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VS常葉スパイダース 4回表・衝突(コリジョン) 下

前回のあらすじ:2アウト2,3塁から8番に痛恨のタイムリーヒットを浴びました。0-1です。

「最後のは秋人くんに助けられちゃったね。ボール2個分は高かった」

「今のはあの体勢で左中間まで打ったバッターを褒めようぜ。完全に体が泳いだのにしっかり最後まで引き付けてコンパクトに叩けてた」


 分かってはいたが楽な相手ではない。裏をかき、崩し、相手の気を逸らしたところで勝負に持ち込む。そうして有利をとっても打たれるときは打たれる。それだけの相手だ。

 だが打たれたって、何もせず追い詰められることに比べたらずっといいだろう。


「失点はしたけど良いテンポじゃん、ちゃんと失敗が生きてるね」

「当たり前だろ。舞が頑張ってるのに、俺だけ前と変わらない漫然リードじゃ怒られちまうからな」


 そう誉め言葉をくれるのはセンターから戻ってきた秋人だ。

 失点は少ないに越したことはない。ただし逃げ回っての無駄球は投げるほどにおれたちBGは不利になる。何せ俺たちには投手が舞しかいないからな。


「実際今日の楓のリードは投げ易くていいよ。ボクがそこしかないと思ったところに構えるんだもん。なんていうか、以心伝心?」

「今日の舞は下手な逃げとか考えたら歯車が狂いそうなくらい調子がいいからな。一本調子という訳には行かないが、攻める以外の選択肢はねえよ」


 鋭く手元で伸びてくるストレートが打者の低目、見逃したくなるところを容赦なく射抜き、ストレートを打とうと気が急けばツーシームを打たされ凡打を積み上げる。

スピードのそう変わらない2球種のストレートで打者のカウントを追い詰め、スローカーブで足と上体を浮かせ、〆るべきところは遅い球が頭を過った瞬間通り過ぎているストレートで仕留める。

 今日の舞の出来は相当良い。変な力みもなければ俺の慎重さ一辺倒の拙いリードで自らカウントを悪くすることもない素晴らしく舞らしい投球だった。


「たとえ相手がどんな奴でも今日の舞だったら攻めた方がいい結果になるさ」

「それが分かるようになったのも楓の成長だと思うよ。ゲームをどうしたいのかじゃなくてどうしたら舞ちゃんの魅力が一番引き出せるかを考えられてる。結局僕等キャッチャーが何を要求しようが投げるのはピッチャーだからね。ピッチャーの力を削ぐ賢いリードと馬鹿でもピッチャーの力を120%引き出せるリードがあるなら、断然後者でしょ?」


 もちろん時には秋人の言う前者のリードが必要となるときだってあるだろうけどな。

だがその上で舞と俺たちに必要なのは後者だ。女の子達にも野球が出来る、男にだって負けないという証明をするために自分たちで培った力を削ってしまえば世話はない。


「そうだな」


 俺も秋人に同意する。そんな俺の手を小さな手が握ってくる。柔らかく細くしなやかな指だ。舞のこの指から男顔負けの速球が生み出されるなんて未だに信じられないくらいだ。


「ありがとう」

「別に感謝されるようなことはしてないぞ」


 そうやんわり押し退けるが、舞の押しの強さは俺のやんわりなどなかったかのように猛烈な勢いで踏み込んできた。

ドッグランの子犬のように駆け込み飛び上がるように俺の首に捕まってくるが、相変わらず今日も彼女の身体は大平原だ。まあプロテクター着けたままだから今はドキドキもある程度楽だけどな。


「本当にありがとう」

「舞はオーバーなんだよ」


 だけど舞の気持ちだって分かる。捕手が自分の持ち味を活かして攻めようとしてくれているときのあの負ける気がしない昂揚感を俺は今でも覚えている。

 同じくらい持ち球の精度やキレ・ノビが悪く、捕手が疑心暗鬼になりながら攻め手を考え逃げ回ろうとするときのあの見捨てられたような寂しさも俺は分かってたのに、改めて俺は先週舞に残酷な要求をしてたんだと思い至る。


「でも楓は僕が楓の力量を疑って超慎重なリードでフォアボール乱発に追い込まれたとき『そんなに俺のことが信用出来ないのかよ!』って僕のリードを糞リードだとか怒って少し涙目だったけど? 相方に信用されていることが嬉しくて抱き付くなんて、可愛いものじゃん」

「秋人ぉぉぉおおおおおお!!!」


 それを今言うか!? 昔馴染みの奴の内輪で思い出すだけならまだしもなんで助っ人の女の子達にまでそんな俺の恥ずかしい過去を暴露されなきゃいけないの!?


「いいじゃん、あの頃の楓なんて3試合に1回くらいは泣かされてたくらいの泣き虫だったんだし」

「秋人ぉぉぉおおおおおお!!!」

「楓先輩うるさいですよ?」


 言葉が早いか、飛んできたフェイスタオルが俺の顔面を捉えた。ギュッと固められたタオルはバッティングで使うスポンジボールよりは固く、重かった。


「男同士でイチャイチャしていないでくださいバカップル先輩方。試合中ですよ?」

「してねえよ!? それからもみじは目を輝かせんな!」


 幼少期から腐りかけな気はしていたけど、もみじは今や完全に腐っていた。『男同士』『イチャイチャ』の単語でスイッチが入るあたりにその業の深さを感じずにはいられない。

 今回の助っ人の1人である水井ふみさんというのはもみじと同じ美術部の部員らしいが、もみじは俺たちから離れ、水井さんとベンチの隅の方で何かを話し合っていた。その光景を見るだけで背筋がゾワゾワしてくるから怖い。


「良い題材を提供してくれてもみじ殿には感謝しかないでござる」


 見るからに文化部な眼鏡少女の曇る眼鏡と妙な言葉遣いを耳が捉えた瞬間、もうこの子と関わるのは止めようと脳が判断を下した。


「楓先輩、私何かおかしいこと言いました?」

「とりあえず『男同士』と『カップル』って単語を一緒に使わないでくれ。野球のためじゃなくてネタ漁りのために来てるやつらがいるから……」

「……意味が分かりませんけど、とりあえず了解しました」


 こよみはそういって引き下がってくれるが、明らかにピリピリとした空気は隠せていなかった。豪放な笑顔もなく、ただ神経質に身体を縮こまらせてベンチに座る彼女は何かに焦っているようだったが、一体何に?

 考えようとした矢先に後ろから肩を叩かれる。見てみればやっぱり秋人だった。


「ちゃんとコリジョンルール把握できてたみたいで何よりだよ」

「教えてもらったんだから適応しなきゃダメだろ。タダでさえ打つ方じゃ舞の援護には弱いんだから……」


 実際は送球が逸れていたり、タイミングがもう少し厳しかったら危なかったかもしれないけどな。限りなく平常心に近い状態で対処出来たのはやっぱり秋人の好送球あってのものと思わない訳がない。


「そこでも舞ちゃんなんだね――じゃあ楓のお姫様のために、僕もそろそろ一本かっ飛ばそうか」


 そう言って秋人は何故か何か言いたげな明らかに生暖かい微笑みを作っていた。

とりあえず舞は俺のお姫様ではないけどな。星野家のお姫様だろ。


「さっきのレフトフライは要らないからな」

「わーってるって」


 2番のちひろちゃんはサードゴロに倒れた。

 アウトを見届け、おどけて見せて打席に入っていく秋人は本当にわかってるか疑わしいが、それで嘘を言うような奴でもないことも知っている。

 さっきの打席の焼き増しのような初球ストレートを狙い打った一打は、低い弾道で右中間を真っ二つに切り裂く2塁打となった。


「さーて、みんな続いてね!」


 秋人がセカンドベース上からそう叫んでいたが、後続の4番こよみは相変わらずの何かを焦ったような狙い球もなくとりあえず振っていく三振を喫していた。

 もはやフィジカルや技術的な問題というよりは判断力とかメンタルとかそんな話になってきたな。あれだけ部活のことは良いから『お前らしく振れ』って伝えたのに、意味はなかったみたいだ。


「…………すいません」

「別に凡退しようと誰も咎めねえよ。そんなことより応援だ」


 そう伝えて5番のもみじの応援をしようとした矢先、視界の端でこよみが倒れるのが見えた。足元には軟式野球ボール――いや、こんなもので転ぶって不用心にも限度があるだろ!


「ぐぇッ……!?」


 プロテクターをつけているとはいえ、これはあくまで前面のみの防具だ。自分よりも10センチ近く背が高く、体格の良いこよみを支えきれずにこよみと一緒に倒れこみ、背中をしたたか打ち付けた。


「すいません……!」


 俺の防具とこよみの間で、こよみの豊かな双房がふにゅふにゅと形を変えていた。まるで抑圧されていた物が解放されたかのような縦横無尽の暴れっぷりだ。酷い視覚的暴力もあったものだな!

 目の毒から逃げようと視線を頭の上の方に向けてみると、舞が寂しそうに目を眇め真っ黒な瞳でこちらを見ていた。こんな日中でももう10月だな。寒気がしてくるぜ!


「すいません、ちょっとトイレ行ってきます」


 そう言い残してこよみはそそくさとグラウンドから離れていった。

 舞は少し冗談めかしたような調子で口を開くが、何かに対する悲しみとか辛みとかは全く解消出来ている様子はなかった。


「……うふふ。衝突コリジョンだね。インプレ―じゃなくてよかった?」

「いや、そういう問題か?」


 実際のところどういう問題なのかは、俺も知らない。


 なおその後は結局5番のもみじが綺麗に流し打ちを決めるもセカンドの広い守備範囲に阻まれ3アウト。この回も得点を挙げることは出来ず終了してしまった。


「大丈夫、慌てないよ」


 試合の折り返しを過ぎてやや焦りそうな心境に陥りだした俺を留めるように舞がそう言う。もっとも、舞のそれも自制の言葉なんだろう。俺の手を握る舞の指先は少し強張っていた。


「分かってる。一個ずつ、俺たちに出来ることをやっていく。それだけだろ?」


 どちらにせよ俺たちはそれしか出来ない。俺の2打席目も打ち上っただけの会心とは程遠いレフトフライだったし、残されたチャンスは後1打席――あっても2打席と言ったところだろう。嫌な緊張はあるが、まずは目の前のことだ。目の前の1アウトを取れないことには、次の打席も何もあったものではない。


「そういうこと。行くよ!」

「おう!」


 短く言葉を交わし俺たちはグラウンドへ散っていく。試合はもう折り返しを過ぎた。勝負の時は近い。


表はネタ分が足らなかったので裏も今夜投稿です


引き続きよろしくお願いします


10/7 スコアブック見直したらアウトカウントが合わなかったため修正しました。

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