第11話 昼休み小会議②
「本題に入るけどさ、そう言えば楓は昨日あの後あの子と話をしたんだっけ?」
「そうそう。ただどうして不調なのかは結局分からず終いでさ……」
「なんだそれ……? 態々あんな寒い中校門で待ち惚けをしてまで何をしてたのさ?」
秋人があからさまに呆れたような素振りを見せるが、これに関しては返す言葉もない。
バッティングセンターで只管打っていたら、少しこよみの調子が上向いたような印象があって、結局そのまま碌に核心に触れる会話も無いまま現地解散だ。一体何をしに行ったと言われても何も言い返せない。
「とりあえずこよみと合流してバッティングセンターでかれこれ2時間くらいは打ったかなあ。150キロも弾き返せていたし、終盤に掛けて良い当たりも増えて来てた。こよみも楽しそうだったからまあいいかって……。そんなことを思っていたら結局何が不調の要因だったのか訊くのを忘れた」
「こよみちゃんがそれで調子を取り戻せていたら良かったんだけどさ……」
「秋人は何か知ってるのか?」
「詳細までは知らないよ。ただ、今朝のソフト部の朝練でもやっぱり元気が無さそうに見えたから」
どうやら昨日一度気分や調子が上向いても、それで根本的な解決には至らなかったらしい。
せめてもっと俺にも指摘出来るような崩れ方をしていれば、昨日の時点で解決の糸口も掴めたかもしれないが、昨日は俺がこよみに指導される側の立場になってばかりだった。
「こよみちゃんに限った話じゃないけど、ソフト部は最近勝ってる割に士気が低いよね。ピロも最近のメンバーの集まりが悪いって愚痴ってたし」
「椛ちゃん、鮎川さんと仲いいの?」
「悪くは無いと思うよ。中学の時はピロの自主練に付き合ったりしてたし、今も結構話すよ」
今しがた椛と舞の会話の口に上った人物、ピロこと鮎川浩美の事は俺も多少知っている。3年生が夏の大会で引退した後、女子ソフトボール部のキャプテンに指名された選手だ。舞が知っているのはクラスが同じだからだろう。
俺も中学が同じであり、野球部在籍時に挨拶やトレーニングに関する愚痴を言い合うくらいの多少の交友はあったし、女子にしては珍しく顔と名前が一致している。
「あれ? 椛って、中学から美術部じゃなかったっけ?」
「だからあくまでピロの自主練に付き合っただけだよ。橘南中の女子ソフトボール部は弱かったし練習の参加率も酷かったからね」
「それで部外者としてピロの自主トレに付き合うくらいなら、椛がソフト部に入ってやれば良かったじゃねえか……」
「そんなことしたら執筆時間が減っちゃうでしょ」
椛はさも当然のようにそんなことを言うが、いっそのことピロがもう少し強引に椛を橘南中学校の女子ソフトボール部に縛り付けてくれれば、こんな魔物が俺や秋人の元に解き放たれる事はなかったのに……。と思わずにはいられない。
「椛は鮎川さんからソフト部の士気が低い理由とか聴いてないのか?」
秋人が茶化す様子もなく椛に問いただすが、椛は難しそうな表情を浮かべるだけだ。どうやらこれといった心当たりはないらしい。
「うーん……。理由までは言ってなかったなあ。ソフト部に勧誘はされたけど」
「もうお前ソフト部入ってやれよ」
「なにさ楓、妙にピロの肩持つじゃない」
椛が俺に非難がましい目を向けて来るが、俺は少なくともピロの肩を持っている訳ではない。俺と秋人の身を守るために、ピロに椛を拘束して欲しいだけだ。
「ハイハイ、楓は話を脱線させない」
秋人がパンと1つ手を合わせて俺と椛の衝突を回避させようとした。
確かに話の軌道修正をくれるのはありがたいのだが、普段人の事を散々茶化して平然と会話を脱線させる秋人にこれを言われるのは、少し、いや、かなり釈然としない。
「ところで椛、鮎川さんが言っていた最近っていつくらいの話?」
「アキ、それ今重要な事?」
「分からない、けど……」
分からないと言いつつも秋人の歯切れは悪い。いつも俺を茶化す時の溌剌とした笑顔と違って、出来れば関わり合いになりたくないかのような引き攣った笑みを浮かべていた。
こいつのこんな表情久し振りに見たかもしれない。中学の野球部を辞めた直後以来か。
「時期ねぇ……。ピロが外野手の練習を始めたとか言い出した後だから、ここ1カ月以内の事だと思うよ? それがどうかしたの?」
「え? ピロの奴コンバートしたの?」
秋人が椛の言葉を聴いて何かを考えているのは分かったが、俺としてはまずピロのコンバートの事が気になってしまった。少なくとも夏前に最後に見たピロは三塁手だった。それも中学時代から中々に強打の三塁手だったのを俺は同じ中学のよしみで覚えている。そのピロがコンバートとは……。
「それ今気にするところ?」
椛に苦言を呈されるが、俺としては以外さが勝ってしまう。
少なくとも中学の頃も、高校に入ってからも、ピロはずっと巧かった。競技は違うが中学でも高校でも、公式戦に出たのは俺よりもピロの方がいつも早くて、内心俺は対抗心を燃やしていたのだ。
「いや、だってあいつ守備も打撃も巧かったし、なんで——あ」
そうだ。堅守強打の三塁手であったピロのレギュラーを追い落とすような怪物の存在を、俺も良く知っている。
「多分楓も今気付いたと思うけど、今ナンコ―にはあの子が居るのよ」
「そう言えばこよみもサードだったな……」
確かにピロも1年の秋の大会から当時の2年生を押し退けてサードで出場していたが、凄い1年が現れた翌年に超凄い1年が現れた訳か。それでこよみに押し出される形で外野にコンバートと。こよみの不調とは関係ないが、ピロも大変だな。
「秋人、とりあえず少し纏めるか?」
「そうだね。なんかこよみちゃんの話からソフト部とか鮎川さんの話にズレてるし」
このまま行くと延々話がズレてしまいそうだったので、一度話を戻そう。
秋人が手元のメモに目を落としながら確認の進行をしてくれた。
「とりあえず昨日は楓がマヌケな事をしたので、結局こよみちゃん本人に直接不調の原因は聞けなかったと」
「その前にボクも楓と一緒に一年生の教室を訪問して訊いてみても収穫無しだったよ。多分心当たりがあっても教えてはくれないと思う。確定はしてないけどね」
実際俺が話題に出しつつも、こよみにバッセンでまんまとはぐらかされたマヌケなのは事実なので秋人の言葉には頷く事しか出来ない。舞がフォローしてくれたが、結局はこよみ本人から何の情報も得られていないのだ。
「ソフト部は3年生が引退して新チームに移行してから、こよみちゃんがレギュラーに昇格し、キャプテンの鮎川さんが外野にコンバートした。それと関係があるのかは分からないけど、最近部活動の人の集まりが悪い。特記事項はこんなところ?」
「そうだね。それ以上の事は私達誰も知らないみたいだし」
秋人の纏めを椛が肯定してくれるが、やっぱりこうして見るとソフト部、怪しくないか?
何が起きたらレギュラーを奪取したこよみの打撃に影響が出るのか分からないが。
「あの子の周りで他に何か変わったことは無かったのかな? 学校生活以外の私生活の事とか?」
「そっちはちひろちゃんに訊いたけど収穫無し。そもそもこよみちゃんがどこかおかしいから学校での様子を教えて欲しいって頼んで来たのはちひろちゃんだしね」
そうだったのか。お姉ちゃん想いの良い妹なんだな。俺は一人っ子だから姉妹の関係はよく分からないが、こよみの事を気にしてくれているのが俺達だけで無い事に、少しだけ励まされたような気になれた。
「結局のところ、私生活は平穏。本人は多分薄々理解しつつもはぐらかしてる。ソフト部がそれとなく怪しい空気が出ているってところ? 根拠というにはあまりに弱いけど」
秋人の言う通りだ。下手な事を言おうものなら、ソフト部からしたら言い掛かりだと取られても仕方ない。ただし、他に何か出来そうな事が無いのもまた事実だった。
「そうなると、やっぱりソフト部に当たってみるしかないか……?」
「僕も楓の意見に賛成かな。正直手詰まり感がする。舞ちゃんは?」
「ボクも同感かな。原因がなんであれ、多分本人の自己解決出来るキャパシティを超えているんだと思うし、早く原因を突き止めて助けになってあげたいな」
「私はアンタ等に任せるよ。それと楓、ピロにコンバートの話は絶対振らないようにね。めちゃくちゃ不機嫌になるから」
俺はピロが外野にコンバートした事すら知らなかったし、ピロを良く知る椛がそう言うのだから多分本当にそうした方がいいのだろう。
「分かった——って、え? 俺? 椛は行ってくれないのか?」
「別に私がこよみちゃんの事を思い悩んでる訳じゃないし。これが楓の知らない相手なら私も仲介くらいはするけど、楓もピロとは馴染みがあるでしょ?」
「それはそうかもしれないけど……」
椛とこよみの距離を感じさせる言葉は、確かに考えてみれば何もおかしくはない。
俺たちとこよみの関係は所詮学校の外の草野球チームのチームメイトというだけで、学校での関係は特に繋がりのないただの先輩と後輩。こよみのプレイヤーとしての不調がチームの活動に影響と与えているとはいえ、向こうの部活動の事情に首を突っ込んだりするほど、深い関係ではあるまい。
「少なくともピロが自分から言ってくれない事を、草野球のチームメイトになっただけの後輩のために訊き出そうという気は私にはないから。もしも仔細を訊きに行くって言うなら楓が自分で行ってね」
「分かったよ……」
少なくとも椛に無理強いは出来ない。こよみを復調させたいというのはあくまで俺と舞の想いだ。
「それにしても毎度の事だけど、楓って野球が絡むと変なアグレッシブさが出るよね。半年くらいぶりにいきなりうちに来たかと思えば草野球チームを作るとか言い出したり、人の家の事情に首を突っ込んだり、後輩の部活動の事を嗅ぎ回ったりしてさ。危ない事だけはしないでよね?」
「お、おう……」
俺の中で特級危険人物である椛に危険行動を指摘されるのは、流石に俺でも傷付くぞ。
舞が言うほどに俺は優しく無いと思うが、そんな独善が混じった偽善者であろうと、他人を男同士が絡む漫画の題材にする人間よりはマシだと思う!
とはいえだ、椛が来てくれないのはもはやどうしようもない。実際彼女の言う通り俺とピロは面識もある事だし、アポイントメントさえ取れれば大丈夫だろう。
こよみの復調に関しては秋人も気にしていてくれたし、後はこいつも連れて行けば椛が居なくても問題ないだろう。
「秋人は——」
「僕はパス。良く分からないけど、鮎川さんには避けられてるっぽいから居ない方がいいと思う」
秋人には食い気味に逃げられた。とはいえ秋人の口調はふざけていない真剣そのものだ。どうも詳細が秋人自身にも分かっていないっぽいが、どうやら本気でピロと顔を合わせたくないらしい。割と女の子全般にええかっこしいのコイツでも、苦手な女の子が居るんだな。ちょっと新鮮な感じだ。
まあいいか。幸いピロと同じクラスの舞もこの場に居ることだし。
「舞は来てくれるよな? ピロと同じクラスだし」
「ごめん楓。ボクもパスで」
「えぇ……?」
まさかのまさかで、同じくこよみを復調させることを目標としてきた舞にまで拒否されては、梯子を外された気分だ。
ただし渋面を浮かべる舞の方にも相応の理由がありそうだ。
「多分ボクはあの子に本気で嫌われてるっぽいから……」
「えぇ……? あのピロに……?」
ピロが良い奴だというのは俺も知っている。サバサバとした姉御肌という形容が良く似合う人柄だ。元気印でボーイッシュ、人当たりも良い舞とは相性が良さそうに思えるが、一体2人の間に何があったのだろうか……?
「この間の授業のソフトボールで頭に当てちゃってから口利いてくれない……」
「それは舞が悪い」
「ちゃんと謝ったよぉ……」
舞が故意に人にボールをぶつけるような人間だとは思わないし、ピロはそれを故意だと思う様な人間でも無いと思うが、一体何があったんだろうか。なんか単なる死球とは別の話が混在しているような気がする。とはいえそれを舞に尋ねて分かるとも思えないし、今重要な事でもなさそうだからまあいいか……。俺が1人で行けば済む話だ。
「とりあえず、楓が1人で行って来てね。結果は後で教えて」
「分かったよ。近日中にピロのところに行ってくる」
色々思う所はあるが、秋人も舞も揃ってピロと仲が良くない事を自覚しているって何かあったのだろうか? 少なくともピロはそんなに癖の強い性格をしていなかったと思うが。
そうこう考えている内にチャイムが鳴り昼休みが終わってしまった。
結局、この昼休みの話で俺たちは何かしら真相に近付いたのだろうか?
2025/1/27修正




