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VS常葉スパイダース 6回裏 待望の1打

前回のあらすじ:舞の警戒心の無さが相変わらずで大変です。こよみのピリピリも秋人のゲスさも相変わらずです

 6回表の【常葉スパイダース】の攻撃は先ほどスローカーブに合わせてタイムリーヒットを打った8番からだったが、初球の外角に逃げて行くツーシームを叩かせて一塁ライン際へのファーストゴロに打ち取った。

 やっぱりどうしてもエラーが増える女の子助っ人に比べるとブランク持ちでももみじの守備力は貴重だな。一瞬の躊躇いもなくダイビングキャッチに行く雄姿は膝丈のハーフパンツスタイルの助っ人女の子たちに強要は出来ない――だって雄姿だからな。女の子辞めた異常な奴にしかこんな事言えない。

 続く9番をスローカーブで、1番を胸元に抉り込むようなクロスファイヤーで手も足も出させない見逃し三振に打ち取り完璧な捻じ伏せ振りを見せて6回を終わらせた。


 ☆☆


「ナイスピッチ。最後のクロスファイヤーは痺れたぜ」

「楓のリードが良いおかげだって。絶対あの1番バッター頭にスローカーブがあるような振り遅れ方してたし、ボクたちの読み勝ちだね」


 読み勝ちか――舞の言うことは正しい。実際舞のストレートは初回ほどの威力はない気がする。スピードが目に見えて落ちているということはないが、何となく変化球の掛かり方が弱いとか、ボールの回転が初回ほどではないとか、そんな細々したところに疲労の兆候が窺えた。

 結構ここまでポンポンとストライクを取ってきたが【常葉スパイダース】の序盤~中盤に掛けての“どうせ逃げるから待っとけ”というスタンスの耐球策は極々地味にだが球数を増やしてくれた。6回終わって75球。決してペースは悪くないがここまでほぼ常時フルスロットルで投げてきているのだから、そろそろ疲れが顕在化してくるころだ。


「それじゃあまずは塁に出てくるね。ボクが出たら歩いて帰らせてね」


 白い歯を見せてニっと笑い、舞が打席に入っていく。

 正直スイングを見るだけでも打撃が不得手なのは分かるくらい鈍いスイングだ。それでも荒れ球に食らいつき、ボール球は見送る、既にボールが高く浮くようになってきていた相手投手は舞の小さなストライクゾーンに中々ボールが入らず、3ボール2ストライクからファールを1球挟んだ7球目、顔の前を通過するボール球でフォアボールになった。


「ナイスセン!」


 バットを俺に預け、1塁へ駆け出す舞にグーを突き出す。今の舞の援護射撃で分かった。相手の投手は、おそらく舞以上のペースで疲弊している。

 球数はもうそろそろ100を数え、微細な抑え込みが効かず明らかに浮いたボールが増えてきているのは今の舞の打席を見るに明らかだった。狙うは今この時を置いてないだろう。


「かえでー! こんどこそかっ飛ばせー!」


 1塁ベース上で舞が小さいなりに背を目いっぱいに伸ばしてぴょんぴょんとうさぎのように跳ねる。見ていて飽きない奴だな……。

 さて、頭を切り替えよう――これで第3打席か。6回ノーアウト1塁で俺の打順――ここをしくじればおそらく4打席目は無いだろう。

 バットのグリップテープに滑り止めのスプレーを吹き付ける。上を見上げ大きく一呼吸。吹き抜けるような空色ではなく薄く白をレイヤーした空に掃き散らしたような雲が流れる。ふわふわ、形を変えながら遠くに掃かれていくか。その風向きは――


「楓、今は良い感じにレフトに追い風が吹いてるよ」

「だな。吹き流しを見れば分かる」


 センターの簡易なバックスクリーンに設置された吹き流しはホームからレフト方向に、ほとんど真横に流れていた。舞と同じように初回ほどの調子の良さはなさそうな相手の投手、追い風、天の時はこれ以上望みようもない。

 人の時はどうだ? 左手の指の付け根のタコを少しざらつくバッティンググローブ越しに圧してみる。柔な水泡ではない。固くなったタコだ。十全かどうかはともかく、俺も準備してここに立っている。

 まあ地の利はないんだけどな。ここは俺たちのホームグラウンドでもないし。


「楓は出来る奴だって、僕は知ってるから安心しな。打てなかったら舞ちゃんと一緒に煽り倒して遊ぶけど」

「言ってろ。俺が打ったらお前を対こよみ用の盾にしてやるからな」

「いいよ! あんな可愛い子に虐められるなんて望むところよ!」

「お、おう……?」


 果たして攻防一体型の最強タイプの変態に遭遇したとき、人はどうすればいいんだろうか……?

 そもそもあの野性味が器から零れ出して駄々洩れのゴリラガール相手に可愛いっていう奴初めて見たぞ。同性でさえ“カッコいい”って言ってたしな。


「まあそんな冗談は置いといて」


 あ、やっぱり冗談だったんだな。口には出さないけど。


「舞ちゃんの相手を僕に押し付けても最後まで入念にチェックしたんだ。1発くらいはいいとこ見せてあげてよ。“誰に”かまでは知らないけどさ」

「ああ、やってやるよ」

「あと狙うとしたらやっぱりストレートだね。さっきから球種見てたけど、変化球の制球に微妙に苦労してるっぽいし、ファーストストライクを取るまでは7割方ストレートだと思う。ボールに力はあるからポイントは若干前にイメージ置いた方がいいと思うよ」

「あんだけ色々仕掛けてくれるくせに相手のことはきっちり見てんだな」

「勝ちたいのは僕も一緒だからね。僕の力が及ぶことなら協力するって」


 秋人はそんなことを言ってくれるが、それなら正捕手とスカウト任せていいかな? お前のイケメンフェイスとナンパテクニックでソフトボールの有力女子でも引っ張って来いや。

 まあ秋人をパシらせるのは後でもいいか。大きく息を吸い、吐いて打席に入る。昂ぶり早やる心を俺のいつものルーチンで抑える。打ち損じをパワーだけで遥か彼方に届けられるような、俺はそんな大した打者ではない。ただ1点、極限まで狙い澄ませれば或いは打てるかもしれない、そんな打者だ。


「さあ来い!」


 腹の底に気を溜めるよう一喝。緊張はあるが、嫌な緊張ではない。手足も、腰も、目もちゃんといつも通り動く。

 相手投手のセットポジションからの1球目は抑え込み過ぎてワンバウンドになったストレートだった。


「ボール!」


 あわやバッテリエラーの1球だったが、相手のキャッチャーは身を挺してしっかり止めていた。ボールはキャッチャー前方を力なく転がっていくが、わざわざ疲れている1塁走者の舞を走らせるほどではないか。止まるようジェスチャーしておいたが、舞はそもそも走る素振りさえ見せていなかった。

 ボールカウントが1つ増えて仕切り直しだ。

 今の舞の走塁の挙動を見て盗塁は全くないと判断したのだろう。第2球を投じようと大きく左足が上がる。クイックでは微妙に全身のバランスが取れていなかったが、しっかりと軸足に力を集めて大きく踏み込むこのフォームなら、おそらくは十全なボールを投げ込めるだろう。第2球目は低め、だがスピードはそこまでの物ではない――


「チッ!」


 ――そこまでスピードも伸びも大したことはない指の掛かりの悪いストレートかと思いきや、スイングしにいった瞬間視界の中で確かに半速球程度だったボールは重力に惹かれて落ちた。

まさかSFF!——このタイミングで!?


「……ボール!」


 主審が一瞬判定を渋るほどに際どいボールだったが何とかバットは止まった。完全にこちらのストレート狙いを読んで引っ掛けさせる気だったな。


「ナイスセン!」

「よく見たよ! ピッチャー次ストライク欲しいところだよ!」


 ネクストバッターサークルには入らずちひろちゃんと並んで話をしていた秋人が声を上げてくる。確かに狙うとしたらここだ。2ボールノーストライク、幾ら4番が大ブレーキとはいえランナー2人を溜めた状態で無駄なくヒットを放つ2番のちひろちゃん、長打力のある3番の秋人を迎えたくはないだろう。相手の投手の気持ちは読める。

 果たして不安定ながら思い切って使ってみて、カウントの稼げなかったSFFをここで使いたがるか? いや、俺がキャッチャーならここはカウントを優先して持ち味のストレートを要求すると思う。カウント圧倒的にこちらが優位。ストレート1本に狙いを澄ます。

 ボールを受け取った投手が大きく足を振り上げる。真ん中やや高めに投げられたストレートというにはスピードも伸びもなく、SFFというには落ちない棒玉。そも明らかな失投を、今の俺は逃しはしない……!

 バスン――と、金属では到底あり得ない重く鈍い音がグラウンドに響いた。

確かな捉えた瞬間の鈍い感触と共に、ボールはレフトのライン際に打ち上る。だがラインまではまだ距離があるか。背中を向けて後方へボールを追って行っていたレフトの足が止まった――背中を向け、レフトフェンスの向こうを彼は仰いでいた――常緑広葉樹の木々の中に白球が埋もれ、見えなくなった。

ポールを確かに巻いたそのボールの行き先を見つめていた主審が大きく腕を回す。


「っしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 見たか、ピロ。約束果たしたぞ!

 ダイヤモンドをゆっくりと一周しながら胸中に呟く。レフトの外周からグラウンドにボールを投げ込んでくれる背の高めの女の子が見えた気がしたが、今のホームランピロの奴は見ていてくれただろうか。


「ナイスバッチ! 有言実行、だね!」

「まあな!」


 ホームで先にホームインして待っていた舞の小さな拳にコツンとグータッチをしながらホームベースを踏む。これで2-2だ。

 追い詰められていた6回の裏、俺の待望の1打でゲームは振り出しに戻った。


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