女子ソフトボール部へ
前回のあらすじ:ソフト部の調査を押し付けられました
とりあえず俺が1人で考えていても埒が明かないので、放課後に女子ソフトボール部の部室まで来てみたはいいが、着いてから「そういえば何を訊けばこよみの復調に結びつくんだろう」とか考えだした俺には、多分ネゴシエーションの才能がないことが分かった。
仮に『最近1年生虐めてない?』なんて部外者が確認して来たらただのやばい奴だ。白い目で睨まれることは避けられないだろう。
「そもそも何と訊けばいいんだよ……! やっぱり秋人テメエがやれよ……!」
とりあえずここに居ない秋人に苛立ちをぶつけておくことにした。生憎あいつは今日も彼女と約束があるらしい。肩を壊して部活を断った俺がこんなところで頭を悩ませているのに……。あのリア充め爆発してしまえ!
日が沈む前までは体育館裏で舞とキャッチボールしていたとはいえ、日が沈んでからも部活はある程度続く。クールダウンを済ませた部員たちが戻って来たのは18時を大きく過ぎてからだった。
コツコツと固い足音がコンクリート造りの部室棟に響く。吉か不幸か今日は野球部もサッカー部も近隣の高校へ練習試合にお邪魔しているらしく、部室棟は静かな物だった。そんな部室棟の2階の一角で、俺はようやく待っていた人に逢えた。
ちょっと色素の薄い髪に日光にこんがり焼かれた健康的な四肢は、薄暗い蛍光灯の下でさえ、その少女のスポーツウーマンっぷりを示していた。
「よう、ピロ。練習お疲れ様」
「あれ? 翠川じゃん。なんでソフトボール部の部室なんかに顔出してるの? マネージャーでもやってくれるの?」
田中浩美――さっき俺が呼んだピロはチームメイトからの愛称らしいが、俺も野球部の長距離走なんかでソフトボール部とはよく顔を合わせていたからすっかりピロと愛称呼びが板についてしまっている。
そして彼女が、多分俺にとって一番話しやすいソフトボール部の同級生だ。多分舞と同じような波長をしていて、異性らしさを感じなくて済むからだろうな。
「その話は止めてくれ。マネージャーやるんだったらまだ野球部でやるよ」
「……野球部の、女子マネを……?」
「俺は男だよ!」
なんでみんなそっちへ俺を引っ張ろうとするの!? 舞にも先々週あたり同じようなこと言われたような気がするんだけど!
とはいえいつまでもツッコミを続ける訳にもいかない。そもそもピロよりも先に出てきた女の子達から「なんで今日サッカー部も野球部もいないのに部室棟に男が1人で佇んでるんだ」って目で何回も見られていて、心が折れそうなんだから! モテぬ高校男児の心は寒天なんだ。弾力はあるけど弾けるときは粉微塵なんだ!
「ちょっとピロに訊きたいことがあったからわざわざ待ってたんだよ」
「なに? 彼氏は募集してないよ? あ、彼女だったらそれもい――」
「だ・か・ら・ちがーう! もうツッコミなしで話続けさせて!」
今日も6時間みっちり授業を受けて、舞とピッチング練習をして、締めがこのツッコミ地獄かよ。もう疲れたよ……。
とりあえずピロもこのテンションに少し引いてくれたので話を続けよう。
「櫻井こよみっていう一年生の子についてちょっと聞きたいことがあるんだ」
「なに翠川? アンタ教室に1組の子を毎日連れ込んでイチャコラし ておいて、その上後輩まで口説くつもり? 罪作りな男ね」
「いや、俺と舞は別にそういう関係じゃ……!」
「ふーん、『舞』なんて気軽に下の名前で呼び合うような仲なんだぁ。熱いねえ」
「ちょっ、からかうのはとりあえず止めてくれ。訊きたいことがあるから来たんだからな」
「はいはい、じゃあ後で弄るから覚悟しておいて」
どうかピロが忘れていてくれますように。とりあえず俺には祈ることしか出来ない。
「で、誰のことだっけ?」
「櫻井だ。櫻井こよみ。ほら1年のでっかいゴリラみたいな子」
「あーあの子ね……」
幾ら特徴のあるガタイとは言え『ゴリラみたいな子』で通じるってどうなんだろう? まあいいか、そんなことはそこまで重要でもないことだし。
「あの子が最近バッティングを崩してるみたいなんだが、きっかけを知らないか?」
「知ってるけど、自業自得でしょ」
返ってきたピロの言葉は、迂闊に触れようものなら手が切れそうな刺々しさと切れ味に満ちていた。
「……は?」
「は、じゃなくて翠川、私のポジション知ってるよね?」
「確かサードだったよな……? ん、サード?」
そうだ。確かピロこと田中浩美のポジションはサード『だった』。隣のグラウンドで微かながら交流もあったから守備に着いていた姿も多少は知っている。確かに彼女も去年の新人戦からサードレギュラーだった。だが今は?
「そうだよ。今はコンバートされたけどね……。今はライトをやってる」
「こよみがサードか」
「そうだよ。気分悪いから出来ればその名前を出さないで」
一体こよみは何をしたんだよ。上級生から名前を出すのも嫌がられるって中々あることじゃないぞ。なんか思いがけずにいきなり秋人の言っていたソフトボール部の事件の核心に足を踏み入れてしまった気がするぞ。
「こよみが――あいつがバッティングを崩してるのが自業自得だって、どういう意味だ?」
「あの子のバッティングには技術が備わってない。ただ腕力と体幹が強くてひたすらスイングが力強いだけ。チームバッティングも何もなくただ飛ばすか駄目かの扇風機だよ」
「それでも長打力は立派な武器だろ?」
「そのために守備も走塁も小技もチームバッティングも、全部捨てる? スタンドプレーで勝てればいいって、言い切る?」
「それは……」
多分俺が監督だったら、言えない。確かに長打力は魅力的だが、野球もソフトボールも飛距離や長打の本数で競うゲームではない。
確かに打てれば勝ちやすくなるが、豪快に振り切った何スイングかのうちの数本が長打となり、その中の何本かがホームランとなって点を挙げることも、真摯に繋いで送って奪う得点も1点の重みは変わらない。むしろ学生野球もソフトボールも体格やパワーがないだけ繋ぎが重要になるというのが通説だ。
「私にあんな化物みたいなバッティングは出来ないけど、確実性も、守備も、走塁も他のことは全部あの子より出来るように頑張った。それなのにサードのレギュラーを剥奪されたのは私の方だった……」
確か去年の秋の大会では、既にピロは先輩を差し置いて1年にしてサードのレギュラーとクリーンアップの座を射止めていたな。
バットコントロールの上手いアベレージヒッターとして繋いで回していく打線の核を担っていたはずだ。
「あの子が入って来るまでは守備、バント、チームバッティングを重視して1点を全員で守り勝つことをモットーにしてたのに、あの子が入って部が一変しちゃった。堅実な守備とチームバッティングを売りにしてた子は方針転換でいきなりレギュラー剥奪されて『ついて行けない』って言い残して出て行っちゃった」
「監督が変わったわけでもないのに大改革が起きたのか」
「そうだよ。どれもあの子のせい」
正直それは監督のせいだろと言いたかったが、その監督を変えた当人がこよみなんだから、理屈は無茶苦茶でも何となく共感は出来てしまった。
いきなり評価基準が変わってようやくつかんだレギュラーを白紙にされれば怒り心頭で部活を出ていくだろうし、監督にもそんな新ルールを持ち込んだ奴にも苛立ちは募るか……。
「それでも、評価基準をいきなり翻したことに文句を言われるべきは監督だろ。こよみはあくまでプレイヤーとしての最善を尽くしただけじゃねえか」
「ふーん、『こよみ』ねえ……。翠川って以外と女垂らしなの?」
「そんなんじゃないって。ただあいつが不調だと俺たちも困るんだよ」
「それって橘BGのこと?」
「なんでピロがそれを知ってるんだ?」
「私だって青木さんの家のバッティングセンターに行かない訳じゃないし……」
つまり舞と書き上げたあの素っ気無いポスターも見られた訳か。何となく気恥ずかしいものがあるな。
「草野球の方でもそこまで不調なの?」
「まあ、多少な」
この間の試合を含めておっさんたちとの試合の後から15打数1安打という悲惨極まりない数字を叩き出しており、それを何とかしてやりたいという想いも話してみたが、ピロの表情は全く変わらなかった。
「そっか、向こうでもそんななんだ。いい気味ね」
なんか言葉が滅茶苦茶刺々しいんだが、俺もチームメイトとして言われたい放題は少しイラッとするぞ。ピロもこよみの先輩で、チームメイトということには変わりないけどさ。
「……ピロは、こよみのことが嫌いなのか?」
「私だけじゃない。みんな嫌ってる。あの子は私たちとは違い過ぎる。あんな1人で試合しているような子」
確かにホームランが出にくく繋ぎが命の高校女子ソフトボールにおいて、ホームラン狙いでフルスイングをかますこよみはワンマンプレイヤーに見えるだろうが、実態がそうでないことを俺たちは知っている。ならば俺たちよりも近くでプレーしていたピロ達なら気付きそうなものだけどな。
「もし……。もしあの子が私の上の学年に居たら憧れていたかもしれない。私にはああなることが出来ないって分かっていても、自然と背中を追っていたかもしれない。でも現実は、あの子は後輩で、後から入って来て私たちの部を一変させて、私の仲間がいなくなる原因を間接的でも作った相手。好きになれるわけがないわ」
なるほど。秋人の言っていたことが一本の線になったのが分かった。こよみの大活躍がソフトボール部の監督の意識まで変革してしまい、打撃一辺倒のチームになった結果、監督の心変わりについて行けなくなった選手が止めていったということか。
とはいえ去る奴は去る奴。その責任をこよみに押し付けるのは酷ではないか?
「恵まれた身体能力にモノを言わせてレギュラーを奪われることの悔しさはアンタだって知ってるでしょ? 日々の研鑽とか、積み上げた努力とか、そんなものをぶち壊す圧倒的な才能と馬力の差って奴を」
「……違う、とは言えないかもな」
「嘘つき――誤魔化さないでよ! 笠原の奴にどうやっても勝てなくて、泣いてたのはアンタも一緒でしょ!」
「なんでそんなこと知ってんだよ……」
「ごめん見ちゃった」
それは恥ずかしいところを見られたな。正直俺も高校に入ってから何回泣いたか覚えてないが、出来るだけ人目には着かないように気を使っていたんだけどなあ……。
「私とアンタは同類だよ。それなのに自分のことは嘆きながら、後輩の女の子は応援するなんて、そんなダブルスタンダード許されないよね?」
「それは……」
俺には何とも言えない。言いたくない。こよみを応援すると言いながら、ピロの言葉にシンパシーを覚えてしまっている俺が今、何を言っても本心にはなりえそうにない。
「じゃあね翠川。最後に私から言っておくけど、舞ちゃんなんて可愛い彼女がいるんだったらあんなゴリラのこと構ったら駄目よ? 愛想尽かされちゃうよ?」
そう言ってピロは俺の隣を軽やかにすり抜け、階段を駆け下りて行った。
不思議な物だな。あれだけ俺はアイツにメスゴリラを連呼していたのに、他人が言うとこんなにも言いようもない不快感と申し訳なさが生まれるんだな。俺は心の中で一回、こよみに土下座しておいた。
あとがき:問題の根っこは案外深そうです
ちょっと看過出来ないレベルのミスがありまして、今回の更新を以て一旦削除した上で、改稿したものを新作としてタイトルを変えて再連載する予定です。
プロット自体は150話分くらいまで用意してあるのでゆるゆるお付き合いください




