だったっけ?

 煮え切らないように見えるだろう俺を叱咤するように、こよみが俺の手を握る手に力を込めて来た。暑くて、若干手汗でぬるぬるするんだけど……。


「とにかく! 男らしくここで色よい返事をしてください!」

「それ拒否権ないってことだよな!?」

「当たり前じゃないですか! 事の発端は先輩ですよ!」


 これは、詰んだか……。物理的にも論理的にも。そして道義的に言えば俺にはこよみの意思をかなえてやらなければならない理由がある。……出来れば痛いことは止めて欲しいなあ。


「先輩、それとも本気で私のこと苦手な後輩だと思ってます……?」

「そんなわけないだろ。嫌いな奴のためにあれこれ走り回るほど俺は良い奴じゃねえよ」

「だったら万事OKですね!」

「ハメられた!?」


 シュンとした表情を見せたのもほんの一瞬のこと、そのしぐさ1つでこよみは俺の心を引っ掛けて強引に振り回してくる。こよみの前で隙を見せた俺が悪いのか? 

 それでも、こんなやり取りに何故かなんとなく懐かしさすら感じてしまうのは、俺とこよみの間柄は昔からこんなだったってことかもしれない。


「ふっふっふー。もう諦めて私に手籠めにされちゃえばいいじゃないですか」

「それ男が女に使う表現だからな!」


 俺がほぼ全力で守りに徹してもなお、こよみに押されかけている現状を見れば、この言葉を作った人間のミスなのは明らかだろうな!


「楓、野球部の姫が言っても説得力ないよ?」

「舞はなんでこのタイミングでそんなこと言うの!?」


 まさか口を噤んでいたはずの舞が俺を背後から撃ってきやがった。ギリギリ致命傷で持ちこたえたが、朝からこの2人のおもちゃにされていい加減ツッコミも疲れて来たぞ。


「秋人くんが言ってたのを聴いただけ。でも良い渾名だと思うよ? その……。楓は可愛いし」


 言いにくそうにそんなことを言う舞の方が俺は可愛いと思うけど、今そんなことを言ってもどうしようもない。とりあえず秋人はこの局面を乗り切った後で〆ておこう。そして今この局面をどう乗り越えたらいいか俺には依然分からないままだ。

 茶化されてはいるが、端々に見えるこよみの言葉、態度は確実に俺に回答を迫ってきている。


「ちょっとだけ待ってくれ」


 ピロティに吹き込んでくる温い秋の空気を吸い込み、吐き出す。言葉は出ない。

 自分の心に正直になるなら、こよみのことは嫌いじゃない。改めて知ったその一途さも、直向きで努力家なところも、ゴリラだなんだとネタにしてはいても笑うと普通に女の子しているところも好意を抱くには充分すぎる理由だ。ただそれ以上に俺はこよみのことを一緒に野球をする後輩だと思っていたらしい。その真っ直ぐな好意は嬉しいが、恋人というには何か違う気がする。


「……もう5年待ちました。これ以上はあまり待てないですよ」


 そして俺の弱い所を的確に突いてきやがる……。

 ゴリラだなんだと日頃言葉の応酬を繰り広げていたが、こよみのその王子様チックな笑顔と筋肉の仮面の下に普通の女の子が隠れていることを俺は知ってしまっている。笑い話にするのも、これ以上回答から逃げるのも不誠実過ぎるだろう。


「わか――」

「それなら今回はなかったことでいいんじゃないの?」


 ……何故か俺の言葉は間に割り込んで来た舞の後頭部に遮られてしまった。


「何で舞先輩がそこで入ってくるんですか?」


 俺も驚いたがこよみも目を真ん丸にして驚いていた。確かに助け船は欲しかったが、何故俺のことを一度背中からざっくり刺してから助け船を出してくれる気になったんだろうか。


「楓が困ってそうだったからね、要らぬお世話だったかもしれないけど」

「舞先輩は、楓先輩のお母さんか何かですか?」


 小柄ながらたくましい左腕から最速120キロのストレートを投げるお母さんかあ。時代を先取りし過ぎた新ジャンル過ぎて全然魅かれないわ。そもそも舞が俺の母さんは無理がある。……せめて妹だな。


「うーん……。確かに保護者じゃないよね」


 舞はそう言うが、これで舞が保護者だという奴がいたら多分そいつの目は節穴だろう。砂でも詰めておけ。


「むしろ楓先輩が舞先輩の保護者ですよね」

「うぐぅっ!」


 綺麗に言い返された舞だがぐうの音くらいは出たらしい。実際に妹がいたらこんな感じで手が掛かるのかなあと思うくらいには色々面倒見たし、そのツッコミも郁子なるかな。


「ボクは、そうだね……。楓のただの野球友達だね」

「ですよね。なので少しだけ先輩を貰っていきますね。野球をするときには返すので、今だけはすいません」

「あっ! ちょっと待って! 脇はやめっ!」


 舞に小さく頭を下げ、こよみは舞の脇に手を入れてひょいっと脇に退けてしまった。舞も流石に『体重:リンゴ数個分』とかではないはずなんだけどなあ。やっぱりこよみは俺より腕力あるな。


「先輩、さっきの答え――」

「悪い。……時間をもらってもいいか?」


 大きく息を吸い、ただそれだけを吐き出す。きっと女慣れした素敵な男ならここで殺し文句の1つでも言ってこよみを安心させてしまうのだろうが、俺はただ不器用にそう返すことしか出来ない。

 1人の人間としての好きと、異性としての好きは別物だ。好意の分化が進んでいない舞ならともかく、それらを混同して「じゃあ付き合おう」なんてこと、俺には言えない。


「分かりました1週間――1週間回答を保留する間、お試しで付き合ってくれませんか?」

「……分かった」

「約束ですよ。……破ったら、流石に泣いちゃいます」


 そう言いながら俺の手を離し、袖をの中に手首を引っ込めさめざめと泣く演技をしてみたらしいが、やっぱり変に色気を見せようとするとゴリラのお遊戯になるあたりはこよみだった。

 もうこよみのせいで登校してきた生徒たちに思いっきり変な顔で見られている俺たちのことを、舞も変人を見るような眼で見つめていたように見えたのは多分俺の気のせいではないだろう。


大変遅くなりましたが、連載再開です。よろしくお願いします!

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