第5話 橘BBG始動!②
お互い散発的にヒットでランナーを出すものの、中々痛烈な当たりのないバッティングと、割とエラーのない互いの守備のために点に結び付かないまま回は進んでいった。
持ち玉がストレートしかない舞と、全球スローボールかスローカーブかよくわからない山なりボールを投げる相手ピッチャーの投げ合い。
相手がどうかはともかく、【橘BBG】はバックに数人、明らかな野球素人が守っている時点で、乱打戦かエラー合戦不可避な様相を想定していた。しかし、蓋を開けてみれば5回の裏の橘BGの攻撃の時点で未だ得点は0対0。
正直よくやれていると感心するくらいだ。
「まあ、こうしてスコアレスゲームになってるのも、お互い打てなさ過ぎて決定打が無いからなんだろうけどね」
呆れたような秋人の言葉は、紛れもない真実だった。俺も打順を提出した身として、ため息を吐くしかない。
「そうだよな。打てないもんなあ……」
少年野球からプロ野球まで野球全般について言えることだが、フォアボールやデッドボールといったピッチャーの自滅や、野手のエラーなしの、純粋な連打のみで大量得点を挙げるのは中々に難しい。強打者でも10回打席に立ち、3回ヒットが出ればいい方だ。
人同士が戦う以上、ロジックだけで決まる訳ではない。それでもその3割のヒットが3つのアウトを取られるまでに5本も6本も続くかと言われればそう容易い物ではない。
「単に決定打が出ない向こうと、監督代行がサイン決め忘れたせいで、漸く出たランナーを塁上で見殺しにしてるこちらでは同じ0点でも意味が違うでしょ?」
「そもそもサインプレーをきっちり決められる練度がないだろ。まあこちらはチームとしてはレベル1だし、何をするにしてもこれからだ」
「それにしても、もう少しくらいはやり様もあったんじゃないの?」
俺のすぐ背後からそう言って来るのは、今日ここまで2打席連続サードゴロの椛だ。
超が付くほどの遅いボールに、タイミングはあっていたが、弾道が上がらなかったのが災いしていた。
「やっぱりこれは打順をあみだくじで決めたのが間違いだったかな?」
「「「それは間違いないね(な)!」」」
俺の呟きに秋人、舞、椛が揃って賛成してくれた。なお、クジ引きで打順を決めることについて9人全員で決めたことだったはずだが、3人仲良く揃って都合よくそんなことは忘れてしまったらしい。
今は揃って監督責任だと唱えている——実際の監督は舞なんだけどなあ。
「でもそろそろ1点くらいは欲しいね。ボクのボールもさっきから結構綺麗に捉えられてるし」
「そうなんだよなあ……」
思い返せばここまでの舞のピッチングで完璧と言える内容は、初回の2者連続三振からの3者凡退だけだ。それ以外の回はヒットでランナーを出しながらもなんとか三振や凡打で凌ぐ展開ばかりで、正直綱渡りに等しい無失点だ。
そもそも舞の投げるボールの特徴は、女の子が投げるにしては速いということ。それとせいぜいサウスポーであることくらいだ。球速自体は平均110km/hあるかどうか、男子中学生クラスでもごく普通に打つだろう。3回には既に相手の打順も2巡目に入っていることもあって、サードを守るこよみちゃんとショートを守るちひろちゃんの櫻井姉妹コンビの守備にはかなり助けられている。
「楓、舞ちゃん。そろそろ1点くらい欲しいよね?」
「気安く言うけど、その1点が遠いんだよ。さっきから出たヒットは俺とお前と櫻井姉妹の姉のシングルヒットが1本ずつだ」
「要はこの4人の打順が離れてるから出塁が点に結びつかないって言いたいんでしょ? それなら1人で1点取れたらいいんじゃない?」
そんなことをのたまう秋人の言いたいことは分からないでもない。要は連打が望めない状況なら、1人1発の長打で点を取ればいいということだ。まあそんなことを言ったところで、実際プロでも何でもそれが簡単じゃないから点を取れないわけだが——
「秋人、お前狙うのか?」
「確約はしないけど、狙えるだけ狙ってみるよ」
輝くキメ顔でそう言って、赤いバットを担いで秋人はベンチから出て行った。
狙っていたかのようなタイミングで7番。助っ人の白井さんが2打席連続三振に倒れて、入れ違いにベンチに帰ってくる。
やっぱり4番を打つ櫻井姉の後の5、6,7番を揃って初心者にしたのは戦術的に拙かったらしい。
「本当にホームランを狙うつもりなのかな?」
「あいつだったら狙うだろ。最近の事は知らないけど、昔は俺と違って長打力があったし」
「それにホームラン賞だったら結構取ってるよ、あいつ」
「「え?」」
「あいつ、ウチの常連だから」
「じゃあ期待出来るね!」
中々衝撃的な新事実を聞いてベンチから身を乗り出して応援する舞に、1つ無駄に似合ウィンクをしてバットを構える。左打席に立ち、バットを体の前面に傾け、ゆらりと脱力したフォームは十分雰囲気を感じさせる——
「ストライク!」
——とは言え、雰囲気だけで打てるのならば、プロ野球選手だって苦労しないだろう。
打席に立つ秋人は山なりどころかリリース直後、一瞬暴投を疑うほど高く放り上げるスローボールに完全にタイミングを崩されて、バッターボックスの中で独楽のようにクルクル回っていた。
大回転した挙句にホームベースに頭から突っ伏す姿は無様としか表現しようがない。
「……本当に打てるの?」
「……打ってくれるよ。多分。……もしかしたら」
本人の名誉のためにも断言してやりたかった。それでもあまりに衝撃的な空振りを、俺も流石に擁護しきれなかった。
「大丈夫、大丈夫だよ⁉ 今のはジョークだから!」
左バッターボックスでバットを構え直しながらそう叫んで来る秋人だが、つい今しがたの盛大な空振りの直後では、その言葉に信憑性は皆無だった。
だが仕切りなおして、ゆったりとバットを構え直しての第2球。直前の空振りが信じられなくなるくらいに、狙いすましたような秋人のスイングは緩く高めに入ってきた相手ピッチャーのスローカーブを完璧に叩いた。
快音は無く、特殊材質バットの低く鈍い音がグラウンドに響き渡る。思いっきり引っ張った打球はライト方向にグングン伸びていく。
慌ただしく動くライトの守備だが、実際は上半身が慌ただしいだけで、その足は完全に迷走していた。そもそも頭を超えるだろう大飛球を捕るために何故前に飛び出したのか……?
「ライトバック!」
相手のキャッチャーが大声で指示を飛ばすが、正直残念になるくらい守備は動いていなかった。
尤も、ライトの守備力が高かったところで、何も変わりはしない。打球はライトのフェンスを超えてポールを巻くように曲がり、場外の植木に突き刺さった。
「ホームラン!」
球審が宣告し、秋人がガッツポーズを見せる。練習試合だろうがなんだろうが、フェンスオーバーのホームランの快感は何物にも代えがたい——らしい。俺はホームランを打ったことがないから知らないけど。
ゆっくりダイアモンドを1周する秋人は鬱陶しいほど決まり顔だった。
「ナイスバッチ、ホントに打ちやがったな」
ベンチ前で俺や舞とハイタッチを交わして、秋人がベンチ内に引っ込む。触れた手は素振りによるタコの痕が幾つもあった。どうやら椛の言っていた通り、バッティングセンターの常連とやらも伊達ではないらしい。
「どうだい? 有言実行ってカッコイイでしょ? もっと褒めてよ楓!」
「カッコイイのは分かったから俺に絡むな。向こうで女の子たちにそれ聞いてこい」
「オッケー、行ってくる!」
そう言って女の子達の中に飛び込んでいく秋人は、ハイタッチに始まり、ハグするわ、頭を撫でられるわと、多分世間一般から見たら相当羨ましい状況だった。
現にベンチに向けられた相手方の視線が、鋭さから更に別種のものに変化している。当事者たちは気づいていないが。
「リア充め……」
「まあアキはねえ……。見た目はカッコいいから。それはあんたも認めるところでしょ?」
「確かにそうだけどさ……」
バッターボックスに向かっていく舞の小さな背中を眺めながら、椛の言葉にそうとしか返せない。モヤモヤする。
「ただあれで『いつだって本命には振り向いて貰えないんだ』とか言われると、張り倒したくなるんだよなあ……」
「やろうとしたら組み伏せられそうだからやめといたら? あんたがサービスシーンを提供してくれるなら私も筆が乗りそうだけど」
「……人をそう言う漫画の題材に使うなって、俺もう6年言ってるよね⁉」
「あー、そんなに経つっけ……?」
そんな話をしている間にも秋人は肩を揉んでもらったり、スポーツドリンクを注いでもらったりと至れり尽くせりだ。
なんであれだけ女の子慣れしていて、顔良し、性格男前でありながら、彼女が出来ないという愚痴を毎度毎度俺に言ってくるのかね。ほとほと理解に苦しむというものだ。ああ。私生活の残念ぶりのせいか。
「まあ楓が考えてもしょうがないね。もしかしたらあいつの性癖の問題かもしれないし」
「——いいから舞を応援してやれよ」
まだ残暑は結構色濃く残っているのに、汗でも冷えたか、何故か一瞬急に寒気がした。
「よーし! ボクも続くよ!」
そう言って打席入った9番の舞も、一応大きい当たりを狙ったらしいが、正直言ってしまえば無謀な試みに見えた。
幾らフルスイングしたところで、舞の細く小さい身体に秋人ほどのパワーはないわけで、全力のアッパースイングから快音を響かせた一打も、打球はほぼレフトの定位置へのフライだった。