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VS常葉スパイダース①

女の子同士のトラブルは案外根が深そうです

 ソフトボール部で起きている問題は分かった。景気良く振り回すことで成績を残していたこよみが、部内の同調圧力に負けて変な打撃改造を行い出して失敗していることも分かった。

 とは言っても分かったところで俺に何が出来るんだろうな。俺はソフトボール部にとって部外者だし、こよみにとってはただの先輩でしかない。ましてや打撃を指導するなんて出来るような力量でもない。


 そしてこよみ復調計画は全く何の進展もしないまま週末を迎えていた。


「今日は絶対勝つよみんな。このままズルズル連敗してやっぱり女の子じゃ勝てないなんて、言わせるわけにいかないんだから!」


 円陣の中央で舞は物凄い息巻いていた。今日負けたら3連敗だし、援護なしで負け続けるのは多少来るものがあるんだろうな。実際舞が言っているようなことを言ってるようなチームは今までなかったけどさ。


「舞先輩は今日も元気ですね」

「そういうこよみはなんだか元気がないな」

「ちょっとだけ元気がないですけど、まあ大丈夫ですよ。何とかなります」


 こよみはそんなこと言ってのけるけど、15打数1安打は既に十分に何とかなってないからな? 打率0割6分7厘で、しかも長打率=打率で得点圏打率0割0分0厘というのはある種試合に出ていることが敗退行為だからな?


「……何とかなるといいですね」

「もはや願望形かよ」

「あーあ、先輩が私に優しくしてくれれば打てるよーな気がするんだけどなー!」


 大きな体をくねくねさせても正直邪魔くさいだけだぞ――真正面からそんなことを言ったらこよみの一撃

で粛正されそうだったから黙っておいた。沈黙は金なりだ。


「ばーか、お前がそんなタマかよ」


 少なくとも俺なんかがいようといまいと、それでこよみは実績を上げてきているのだ。中学でも県大会ベストナインに選出されて、広報に取り上げられたのも全てこよみの実績だ。俺は関係ない。


「先輩が冷たいです」

「いやいや、普通こんなもんだろ?」

「私と楓先輩の関係って普通程度で収まらないですよね?」

「いや、そんなことは初耳だけど!?」


 たかが高校の先輩と後輩。そんなに特別な間柄だったことは無いはずなんだけどな?


「……そうですね。1人で盛り上がってすいません」


 何故か妙に傷ついたような顔でそんなことを言い出すこよみに俺は何も言えなくなった。

 グラウンドを渡る風の中に風切り音が混じる。普段風を巻き上げるような豪快な音を放っていたこよみと同一人物とは思えないほどに小さくこじんまりとまとまったスイングだ。俺はバットをコンパクトに振ることが悪いとは言わないが、小さくしたばかりに力が伝わらないスイングはやっぱりよくないと思うんだけどなあ……。


「今日は長いパットじゃないんだな」

「ええ。……まあ気分の問題で」


 表情が沈んでいるため本当に気分でそうしたのか疑問になるところだが、今は豪放にあの鬼の金棒バットを振り回す気にならないってことか。軽く素振りをして見せるが、秋人が指摘していたようにスイングの軌道が今日もイマイチだな。ダウンスイングを心掛けているんだろうが、慣れや癖がスイングをアッパー寄りに引き上げようとして、それを自覚して更に強くダウンスイングにしようとするような、目的の分からない汚いスイングになっていた。


「調子、上がってこないみたいだな。なんか打開策は見つかりそうか?」

「先輩が――いや、何でもないです。私自身の甘えや迷いに先輩を振り回してもしょうがないですからね」


 俺が多少振り回される程度で解決する問題なら振り回してくれて良いんだけどなあ。こよみの復調のために既に俺は女子ソフトボール部まで特攻させられているわけだしな。


「さて、行きましょう先輩。今日こそ勝利を!」

「ああ、そうだな。いい加減に舞を勝たせてやらないと」


 見え見えのこよみの空元気に俺も応える。相手のチーム【常葉スパイダース】も中堅どころの強さらしいし、絶不調のこよみを抱えた橘BGでは打撃戦になれば勝ち目は1割未満だろう。あくまで俺の主観でしかないけどさ。


「舞先輩を……か」


 主審の告げる『整列』の声に、両チーム一斉に飛び出す中で、こよみ冷たい声が何故かいつまでも俺の耳に残り続けていた。


☆☆


 試合はスコアレスゲームのまま、されど牛歩のように遅々した調子で進んだ。


「やっぱり相手のピッチャーかなり速いね」


 秋人が素直に称賛する。実際俺も初回の第一打席でフルカウントまで粘って、7球目のストレートに振り遅れて三振したわけだし、実際いいピッチャーだと言わざるを得ない。

 最高球速はおそらく130キロ台半ばはあろう荒れ球右腕。こちらのチームの打力でまともに連打出来る相手ではないだけに、【橘BBG】一体となった待球作戦を仕掛けてみた結果、相手投手の球数は3回を終わるまでに60球を超えるという中々な成果を挙げていた。


「だから待球作仕掛けたんだろ。さすがに100球超えてあのペースを維持出来るわけでもないだろうし、このまま続けるぞ」


 なおここまで【橘BBG】は3回終わってノーヒットノーラン状態だ。そもそもバットに当たったのは俺と秋人、それにちひろちゃんだけ。無駄なボール球が多いだけに球数を投げさせるのが苦になる相手ではないけどさ。


「まあ次は捉えて見せるよ。その表情を見るに、楓にも打つ算段は付いてるんでしょ?」

「まあな。お前だけに良い恰好はさせない」


 秋人や好調だった時のこよみに触発され、ここ最近は俺もかなりバットを振り込んで来た。

 肩を壊している俺が舞に守備で貢献してやれることはそう多くない。打つ方で貢献出来なければ舞の脚を引っ張ってしまうだけだ。


「それに、早く打てないと投手が潰れるのはこっちの方が早いだろうからね。このペースで試合が進んだら舞ちゃんのスタミナが限界を迎えるって」

「え? ボクなら全然大丈夫だよ?」


 そう言って俺と秋人の間に滑り込んでくる舞だが、その額も背中も、既に滝のように流れ出る汗でアンダーシャツがぴったりと肌に張り付くほどにグショグショに濡れている。

 4回表の【常葉スパイダース】の攻撃を凌いだところで、舞の投球数は80球を超えた。被安打は7本いずれも単打、四球が4個と舞にしてはかなり歩かせているが、これは決して舞のコントロールが荒れまくっている訳ではない。むしろよくこの数で済んでいる方だ。

 そして述べ11人のランナーを出しながらのここまで無失点。イニングの平均出塁数は2を超えている。一歩歯車が狂えば初戦の【西橘オジサンズナイン】戦のような大爆発炎上で1イニング4、5点を超えるような大量失点さえあり得るなかでギリギリの均衡を保っているのも、もちろん守備も初心者のわりにかなり鍛えられてはいるが、多くは舞の強い度胸とコントロールによるものだ。


「舞が大丈夫でも俺たちがそんなことを認めたらいけねえんだよ。秋人、俺がチャンスを作るから、後は頼むぞ」

「オッケー任されたよ。その代わり確実に出塁しろよ?」

「当たり前だ。じゃあ行ってくる」


 4回裏、双方無得点の橘BGの攻撃は先頭の俺からだ。次は不覚を取らねえぞ。

 狙うは浮ついたストレート。一振りで捉えるつもりで打席に入ったのだが、あいにくバットが出せるような投球は一球としてこなかった。うなりを上げる快速のストレートは俺の目線よりも上を通過していった――4球連続で。


「ボールフォア!」


 主審の宣告に俺はバットを置いて一塁ベースへ歩き出す。息巻いておいてこれは拍子抜けで恥ずかしいが、何はともあれ無死1塁。ここからチャンスを作って先取点をいただくとしよう。

 向こうの投手の直球のスピードは大したものだ。おそらく最速130キロは超えている。身体も俺より厚みがあるしセンスもあるんだろう。だがセットポジションからでもクイックは遅い! 左足が上がると同時に俺は2塁に向けて駆け出した。

 完全にモーションは盗んだ。一歩ごとに加速していく視界の端で、秋人が打席で盗塁アシストのためかフルスイングして大仰に空振った。秋人と打ち合わせをしていた俺はバットに当てる気がないことを知っているが、傍目にはファールチップになるんじゃないかと冷や冷やするボールとバットの距離感だった。キャッチャーは完全捕球こそしたがセカンドへ転送してはこなかった。これで無死2塁か。チャンスが広がったな。


「ナイスラン!」


 三塁のコーチボックスから舞が労いの言葉を掛けてくれる。その表情には期待の色が窺える。ようやく待望の先取点が見えたんだ。俺が投げていたってそんな表情になるだろう。


「秋人! 決めてやれ!」

「任せといてよ! やっぱりここ一番で持ってる男の僕が、華麗に決めて見せるからさ!」


 打席で秋人が吼える。こういう時のアイツは凄まじく心強い。俺も奴の一打を期待して待つことにした。


☆☆


「ボールフォア!」


 結局秋人の豪快な空振りの後は明らかに外れたボール球を4連投して秋人はフォアボールに倒れた。いや、フォアボールで出塁は出来ているわけだけどさ。


「華麗に決めろや秋人! お前が言い出したことだろうが!」

「そんなことゾーンに入れないピッチャーに言ってよ! 僕は立ってただけだよ!」


 理不尽なことを言っている自覚はある。だがそれ以上にこの状況でこよみに回って大丈夫なのか? 

 言ってはなんだが凡ゴロからのゲッツーマシン化しているのが最近のこよみだ。バントさせるべきかと思ったが、バントも下手とかピロに言われてたっけ?


「塁埋まったよ! さあこっから開き直っていこうぜ!」


 キャッチャーが扇の要から激を飛ばす。おそらく最悪歩かせても塁を埋めて、先行ランナーから潰して無失点に抑えようという腹か。

 無死1,2塁の好機に打席に入るのはここ数試合完全に大ブレーキとなっているこよみ。初球の相手投手のストレートはほぼど真ん中に投げ込まれたが、彼女はバットを振ろうという仕草さえ見せなかった。積極性がなく、気持ちが完全に受け身に入っているのが丸分かりだった。

 続く1球、同じく投げ込まれた真ん中高めのストレートをこよみは1球目と同じように見逃した。


「ナイスボール!」


 キャッチャーがそう声を掛けボールを投手に返す。あっという間に2ストライクに追い込まれたが、本当にナイスボールかといえば微妙なところだ。何せ球速はさっきの最速のストレートと比べて1段落ちる、コントロール重視の投げ方をしているのは見るに明らかだった。

 これなら試してみる価値はあるか?


「こよみ!」


 打席に立つこよみに俺から出したサインはエンドラン。最悪こよみが空振りしようが俺が三盗、秋人が二盗を決めればいい。無死or1死2、3塁なら後続のもみじ、ちひろ、舞が当てて転がせば1点2点は取れるだろう。


「楓、リードもう一歩!」


 三塁ランナーコーチの舞の言葉に、もう半歩だけ俺はリードを大きく取る。相手投手の球速こそ多分130キロ台前半と中々速いが、牽制球は1塁牽制を見る限りそこまでの物ではなかった。ここはまだ全力で頭から帰れば帰塁可能な距離だ。

 セットポジションから、投手の足が上がる――


「ゴー!」


 舞が声を上げるよりも早く、俺はもう駆け出している。こよみが空振り三振しようが俺と秋人は進塁する。そのためのエンドランだ。

 こよみのバットが振り出される。結局迷走したままの微妙に振り切れていないスイングがボールを捉えるが、ボコンとバットの根元に当たって鈍い音を立てたボールは、無情にもピッチャーに返ってしまった――ノーバウンドで。


「2人ともバック!!」 


 クイックが下手で余裕でモーションを盗めてしまったことが、今は一大事だった。バットに当たった瞬間には既に2塁から3塁の塁間の75%を駆けていたのに、減速して2塁まで戻るのに時間があまりにもない!

 セカンドベースを見れば先行ランナーのせいでファーストがノーマークだった秋人なんかセカンドベースにヘッドスライディングしてるじゃねえか!


「秋人、ライナーだ! ファースト戻れ!」

「無理でしょぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 スライディングしながら無理やり体勢を変えようとして秋人が顔面からベース間に沈んだ。俺が頭から滑り込む間もなくフォースプレーでアウトになり、秋人も帰塁は叶わずアウトになった。

 三重殺トリプルプレーって、俺たちは何やってるんだろうな……? 素直にこよみにスリーバントさせておくべきだったか? 


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