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ピロとソフトボール部

前回のあらすじ:こよみはショタコンだった

 果たして俺がこうしてこよみの身に起こっていることに気付くまでにどれだけの時間を無為にしていたんだろうか。

 バットに足が生えて勝手に逃げていくわけでもなし。こよみの相棒はソフトボール部の誰かに隠されたと思って、ほぼ間違いはないだろう。他に考えられるようなバットを紛失する理由もないしな。


「だけど、一体どこに……?」


 野球部の用具庫も、ソフトボール部の用具庫も探してみたが、こよみのバットは見つからなかった。学校中の傘立てや人目につかない掃除道具入れなど、棒状の物を隠すのに適した場所をしらみつぶしに探してみたが、こよみのバットはない。


「まさか池に投げ込まれてるとか、そんなことないよな……?」


 物を隠す嫌がらせで、復旧困難な状態にまで破損させられることは、そうそうないと俺は信じている。実行犯を挙げられ責任を取らされるときに弁償費用が多大に掛かるからだ。だから多くの嫌がらせはモノを隠す、ゴミ箱に入れておく程度が線引きとなっている――と俺は思っていたが、既に放課後3時間かけて校内2週しているにも関わらず全く見つからないというのは何かおかしい。


「用水路、中庭の池……。いや、まさかそんなことされるか?」


 どちらも一旦投げ込めば回収は絶望的だ。女子の嫌がらせが陰湿とはいえ、そこまでされるとも思えないんだがなあ。

 頭を悩ませていると廊下の向こうから駆け寄って来る足音が聞こえた。今日は協力してくれている舞と秋人だった。


「悪いね楓。僕の方は見つからなかった。見るにそっちも見つかってないみたいだね」

「ごめん、ボクの方も手掛かりなし。……正直手詰まりかな」


 2人とも校内を駆け足でしらみつぶしに探してくれていたらしく、揃ってその額には汗が滲んでいた。やっぱりいい奴らだな、みんな。


「悪いな。2人にも手伝って貰ったのに」

「ううん、人の愛用の道具を隠すなんてボクだって許せないよ!」

「僕の方も別口からこよみちゃんのバットを探して欲しいって言われてたから、むしろ楓の申し出は渡りに船だったよ。まあ見つかってない訳だけど」


 だが人と手は尽くして秋人の言う通り見つかっていない現状がある。こうなると俺達には手詰まりだ。誰か事情を知っている奴に聞くのが早いだろう。癪だけど。


「正直腹は立つけど、ピロの奴にでも訊いてみるか?」

「田中さんかあ。真面目に答えてくれるかなあ。正直あの子性格キツく無い? 見た目は可愛いんだけどさ」


 女好きの秋人がこんなことを言うなんて珍しいな……。俺にとってもちょっと意外だった。


「秋人はピロのこと嫌いなのか?」

「僕は別に嫌いじゃないんだけど、なんか向こうに嫌われてる気がしてね。口説こうとしてもガードが堅いのなんのって――」


 あ、やっぱりこいつダメだ。早く何とかしないと。


「ツンデレ的な好き避けとかじゃねえの? 死ねよ」

「秋人くんは1回女の子にお腹とか刺されてみた方がいいと思うよ? 彼女さんに失礼」

「なんで無実のことで僕こんな扱いされるの!? 舞ちゃんに至ってはそれ死ぬよね? 確実に死ぬよね? 2回目はないよ!?」


 秋人は喚くが、仕方ないだろ。お前は彼女持ちなんだ。その癖に女の子を口説いている時点で万死に値していいだろ? 口説いてる時点で無実とは言わないぞ。


「諦めてあの小さい彼女に腹刺されて来い。俺と舞は『いつか女性トラブルで死ぬと思ってました』ってカメラに向かって話す準備しておくから」

「ま、まあ……。そんな冗談はその辺にして、本当に田中さんに聞きに行くの?」


 秋人は笑って話を変えようとするが、舞の言う通り1回腹刺されて来いというのは俺も同意だけどな。この女たらしめ。


「正直手詰まり感が強いし、このまま無駄に探し続けるよりも一回当たって砕けてみた方がいいかもしれないと思ってる」

「本当に当たって砕けたらボクが困るから砕けないでね」


 それは日々の練習相手的な意味で、かな? 俺のことを必要としてくれているのはうれしいけど、舞にとって俺の価値って壁以外何かあるのかな?


「とりあえず田中さんのところに行くって言うなら今回も楓に任せるよ。僕が言っても田中さんを警戒させるだけになりかねないし」

「じゃあボクは秋人くんに受けてもらうことにするね。今週の土曜日に【常葉スパイダース】と再戦するから、ばっちり仕上げないと!」

「おいお前ら……!」


 俺が静止を掛けようとしている間にも、舞は既に廊下を駆け出し手の届かないところに逃げているし、秋人は廊下の窓に足を掛けている。もうなんだよこいつら!


「じゃ、後は」

「ヨロシクね、楓!」


 秋人と舞が2人そろってにんまりと笑って見せる。これは俺がハメられたんだろうか?

 なんで俺ばっかりこんなに押し付けられるんだろうか……。舞も秋人もあまりピロと交友があるわけでもないから顔見知りの俺が行くのは確かに正当と言えば正当なんだろうけど、なんか納得がいかない。


☆☆


 放課後の明るい朱に染まった教室で、俺はピロのことを待つことにした。ちゃんとピロの下駄箱に『放課後に1人で教室に来てください。伝えたいことがあります』ってしたためた手紙を入れておいた。手抜かりはない。


「……ピロ、なんでお前ほどのプレイヤーがあんなことをなあ……」


 男女だから単純な比較は出来ないが、多分男子の中での俺と比べれば女子の中のピロの方がプレイヤーとしてはデキるだろう。男子だから俺は単純な馬力なら舞やピロを上回るが、同性と比較すれば2人よりも俺はかなり情けない。

 それだけに、出来る癖に敗北者根性が染みついてライバルをプレイ以外のところで蹴落とそうとするピロの今の有様に、俺は多少イラついている。ピロがこよみに抱いているだろう苛立ちも同じくらい理解出来てしまうから複雑な気分だけどさ。


「……待たせた? 翠川」

「いいや、俺が呼び出したことだ。ちゃんと来てくれただけで十分だ」


 闇に沈み行く教室にようやくピロが現れた時、時計の長針は俺が覚えているところと同じところを指していた。一炊の夢というが、どうやら考え事をしながら寝てしまっていたみたいだな。流石に舞も秋人も帰ったか。これなら一緒に来なくて正解だったかもな。


「……それで、伝えたいことって何?」


 ぐいっとピロが椅子に腰掛けた俺に迫ってくる。既に彼女の匂いを感じるほどには近い。今日のソフトボール部はミーティングだけだったはずだが、微かに香る石鹸の匂いは制汗スプレーの物か? 日に焼けた頬に微かな紅を滲ませて、不遜に組んだ腕の上には舞には無い女の子らしさが2房乗っかっていた。

 ……ピロさん、ちょっと距離近くないですか? ついでになんですか、この視覚的暴力。


「わりぃピロ。その……。ちょっと離れてくれないかな?」

「分かった……」


 何故か少し残念そうに俯いて、お願いした通りピロが距離を取ってくれた。


「それで、手紙にも書いたと思うんだけど」

「うん、言って」


 ゴクリとピロが喉を鳴らすのが分かった。というかそんなピロのことを緊張させるようなこと書いたっけ、俺?


「こよみのバットがどこにあるか知らないか? 多分ソフト部の奴が隠したと思うんだけど……」

「え?」

「え、って? え?」


 どうやら情報の行き違いがあったらしい。俺が伝えたかったことは伝えたが、ピロの回答が予想とは違って帰ってこなかった。ちなみに手紙にバットの件を明文化しなかったのは、万が一手紙が誰かに読まれたときにソフト部の身内の恥を晒さないためだ。多少情報を伏せるくらいはお互いのためにご寛恕いただこう。


「翠川、アンタもしかして馬鹿?」

「いきなりなんだよ!? 俺何か怒らせるようなこと言った?」

「ただの天然ボケかぁ……」


 馬鹿に続いてボケ呼ばわりとは、ピロの奴は一体何を怒ってるんだ? 


「もうボケでも馬鹿でも阿保でも我慢するけど、こよみのバットがどこにあるか知らないか? もう散々探したけど見つからねえんだ」

「そんなこと、私が知るわけないじゃん」


 すげなくそう応えられては俺もどうしたらいいか分からないんだけどなあ。今からピロ以外に『貴方後輩のバット隠してないですか?』って訊いて回るのか? 絶対成果得られないだろそんなの。


「翠川には悪いけど、私も知らない。やってもないことなんて知るわけないじゃん」


 つまり積極的に加担はしないけど消極的に見過ごしはすると。実際やってるやつも見てるやつも同罪って小学生でも習うのにな。


「陰口とか物がなくなるとかあったらしいけど、私はそういうことがあったってことしか知らないし」


 吐き捨てるようなピロの言い草が、やけにカチンと頭に来る。


「……それでいいのかよ」

「そうだよ。もうこれでいいの。あの子さえ辞めれば全部丸く収まる。あの子も傷つかずに済むし、私たちも汚いことに手を染めなくて済む。それが一番平和的なんだって」

「汚い自覚はあるんじゃねえか。分かっててなんでそれを善しとするんだよ?」


 俺の言葉に対してピロは苦い物を飲み下すように大きく息を吸い込んだ。実際苦いんだろう。

 確かにピロがこよみのことを苦手に思っていることは本当だろうが、だからと言って後輩いじめを繰り広げて、後輩を潰して勝ち鬨を挙げるような屑ではないってことだろう。


「そうでもしなきゃ、チームが壊れる。もう2年生が2人辞めてて、1年生にも退部者が出てる。このまま行ったら本当にチームが瓦解しかねない!」

「目を覚ませよ! 本当にそれしかないのか?」

「目ならとっくに覚めてる! 本当にそれしかないんだから、それを善しとするしかないんじゃない!」


 今のピロは凝り固まり過ぎている。確かにこよみの台頭をきっかけにチームの地盤が揺らいでいるが、出る杭を抜いて解決するような問題なのか?


「ないって言うのはピロ――お前の思い込みじゃないのか?」

「……翠川、アンタのは綺麗事は聞きたくない。私と同じ側の癖に、どんな顔して教科書通りの理想論を掲げてるんだか」


 どんな顔ってこんな顔だよ。多分今は笑うことが出来なくてピロと同じくらいイライラしてる顔だろうよ。

 なんせソフトボール部のチーム単位でいじめにイライラするのと同じように、俺はピロにも少しだけ苛立っているからな。


「俺は本当にこよみを悪者に仕立て上げるよりも、もっと別の方法があると思ってるし、その方法で上手く行くと信じてる」


 椅子から立ち上がり、一歩距離を詰める。手を伸ばし、俺はピロの肩を掴んだ。チームを乗せるピロのその双肩は力強く頼もしかった。

 今でこそ自信を無くして指針を無くしてしょぼくれているが、1年時から先輩に混じってチームを引っ張ってきたのはこよみだけではないのだ。ピロもそうだったはずだ。


「ピロ、お前の力でチームを引っ張れ。こよみも他の奴もみんな引きずって、お前がチームをけん引するんだよ。チームの主導権をお前が握れ」

「出来る訳ないじゃん……! 指導者と、主軸と、あの子とチームの軸も定まらずバラバラの方向向いて私なんかがどうにか出来る訳ないじゃん!」


 少し驚いた顔をした後ピロはそう言うが、『私なんか』とは随分な言い草だ。確かにこよみみたいな女の子を辞めたギガンテスではないが、女の子の中ではピロだって十分に水際立ったプレイヤーだ。

 少なくとも俺が透に挑むよりは、ピロがチームを掌握して1つの方向を向かせる公算の方がずっと高いだろう。


「出来る。お前はキャプテンだろ? そりゃ下手糞には出来ないだろうけど、ピロは強い。ソフト部と関わってた時間は長いから知ってるけど、ピロなら出来るって俺は知ってる」

「出来る訳ない。翠川は——アンタは私のことを買い被り過ぎ」


 俺は多分ピロの主観よりも客観的にピロのことを見てると思うけどな。


「そんなに自分が信じられないのか?」

「私なんかの何を信じるの?」

「プレイヤーとして1年でレギュラーを射止めたこと、そのまとめ役としての力量を見込まれてチームキャプテンになったこと。俺だけじゃなく他の奴らだってお前を認めてるはずだけどな?」


 こよみがチームを変えてしまえるだけのプレイヤーだというのなら、きっとピロもチームを変えられるだけのプレイヤーになりうるはずだ。最もこよみとは違って実力以外のところをを以て、だが。


「調子の良いことばっかり言って……」


 俺の本音ではあったが、それさえもピロには疑われてしまっているらしい。


「じゃあピロ、賭けをしないか?」

「賭け?」

「ああ、明日俺たちはこの間負けた【常葉スパイダース】と再戦するんだ。その試合で俺が長打を打ったら、お前がチームをまとめるキャプテンとして、苛めや同調圧力から部を開放してくれ」

「何その都合の良い話……」

「まあ確かに俺がして欲しいこと、俺に都合の良い話に過ぎないけどさ。それでも長期的に見ればソフトボール部全体にとっても益のある話のはずだ」


 むしろ俺へのメリットという意味ならこよみが復調出来るかもしれない程度のものだ。こよみの絶不調1つから随分と遠くへ来てしまったものだな。

 訝しげな表情を浮かべてピロが話を続ける。


「それに、貧弱で単打ばっかりのあんたが長打をねえ……」

「確かにそうだったけどさ、それでも俺にも出来る――ピロにも出来るってことを証明したい。だって俺とお前は同類なんだろ?」


 ピロが俺に伝えたことだ。体格や馬力、天与の才を持たぬ俺たち――本当に凄い奴との差異に絶望した俺たちは同類だと。だったら俺がやって見せて証を立てることで、ピロを鼓舞しよう。

 ちょっと臭いし脳筋ぽいって? 俺が気の利いた女の子の励まし方を知ってるわけねえだろ。


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