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賭けの代償

前回のあらすじ:ピロと賭けをすることになりました

 ちょっと臭い俺の言葉に少しだけ目をパチクリさせていたが、目付きを変えてピロは口を開く。目尻の上がり方といいなんか少し怒ってないか?


「いや、駄目。ただの長打じゃ認められない。レフト線ゴロで抜いてツーベースとかで果たせるような賭けには乗れない。……あんたが柵越えのホームランを打ってくれたら考える」

「分かった。絶対打ってやる」


 脳裏に浮かぶのは先の試合での大飛球だ。あれでも柵を超えないのだから後はもう全力を超える全力で振り抜いて、良い角度で飛ぶようにバットに当たることを祈る他ない。


「もちろん対価は出してもらう。チップはアンタでいいね?」

「いいぜ。賭けに負けたらマネージャーでも雑用でも何でもやってやるよ」


 負けたら負けたでチームの中からピロとチームを変えられるように働きかけてやればいい。小さな後押し、小さなきっかけでチームスポーツの和は出来ることを、俺はかつての俺のライバルや先輩から学んでいる。

 変えられると思っているのは俺の傲慢だろうし、変えたいと思うのは俺の身勝手だ。それでも俺が出来なかった分だけ、こよみにもピロにも楽しい部活をして欲しいと思ってしまったのだ。もう退けはしない。 


「じゃあ確認しておくね。あんたが明日の試合でホームランを打ったら、私はソフトボール部のキャプテンとして部を主導して同調圧力の排除を目指して行動する。逆に何打席か分からないけど、あんたが明日柵越えのホームランを打てなかったら新人戦が終わるまでソフトボール部で雑用ね」

「オッケー。俺の――俺たちの力を証明してやるよ!」


 そういってせいぜい笑って見せるが、こんなものは虚勢だ。多分同類ピロには気付かれただろう。それでもこれは俺なりの男の意地の張り方だ。


 ピロが出て行ったことを見届け、俺も左肩に荷物を担いだ。教室を出たところで日に焼けて少しだけ脱色された鳶色掛かった小さな頭が待っていた。


「楓のばか」

「舞、聞いてたのかよ……?」

「聞いてるに決まってるでしょ! 相棒が身売りする事態だよ!? これで負けたら楓は女子ソフトボール部に拉致されてボクはぼっちだよ!? また壁当てする毎日が始まるんだよ!?」」

「ああなんだ、そんなことか」

「そんなこと!? 楓がいなくなるのは嫌だよ!?」


 そう言ってもらえると相棒冥利に尽きるよ。たとえ壁役の相棒だとしてもな。


「……楓のばか。ボクの相棒だって言ったのに」

「まあ早ければ今週の日曜日にでも新人戦は終わるけどな。最大まで長引いたって決勝は来週だ。そんな長期間にはならねえよ」

「え? そうなの?」


 全く知らなかったように――実際知らなかった舞が顔を輝かせる。そんなに壁役がいなくなるのが辛いのかよ。


「あ、それとあの子が本当にこよみちゃんへの嫌がらせが止むように手を尽くしてくれるの? あの反応を見るととてもそうは思えないんだけど?」

「ピロは良い奴だよ。実際ピロ個人がこよみに抱いてる感情は俺やおまえが透に抱いてるものに近いと思う。人間として嫌いなんじゃなくて傍に居られると自分が惨めで辛い辛くなる。そんな相手なんだと思うよ」

「ボ、ボクは別にあんな奴のことなんて……」


 下手くそなツンデレ少女のように髪を振り乱して否定するが、舞がネガティブな反応であれ透を意識していることは俺も知っている。

 俺だって顔に出さないように気を付けはするがあいつが近づくことに全身で反応している。


「ピロは――あいつは少なくとも積極的にこよみへの危害に加担してはいない。危害のほとんどは伝聞系だったし、バットの件も本当に知らないように見えた。後者については俺の山勘だけどな」


 信じるには根拠が薄いと笑われそうだが、生憎俺も舞も当事者ではない。収められる力を持っているピロを信じる他ないんだ。


「……楓は人がいいね。ボクはそんな簡単にあの子を信じられないけどさ」

「一対一ではなくコミュニティで起こることだ。ピロがキャプテンだからってそう簡単に収まるとは思ってないさ。ただ折角仲間で競技が出来るのに、いがみ合うしか出来ないのは寂しいからな。ちょっと取り成すだけでも人と人の距離感なんて変わる――俺と透だって先輩の仲裁で仲良くなれたんだからな」


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